|
三章 北へ 「元は女王陛下の物だからね。暖かさは保証する。」 「え?」 ヴェルディー帝国の女王――帝王の持ち物だった物を持っているだなんて。コンスタンチンは何て身分が高いんだ。 「さ、それ着て行こうか?」 「あの、私が着ていた服は何処でしょうか?あれが一番動きやすいんで。」 するとあからさまにコンスタンチンの眉間に皺が寄った。 キアラの服に何があったのか。高価な物ではないのだが、ルーシュ家のバッチも入れていたので気になる。 「――死ぬよ?」 またか。 「大丈夫です。寒かったら魔術で何とかしますから。」 「あぁ。だから発見した時に生きていたのか。」 恐るべきヴェルディー帝国の極寒の地。死ぬ死ぬと言われるが、そんなに寒いとは今まで思ってもみなかった。 「彼処は魔物の巣の近くだから、本当に良かったよ。」 残念、と思ったのはキアラだけだろう。 「じゃ、着替えて来ます。」 「ご案内します。」 ガリーナに案内された先は、キアラが眠っていた場所だった。 早く着替えよう。そう思った。しかし。ガリーナが出て行く気配は無い。 「・・・。あの、ガリーナさん?」 「キアラさん!ドュトルエル王国ってどんな所ですか!?」 「・・・。」 「わたしぃ、小さい頃に捨てられたから修道女なんてやってるけど、本当は普通に恋して普通に結婚して普通にお母さんになりたいの!」 「はぁ。」 分からない。キアラにはそんな考え方は分からない。 「あ、着替えてて。変に思われたら困るから。」 「・・・。」 出て行ってくれるとは思えない。キアラは着せられていたドレスを脱ぎ捨て元の服を着始めた。 「それで、わたし、キアラさん達が来てからドュトルエル王国に行きたいなぁって。それで、お話聞きたいの!」 「・・・。」 ちょっと辛い。 「気候も温暖だし、良い所だよ。うん。ヴェルディー帝国についてまだあんまり分からないから言えないけど。」 「そっかぁ。でも行きたい!」 「ツテも無しに行くのは大変だよ。」 「キアラさんのツテは?」 「――何も無しにドュトルエル王国からヴェルディー帝国に来ると思う?」 それくらい想像を働かせてほしい。やはり、こんな閉鎖的空間にいたら分からなくなってしまうのだろうか。 ガリーナは黙ってしまった。キアラは純白の毛皮を纏う。 「熱っ!脱いどこう。」 「外に出るんなら駄目ですよぉ。厚着して熱を篭らせとかないと。」 「うへ。」 またガリーナに案内されて元いた場所に帰った時にはクロードも毛皮を着込んでいた。唯一見える顔からは汗が吹き出している。 「キアラ、はい。」 そう言って渡されたのは手袋とブーツ。動物か魔物かは分からないが革だった。 大人しく手袋を嵌めると少し大きかった。ブーツもそうだと困る、と思いながら履くと丁度のサイズだった。 暑い。頭がくらくらする程暑い。これだったら外に出た途端汗で氷付けになりそうだ。 「さ、行こう。」 「コンスタンチンさん、外に出た途端汗で凍ったりとかしませんか。」 「大丈夫。」 コンスタンチンの後を追って外に出る。寒い、と思ったのは一瞬。篭った熱で暖かかった。 ヴェルディー帝国の極寒の地で培われた智恵だ。やはり土着の人々が一番凄い。 「こっち。」 そう言ったかと思うとコンスタンチンは迷う事無く真っ直ぐに歩き始めた。置いて行かれまいとキアラは小走りで追う。 白銀の世界。コンスタンチンを見失ってしまったら、キアラはクロードを道連れにして死ぬしかないだろう。 「どうして道が分かるんですか?」 「勘。」 そう言い切ったコンスタンチン。本物だ、とキアラは思った。 「コンスタンチンさん、帰ったら魔法陣描いて良いですか?迷った時の為に。」 「消すんなら良いよ。迷ったら死ぬからね。」 あんまり連呼されると怖い。 「でも、魔法使い――、君達は魔術師か。それなんて凄いよね。」 「いえ、そうでもないですよ?」 「いや、凄い。俺達なんか大僧侶になってやっと陛下に使い魔貰えるくらいだから。」 今、コンスタンチンは、使い魔、と言わなかっただろうか。 