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三章 北へ 『Is went sepelio右手に優しい光が集まった。淡く優しい白濁色の光。その光を宙に向かって放つ。 白濁色の発光体はたちまちに大地に溶け込んだ。魔術を暴走させてしまい、何も失くなってしまった大地に命が宿る。 キアラが此処まで出来るようになったのも全てシルヴェールのお陰だ。キアラは後ろに立っているシルヴェールに振り向く。シルヴェールは薄く笑いを浮かべていた。 一週間。長いようであり、短い。このシルヴェールとの一週間の成果はキアラの人生を大きく左右するだろう。 「シルヴェール様、これで詠唱破毀を教えてくれますか?」 「暴走させる奴が何を言う。」 そう、この地がこんな風になってしまった理由だって、実はキアラがまた白魔術を暴走させてしまったからだ。 「だって三分の二の確率で成功してるじゃないですか。」 「三分の一は失敗しているだろう。」 だが、成功の確率が半分を越えたのはキアラにとって喜ぶべき事だ。詠唱破毀まで飛んだのは確かに生意気だったかもしれないが。 これでまたシルヴェールに近付けた。そう思うとキアラの胸はどうしようもなく嬉しくて跳ねてしまう。 「そのうち私が一瞬で片付けをする魔術とか開発してシルヴェール様を越える魔術師になるかもしれませんよ?」 「――私はそんな魔術に負けるのか?」 「だって絶対に需要高いし。」 キアラは簡単に片付けが出来る魔術を開発した偉大な魔術師として歴史に名を残すのだ。少し悲しいけれど。 「もう、帰るか。」 そうシルヴェールが言って仰いだ空は美しい月夜だった。細い細い、泣いているような下弦の月に艶やかに輝く星々。 神秘的な月夜だ。それはシルヴェールの瞳に似ているような気がした。 「すっかり遅くなりましたね。」 「そうだな。少し張り切り過ぎた。」 シルヴェールがキアラの腕を持つ。冷たい白い手が当たると、キアラは飛んでいた。 炎。鋭い風が炎を煽り燃え上がらせていた。此処は王城の、しかもローズの部屋の手前の筈では。 急いでシルヴェールを見る。その陶磁器のような肌には大粒の汗が浮かんでいた。 「行きましょう。」 慣れた道を通ってローズの部屋に向かう。 「遅い。」 釣り上がっていて、それでも均衡の取れているワトーの怒ったような瞳。 姫――ローズを守るようにして二人の騎士が取り囲み、剣を抜き放っていた。鈍い剣に炎の光が反射している。 「王妃が殺害されファブリスは捕らえられた。ベランジェはローズを狙っているようだ。もう、此処にも来るだろう。」 「逃げよう。」 「なりません!」 凜、と、いつもは穏やかなローズが一喝した。暁色の髪が燃えているようだ。 「まだ負けてはいません。」 静かに。 「ローズ。今の状態では負けは目に見えている。一旦退いて大勢を立て直すのが先だ。」 「しかし――。」 テオドールの説得にもローズは難色を示している。ローズは強い女なのだ。 と、キアラは何かを握らさせられる。手を開けばチョーク。 「転移陣を描くから手伝ってくれ。」 「はい。」 直ぐ様キアラはシルヴェールを手伝って転移陣を描き始めた。五人を飛ばすのだから大きな陣でなければならない。 「シルヴェール!」 「ローズ。」 クロードがローズの右手を掴んだ。華奢なローズとでは、襲っているようにしか見えない。 いつもに増して険しい顔でクロードはローズに迫る。なんて真剣なのだろう。 「勝ち目の無い戦いに、キアラも巻き込むのか?」 「・・・。」 その時の目は、決意を秘めた目だった。強い強い、決して折れない決意。 「――一先ず退きましょう。」 「ローズ――。」 「ヴェルディー帝国に飛ぶ!」 シルヴェールが叫ぶように言った。無茶だ。だが、転移陣はほとんど完成していた。 「私の魔力を全て使って出来るだけ王都に近く飛ばす。だからキアラ。」 暗い瞳。それがキアラを捕らえた。もう逃げられない。 「後の事は頼む。」 