|
「んーんーんーんー。」 寝静まった房の中で鼻歌が響いていた。良い事でもあったのか、と問いたくなるくらい軽快だ。 拙い歌を歌っているのは少女だろう。その手には、鈍く光る鎌が握られている。 「うるさいなぁ。」 不機嫌そうに、別の少女が起き上がった。その不機嫌な顔はすぐに凍りつく。 「ばいばい。」 どがっ、と。鈍い音が響いてシーツが真っ赤に染まった。 いつも見るんだ。ジェイミーの夢を。明るくくるくる表情の変わるオレの妹。 知っている人間にもオレが十歳になるまではよく間違えた。双子だとも思われた。でも、ジェイミーはとても明るい少女で。 オレは明るいジェイミーが大好きだった。だから守ってやりたい、と思っていた。 ジェイミーが欲しがっていた赤い服。買ってやったらジェイミーはとても喜んで着て歩き回っていた。 目が覚めたら暗い気分になる。目の前に見えるのは鉄格子。 あと半年。あと半年我慢すればここから出られる。 いつも目が覚めてしまうのは起床時間の前。オレはぼぅっと天井を見上げていた。 今日も起きたらメシ食って作業してメシ食ってトレーニングでもして――。 と、鉄格子が叩きつけられる音がする。怠い首を無理矢理ひねって見てみると、看守のマイケルが鉄格子を叩いていた。 「うるさいなぁ。」 「起きろ、アッパーから話がある。」 アッパーはこの少年院を取り締まっている親玉だ。どうしてヤツがオレを。 面倒臭い。だけれどもこれ以上出所を延ばしたくない。 模範囚も楽じゃねぇ。オレはゆっくりと服を着替え、房から出た。 「マイケル、アッパーの話って?」 「聞いて驚くなよ?あれはヤバイ。」 「だからそれを聞いてんだよ。」 オレはイラついて左手をポケットの中に手を突っ込む。探るとひんやりとした固い物が指に触れた。 それが何だったかは忘れた。だけどオレはイライラを抑えるためにそれを指で転がした。 しばらく歩くと所長室が見える。重い気を無理矢理捩伏せてオレはマイケルが開けたドアを通った。 「囚人ナンバーM777アレックス・ブラウンを連れて来ました。」 「ご苦労です。」 昔は軍で鳴らしたらしいが今はハゲのデブのチビ。唯一ふさふさしている口髭を自慢そうに撫でている。 「ホフマン君、下がって良いよ。」 マイケルはアッパーに一礼してから部屋を出て行った。 アッパーと二人きりか。嫌な事この上ないが、我慢だ。今オレの忍耐が問われている。 「所長、話というのは?」 「今度新しく入る囚人を君の房に入れようと思っているんだ。」 そんな事か。そんな事で呼び出されるなんて、どんな凶悪犯なのだろう。 「どんなヤツなんすか?」 「女だ。」 「女ァ!?」 冗談キツイよ。ここに女が入るなんて、あるワケないだろう。ここは男子専用の少年院だ。 「所長、今日は八月二十三日だよ。エイプリールフールじゃありません。」 「本当の事だ。」 「・・・。」 ありえねぇ。オレの背中に冷や汗が伝う。 だってそうだろう。こんな、下品なヤツばっかりの所に女が。 それに規則だって。オレ達に規則だって色々叩き込むヤツが破っていいのかよ。 「どうして――。」 何も起こさなけりゃあと半年なのに。どうしてそんな爆弾を。 「向こうで人を七人も殺しているんだ。」 「だったら死刑にするとか独房に入れるとかあんでしょう?」 死刑は、廃止された。つい先日の第六次世界対戦の時にあまりに残忍に人が多く殺されたため、国連が定めたのだ。 けれども、それは表面上の理由で。本当は政治家や軍人やその息子が凶悪な犯罪を引き起こすケースが増えているからだ。 「死刑は――、知っているだろう。それに長官の娘が狙われていると噂があってね。」 だからか。売春をやっている娘でもかわいい、か。 「ブラウン、頼む。問題を少なくするために君のL棟に入れたいんだ。」 「けれど――。タウがいます。」 「ブラウン君。」 もう、駄目だ。これ以上は断れない。 オレはアッパーのハゲ頭に唾を吐いた。もちろん、心の中で。 「・・・。」 あぁ、嫌だ。 「わかりました。」 「ありがとう。早速で悪いんだが、朝食を食べたらまたここに来てくれ。」 「はい。」 本当に最悪だ。半年経って発狂していないことを祈ろう。 オレはドアを閉めて食堂に向かった。 朝メシを食べてマイケルとアッパーの部屋に戻ると、アッパーの部屋の前にはたくさんの黒服の男がいた。