「貰えるの?」 「うん。」 今の帝王は魔術師――魔女――か。だとしたら、彼女は。 「それは初耳ですよ。」 いつの間にかクロードがキアラと並んでいた。 「使い魔だなんて。」 「他の大僧侶は魔物狩りの時に使うけど、俺は力で押し切るからさ。」 魔物相手にそれはちょっと違うと思う。だが、その腰の剣や背中の弓で狩るのだろう。 「本当は破壊僧に一匹付けてほしいんだけどね。あんまり我儘言うとあの人怖いから。」 「それは我儘じゃなくて立派な職務を松藤する為の要求じゃないんですか?」 「そうだけど、ね。自分にもいてその上十六人の大僧侶の使い魔もご自分の魔力で契約なさっている訳だから。」 「そりゃ言ったら怒りますね。私だったら炎球を無差別に叩き付けますよ。」 「そりゃ、お前だけだろう。」 キアラはクロードの足を思い切り踏ん付けてやった。が、ブーツでそのダメージは軽減されてしまったようだった。 「着いた。」 不意にそう言ってコンスタンチンが立ち止まる。 着いた、と言っても遠くに町が見えた。彼処へ行くにはまだまだ歩かなければならないようだ。 不慣れな雪の道の上、結構な距離を歩いたのでキアラはこの場に座り込んでしまいたくなってしまう。 「あの町が襲われてるんだ。必ずあの森からこの辺りを通って行くらしい。」 そう言ってコンスタンチンは森を指差した。森もかなりの距離がある。 と、キアラは違和感を感じた。こんな雪の中に森がある事か。いや、違う。葉が無いのだ。 「どうして葉が無いんですか?」 「昔はあったらしいんだけど。魔物が住むようになってから全部枯木になったらしいんだ。」 「だったらあの森全部吹っ飛ばしましょうか?」 「おい。」 でも苦虫を噛み潰したようなクロードの言葉は気にしない。 「でもあの山の枯木は暖を取るのに良いんだ。だから後を付けて魔物と巣だけ壊滅させたいんだ。」 「でも後を付けるって襲われた後じゃないんですか?」 「それはそうだけど。魔物が全部巣に揃うのはその時だけなんだ。」 「・・・。」 何で。コンスタンチンは僧侶なのに人を見殺しに出来ると云うのか。 ヴェルディー帝国だから。それがルールなのだろうが、割り切れない。割り切って良い筈がない。 「魔物の好物は?」 「若い娘さんだけど?」 「だったら私が囮やります。」 「は?」 見事二人が同じ顔になった。呆然としている。 キアラが大人しく納得するとでも思ったか。納得いかない事なら変えてやる。 「キアラ、それは許せない。」 「誰かが食べられるんだから、私が魔術で何とか欺きますよ。」 「キアラ。」 クロードがキアラの肩を掴んだ。手がキアラの肩に食い込んで痛い。振り払おうとしても振り払えない。 「病み上がりなんだから無茶するな。」 「だったらあの森ごとぶっ飛ばす。」 「キアラ!」 小気味の良い音が響く。痛い。頬が痛い。まるで焼けているようだ。 あの糞ババァ。 「お前はコンスタンチンさんが何も思わずこんな判断下してるとでも思ってるのか!?」 思っている。思っていた。そう、思っていた。 「そりゃ、苦しんだ結果だろうけど。私にはどうにか出来る!」 「思い上がるな!」 恐怖。憎しみ。恐怖。 「――キアラ、お願いするよ。」 「コンスタンチンさん!」 クロードが悲鳴のような声を上げる。クロードは、ローズだけを守っていれば良いのに。 「そうだ。俺は犠牲に慣れちゃいけなかったんだ。」 「・・・。」 クロードは、もう何も言わない。 「じゃ、俺達は隠れてるから此処にいて。」 「隠れるって。」 コンスタンチンはキアラから離れて雪を掻き始めた。穴が出来る。 「クロードも掘って。此処に隠れて後を追うから。」 クロードは暫く立ち尽くしていた。キアラは睨み付けるようにクロードを見る。それに気付くとクロードは歩き始めた。 コンスタンチンの元に歩み寄ると、渋々ながら穴を掘り始めた。雪の中に隠れられるのだからヴェルディー帝国は凄い。 「いつ来るんですか?」 「夕暮れ。」 