小猿が仕掛けた罠

From くろねこ様

「いいか、もう一度確認するぞ。ここに彼女が来るんだ。そしたら?」
 竹中の真剣な表情に反して、僕の顔は鏡を見なくてもやる気の無い表情をしているだろう。なぜなら本当に僕は竹中ほど真剣にはなれないからだ。むしろアホらしいとさえ思っている。だけど一応竹中と僕は小学校低学年の時から親しくしている仲だから、僕は彼を邪険に扱いきれずこうして相手になっているわけだ。
「僕がさり気なく声を掛ける」
「そう。そしてクニが彼女を引きつけている間にオレがここで準備する。準備が終わったら合図をするから、クニは?」
 思わず盛大な溜め息を吐き出しそうになって、慌ててやめた。代わりに小さくゆっくりと息を吐く。あからさまな態度は真剣な竹中の心を傷つけそうで躊躇った。ひょろ長体系の僕とは反対に柔道部もびっくりのゴツイ体格をしている竹中の心は食物繊維より繊細なのだ。今でこそ図体だけは無駄にでかい竹中も、中学に上がるまでは僕とそう変わらなくて、むしろその性格のせいで虐められっ子の部類に入っていた。きっと今の竹中しか知らないヤツは僕が彼に守られていると思っているだろうが、今でも守ってやってるのは僕の方だ。
「何気なく気づかせる」
「うん。そうしたら最後の演技だ。オレが彼女に近づくのを見計らってクニは姿を消してくれよ」
 いつでも人の目を真っ直ぐ見て話す竹中の態度は非常に好ましく思えるけれど、今はそれが少し怖い。昔はよく何かに怯えているような視線ですがるように僕を見ていたのに、睨まれているようなはっきりとした意志を持った視線を僕に向けてくる竹中は、やはり図体のでかさはダテじゃないのだと主張しているようにも見える。僕は限りなくやる気の無い態度で、だけどその実、僕はまるで必死で彼に捕まろうとしている小猿のようだ。
「分かった。で、いつ来るの、金山さん」
 竹中が思いを寄せている“彼女”の名前を口にしてみる。途端に竹中は今ココに居もしない彼女のことを思って顔を赤くした。大きな体を丸めて照れたように髪を掻く姿は、大型動物の仕草を可愛いと表現する時と同じ印象を与える。少なくともこんな竹中を僕は可愛いと思う。どれだけ顔がゴリラみたいでも、愛着さえ持てばゴリラだろうがオラウータンだろうがナマケモノだろうが可愛く思えるものなんだろう。そうさせているのは僕ではなくて僕の声が発した彼女の名前だっていうことに、僕は少し面白くない気分を味わうけれど。
「たぶん、もうすぐ。オレが誘ったらすぐに『いいよ』って言ってくれたから……」
「……ふうん」
 おそらく金山さんを誘った時のことでも思い出したんだろう。へへっと笑う竹中の顔は笑っているというよりはニヤついていると言った方が正しい気がする。だらしなく鼻の下を伸ばして嬉しそうに笑うその表情は、さっきまでの真剣な目つきを忘れてしまったかのようだ。僕は臆病な癖して人懐こい竹中の笑顔は大好きだけど、こういうのは好きじゃない。初めに言ったように、僕と竹中の関係でいえば明らかに上に立っているのは僕の方なのだ。
「じゃあそろそろ来るし、もう隠れてた方が良いんじゃない?」
 僕の言葉に竹中はそれもそうだと頷き、じゃあ頼んだぞと最後の念を押して近くの草むらにもぐった。言い忘れていたけど今僕達がいるのは昼の公園だ。日曜日だというのにあまり人気のない児童公園で、設置されてる遊具といえば錆びたブランコとあまり跳ねないシーソーくらいしかない。本当に狭い空間なのだけど、手入れがされてない分好き放題に伸びた雑草は竹中でも思い切り背を丸めれば隠れられるほどに成長していて、小学生時代かくれんぼをすると結構な時間が掛かった。
「ねえ、竹中」
 ネコのように背を丸めて縮こまっている竹中を背にするように、僕はベンチに座った。まだ彼女が来ていないことを確認しながら小さな声で話しかけた。
「もし金山さんが来なかったらどうするの?」
 僕の質問に竹中が動揺する気配がした。大きな体を震わせたからか、それとも単なる風のせいなのか、さわっと刹那、伸び放題の雑草が揺れる音がした。
「な、なんだよ、それ。そんなわけないだろ。ちゃんと返事貰ったし……」
 若干竹中の声が震えている気もしないではないが、僕はあえてそれに気づかない振りをした。竹中の心は傷つきやすいことを知っているから、僕のさっきの質問は絶対にしてはいけないことだと分かっていたはずだった。それでも抑えられなかったのは、僕が彼を傷つけたかったからとしか思えない。それとも竹中が傷つくと予想できなかったくらい、僕の方が動揺していたんだろうか。
「そうだよな、ごめん。彼女は約束を破る子じゃないよね」
 金山さんは竹中が好きになるのが当然のような良い子なのだ。それは竹中よりも付き合いの長い僕の方が知っているし、分かっているつもりだ。見た目はぱっとしない大人しそうな子で、どちらかといえばサッカー部のエースよりも僕みたいなタイプに近い感じ。ちなみに僕は帰宅部で、金山さんはテニス部だ。
 もともと竹中が彼女に好意を寄せ始めたのは同じクラスになった去年からだったけど、僕は一昨年から彼女と同じクラスだった。話してみると結構通じるものがあって、時々竹中とも会わせていたのだ。だから去年竹中と金山さんが同じクラスになったとき、僕が居なくても竹中は女の子と友達になることができたんだろう。
「そうだよ! もう黙っとけよ?」
 声を押し殺して叫ぶ竹中に、僕は背を向けたまま頷いた。悪いのは僕の方なんだし、竹中が泣きそうになるのは違ってると思うんだけど。だけどこれからのことを思うと僕は何も言い返せないのだ。
「ん」
 せっかく今日は、竹中が意を決して金山さんに愛の告白をするというのに、僕は要らない水を差してしまった。

 だけど、ごめんね、竹中。彼女は約束を破らない良い子なんだ。
 すごくすごく良い子なんだ。
 だから……。

 今日金山さんは来ない。そういうふうに僕が約束を取り付けたから。竹中に会うのは日曜日じゃなくて土曜日にしてと言ったから。だから今日、どれだけ待っても彼女が来るはずは無いんだ。
 だけどこうして僕はじっと待つ。後ろにいる竹中と日が沈むまで、日が沈んでも、きっとずっと待つことにしている。
 なぜなら僕は竹中の悲しい視線が僕に向けられることが嫌で、憎しみをぶつけられるのも嫌で、それはとても自分勝手だと分かっているけれど、竹中の気持ちが僕から離れていくのが一番嫌だからだ。
 きっと僕は竹中のことを操っているように見えて、必死で落とされないようにしがみ付いている小猿なんだと思う。


祝☆10000hit!
2007年4月 黒猫


竹中君がとってもツボです。
めちゃくちゃ可愛かったです。
でも友情って難しいな、と考えさせられる作品でもありました。
クニくんも必死だから憎めない。
竹中君には幸せになってほしいけれど、私がクニくんの立場だったら・・・。
同じ事をしていたかもしれません。
クニくんが金山さんを来ないように仕向けた事はいつか竹中君も分かると思うから、二人の友情が心配です。

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