それだけ重要人なのか。 「囚人ナンバーM777アレックス・ブラウン、連れて来ました。」 逆だ。オレが嫌がるマイケルを連れて来たんだ。オレも嫌だけれども。腹を括るのが大切だろう。 「ご苦労。君は下がって。」 「はっ!」 オレも出たらマイケルみたく看守になろうか。そうすれば、大変なことなんてない。 部屋に入ると、アッパーの隣りには少女がいた。青みを帯びたグレーの瞳がまっすぐオレを見つめている。 ヤバイ。オレは直感した。眼がギラギラしてやがる。 これまた青い黒髪。澄まして立っている十代半ばの少女。 この眼のギラギラは殺した後ではない。殺す前だ。 彼女が誰を殺そうとしているのか。もしかしたら、オレかもしれない。 「囚人ナンバーM999シアンだ。」 「よろしくお願いします。」 鈴を鳴らすように軽やかな声で、蝶が舞うように可憐にシアンはお辞儀をした。 どうしてオレがこんな厄介な女に。答えは一つ。オレが模範囚だから、だ。 「アレックスぅ。」 シアンは、オレによくなついた。隙があればトイレにまでついてこようとする始末。 だからシアンはオレのオンナだ、とみんな思っていた。いや、シアンは女なんだけどなぁ。 とにかく。毎日毎日シアンシアンシアン。コイツはオレを精神的に追いつめるつもりなんだろうか。 「ジムに行こう!」 「一人で行けよ。」 「嫌だぁ。」 どこにでもオレを連れ回しやがって。オレだってやることがあるんだ。 「アレックスぅ、ねぇ!」 甘えたような声を出すシアン。それは声変わり前の少年を演じているとはいえ、無理がある。 オレはシアンの髪の毛を掴んだ。シアンは一瞬驚いたような顔をするが、すぐ笑顔になる。 「お前は男なんだぞ?」 「わかってるって。だから、ジム行こう。」 「あのなぁ。」 「だったらオレと行くか?」 出た。オレは無意識にシアンをかばっていた。 図体だけでかいタウ。何年もこんな所にいるせいか男を獲物にしているかわいそうなヤツだ。 「何だよ。オレの次はシアンか?」 「ちょっとくらい貸してくれたっていいだろ?」 むしずがはしる。ズタズタに切り裂いてやりたいくらいだ。 「なぁ。」 オレの肩を通り抜けて、タウはシアンの肩を掴んだ。その時。 タウの世界がひっくり返った。 「キモいんだよ。この白豚。」 「・・・。」 このアマ。タウを投げ飛ばしやがったな。 「ね、アレックス。行こう。」 「・・・。」 アッパーめ。オレは再び思う。とんでもないものを押しつけてくれたな。 「30分だけだからな。」 「ありがとう!」 30分。いつもそう言うのに3時間に延びる。今日もそうだろう。 それにしてもこのアマめ。お前じゃなくてオレがタウに目をつけられるんだぞ。 思い起こせば三年前。オレがここに入ってタウと権力争いをした挙句、やっとの思いでここに落ち着いているのに。 「刺されないように注意しろよ。」 「何ぃ?」 コイツ、わかってやっているんじゃないだろうか。 カレー、か。カレーは美味しいものと決まっているが、ここのカレーはマズい。 オレはこのまずいカレーを目の前にして、あまりスプーンを動かしたくなかった。 横ではシアンも顔をしかめている。それでもスプーンを動かしているのはオレと違う点。 食べる気が起きない。囚人だからって廃棄物でも混ぜてんじゃないだろうか。オレはスプーンを置いた。 目ざとくシアンがオレを睨みつける。 「食べなきゃダメだよぉ。」 「マズすぎんだよ。」 「そんなんだからアレックスはガリなんだよ。」 「オレのどこがガリなんだよ。」 ちょっと傷ついた。だから一生懸命トレーニングしてるのに。 「ガリじゃん。しかも着痩せしてるし。」 いったいいつの間にオレの裸見たんだ、コイツは。だけど、言えない。オレ達は男同士になっているから。 「この変態。」 「なんだよぉ。」 スプーンを持って、オレはカレーをかきまぜる。食べる気はないけど。 カチャカチャと食器が音を立てる。シアンはオレが食べる気になったと思ったのか静かになった。 退屈だ。さっさと食事が終わってくれないか。 と。看守の腕とオレの肩が触れた。マイケルだ。 仕事だ、とその目が言っていた。 「すみません。」 オレは手を上げてマイケルを呼び止めた。 「トイレに行きたいんですけど。」 