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ニ章 暁の王女


 勝ち誇った気分を満喫すると、キアラは口を開いた。
「ババアがルイーズ=グレース=ルーシュみたいなの。」
「壮絶だな。」
 もう来たか。
「んで、母さんは嫁いびりに耐え兼ねて家出した。」
「そりゃそうだろう。」
「姉貴は駆け落ちした。ババアに反対されてたからね。身分違いだって。」
 身分も何もあったものではない時代――ドュトルエル王国に限るが――によくそんな事が言えたものだ。
「親父は?」
「ババアにビビって何にも。私嫌われてたから、最近は喋った事もなかったし。」
 最後に喋ったのは――。ヴェルディー帝国に移住する相談をした時だろう。残るキアラに、何の言葉もくれなかった。
 と、頭に違和感を感じた。何事かと思えば、クロードがぐりぐりとキアラの頭を撫でている。
「うざい。」
「悪かったな。」
 だが、キアラはその手を払い除けようとはしなかった。大きくて、ごつごつしていて、少し懐かしいような気がしたからかもしれない。
「そんで一番上の兄貴が引きこもりでさぁ、もう自分の小屋掘っ立てて不気味な研究ばっかしてた。」
 思い出すだけで身の毛がよだつ。キアラはあんな恐ろしい研究のモルモットにされそうになったのだ。
 最終的には引き摺られるようにしてヴェルディー帝国に旅立ったから良しとしようか。
「――その気持ち、何と無く分かる。」
 クロードも兄に苦労した口なのだろうか。苦労ど(くろうど)だけに、なんちって。ああ、寒い。
 下らないギャグを考えてキアラはちょっとだけ自己嫌悪に陥ってしまった。
「大丈夫か?」
「まだまだいける。そんで残る二人の兄貴が双子。」
「俺も三番目と四番目が双子だ。」
「へぇ。似てる?」
「外見も性格も全く一緒だよ。」
「私の兄貴は全然似てなかった。」
 外見も微妙に似てなかったし、性格なんかは全然。
「上は下品で野卑でクロードみたいで。」
「――俺をけなしてんのか?」
 無視。
「でも、下は優しかったぁ。」
 キアラは耳に手を当てる。彼がキアラにくれたピアスが、ひんやりとしていて気持ち良かった。
「おやつだってこっそりくれたしさ、私が落ち込んでたら必ず励ましてくれて。」
「良い兄貴だな。」
「家族の中で好きなのは兄貴だけだよ。」
 兄弟の中で、その兄だけをキアラは兄貴、と呼んでいた。その他は全て名前の呼び捨てである。
「兄貴がこのピアスくれてさ、私は最強の力を手にした。」
「それは何だ!」
「ただの願望?」
「本当にそうだろうな?」
「ふっふっふ。」
 確かにこのピアスで強くなったのは事実。風は炎を強くしてくれるから。元々はルイーズが自分の魔力を高める為に着けていた物だと言われる。
 懐かしい。今度はいつ会えるか分からない兄にキアラは思いを馳せた。
「良い兄で良かったな・・・。」
「そうそう。ニーナ様と会えたのも兄貴のお陰なんだよ。」
「ニーナ?」
 自然と笑みが零れる。キアラはクロードの脇腹を肘で突いた。
「私の主君。クロードで言うローズ。」
「王女?」
「うん。ローズの子孫。」
 クロードが目を伏せた。
「髪は全然違うんだけど瞳の色が全く同じなんだ。暗い時には思わなかったけど。それによく見ると似てるんだよ。」
「美人?」
「多分そうなるよ。」
 ニーナはまだ十四歳なのだから。これからどんどん美しくなる。ローズの血筋なのだからきっとそうなるに違いない。
 美しくなったニーナを思うとキアラは更に嬉しくなる。そんな未来を、キアラは守りたい。
「兄貴に付いて城に行った時に鞠を突いて遊んでたんだ。それでニーナ様の遊び相手兼従者みたいなのやって、宮廷魔術師やって。」
「お前がなれるなんてかなり衰退してんだな。」
 クロードが言っている事は事実。なのに、癪に障る。言い方の問題だろうか。
「属国強いられたから来た。」
「ぞ、属国!?」
 クロードが驚くのも当然だ。今は他国を属国にしているドュトルエル王国が属国になるのだから。