そう答えた時には、コンスタンチンは雪に埋まっていて顔だけが見えていた。だが頭は雪に埋まっている。 「多分、直ぐに来るから。」 そうは言ったが、中々日は暮れなかった。明るいままでキアラは膝を抱えて雪の上に座る。 日の光が雪に反射して眩しい。キアラはうっすらと目を閉じた。 シルヴェール。いつ目覚めるのだろう。人形のように美しく眠っているシルヴェールの姿が目に浮かぶようだ。 ――キアラはこんな事をする為に過去に来た訳ではないのに。ニーナを救う為に来たのに何故妙な正義感を働かせてこんな事をしているのだろう。 誰が死んだって関係無い筈だ。所詮は過去に起きた事なのだから。キアラは自分の事で精一杯なのに。 苛立つ。腹立つ。どうしてコンスタンチンに盾突いたりしたのだろう。 そして見えたのは狼だった。遠近感が掴めない為大きさは分からない。だが、蒼銀の毛皮を持っている。 あれがコンスタンチンの言っていた魔物か。キアラは息を潜めて待った。その魔物がキアラの目の前まで来るのを。 ――大きい。クロードの身長程はあろうか。顔がキアラの胸の前にあった。 白濁色の涎れを垂らしながらそれは唸っていた。大きさ以外は全て狼そのもの。 キアラに飛び掛かる。喉笛をやられた、と思ったが噛み付いたのは肩だった。 激痛が走る。キアラは歯を食い縛ってそれに耐えた。 呪文を唱えようとする。成功するか分からないけれど、最近シルヴェールに習った幻覚を見せる呪文。 しかし。キアラがそれを唱える前に魔物がキアラの首根っ子に噛み付いた。 ――生きている。生きているのに、キアラはそれに引き摺られた。 以前、聞いた事があった。獲物を生きたまま持ち帰り、子供に狩りの練習をさせる子供がいる、と。 これなら生きたまま帰れる。キアラは口の中でそっと回復の呪文を唱えた。成功し、肩の痛みが無くなる。 森に着いた時、果たしてキアラは生きていられるだろうか。たが、そんな不安も森に着くと消えた。 沢山の魔物が集まる。中には普通の狼と変わらない物もいた。子供か。 魔物がキアラを口から離すと、小さな――それでも大きい――魔物が飛び掛かって来る。 と。 骨が砕けるような鈍い音した。見れば、何と言うか。コンスタンチンが素手で大きな魔物の首をへし折っていた。 クロードは剣で首を一刀両断している。だが、コンスタンチンを見た後では凄いとは思えない。 「キアラ、毛皮になるから傷付けないで!」 何を言うか。だが、よく見るとクロードの斬り捨てた魔物の胴体は血で汚れていなかった。 一丁やるか。キアラは噛まれた首を摩る。ねっとりと生暖かい血が手に絡み付いた。 『terra, solum, humus, glebaキアラが呪文を唱えると、土がぐるりと動き雪が押し退けられ魔物は土に埋まった。 中々上出来だ。キアラが微笑んでいるとクロードの引き攣った顔が見える。 ぐわり、とまた地面が揺れた。そして息絶えた魔物の姿が表れる。 「ちょっと土が着いちゃってるけど大丈夫ですよね?」 「・・・。うん。」 「良かった。」 心成しか、コンスタンチンの顔も少し強張っているように見えた。 「帰ろうか。」 コンスタンチンは懐から縄を取り出して魔物の前足と後ろ脚を括り付けた。それを連ねる。 見てみればクロードも同じ事をしていて、キアラは――ほとんど無駄だが――結び目がしっかりしているか確かめた。 それが終わると、コンスタンチンは縄を肩に担ぐ。 「さ。」 便利なものだった。滑るように連なった魔物の死体がクロードとコンスタンチンの後を追う。 キアラはコンスタンチンの隣りに並ぶ。そして勇気を振り絞って聞いてみた。 「コンスタンチンさん。破壊僧ってのは皆素手で魔物を絞め殺すんですか?」 「いや。普通は剣とかを使うよ?俺は田舎育ちだから。」 そんな一言で済まして良い問題ではない。田舎と何が関係あるのか。そう田舎言いたかったがキアラは唾と一緒に飲み込んだ。 「魔物って言っても普通の動物より少し凶暴なだけだから。」 違うだろう。