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一章 迫る崩壊


 キアラはニーナを抱き締める腕に力を込めた。こうする事で、少しでもニーナが落ち着いてくれたら良いと思う。
 絶対に。キアラは自分に誓う。もう、ニーナを泣かせない。
「キアラは――、行かないで――。」
「私は絶対にニーナ姫の側を離れません。」
 ずっと一緒に。ニーナと運命を供にする。
 全ての鍵は王の最期の言葉にあるだろう。王妃の部屋にある、禁書に何かが隠されている。その中に真実はあると王は言った。
 王がキアラに伝えたと云う事は、何か打開策があると決めてもそう違いは無いだろう。
 しかし、だとしたら何故王が今まで黙っていたのかと云う疑問も生まれる。だが気にしていても仕方ない。
「姫は絶対に私が助けますからね。」
「――キアラ?」
「私は天才魔術師ですから。」
「嬉しいけど――。」
 ニーナの瞳が伏せられる。とても、悲しそうだった。
「私の我儘で、キアラまで不幸に出来ない――。」
「姫がいつ我儘言ったんですか。姫が悲しむと私は不幸なんです。」
 キアラはニーナを抱き締める手を下ろした。ニーナの肩が震える。
「実は、さっき書庫で姫の好きな薔薇の騎士達の絵画集を見付けたんです。都って来ますね。」
 嘘だ。だが、王妃の部屋に今の元凶を探しに行きますとは言えなかった。ニーナを糠喜びさせたくない。
 しかし、絵画集の話は本当なのでニーナも少しは喜んでくれるだろう。昔、書庫で見付けた――、ような気がする。
 キアラはニーナに背を向けた。服の裾を引っ張られる。
「大丈夫ですよ。」
 キアラはニーナに笑顔を向ける。少し、ニーナが安心したような表情を浮かべた。
 薄い琥珀の色をしたニーナの髪をキアラは撫でた。ニーナの髪はキアラのそれと全く違い、柔かい。
 今度こそ、キアラはニーナに背を向けて部屋を出た。
 王妃の部屋はニーナの部屋の斜め前にある。これも人が少ないので住む場所を少なくした結果だ。
 キアラは王妃の部屋の前に立つ。王妃が亡くなったのとキアラが王宮に上がったのは殆ど同時期だったのでキアラは王妃の部屋に入った事がない。
 ニーナによく似た、肖像画でしか見た事のない王妃。彼女は一体何を隠したのだろう。
 キアラはドアノブに手を掛けた。何故か心臓が跳ね上がる。キアラは息を吸い込んだ。
「母上の部屋の前で何をしている。」
「あひゃ!」
 背後にはベルナールが立っていた。心臓に悪い。
 ニーナと色彩は全く一緒なのに、ベルナールの方が冷たいような感銘を受ける。
「実は、ちょっと――。」
「父上の遺言か?」
 ベルナールは一気に扉を開け放った。
 今まで誰も立ち入っていなかったのか、高く埃が積もっており天井の角には蜘蛛の巣が張っていた。
 王妃はセンスの良い人だったのだろう。こんなに荒れ果てていても、気品は残っている。
「あまり荒らすな。」
「・・・。良いんですか?」
 王妃が亡くなってからは王以外、誰も入っていないと聞く。
「父上がお前に言ったのなら構わないだろう。それに私もルーシュは信用している。」
「ありがとうございます。」
 キアラが部屋に入ると、背後で扉の閉まる音がした。埃が舞い上がる。
 咳を三回程すると、息が苦しくなった。
 さてと。王の言っていた禁書を探そうか。
 そうは思ってみるものの何処から探せば良いのか分からない。考えてみればそれがどんな物かすら分からないのだ。書物である事は確かだろうが。
 書物と言えば本棚。キアラは取り敢えず本棚を探す事にした。
 本棚は容易く見付かった。何せ、西側の壁を全て覆い尽くしていたのだから。数が尋常ではない。
 ルーシュ家の書庫の違い、此処は呪いを掛けていないから少し呪文を唱えただけで本が手元にやって来ない。
 魔術では出来ない事の方が多い。あのシルヴェールの言葉である。
 ベルナールには部屋を荒らすなと言われているからそんなに大袈裟に散らかして探す事は出来ない。
 キアラは王に少し恨みを持ちつつも決意を固めた。
 取り敢えず、本のタイトルをチェックする。怪しいタイトルがあったらそれから潰そうと思ったからだ。だが、何の変哲も無いタイトルばかり。