 ツケが回って来た、と言えばその通りだろう。だがこの栄華を誇るドュトルエル王国が属国だなんて。
「私はニーナを幸せにしたい。」
「――そうだな。」
「それで次はクロード、ローズとの出会いと彼女への思いを言っちゃって下さい!」
「はぁ?」
 何で俺が、とクロードは思っているようだ。しかし。
「私だけ言うなんて恥ずかしいじゃない?」
「お前が勝手に言ったんだろう。」
「喋ってくれないと呪い殺す。」
「・・・。」
「シルヴェール様とテオもついでにお願いね。」
 クロードは前屈みになる。指を組んで、足と足の間に落としていた。それを額に付け、溜息を吐くその姿は彫刻のようだった。
 嫌そうに顔を顰めながらも、クロードは言葉を探して紡ぐ。
「シルヴェールは、元々ローズの従者だったんだ。グェルフィはダルシンに次ぐ大貴族だからな。」
 グェルフィ。大貴族。シルヴェールが貴族なのも初耳なのに、大貴族なんて。
それにグェルフィなんて貴族、聞いた事がない。
「キアラ?」
「あ、いや、続けて。」
 何て闇に葬られた史実が多い時代だ。キアラは改めて痛感する。一体この時代にそこまでの何があったのだ。
「そんでだなぁ、俺とローズが会ったのは十三でローズが社交界デビューした時の舞踏会。」
「流石ぼんぼん。」
「ぼんぼん言うな。」
「シルヴェール様と出会ったのもその時?」
「いや。」
 クロードが首を振った。
「シルヴェールは騎士団にもよく顔出してたから面識はあった。」
「ま、シルヴェール様も騎士だもんね。」
「で、テオは――。役人の採用試験を受けに来てたんだ。それで初めての満点。」
 天才は嫌だ。実に、そう思う。
 魔術においてはキアラだって天才なのだが、テオドールは格が違う。
「それで普通、役人になるだと思うだろ?」
「うん。」
「だけど騎士団に入団。」
「うげ。」
「試験は自分の力試しだったんだと。」
「絶対早死するな。」
「だろ?」
 クロードが口の中に薔薇の砂糖漬けを放り込む。美味しそうな匂いがした。
「俺も初めて会った時は嫌いだったよ。」
 キアラも話を聞く限り嫌いだ。テオドールとは話してみたら分かり合えたが。
「ま、でもローズがテオ気に入って話し始めてからかな?仲良くなったのは。」
「話したら面白いただの変人だもんね。」
「それそれ!」
 キアラの一番上の兄も変人だが、テオとは違って生きている事自体が不自然な人間である。
「頭良いから頼りになるし。」
「シルヴェール様も信頼してるみたいだしね。」
「テオの頭の考えには頭が上がらない。」
 キアラは葡萄ジュースを口に含む。よく喋った為喉に染み渡った。酸味が広がる。
 クロードは見計らったようにキアラの手からそれを取る。葡萄ジュースは見る見る内に最後の一滴を残さずクロードに吸い込まれた。
「そんだけ良い飲みっぷりなら一気飲み選手権で優勝出来るよ。」
「何だそりゃ?」
 キアラの時代、城で少し流行っていた遊びである。因みに優勝者はコレットだ。
「名前から察しろよ。」
 キアラはクロードの頬を指で突く。クロードの頬は固くて、無理矢理押すと赤い痕が残った。



 失敗した。キアラはローズの部屋の全面鏡を磨きながら考える。
 どうしてだか昨日、クロードと話が盛り上がってしまい、一睡も出来なかった。気付いたら朝になっていたのだ。
 昨日の疲れも重なって、もうふらふらだ。出来る事なら今此処で倒れ込んで眠ってしまいたい。魔術師は徹夜に強くても、それは体力を使わなければの話。
 クロードは今、騎士団だろうか。テオドールにこっぴどくやられてしまえ、とキアラは理不尽な事を考えていた。
「キアラ。」
「はい?」
 ローズに呼ばれてキアラは振り返る。華奢なデザインの椅子に腰掛け、ローズは右側の肘掛けに体重を預けていた。
「散歩に行きたいのだけれど――。良いでしょうか?」
「ちょっと待って下さいね。誰か呼んで来ますから。」
 テオドールにローズが外出する時は三人の誰かを必ず護衛に付けろと言われているのだ。
