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ニ章 暁の王女 役に立たないファブリスに代わってローズが国王になる。キアラが今まで想像していたローズなら有り得る話だ。 「分かったか?」 「まぁ、そりゃ分かりましたけど――。」 「だったら手伝え。」 「嫌ですって。」 ドュトルエル王国は現に未来にも残っているのだから。 「私は役に立ちません。」 「どうしても手伝わないのか?」 キアラは頷いた。 『風』風がスカートを揺らした。ルイーズの掌で目に見える程の風が渦巻いている。 しかしそれはキアラにとって幸いだった。キアラの炎にルイーズの風は相性が良い。風は炎を大きくしてくれる。 ルイーズがそのつもりなら。 『炎』キアラの掌に炎が生まれた。風に煽られ、見る見る成長していく。 炎の熱のせいか、ルイーズの額には汗が浮かんでいた。 「それならば。」 だが、そのルイーズの言葉を継いだのはルイーズ自身でもキアラでもない。 「頭を冷やせ。」 シルヴェールだ。シルヴェールは全く呪文を唱えなかったが、両掌には水と土の紋章が描かれていた。シルヴェールの手を放れればたちまちに――。 炎は水に弱く、風は土に弱い。 「そんなに怒るな。」 ルイーズの掌の風が散る。キアラも炎を消した。 「そうですよぉ。こんなか弱い女の子に魔術ぶつけようとするなんてぇ。」 「何処が?」 言われるだろうとは思っていたが――。やっぱり言われてしまった。 「でも何でも力で押さえ付けようとするのは私も良くないと思う。」 キアラは頷いた。そんなのだから嫌われるのだ。キアラに。 「それに本人が嫌と言っているのだから無理強いするのは良くない。」 「シルヴェール様の言う通り!」 「お前、ルーシュを名乗りながらドュトルエル王国を危険に曝しても良いと?」 キアラの答えは決まっている。 「私には私のお守りする方がいます。私の最優先事項はその方です。」 「ドュトルエル王国は関係無いと?」 「あります。しかし、貴方に協力したくありません。」 「・・・。」 ルイーズは黙った。目が明らかに釣り上がっている。明らかに怒っている。 熱風だ。ルイーズの怒りに反応して風までが熱を帯びていた。 「ルーシュに怨みでもあるのか?」 「貴方自身に。」 怨みと言うか、恐怖。 「だから、あの時私の邪魔をしたのか?」 「いえ。」 キアラはゆっくりと首を振った。自然と笑みが零れる。 「エメは私の友達ですから。」 「――実に下らん。」 ルイーズは吐き捨てるように言う。そりゃ、ルイーズみたいに友達いない人間には分からないだろう。 「だから嫌いなんです。」 祖母のようで。 「と、云う事で私は失礼します。」 「私は諦めんぞ。」 偉そうな物言い。高圧的な笑顔。彼女に敵うようになるまで、後何年必要か。 キアラは引き攣り笑いを浮かべて転移した。 「キアラ、喜べ!」 腹に衝撃が走った。内蔵が口から出るんじゃないかと思うくらいに。 目を開けて跳び起きようとすると、其処にはにたにたと嫌らしい笑みを浮かべたクロードがいる。 この腹の衝撃。キアラは舌打ちをした。 「くっ・・・。お前!」 「お前は今日からローズ様付きの女官、つまり侍女だ。」 「・・・。」 一切の思考が停止した。この馬鹿は一体何を言っているんだ。 キアラの思考がまた働き始めた時には、クロードはキアラの腕を掴んでいた。 「行くぞ。」 「い、い、嫌だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 キアラの悲鳴が谺した。それこそ、クロティルドにも聞こえるくらい。と、言うか聞こえてほしい。聞こえてクロードをぶん殴ってほしい。 だが、いつまで経ってもクロティルドはやって来ない。どうした事か。キアラの喉も痛くなってきた。 まさか、此奴。キアラは思い切りクロードを睨み付けた。そうか。絶対そうに違いない。 「お前、金に物を言わせて――!」 「何が悪い?」 最悪だ。