空の色は




――知ってる?あの噂
――知ってる!東壮太でしょ?
――しっ!声が大きいよ
――・・・ごめん。それで、どうしたの?
――ついに死んだらしいよ
――嘘!?
――自殺らしいんだ
――でも自業自得だよね
――そうそう。でも、気を付けて
――どうして?
――出るらしいから





「俺はそう云う噂になっているのか。」
壮太は楽しそうに呟きながら林檎を口の中に放り込んだ。
恭弥は呆れたようにそんな壮太をじっと見詰める。
恭弥は目付きが悪いせいか、それが傍から見れば壮太を睨んでいるように見えた。
「それで、どうして俺の幽霊は出るんだって?」
「生前のイジメに対する怨みらしい。」
「本当に奴等は馬鹿だなぁ。」
何故そんなに楽しそうなのだろう。
恭弥は理解に苦しむが、とにかく壮太は楽しそうなのだ。
「あれしきで俺が自殺したと思うなんて。」
恭弥は壮太と違う学校だが壮太がイジメられていると云う噂は聞いていた。
しかも無視は勿論の事その内容とは鞄に蛙の哀れな死体を入れられたり教科書が焼かれていたり。
カッターナイフの刃が靴に入れられたりだとか自転車を壊されたりだとか。
遠くの恭弥の耳にも届くくらいであるからかなり悲惨だったに違いない。
なのに笑っている壮太を恭弥は理解に苦しむ。
理解に苦しむと云えば、壮太が屋上から落ちた理由もだ。
恭弥が部活も放り出して壮太の病室に駆け付けると壮太はこう言ったのだ。
空を見ていた、と。
馬鹿馬鹿しいにも程がある。
イジメを苦にした飛び下りなら恭弥にも少しは理解出来ただろうに。
「しかし残念だな。もうあの学校に通えないとなると。」
「だからあんな噂が立ったんだろう。」
壮太は屋上から落ちて直ぐに転校した。
つまり籍が抜かれたのだ。
しかも担任の説明不足も手伝い壮太はいつの間にか死んでいたのだ。
病院で入院しているだけなのに。
「――雨宮。」
「何だ?」
「以前、どうしてイジメられていて笑っていられるのかと訊いたな。」
「あぁ。」
明らかに壮太は恭弥が見て来たイジメられっ子とは違った。
一人になるのが怖くて笑っていたのではない。
本当に楽しそうに、狂っているとも思える程に。
一人で声を上げて笑っていたのだ。
「イジメていると思っている奴等を見るのが楽しいんだ。余りにも滑稽で。」
「――。」
「途中で笑いを堪え切れなくなった時もあった。奴等は泣いていると勘違いしていたが。」
「お前は何故――」
「俺にとってイジメられる事は空を見る事と同じなんだ。」
そう言って壮太は遥か高い空を見上げる。
恭弥も空を見上げてみたが、面白くなくて直ぐに壮太に目線を戻した。
「お前にとって人間とは何なんだ。」
「空よりも低い俺の娯楽。」
林檎をまた口に放り込みながら壮太は言葉を続ける。
林檎の透明な果汁がシーツの上に一滴、垂れた。
「但しお前は別。俺と同等の人間だ。」
「俺はお前を見ると時々悲しくなる。」
「そうだろうな。」
壮太は窓の外に林檎を投げた。
「俺は狂っているから。」
――壮太は狂っていない。
恭弥はそう思う。
敢えて狂っていようとしているのだ。
狂っていると云う事で自分を保とうとしている。
「お前が狂っている等――笑わせるな。」
「雨宮の思っている事は大体当たっているよ。」
壮太は真っ赤に熟した林檎を丸ごと窓の外に放り投げた。



囲まれている。
メロンや林檎やバナナに桃、マスカット。
薔薇に鈴蘭に菫、ガーベラ、コスモス、桔梗。
気持ち悪い千羽鶴。
要らない物ばかりが壮太を取り囲んでいた。
窓から全て放り投げたくなるがそるは出来ない。
この中で唯一要る物があるとすれば、恭弥が持って来たプリンだ。
夜食にと、コンビニで買って来たプリンが六つ。
目の前の昼食を横に押しやって壮太はプリンを開けた。
振り回したのか、キャラメルソースが混ざっている。
「プリンはデザートだろう。」
「病院の飯は不味い。」
それだけ言うと壮太は立ち上がって病室を出た。
恭弥も黙ったままで壮太の後を付いて行く。
「・・・俺の母親は自殺した。」
「知っている。」
「飛び下り自殺だ。しかも俺の目の前で。」
「知っている。」
「その日から俺は狂いたくなったのかもしれない。」
壮太が向かった先は屋上だった。
鍵が掛けてあるのだが、壮太は器用に鍵を固持開ける。
「モラル・ハラスメントで精神を病んで、俺の前で飛び下りたんだ。」
美しい晴れた日だった。
何処までも透き通っているような空に浮かんでいた綿飴のような雲。
丁度心地好い風を受けて母親は笑っていた。
その笑顔は、背景の快晴と同じように美しい壮太の初めて見た母親の笑顔だった。
壮太の名を呼びながら母親は笑顔のままで飛ぶ。
落ちて潰れた人形のようになっても、母親は満面の笑みのままだった。
見てしまった壮太は六歳だったけれど。
やっと母親が父親から開放されたと幸せな気分になったのだ。
「あんな幸せそうな母親は初めて見たんだ。」
「――壮太。」
「雨宮。果たして俺は此処から飛び下りたら幸せになれるだろうか?」
「無理だ。」
口数の少ない恭弥は続ける。
「死んで幸せになれるのなら、何故人は死を恐れる?何故自殺は認められない?何故人は生まれる?」
「そうだよな。」
頷いた壮太は思いの他素直だった。
そして空を見上げる。
――雲が壮太を中心に渦を描いているような、美しい空だった。
「でも、思い出せないんだ。」
「何を?」
「あの日の空も、母さんの顔も。」
「そうか。」
「だから俺は空を見上げるんだ。」
あの日の空を思い出せれば母さんの笑顔も思い出せるから。
だから狂っていようと、空をずっと見上げる。
小さな人間の世界等目に入れず、空を見上げ続ける。
「雨宮。」
「何だ。」
「俺がお前と友達になりたいと思ったのは、お前の名前が雨だったからだ。」
小さな理由だ。
しかし、それだけの理由で嫌っていた人間に好意が持てた。
今思えばあの時の壮太の選択は正解だったのだろう。
「だから言う。あの時、死のうと思わなかったと言ったら嘘になる。」
落ちる瞬間に思ったのだ。
落ちれば母親みたいに幸せになれる。
要らない物から開放される。
「雨宮。」
壮太は確かめるように雨宮の名を呼び続ける。
「お前だけは俺に必要な物をくれた。父親もあの女もくれなかった物を。」
「そんなにプリンが必要だったのか。」
「世間体を気にした贈り物よりは、な。」
全て要らない。
壮太が昔欲していたモノはもう消えた。
「雨宮。」
「――くどい。」
「いつか、思い出せるだろうか?」
壮太が真に欲していたモノ。
「お前の気持ち次第だろう。」
嗚呼。
今日も悲しい事に空は晴れ渡っている。




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