 三段目になると読むのが面倒臭くなって、最終段――五段目になると嫌になってきた。
 それにしても王妃は――。余程ロマンチストだったと伺える。本のタイトルが、少女向けのものばかりなのだ。
 キアラは絶対に読めない。そう云う少女時代を魔術の修業に費やしたキアラにとって、それを耐えられる感性が備わっていなかった。
 ニーナの少し夢見がちな所は王妃に似たのだろう。しかしだとしたら少し厭味なくらいにきっちりとしたベルナールは誰に似たのだろうか。王も穏やかな人柄である。浮気かもしれない、とキアラは有り得ない想像を膨らませて禁書探しの詰まらなさに堪えた。
 と。五段目の、一番右に、背表紙に何も書かれていない本を発見した。始めて出会った怪しい本である。
 革のしっかりとした作りのカバーからは高級感が溢れ出ている。これかもしれない。
 キアラは自然と口の中に溜まった唾を飲み込んで、拍子を開いた――。
   9月23日(晴れ♪)
今日は、とうとうバルっちにプロボーズされちゃった☆
いゃん♪
その日のバルっちはまるでそよ風のよう
凛々しく、男鹿のように高貴で
私の目を見てこう言うの
「愛してるよ、メラニー。僕は君を幸せにできないかもしれない。でも、僕は君にそばにいてほしい。」
貴方がいるだけで私は本当に幸せよ
きらめくダイヤも、高貴な身分もいらない
貴方の存在、貴方の温もり
それだけで私は幸せ
私は言うの
勇気をもって
私も貴方と一緒にいたいって
貴方と一緒にいられるなら他に何が必要なの?
バルっち
一緒に幸せになろう♪
 キアラは自分の持てる力の限り、思い切り本を閉じた。やってらんねぇ。
 王妃が生きている間に王宮に上がらなくて本当に良かったと思う。多分、早々に裏切っていた。
 それにニーナと友人と云う信頼関係を築けたかどうかも分からない。
 これは王妃の日記だ。禁書ではない。有り得ない。
 何も見なかった。キアラはそれを自分に言い聞かせて日記を戻そうとする。
「・・・。」
 だがキアラはもう一度日記を開いた。
 禁書が適当に置かれているとは思わない。禁書へのヒントが、此処に隠されている可能性はある。
 どんなにくじけそうになっても読んでみる価値はありそうだ。
 キアラは王妃の日記を読み進めた。
 ――王妃の日記には、王妃が見たもの、感じたもの等が実に様々に書かれている。書き方は嫌いだったが内容はキアラの興味を引いた。
 国で起こった事、王の事、ベルナールの事。ニーナを妊娠した時の事やどんな娘に成長してほしいかが真細やかに書かれている。そして、この国の行く末の事も。
 王妃はかなりロマンチストだが馬鹿ではないようだ。キアラも舌を巻く今後の国の行く末が書かれている。そして、それはいつ実現しても可笑しくなかった。
 そして、長い空白のページを越えて、一番最後の一ベージ。
記したのは宵
隠したのは風
伝えたのは蒼
眠る柩
玉座に座る
 薔薇の騎士の騎士の物語と直ぐに結び付いた。
 その禁書を書いたのはシルヴェール。何処かに隠したのがテオドールで、それを伝えたのがクロード。
 肝心の隠した場所だが最後の二行。これを素直に受け取るなら玉座の近くにあるのだが――。
 だが、最後の二行は考えない方が良さそうだ。青みが混じっていて微妙にインクの色が違う。撹乱する為に書き足したのだろう。
 伝えたのはクロードならクロードを調べてみる必要がありそうだ。クロードのダルシン家は今は没落して存在しないとは云え、大貴族だったのだ。沢山資料が残っているだろう。
 また書庫へ。消された五百年前の記録がある彼処なら。キアラはまた書庫に向かった。



 クロード=ランベール=ダルシン。当時ダルシン家当主だったジャン=ナラン=ダルシンの次男として生まれた。次男と言っても末子で、他に姉が七人もいる。因みに母の同じ兄弟はいない。
 顔はかなり良かったらしい。騎士をしていたので体躯も良く、王宮では婦人方に取り合われていたそうだ。
 兄は秀才でダルシン家との跡取りとしては全く期待されなかったクロードだが、騎士としてはその才を遺憾無く発揮した。彼は二十二歳と云う若さで王族直下騎士団の副団長に上り詰める。