 解雇されてしまったら何も出来ないので、キアラは雑巾を置いて探しに行こうとする。ローズがキアラの腕を掴んだ。
「テオをお願い。」
「分かりました。」
 キアラはローズに微笑んだ。
 ローズの部屋を出ると扉の両脇に近衛兵が立っている。テオドールに言わせたら騎士になりたかったが自分の実力に見切りを付けた者、らしい。だがそれにしては随分と若い。
「いつもご苦労様です。」
 キアラが声を掛けると右側の近衛兵が軽く会釈をしてくれる。彼はユーグ。キアラが見掛けた近衛兵の中で一番愛想が好く若い。いや、愛想が好いのとも少し違うか。
 とにかく、歳も近く一番話し易いので彼に話す事にした。
「ちょっとお使いに行って来ますんで宜しくお願いします。」
「了解しました。」
 これで安心、と云う訳ではない。彼も敵――ローズの命を狙う者――かもしれないのだ。一刻も早く帰って来なければ。
 もう一人、女官を増やしてほしい。今の所のキアラの希望だった。どうせもう直ぐ駆け落ちだろうが。
「テオ!」
 訓練所に着くと取り敢えず叫んでみた。返事は無い。
 クロードもシルヴェールもおらず、テオドールを探すのは困難に思えた。
「済みません。」
 キアラは一番近くにいた。半裸の彼に声を掛けた。ぎょっとして彼はキアラを見る。こんな所に女性が来るのは珍しいだろうからか。
「テオを見ませんでしたか?」
「い、いえ。」
 彼の声が震えているように聞こえるのは気のせいだろうか。
「シルヴェール様は?」
「さぁ?」
「じゃあクロードは?」
「副団長なら今、向こうで寝てますけど――。」
 彼が指差した場所には木で影が出来ていた。彼処で昼寝したらさぞ気持ち良いだろう。キアラを差し置いて。
「ありがとうね。」
 キアラは彼に礼を言うとクロードを目指して歩いた。叩き起こしてやる。
 どうやって起こそうか。そう考えると自然に笑みが零れた。魔術は止めておこう。知られたくないし、クロードを殺してしまいそうだから。
 木陰で幸せそうに眠っているクロードを見て、直ぐに答えは出た。
「天誅!」
「ぐわっ!」
 キアラはクロードの腹に飛び乗った。毎日鍛えているだけあって腹筋が固い。
 クロードはキアラを振り落として直ぐに立ち上がった。キアラが敵なら、クロードはもう死んでいる。
「お前なんのつもりだ!?」
「クロードだけ眠ってるなんてやだもん!」
「・・・。」
 必殺、色んな意味でダメージを与える可愛い子ぶりっ子。
 クロードは顔を引き攣らせてキアラから目を逸らそうとしていた。
「それで、テオ見なかった?」
「テオ――?」
 クロードが訝しげに問い返す。
「ローズが探してんのよ。知らない?」
「今自分の書庫で入り浸っている。」
 ありがとう、と言おうとしてキアラは口を噤んだ。シルヴェールと行った事はあるが、地理的に何処にあるのかは分からない。
「何処?」
 明らかにクロードの顔が歪むのが分かった。何なのだ。キアラとそんな事も話したくないのか。
 唇を尖らせてキアラはクロードの次の言葉を待つ。
 男ならさっさとしやがれ、とキアラはクロードにとっては理不尽な事を考えていた。
 ふと、キアラにクロードの顔が近付いて来たと思うと耳打ちをされた。深くにも少し赤くなってしまう。
「図書館の隠し部屋。」
「・・・。」
 隠し部屋か。しかも図書館の。テオドールも相当あくどい。
「これは一部の司書と俺達しか知らないんだ。言うなよ?」
「言っても私に利益なんて無いし。」
 それに、後々テオドールに復讐なんてされでもしたら。そう考えると寒気が背中を駆け上がった。
「ありがとう。」
 キアラは図書館に向かった。走って。あまりローズを待たせたくない。
 図書館に着くと、大臣や役人がいた。一般には開放されていないからそんな者達くらいしか使わない。
 此処からが本番だ。キアラはそれとなく、それとなく人気の無い本棚と本棚の間に隠れる。
 テオドールは魔術師ではない。だから魔術を施していないのでその分楽で、その分難しい。クロードを置いて来たのは浅はかだった。
 しかし手はある。探せないのなら呼び出せば良い。