「分かりました。」 チョークの砕ける音がした。転移陣が、描き上がった。 シルヴェールがローズの手を引いて中に誘う。キアラはクロードとテオドールの背中を押した。テオドールは前に一度体験しているので線を踏まないように気を付けていた。 五人が転移陣の中に揃う。五人も入れば中は狭く、誰かがはみ出してしまいそうだった。 転移陣がシルヴェールの魔力で光ったかと思うと、一面の雪景色に変わっていた。 キアラは見てしまった。崩れ落ちるシルヴェール。その暗い筈の瞳が、紫だったのを。 一体何が起こったのか。慌てそうになりながら、キアラは頭を制御する。 此処は極寒の地、ヴェルディー帝国だ。やらなければならない事がある。 『An apparition of a victus alio of flamma身体中が温かくなる。これで凍死と云う最悪な事態を避ける事が出来るだろう。 魔術に耐性が無いせいか、ローズとクロードとテオドールは倒れていた。有り得ない距離を移動したのだから当然だろう。 キアラはクロードの脇腹を蹴る。それからローズとテオドールを揺すり起こそうとした。 「痛ぇ!」 「おはよう、凍死しなくて良かったね。」 「キアラ!」 クロードはキアラに向かって来ようとしたが、直ぐに思い直したように拳を解いてシルヴェールを担ぎ上げた。 キアラはテオドールを揺すり起す。テオドールは直ぐに起きてくれたので、次はローズを揺すり起こした。 これで――シルヴェール以外――全員起きた。しかし、この白銀の世界でどうしろと言うのか。 「それにしても――。私、ヴェルディー帝国ってもっと寒いのかと思っていました。」 信じられない娘が一人いた。 「いや、私の魔術です。」 「あぁ!そうでした!」 ローズはキアラが魔術師であると云う事を忘れていたようである。悲しい。 クロードはまじまじと自分の掌を見詰める。そして下ろした。 「取り敢えず町に行かないとな。」 「言葉、通じる?」 キアラが問うとクロードがテオドールを見た。テオドールはローズを見る。 「――ちょっと待ってて。」 困った時は禁書を頼ろう。キアラは転移陣を描いた。キアラの部屋の転移陣の上にある禁書が直ぐに呼べると云う優れた魔術の使い方である。 禁書を呼ぶとキアラ禁書を開いた。言葉が通じるようになる魔術が何処かに書いてあった気がする。 雪に腰を下ろして禁書を読む事二十分。漸くそれらしき魔術を発見した。 魔法陣を描き、その中の言葉を統一する。なんとも無茶な魔術ではないか。 「そんな魔力、今の私には残ってません。」 「時間取ってそれかよ。」 クロードの言う事は当たっている。その通りだ。だが。 「そんなに言うんなら、クロードの命を代償にしてやっても良いのですが?」 「・・・。」 黙ってしまうクロード。それで良い。魔術師ならば何でも出来る訳ではない。 「私の魔力が保つ間に町に行きましょう。町。」 「で、何処だと思う?」 右も左も白銀の世界。見えるのはただただ白。他には何も見えない。 どうすれば良いのだろう。だが、それを考えるのはテオドールの仕事ではないか。 キアラは縋るようにテオドールを見る。だが、テオドールは肩を竦めた。 「王都は北にある。その南側に町は集中しているらしい。」 「北は何処?」 「魔術師だろ?どうにかならないの?雪を全部溶かすとか。」 「――。」 魔術師魔術師って。シルヴェールならばいざ知らず、キアラは平凡な天才魔術師なのだ。 キアラは舌打ちした。だったら見せてやろうではないか。 『flamma』キアラはクロードすれすれに炎を放った。溶けて道が出来る。 クロードとテオドール、ローズが感心したように目を見開いたのも束の間。 溶けた雪が凍った。瞬時、と言っても差し障りの無い時間に。 そう。溶かしてもこの気温なら凍ってしまって同じ――、もっと酷くなる。 「もっとやって無駄に魔力消費しましょうか?テオドールさん?」 「いや、いい。」 テオドールは即答した。 「道を探そう。」 「宜しく、テオ。」 