ただ、もう最悪。 「そうやって私を陥れようと!」 女官なんて堅苦しい仕事が嫌で清掃員になったのに。何て酷いんだ。 「くたばれ!」 「お前がくたばれ。俎。」 「た、ま、お前が俎だ!」 「当たり前だろう。馬鹿。」 「馬鹿はお前だ!筋肉脳味噌!」 「キアラ。クロード。」 「あ?」 クロードから視線を逸らすと、テオドールがいた。不機嫌そうに目を細めている。 そして、シルヴェール。ローズ。 いつの間に皆さんキアラの部屋に勢揃いしていたのだろう。それを問おうと、クロードを向いたらクロードは眉間に皺を寄せた。 「いつの間に。」 「最初からいた。」 「嘘。」 「クロードしか見えていなかったなんて恋は盲――」 「じゃかしぃわ。」 テオドールと喧嘩する気力もない。勝てる気がしないのだ。天才だから。 キアラがむくれていると、怖ず怖ずとローズが不安そうに近づいて来た。 「ごめんなさい。」 「はい?」 「キアラと一緒にいたかったから、私ったらキアラの気持ちも知らないで。」 ヤバイ。キアラの頭の中で警報が鳴り響く。 ローズを泣かしてしまいそうだ。ローズが泣いたら、キアラは三人に私刑される。 「いえね。確かに女官は嫌ですけど――。それは私にその能力が無いと云う事で。」 「それは大丈夫よ。」 ローズは笑った。それは晴れやかに。 「だって、他の女官は昨晩全て解雇したんですもの。」 「――はい?」 驚くべき発言の数々。帰りたい。帰って頂きたい。 「ベランジェ派のスパイがいたから解雇したんだ。全員。」 「えっと、それって私に馬車馬の如く働けと?」 「当たり。」 「違うわ。」 意地悪そうに言ったクロードの言葉をローズは否定した。 「第一の理由は私がキアラに側にいてほしか-ったから。」 「――愛の告白?」 「そうよ。」 まぁ、彼女の側にいられると云うのなら悪くはないかもしれない。虐められそうな先輩女官は解雇されたようだし。 それに呪いについて動くのならローズの側が一番良いだろう。何と無く決まっているっぽいし、否定しても無駄だろうし。 「だったらもう密会する必要もありませんね。」 「そうね。」 微笑むローズを見て、彼女は美しい、とキアラは改めて思った。 「じゃあ、悪いけど、早速ローズの部屋の掃除だ。朝食とかお茶の準備とか、する事は盛り沢山だからな。」 「・・・。」 「通常十二人でしていた仕事を一人でするんだ。」 「さぞ大変だろうな。」 クロードをとっても張り倒したくなってしまった。なので、キアラはクロードを張り倒した。 「何すんだ!」 「シルヴェール様!クロードが暴力を!」 「・・・。」 「シルヴェールが呆れて物も言えないだと。」 「テオ、誰も言っていない。」 「それより荷物纏めて。」 シルヴェールの言葉を聞き流すとは。テオドール、恐るべし。 別にそんな大層な物がある訳ではない。キアラはクローゼットに入って魔法陣を消した。それから禁書を持つ。向こうから持って来た大切な物。 他は大して持って行く物はない。女官もちゃんと制服があるのだ。 「準備完了!」 「――それだけ?」 テオドールが呆れて言った。未来から持って来たのは、この本一冊なのだ。 「普通化粧品とかあるだろ?」 「必要無い。」 「そんなんだから汚い面したままなんだよ。」 キアラはクロードに向けて本――特に角――を投げてぶつけようとし、振りかぶった。 しかしローズがその美しい眉間に皺を寄せる。 「クロード。言い過ぎです。それに決してキアラのお顔は汚くありません。」 ローズに庇ってもらっているのに、厭味に聞こえるのは何故だろう。キアラの根性が曲がっているからか。 でもクロードはその言葉に顔を歪ませていて、それは気持ち良かった。 「これからはずっと一緒ですね。」 ずっと一緒。その言葉がキアラの胸に刺さった。ずっと一緒にはいられない。この先、ローズを待ち受けるのは悲劇なのだ。 変えようとは思わない。そのローズの悲劇のお陰でニーナが生まれたのだ。キアラのたった一人の主君。守りたいと思う者。 