マイケルが頷いた。 「だったらあ――、僕も。」 オレは腰を浮かせたシアンの肩を押さえつけた。 「一人ずつだ。」 マイケルの言葉にシアンは頬を膨らます。ついてこられたら大変だ。 ここに入るために適当に殺って仕事したのはたったの三人。あと半年だし、ここでは最後の仕事だろう。 食堂を出ると、マイケルはオレの肩を叩いた。 「これが終わったらボスが出してくれるってよ。」 「そしたらオレはお前みたく看守になるよ。」 「馬鹿言え。お前みたいな有能なのをボスが手放すか。」 ボスはこの刑務所でアッパーよりも地位が上だ。つまり、警察の幹部。 「ボス。」 部屋に着くと、マイケルが呼ぶ。 「入れ。」 マイケルに目で合図され、オレは一人で部屋の中に入った。 「アレックス、久しぶりだな。」 「お久しぶりです。今回の仕事は?」 「今日は仕事じゃない。」 だったら何なんだ。ボスまでオレに気があるんじゃないか、と下品なことを考えてしまう。 「ジェイミー、だったな。」 血の気が引いた。ジェイミー。ボスの口からジェイミーの名が紡がれる日がこようとは。 「犯人がわかった。」 頭がくらくらする。ジェイミー。 ズタズタに切り刻まれて、川に浮かんでいたジェイミー。オレが買った赤い服を着ていなかったら誰かわからないくらいだった。 ジェイミー。お前の明るい未来を奪った犯人を必ずオレは殺してやる。 「誰ですか?」 「シアンだ。」 シアン。あの女か。必ず殺してやる。 「アレックス。」 ボスがオレの手を指す。見ると、ツメの痕がついていた。知らず知らずに強く拳を握っていたらしい。 気を取り直してオレは唇を手で拭う。その手には血がついていた。 「ついでなんだが――。」 ボスが机にナイフを置く。オレが愛用しているナイフだ。 「タウも頼む。」 「わかりました。」 ジェイミーの方がついでじゃないのか。でもジェイミーの事がわかっただけいい。 「アッパーはどうします?」 「マイケルに頼もうと思っていたが――。やってくれるか?」 「もちろん。」 あの下手くそにやらせたらオレまで危なくなっちまう。 「その変わり、お願いしますよ。」 「あぁ。」 これでオレもめでたく自由の身。いや、自由とは少し違うが。 でもジェイミーを殺したヤツを切り刻められるだけ心が晴れやかになる。 オレはナイフをシャツの中に隠した。まず見つからないだろう。 「それではボス、お元気で。」 「敵が討てるように祈ってるよ。」 まずはアッパーを殺ろう。オレは足に括りつけているナイフを触った。 昼メシが終わって1時間弱。そろそろシアンが図書館に表れて一緒にトレーニングルームに行きたいとダダをこねるはずだ。 来た。ドアが微かに開く。 ――タウか。オレの予定には関係ない。オレは本を読む。 「アレックス。」 「・・・。」 目当てはエロ本じゃなくてオレか。 「なんだよ?」 タウの手がオレの首に伸びた。待てよ、苦しい。 オレがタウの手を外すのに必死になっていると、タウの手がオレの下半身に伸びた。このゲイが。 タウの手は諦めて、オレはナイフを抜いた。予定は狂ったが、この際仕方ない。 「アレックス!それは――!?」 タウの力が緩む。オレはタウの腕から逃れて、柄でタウの喉を潰し背後に回った。背中に突き刺す。 大事なのは返り血を浴びないこと。ここは、すぐに逃げられないんだ。 ナイフをゆっくりと下に下ろす。ぱっくりとタウの背中が開いた。 久しぶりだがあまり鈍っていないようだ。 タウから離れて、オレはナイフを本棚と本の間に隠す。新しい本を手に取ると悲鳴が聞こえた。 たまにはシアンも役に立つじゃないか。オレも驚いたふりをする。看守を呼んで――。 「オレが元の場所に戻ろうとしたらシアンの悲鳴が聞こえてタウが死んでいたんだ!」 もちろん、オレとシアンが疑われた。シアンを犯人に仕立ててもよかったがそれだとオレが復讐できなくなってしまう。 タウの死因は鋭利な物で切り裂かれた背中の傷。だからオレ達はすぐに解放された。どちらもそんなもの持っていなかったから。 「アレックス、驚いたね!」 シアン、お前もすぐあぁなるんだ。 「キモいヤツだったけど、死ぬとな。」 何とも思わない。 「でも、タウは何しにきたんだろ?」 「エロ本でぬきにきたんじゃねぇの?」 「うわっ!