ヴェルディー帝国の人々とは感覚が合わないかもしれない。 「キアラ、帰ったら毛皮剥ぐんだけど一緒にやる?」 「・・・。それで私専用の毛皮作る事って可能ですか?」 「あぁ。そんな事なら教えてあげるよ。」 今着ている毛皮。暖かいし見目も麗しいのだが、あまりに上品で少し違和感があったのだ。 何度も言うようだが、キアラは高価な物が嫌いだ。だからちゃんと安そうな毛皮が欲しい。 「此処で暮らすんなら毛皮の加工の仕方も知らないと。」 また、死ぬ、と言われるのだろうか。キアラは目を逸らせてクロードを見た。 「どうした?」 「いや。何でも。」 キアラはふいとクロードからも視線を逸らせた。 「コンスタンチンさん。」 急にクロードが呼び掛ける。コンスタンチンは立ち止まって振り向いた。 「何?」 「実質問題、俺達がこの国で暮らすのは難しいですよね?」 「・・・。」 急にコンスタンチンは黙り込んでしまった。微かに俯いている。 「どう云う事?」 キアラはそっとクロードに耳打ちした。クロードは眉を顰める。 「確かに――、難しいだろうね。」 クロードの答えを聞く前に、コンスタンチンが言葉を紡いだ。 「閉鎖された空間だからね。他所者を受け入れるのは難しい。それに、他民族に迫害されていた過去もあるから。」 そうだった。ヴェルディー帝国は民族国家だ。獣神王と戦神王が民族統一を果たし、それを五百年以上も守っている。 そんな民族が他所者のキアラ達をたやすく受け入れてはくれないだろう。何と言ったって、キアラの時代にもほとんど純血を守っているのだから。 シルヴェールが目覚めたら別の場所に行く事も考えなければならない。キアラは腕組みをした。 「だから、俺はクロードは破壊僧になった方が良いと思う。クロード程強かったら直ぐに認めてもらえるよ。」 「――考えておきます。」 だが、ローズの事を考えるならクロードは破壊僧にならざるを得ないだろう。 嫌だ。クロードがコンスタンチンみたいに素手で魔物を殺るような人間になったら嫌だ。 「・・・。私、宮廷魔法使いになろうかな?」 そうすれば四人を養えるだけの給金が貰えるだろう。ただ、失踪の手立てを考えなければならないが。 コンスタンチンが微笑んだ。そして、キアラの頭に手を置く。クロードと並んでいるばかりで気付かなかったが、相当でかい。 「王宮には俺の妹が女王専属侍女としているんだ。だから、その時は宜しく。」 「――。」 王宮に妹がいるなんてかなりの貴族じゃないか、田舎育ちなんて言うな馬鹿野郎。 「その時は此方こそ宜しくお願いします。」 「明るい子だから直ぐに仲良くなれると思うよ。」 「そうだと良いですけど。」 明るくても高飛車で庶民を見下すような娘とは仲良くなれない。――キアラも貴族だが。 ふと、顔を上げると建物が見えた。茶色い壁に覆われた、白い建物が見える。 あれがヴェルディー帝国の寺院か。とても大きくて、壮厳な雰囲気を称えていた。 「やっと着いた。」 コンスタンチンが片手で扉を押す。軽々としているように見えるが、重いに違いない。 そして三重の扉を開ける。行く時には張り切り過ぎて気付かなかったが。と、 其処にはローズがいた。 思わず息を飲んでしまう。淡いパールローズのひらひらとしたドレスに暁色の巻き毛が掛かっている。ニーナと同じ瞳にもよく似合っていた。 と、急にローズがキアラに抱き着いた。男扱いされているのだろうか。全体重を預けられているような気がする。しがも、中はとてつもなく暑い。着ぐるみのバイトをしている気分だ。 「心配してたのに――。急に魔物狩りへ行くなんて心配しました。」 「あ、ごめんなさい。どうしても行きたくて。」 キアラの腕に回されたローズの腕に力が入る。だけれども苦しくはなかった。 こんなに心配しているのを見せられると、悪い事をしてしまったような気分になる。キアラは困ってしまって苦笑いを浮かべながら人差し指で頬を掻いた。 どうしよう。脳内の片隅で混乱しながらもキアラは必死に考える。どうしよう。 |