胸が痛む筈なのに。キアラは笑っていた。 疲れた。ローズの侍女になって一日目の感想はそれしかない。 ローズの雑用の傍ら話し相手もしなければいけない。これで他に三人くらいいれば楽しい仕事だろう。だが、キアラは一人。 清掃員をやっていた時より、数倍疲れた。主に精神的に。 キアラには女官なんて性格的に向かないのだ。ローズと二人きりや一人雑用している時はまだ良いが、他のお偉い方と会った時には嫌な汗を背中に大量に掻いてしまった。 特に最悪だったのはあの男だ。中枢に近そうな出で立ちの割には若い、三十くらいの男。じろじろと舐め回すようにキアラを見ていた。だからか、ムカついてクロードに見えてしまった。 だが、クロードも大貴族ダルシン家の坊ちゃんだ。親戚だったのかもしれない。 キアラはベッドに寝転がってごろごろする。新しく用意された部屋は今までより広い個室で、ベッドは何倍も寝心地が好かたうた。 だが、女官の如何にも金を使っている凝ってますと云う服より、キアラは今までの動き易さを重視した制服の方が好きだった。 と。三回ドアがノックされた。ローズかもしれない。キアラはナイトドレスにカーディガンを肩に掛けてドアを開けた。 すると其処にいたのはローズではなかった。クロードだ。 何故クロードが此処へ。 キアラが考える間も無く、クロードは呆然としているキアラの横を擦り抜けて部屋に入って来た。 「邪魔する。」 「ちょ!?」 キアラはドアを閉めるのも忘れてクロードの前に立ちはだかった。 「何勝手に人の部屋入って来てんのよ!」 「邪魔するって言っただろ。」 クロードがドアを閉めた。ガチリ、と鍵を掛ける音が聞こえる。 「何の為に?」 「・・・。」 どすり、とクロードがキアラのベッドに腰を下ろした。腰に提げていた剣のベルトが不自然に曲がり、剣は深くベッドに食い込む。 キアラだってクロードに仕事とか世話になっている身だ。あまり偉そうに言えない事くらい分かっている。だが。 「剣くらい外しなさいよ。」 「あ?」 クロードは今気が付いたと言うように、剣に目を落とした。そしてベルトごと外すとそのまま横に置く。 そして唐突に口を開いた。 「お前、未来から来たんだろ?」 今更何を。キアラは少し苛立って答えた。 「まだ信用してなかったの?」 「だったら来てねぇよ。」 クロードの声はとても落ち着いている。もっと言えば暗い。真剣な話なのだろう、とキアラは感じた。 キアラはクロードの隣り――剣が無い方の側――に座る。少し扱ったのでカーディガンを脱いで放り投げた。 「何?」 「本当にシルヴェールはローズと駆け落ちしたのか?」 「嘘に塗り固められたこの時代だけど――。それは真実だと思う。」 クロードは頭を抱えた。 「どうして?」 キアラが問うと、クロードはキアラを見る。その鋭い眼を髪が邪魔していた。けれど、それがまた好い男。 「あってはならないんだ。」 「愛し合っているのに?」 「お前にはそう見えているのか?」 それは長い間真実とされている。だが、クロードにそんな風に問われると自信が無い。 「――少なくともローズは。」 「・・・。」 そう。少なくともローズは狂おしい程シルヴェールを愛している。 なのに、なんだろう。この違和感は。胸の奥が茨で締め付けられるようだ。 「きっと、それだな。」 「何が?」 「お前の時代が可笑しくなった原因だ。」 やっぱり。何がやっぱりなのだ。 でも、このままいれば原因を突き止められる。 「俺達も最善は尽くす。だが――」 「別にあんたに期待なんかしてないよ。」 未来はもう決まってしまっているのだから。 キアラはクロードの両頬を引っ張る。男前を崩すのは思いの外楽しかった。 クロードは嫌だ、と言う代わりにキアラの手を払おうとする。だが、キアラはしぶといのだ。 「私は私の明るい未来を切り開く為に此処にいるの。だからクロードは決まったローズの未来を精一杯幸せにしたげるよう私を楽しませる為にあがけ。」 「お前、性格最悪だな。」 「だってルーシュだし。」 