「頑張って下さいね。」 キアラはともかく、ローズに頼まれてはテオドールも断れないようだった。 シルヴェールを背負ったクロードがにやにやしている。しかし、こうして見るとシルヴェールは細い。女のようだ。 テオドールが前へ進む。キアラとローズが後を追い、その後をクロードが追った。 迷ったテオドールにキアラが癇癪を起こして炎の球を投げ付けたのはいつだっただろうか。大分前の事のように思える。 疲れた。キアラの魔力が尽きそうになって、でもまだ続いていて、けれどもローズが力尽きて。 あれからキアラは空に向かって光を打ち上げた。何回も、何回も。だれかが気付いてくれるかもしれないと云うテオドールの提案だった。 果たして、助けは来たのだろいか。分からない。途中でキアラも力尽きた――、ような気がする。その辺りの記憶は何とも曖昧なのだ。 ――温かい。と云う事は、キアラの魔力は尽きなかったのだろうか。 否、違う。 ふと思い出してキアラは立ち上がった。 急に、痛くなったのだ。どうしようもなく胸が痛くなってキアラは倒れてしまった。 辺りを見渡すと質素な木の部屋だった。だが、暖かいと云う事はしっかりとした造りの建物なのだろう。 誰もいない。ローズもクロードもテオドールもシルヴェールも。誰もいない。キアラだけが助かった、と云う事は無いだろう。が。 不安になる。キアラはたった一つの扉を開けて、外に出た。すると、隣りではクロードが壁に凭れ掛かって眠っていた。 ちゃんと、いた。キアラは安心して屈む。ふと、キアラの中に悪戯心が芽生えた。 頬を引っ張ってやろう。にやりと笑みを浮かべてクロードの頬に右手を伸ばした。 ――弾かれる。驚いて右手を摩る。クロードに目を向けると、クロードが腰の剣に手を伸ばしていた。 「・・・。驚かすな。」 「――こっちが驚いた。」 クロードは立ち上がる。釣られてキアラも立ち上がった。 「この国の僧侶が助けてくれたんだ。キアラも礼を言っとけよ。」 「うん。何処にいるの?」 「一緒に行くか。」 「一人で行けって言われても無理だし。」 「――。憎たらしい。」 憎たらしくても、それがキアラなのではないか。そう思う。思ってほしい。 クロードの後をキアラは追った。服装が、いつもより若干薄着になっているような気がするのは何故だろう。 そう云えば、と自分の服も見ている。ヴェルディー帝国の服装だろうか。変わっていた。 薄紅色のドレス。柔らかい皺が沢山ある。丸みを強調するようなデザインだ。悪いが、直ぐに脱ぎたい。 「ってか何で服変わってんの?」 「此処は寺院みたいで関係者みたいな女が着替えさせてた。」 「元の服は?」 「暑くて死ぬぞ?」 「どうして?」 「外が寒いから中は凄い暑くしてんだとよ。」 クロードの話に寄れば、ヴェルディー帝国では少しでも気を抜けば、いや、温度を下げれば死ぬらしい。この時代に温度調節と云う高度な技術は無く、暑いままなのだ。 一番驚いたのが、最下層の民家でもそうなのだ。しかも浮浪者――キアラの時代で言うホームレス――もいない。死ぬから。 何て厳しい国なのだろう。キアラはクロードの話を聞きながら呆然としてしまった。 「しかも魔物が出るから規律が厳しいんだとよ。」 「魔物・・・。」 キアラの時代に魔物はいない。この時代に狩り尽くされたとも、自分の世界に還ったとも言われる。真相は、魔物にしか分からない。 キアラは自分の掌を見下ろした。白い。だが少し黄ばんでいて、手の皮が厚くなっている。働き者の証拠だ。 「キアラ?」 クロードが眉を顰めてキアラの顔を覗き込む。キアラは今まで見詰めていた掌を握った。 「私も魔物使役してぇ。」 使い魔。魔術師にとって永遠の憧れである六百年前にはドュトルエル王国にも使い魔を使役する魔術師がいたと言う。 「阿呆。」 「五月蝿い!」 キアラはクロードの背中を思い切り叩いた。鍛えられた背中はびくともしない。 クロードのような一般人には分からないだろう。使い魔を使役する憧れが。 