 そして、ローズ王女との関係は友人であり、婚約者候補だったらしい。当時のダルシン家ならそれも当然だろうが。
 しかも何と彼については性格の記述も残っている。真っ直ぐな方。彼は剣のように真っ直ぐで尖っている。つまりキツイ性格をしていると云う事だ。
 彼が物を隠すとしたら何処だろう。キアラは考えてみる。
 キアラだったら隠したい物は自分の部屋に隠す。それが一番安全だからだ。入る者を制限出来るし何度確認しても不自然ではない。
 だがダルシン家はもう没落している。ダルシン家の屋敷はもう存在していないので、クロードの部屋もそうだ。
 だとしたら禁書はもう存在しないのか。否、何処かに必ず存在している。
「さっぱり分からん!」
 キアラは叫んで首を振った。魔術師は確かに頭脳労働だが、どちらかと言うと暗記系である。
 何かの小説のように上から振って来ないだろうか。一縷の望みでキアラは天井を見上げたが、何も落ちて来なかった。
 取り敢えず、玉座にでも行って見ようか。全く、何も思い付かない。
眠る柩
玉座に座る
 明らかに後から継ぎ足された二行。これが、各欄の為に書かれたのか、それとも意味を持つ物なのか。
 意味を持つと仮定して考えよう。「眠る柩」とは、そのまま禁書が隠されている場所と考えよう。そして「玉座に座る」。そのまま考えるとしたら、玉座の上に在ると云う事だ。玉座には王が座るのだから、これは捻ってあると考えよう。
 ――否。
 キアラは向きを変えた。そして王の寝室へ向かう。キアラの考えが正しければ――。
 王の寝室には、ベルナールがいた。王の遺体の傍らで、ひっそりと佇んでいる。
「ルーシュ。」
「少し、宜しいですか?」
「あぁ。」
 キアラが王の遺体に近付くと、ベルナールは部屋を出た。キアラは王の遺体をじっと見詰める。
 亡くなった者に――しかもそれが王である――キアラは辱めをする事になるかもしれない。一瞬、嫌な予感がした。キアラの悪い感は、よく当たってしまうから嫌だ。
 キアラは息を整える。動悸が激しく、失敗してしまいそうだったから。
Ostendo is volo(我に示せ)
Totus scientia pro mihi(全ての知識を)
Volo is(我は欲する者成り)
Vestri cruor,(其が血を、)
Vestri somes,(其が肉を、)
Vestri memoria(其が記憶を、)
Volo is(只我は欲する)
Effor is(顕せ)
Vestri instar volo(我に汝の姿を)
verum volo(汝の真実を)
 王の身体が、眩しい白い光に包まれた。
 玉座に座る者は王。つまり、王が禁書だと云う真実。また、キアラの悪い予感は当たった。
 消えた王の跡に残されたのは一冊の古びた本。王が、こんな物になってしまったのかと思うと悲しかった。
 キアラはその本を手に取ってページを捲くる。全ては古代語だった。
「――。」
 彼の者の呪いによりデュトルエル王国は滅びるであろう、とそれには記されていた。彼の者とは一体誰なのか。
 そして他に書いてあったのは魔術ばかりだった。人を生き返らせる魔術、転生の魔術、時空を越える魔術、魂を分かつ魔術――。どれも禁術である。
 そして最後には、シルヴェールと記されていた。王の言っていた禁書に間違い無い。
 彼の者の呪い。彼の者とは誰か。確かに真実は記されていたかもしれないが、何も分からないまま。
 この禁書に書かれている禁術で時空を越え、確かめ、その根本を潰すのが一番良い方法だろう。だが。ニーナを一人には出来ない。一緒にいると、約束した。
 その時。
 天地を揺るがすような爆音が響いた。甲高い悲鳴が聞こえ、キアラは禁書を抱えたままで飛び出した。
「どうしたの!?」
「敵国が!」
 マルセルが叫ぶ。

きあらヲ求メテ攻メテ来タ

 目眩がした。倒れそうになるキアラをマルセルは抱き留める。
「多分、それは口実だ。」
「分かってるけど――。」
 ニーナを追い込む道具になっていると思うと情けない。
「マルセル、姫は?」
「多分、まだ部屋に。」
 キアラは走り出した。ニーナの部屋の前まで走ると、思い切り扉を蹴り破る。