「あの女狐の子孫だもんな!」 何がツボに嵌まったのか。クロードは高らかに笑い始めた。自分で言っておいてあれなのだから、腹立たしい。 「真剣だったり急に笑い出したり。気持ち悪い奴。」 「お前が言うな。」 「へぃへぃ。あたしゃ気持ち悪い顔した女ですよ。」 キアラは立ち上がるとクロードに向かって思い切り舌を出してやった。 そしてベッドの下から溜め込んでおいた薔薇の砂糖漬けを出してクロードに渡す。それから、今日ちょろまかした――否、頂いた葡萄ジュースを取り出した。 葡萄ジュースを見ると、微かにだが、クロードの目が輝いた。 「酒か!?」 「だぁほ。ジュースだよ。ジュース。未成年はお酒飲んじゃいけないの。」 「未来はそんな有り得ねぇ事言ってんのか?」 「飲酒が未成年に齎す害が立証されたの。」 ジュースをコップに注ぎたかったが、その為のコップが無かった。だからと言ってクロードと回し飲みするのも嫌である。結論。一人で飲む。 ジュースを口に流し込む。濃い果汁100%のジュース。果実のままの方が良いのではないだろうか。 キアラが瓶を口から離して口を腕で拭うと、何とクロードはキアラからそれを取り上げた。そして自分もそのまま飲む。 「あ!」 「あ?」 小学生のような事を言う訳ではないのだが。間接キスじゃないかこん畜生。 キアラは顔を青くしクロードの図太さに怒り自分の軽率さを恥じた。 クロードは何とも思っていないだろう。だが、これはキアラの問題であって。 「こんにゃろ!あんたのせいでもう私飲めないじゃん!」 「は?お前、これ全部自分で飲むつもりだったのか?」 「当たり前だろ!コップ無いんだから!」 「回し飲みすりゃ良いだろ?」 「顔が良いからって馬鹿にすんな!」 「意味分かんねぇよ!」 キアラは思い切りクロードの膝を抓った。だが、クロードは顔を歪めるだけだった。 「白魔術覚えたら第一にお前を呪ってやる。」 「・・・。そりゃ勘弁。」 クロードが薔薇の砂糖漬けを口の中に放り込んだ。何と無く悔しいのでキアラも食べる。 暫く沈黙が続く。気拙い、とかではない。ただ単に先程のやり取りで疲れた。 「・・・クロード。」 「ん?」 「クロードって家族好き?」 途端にクロードは呆れた顔になった。自分でも何て馬鹿な質問を、しかもクロードにしているのかと思う。 それは分かっていたが答えが聞きたかった。クロードの答えが。 「――叔父は嫌いだな。変質者だったから。兄は――、気に入らないけど文句言える立場じゃないし。」 「両親は?」 「あんまり向こうも俺に興味無かったからな。」 胸が痛んだ。少し息苦しくなる。 「俺も無い。」 「ふぅん。お姉様方は?」 「あんまり会った事無いなぁ。あ、でも長女と七女とは仲良い。」 やはり、仲が良いのではないのか。罪悪感と共に、安堵も感じた。 「お前は?」 「――は?」 考え事をしようと思っていたのに、急にそんな事を問われてキアラは戸惑った。一体何が、と一瞬だけ考えてしまう。 するとクロードの眉間に皺が寄る。その不本意に美しい顔がキアラに迫る。 「人にだけ言わせて自分はだんまりか?」 「・・・。」 それは良くない。分かっている。 黙っていてクロードの気分を害さないか、喋って自分が楽になるか。そう考えず、キアラは後者を取った。 「兄三人と姉一人。クロードと同じ末っ子。」 「五番目じゃねぇか。俺なんか九人目だぞ。」 「そう云う意味で言ったんじゃないよ。」 だが、これでもキアラの時代では顔が引き攣る程の大家族だ。それを分かってほしい。 「ま、でもお前ん所良さそうだな。」 「どうして?」 「じゃなきゃお前みたいなのは育たないだろう?」 「・・・。」 単細胞の筋肉馬鹿め。 キアラが勝ち誇った、否、呆れた顔で溜息を吐いた。念の為に言っておくが小馬鹿にしている。 するとクロードは頬を引き攣らせた。キアラが思うに、申し訳無い気持ちと腹立たしい気持ちが混ざっている。キアラもよく現代にいた時にはそんな気持ちになったものだ。 |