「絶対に何か使役してやる。」 「はいはい。」 「・・・。」 馬鹿にされたようで少し悔しかった。キアラは唇を尖らせる。 「コンスタンチンさん――助けてくれた人な――は大僧侶で二番目に権力のある僧侶らしいからな。失礼の無いようにしろよ。」 「――クロードに言われると変な気分。」 「俺だって礼儀くらい弁えてるよ。」 大きな寺院なのに、これだけ歩いても誰もいない。キアラは不思議な気分になった。 ヴェルディー帝国は僧侶が少ないのだろうか。キアラが辺りを見渡していると、クロードが木で出来ている大きな扉を開けた。 コンスタンチン。それが誰であるか、一目で分かった。 簡素な修道女。着飾った僧侶。どれでもない。中央の、男性。 短い茶色い髪。優しそうな茶色い瞳。毛皮に身を包み、矢を背負い剣を下げているその姿は狩人のようだった。 この人に間違いない。 「クロード、目が覚めた?」 「今さっき。」 「初めまして、キアラ=グレース=ルーシュです。助けて頂きありがとうございました。」 「いや、俺は人間として当然の事をしただけだよ。」 コンスタンチンが近付いて来る。 「ところでクロード、これから俺は魔物狩りに行くんだけど――。一緒に行く?」 「行きます。」 キアラはまたと無いチャンスに、クロードより先に答えた。クロードに断られては大変だ。 コンスタンチンの手を握ってキアラは振り回す。コンスタンチンは大きく目を見開いた。 「でも、目が覚めたばっかりだし――。女の子だろ?」 「私、魔術師だからクロードよりは役に立つと思いますよ。」 コンスタンチンはクロードに目線を送る。クロードは軽く顎を引いて頷いた。 「でも――」 「是非行かせて下さい!」 魔物が欲しい。使い魔にしたい。 そんなキアラの心を知ってか知らずか、コンスタンチンは肩を竦めた。 「仕方無い。」 「やった!」 「でも、俺が危険だと判断したら直ぐに帰ってもらうからね。」 「はい!」 図鑑以外で魔物を見る事が出来る日が来るなんて。キアラは嬉しくてクロードの背中を叩く。と、クロードに耳打ちされた。 「気安く手なんて握るなよ。」 「――?」 クロードに言われた事の意味が分からなくて、キアラは眉を顰める。そして声も潜めた。 「どうして?」 「失礼に当たるからだ。」 地域が違えば文化も違う。キアラはそれを目覚めて直ぐに実感した。 コンスタンチンに悪い事をしてしまった。罪悪感にキアラは肩を落とす。 「ガリーナ、キアラに毛皮を。」 「はい。」 ガリーナと言われた年若い修道女は一礼をして去った。何と無くコンスタンチンが偉いのだと分かる。 「クロードはどうする?」 「行きますよ。ただでお世話になる訳にはいきませんから。」 「気にしなくても良いのに。」 「いや。シルヴェールが目覚めたら職を探して出て行きますよ。」 「クロードは破壊僧に向いていると思うんだけど。」 「はかいそう?」 キアラが口に出して問い返すとコンスタンチンは頷いた。 「魔物を狩る僧侶の事。だから重宝されてるし身分は上だ。」 「多分俺には向きませんから。」 確かに。ヴェルディー帝国の僧侶はキアラが想像する想像は大分違うが、そんなクロードは想像出来ない。 それにしても、まだシルヴェールは目覚めていないのか。キアラが何日眠っていたか知らないが、心配だ。 シルヴェール程の魔術師とは云え、ドュトルエル王国からヴェルディー帝国まで、大陸を二つも飛んだのだ。魔力が尽きて目覚めない、なんと云う事があったら。 「キアラさん。毛皮をお持ちしました。」 「ありがとう。」 それは純白の毛皮だった。雪に溶けてしまいそうに。そして、滑らかでふわふわしている。 何の獣だろう。キアラはそれを撫でて毛皮の滑らかさを楽しんだ。 「それは魔物の毛皮だから見た目以上に暖かいよ。」 「魔物!?」 魔物の毛皮を剥いで服にしてしまうなんて。何て豪快なんだ。ヴェルディー帝国の人々は。 キアラはすっかり驚いて毛皮を凝視する。この純白の毛皮の持ち主がグロテスクな容貌でない事を願おう。 |