「ニーナ!」
 其処にニーナはいなかった。ならば何処に。焦りだけが積もる。
 またキアラは走り出した。ニーナのいそうな場所を徹底的に探す。だが、見付からない。
 今度は玉座に向かった。其処にはベルナールと、ニーナが。見覚えのある敵国の外交官も一緒だ。
「おや?ルーシュ殿。」
 言い方が一々ねっとりとして、嫌味だ。キアラは彼を睨み付ける。
「外交官様が何の御用ですか?」
「貴女とベルナール様を迎えに来たんですよ。」
 唾を吐き掛けてやりたい衝動に駆られる。だがキアラはそれを押さえ付けて睨むだけで済ませた。
「迎えにしては随分手荒ですね。」
「貴女達が応じてくれなかったでしょう?」
 向こうの考えは分かっていた。ベルナールを人質にし、ニーナに王位を継がせ向こうの王子を夫にし国を乗っ取る。ついでにキアラも取り込んで魔術面を強化させるつもりだ。
 こんな見え透いた計画を断れない程このデュトルエル王国は衰退している。今にも終わる。
「さぁ、参りましょう。」
「断る。」
「お兄様!」
 ニーナは驚きの悲鳴を上げた。それはキアラとて同じだ。
「我が妹にもルーシュにも生き恥を掻かせたくない。」
「と、言いますと?」
「私は人質として其方に参ろう。国も渡す。ただ、妹とルーシュは逃がしてくれないか。」
「――ベルナール様。彼のシルヴェール=グェルフィの掛けた呪いを我々が知らないとお思いですか?」
 それは初耳だった。王家の秘密として守られてきた秘密だったかもしれない。
「暁の王女の血を引く者でなければこの地を治められないでしょう?」
 シルヴェール。キアラの想像を越える魔術師かもしれない。
「ベルナール様。参りましょう。」
「お兄様!」
 あぁ。ニーナが泣く。ニーナの泣き顔はもう、見たくない。
 そう思うと勝手に口が動いていた。
Gemo flamma!(炎よ唸れ!)
Totus populus quisnam es scelestus mihi(我にとって邪悪なものを)
Exuro universitas is!(焼き尽くせ!)
 たちまち外交官は炎に飲まれた。
「ルーシュ!?」
 もう、後戻りは出来ない。
「ニーナ姫!」
 キアラはニーナの肩を掴んだ。ニーナに怯えたような表情が走る。
「私は過去を変えて来ます。」
「――キアラ?」
「だから安心して下さい。」
 キアラは無理矢理微笑む。ニーナを安心させたくて。しかし益々ニーナは泣きそうな顔になった。
「この国を変えます。元の、豊かなデュトルエル王国に戻しますから。」
「待って!」
 キアラはニーナの手を振り払って部屋に向かった。ニーナの顔を見るのが怖くて振り返られない。
 走りながらキアラは確認する。時空を越えるのに必要なのは魔法陣と呪文。それは全て禁書に書かれていた。
 部屋に帰ったら、床に魔法陣を書いて、呪文を唱えて――。何度も頭の中でシュミレーションする。
 キアラはニーナを泣かせてしまった。だから。ニーナの平和な日常をキアラが作って見せる。
 部屋に着くなり魔術で部屋を隔離してキアラは机からチョークを取り出し、魔法陣を書く。幼い頃、腱鞘炎になるまで練習した、素早く正確に。
 魔法陣を書き終わるとキアラは魔法陣の中央に立った。
 禁術は、それなりのリスクを負うから禁術なのである。術が発動した瞬間に命 を取られるかもしれない。でも。ニーナをこれ以上不幸には出来ない。
 キアラは決心を固めた。もう、どうせ落ちる所まで落ちてるのだ。それに、キアラが失敗したって命までは取られないのだから。
 大丈夫。女は強くしたたかな生き物だ。だからニーナだって。  もう一度、キアラは魔法陣を出る。昔はとても栄えたルーシュ家だから紋章入りのバッチの一つくらい役立つかもしれない。
 今は全く使う事が無かったので探すのには手間取った。もう紋章なんて使う意味が無かったから。
 魔法陣に入り直してキアラは息を整える。大丈夫。根拠は無いけれど大丈夫。色んな事が。
「キアラ!」
 ニーナの悲鳴のような叫び声が、泣き声が聞こえた。
「キアラ!」
「キアラ!」
 コレットやマルセルの声も聞こえる。よくもまぁこの短時間で。キアラは苦笑した。