アレックスまさか毎日図書館でそんなことしてたの!?」 「オレは上品だから勉強しに行ってるだけだよ。」 全く。冗談じゃねぇ。タウと一緒にするな。 「それよりシアン、お前本当にしてねぇんだろうな?」 「疑ってるの?」 前科七犯なんだから疑うのが普通の反応だろう。 「冗談だよ。」 「本当にぃ?」 「だってお前、前のムショで七人も殺ったんだろう?」 疑ってるふり。 シアンの表情が少しだけ暗くなった。七人も殺ってるくせに生意気なんだよ。 「だって、暇だし。」 「オレも注意しとこ。」 「アレックスは殺らないよ。」 殺らない。本当かどうかはわからない。殺るなんて言うヤツは中々いない。 「じゃあ、タウなら殺ったか?」 「残念だったけど。」 警察がどっかに行ったらナイフを取りに行かないと。囚人が殺されて真剣に調べるヤツなんていない。 ナイフがオレの手に戻ったらアッパーをミンチにしてトイレに流してやろう。 そうしたらお前だ。シアン。一番痛い殺し方をしてやる。 ジェイミー。オレはお前を幸せにしてやれなかったけど必ず敵は討ってやるからな。 「アレックス、ご飯行こ。ご飯。」 「あぁ。」 シアン、お前の血は赤いのか。お前の肉は赤いのか。オレに教えてくれよ。 外面がそんなに綺麗なんだから、中身も綺麗なんだろうな。シアン。 「仕事だからってそこまでするか?普通。」 「死体が見つかったら大変だろう。」 「だからってなぁ。」 血まみれになりながらもオレは看守用トイレに肉片を流す。骨はどうしようか。 マイケルが肉片の上にゲロを吐く。オレは舌打ちをした。 「ジャマすんなよ。」 「お前と違ってオレは神経細ぇんだよ!」 マイケルのゲロの上に肉片を投げる。流す。 「骨、どうする。」 「服と一緒に捨てとくか?」 「それがいい。」 全部流し終わると、オレは今まで着ていた看守の服を脱いでいつもの服に着替えた。 骨を服で包む。あんなにデブだったのに、骨になると軽い。 「頼む。」 オレがマイケルにそれを押し付けると、マイケルは嫌そうな顔をした。 「じゃ、オレ帰るよ。」 「達者に暮らせよ。」 アッパーが失踪したというニュースは朝になってからどこでもささやかれていた。 よく知っているんだ。オレが欠伸をしながら朝メシを食っているとジェームスがオレに耳打ちしてきた。 「知ってるか?」 「アッパーのことなら間に合ってるよ。」 うっとうしい。オレはミルクを飲む。 「違うよ。」 「違うのか?」 「シアンがさ、前のムショで十人殺したの知ってるか?」 そんな話になっているのか。 「知ってるよ。」 「それでまた殺り始めたんだってさ!」 くだらない。 「シアンはオレが寝ている間にそんなことしてたのか?」 「噂だけどよ。信憑性高いぜ?」 これでシアンも殺されたら噂の犯人は誰になるんだろうか。ただ、言えるのはオレにだけはならないということ。 だって普通酔っ払いに絡まれて川に突き落として殺した人間が、そんなことするなんて誰も思わないだろう。 「次はアレックス。お前かもな?」 「勘弁してくれよ。あと少しなのに。」 「冗談だよ。」 ジェームスはオレの肩を叩きながら大笑いして自分の朝メシに戻る。 シアンはいつ殺そうか。だが、まだだ。アイツを苦しめずに殺したら意味がない。 殺し方が残忍なだけではダメだ。ジェイミーが苦しんだより、もっと。 犯やれちまえばいいんだ。だが、タウを殺した今、オレのオンナと噂されるシアンにシアンに手を出そうなんてヤツはいない。 だったらオレが犯っちまおうか。ジェイミーを殺したヤツとそうすることを考えただけで吐き気がした。 「アレックス、どうしたの?」 お前の声なんて聞きたくねぇのに。 朝メシの時間が終わると、オレはさっさと図書館に向かった。 どいつもこいつもエロ本でぬいてるような欲求不満野郎。ヤル気にさえすればいい。 手っ取り早い方法がシアンが女だとわからせること。素っ裸にして吊し上げようか。 「アレックス。」 『アレックス』 「なんだよ?」 『ねぇ、似合う?』 オレが買ったんだから当然だろう。 『ちょっと散歩してくる』 汚すなよ。 『うん。みんなに見せびらかしてくるんだ。じゃあね。』 あれがジェイミーの最後の姿。ジェイミー。 「アレックス!」 シアンが、オレの肩を掴んでいた。つい突き飛ばしてしまいそうになる。 