 だがこれは白魔術に入るので苦手なのだ。キアラは。だが黒魔術と違い暴走しないので良しとしよう。
 失敗したらテオドールのせいだ。この図書館が何か変な物になってもテオドールのせいだ。
「待ってろよテオ!」
「何?」
「ひぃ!」
 テオドールの声がした。意識を拡散させると、目の前にテオドールがいる。気付かなかった。
「どうした?」
「あ・・・、ローズが。」
「丁度良かった。俺も用があったんだ。」
 テオドールの腕の中には沢山の本が積まれていた。二十くらいだろうか。
「持ちますよ。」
 キアラは上から六冊持つ。
「ありがとう。」
 キアラとテオドールは方を並べて歩き始めた。
「テオの用事って?」
「ん?逃走の事。」
「逃走――?」
 キアラは腕の中に目を落とした。すると、一番に飛び込んで来たのは、ヴェルディー帝国、と云う文字。
「――用意周到ですね。」
「元々勝率は二割も無かったからな。それに君も言ってたし。」
 そう、言った。出会って一番最初に。
「ベランジェは妹とは言え、直ぐに殺すだろう。」
「そうですね。」
 実際は和平の交換条件に使われ――、待て。可笑しい。
 だとしたらキアラの時代に和平は出来ている。破棄された形跡も無い。だとしたら、結ばれなかっただけ。
 しかしローズは隣国の王子と結婚した筈だ。そして子供も残している。
 だったら何故殺される。
 捕まったら直ぐに殺されるだろう。なのに、何故ローズは生きて嫁いだのだ。
「キアラ?」
「――真実が無い。」
 この時代は全て。嘘で。大切な歴史の流れが無くなっている。
「何があったの?」
 答えは出ない。分かってはいるが、キアラは問う。
「これから起こるから君が見れば良い。」
 テオドールは扉を開けた。
 ローズが微笑んでキアラとテオドールを迎えてくれる。
「おかえり。」
「只今戻りました。」
 キアラはテオドールの肩を思い切り叩く。テオドールが嫌そうな顔をしたかもしれないが、気にしない。
「連れて来ましたよ!散歩行きましょう、散歩!」
「えぇ。キアラは何処に行きたい?」
「えっと、私は――」
 不意にテオドールに肩を叩かれた。睨み付けるようにテオドールを見上げる。
「掃除。お茶の準備。」
 テオドールが悪魔に見えた。
「一瞬で掃除が出来る魔術の考案者にでもなろうかなぁ?」
「君はシルヴェールと違って馬鹿馬鹿しい事を考えるな。」
「世界を滅ぼす呪文と掃除が一瞬で出来る呪文。どっちが需要あると思う?」
「そりゃ後者だ。前者は一回しか使えないからな。」
「正解。」
 くすくすとローズが笑う声が聞こえる。
「そうだけど、魔術師でないとそれは無理よ。」
 そうだった。ローズにはまだ魔術師であるとカミングアウトしていなかった。
「先ず魔術師から目指さないと。」
 暫くは黙っていよう。色々と面倒な事になりそうだから。
「ローズ、行こう。」
「えぇ。キアラも一緒にね。」
「・・・。」
 ローズは優しい。心が癒されるような気がした。
「やっぱりもう一人増やさないと駄目か。」
「当たり前だろ。」
 キアラ一人でやり切ろうとしていたテオドールの神経が分からない。キアラは分身が出来る訳では――、分身だと。
 分身は白魔術。それの最高峰の術だが、術者の追うリスクも多い為禁術となり、キアラの時代では途絶えてしまっている。
 だが、五百年前ならまだ禁術になる前ではないか。使える者も少なかったらしいが、シルヴェールならきっと使えるだろう。否、使いこなせるだろう。
 キアラは白魔術は苦手だ。性格的にも合わない。だが分身を習得する事が出来れば。
 一人は雑用に従事し、一人はローズとずっと遊んでいる事が出来る。
 習おう。禁術を使ってしまった身だ。まだ表れていないとは云え、その代償がどんなものか分からない。怯えて毎日を暮らすより、こっちから向かって行ってやろう。
 そうと決まれば早速今晩、シルヴェールを捕まえよう。そして分身を習おう。
もし仮に捕まらなくとも、クロードに向かって黒魔術を放てばシルヴェールから出向いてくれる筈だ。