「――なんだよ?」 「ちょっとこっちに来て。」 オレはシアンに手を引っ張られた。そして、図書館の隅まで連れて行かれる。 「アレックス。」 早くしてくれ。 「アッパーはね、あたしも殺そうと思っていたの。」 「ふぅん。」 「あたしじゃないよ。」 だってアッパーはオレが殺したんだから。 「なんで一々そんなこと言うんだよ。」 うっとうしい。 「だってあたし、アレックスのこと好きだから。」 ――。ふざけるな。 「だから、疑われたくなかった。」 うるさいんだよ。 「アレックス。」 「――を殺したくせに。」 ジェイミーを殺したくせに。オレから愛するものを奪ったくせに。 「ふざけるなァ!」 オレはシアンを突き飛ばしていた。 「ふざけるなふざけるなふざけるな!」 オレを止めようとしたシアン。けれどもシアンの爪がオレの顔を引っ掻く。 「何しているんだ!」 見知らぬ看守がシアンを押さえ付けた。ちょうどいい。 「助けてくれ!シアンが!」 その日、オレはオレがシアンに殺されそうになったと噂を流した。 そしてシアンは、オレから引き離されるためにしばらく独房で暮らすことになった。たったの一週間だけれども。 あれから一週間経った。誰もシアンを責めない。けれど、面白がっている。 「今晩だって?」 「あぁ。」 オレはジェイミーの問いに答えて、シアンと顔を合わせないようにいつもより早く寝た。 なのに。 「アレックス。」 シアンの顔がオレの目の前にあった。身体が動かない。 重なる唇。嫌悪感を覚えても、どうすることもできなかった。 シアンの指がオレの下半身をまさぐる。とても、十三の少女には思えない色気を出していた。 「やめろよ。」 「嫌。」 シアンはまたオレと唇を合わせる。 「あたしを拒絶したアレックスが悪いんだからね。」 手に握られているのは、鎌。 「殺さずにおこうと思ってたのに。」 ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな。 「お前がジェイミーを殺したんだろう!」 ジェイミー。 「せっかくオレが殺して殺して赤い服を買ってやってお前が殺したんだ!ジェイミーをお前が殺したんだ!」 「・・・誰?」 「オレの妹だよ!オレの大切な妹をお前が殺したんだ!」 「あぁ。」 シアンがうなだれた。その瞬間、身体が軽くなってナイフを抜く。 「お前がオレのジェイミーを殺したんだ!」 「ごめんなさい――。」 ジェイミーはもういないのに。謝ってもらっても困る。 「殺してやる。」 「アレックス。」 そこで、オレはやっと気がついた。こんなに騒いでいるのにどうして誰も気付かないんだ。 「殺ったのか?」 みんな。 「だって、ジャマされたくないもん。」 シアン、お前は。 オレは強くナイフを握りしめた。殺してやる。 「アレックス。」 オレの名を呼ぶな。 オレはシアンの首を狙った。なのに。大きく軌道逸れてかするだけ。 どうして。 「大好きだよ。」 鈍い音が聞こえる。あぁ。刺されたんだ。 シアンがオレにキスする。オレもシアンにキスしてやった。 「アレックス――。」 「またな。」 シアンも、オレのナイフで自分の喉を突いていた。 「アレックス。」 ジェイミーがオレにぶら下がるようにして腕を組んだ。 幸せな時。しごとが終わって、この時だけが幸せでいられる。 「今日もおかあさん、来なかったね。」 「うん。」 オレは知っている。母さんが二度と来ないこと。オレ達が捨てられたこと。 「でもだいじょうぶだよ。ジェイミーはオレが守るから。」 たった一人の妹。 「アレックス、ありがとう。」 「今日さ、しごとが終わって飴をもらったんだ。」 オレはポケットの中から二つの飴を出す。レモン味と、オレンジ味の飴。 ジェイミーは迷っていた。どれをとろうか。でも、オレは知っている。 「オレンジ!」 ほら。 「オレはレモン。」 オレはジェイミーにオレンジ味の飴を渡した。嬉しそうにジェイミーはそれを頬張る。 これからはずっと二人で暮らさなければならないんだ。オレががんばらなければ。 ジェイミーにはしごとをやらせない。ジェイミーはずっと笑っていて、普通に暮らして普通に結婚すればいいんだ。 「ジェイミー、帰ろう。」 川の側の段ボールの家。オレとジェイミーは手を繋いで帰った。 |