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「あの特別少年院行きだって?」 「あぁ。何せ人を七人も殺しているからな。」 「おっかねぇ。」 「全く。」 「あんな可愛い顔した悪魔もいたもんだな。」 彼女の印象は《静》だった。 歳のわりには落ち着いた、青みの掛かった透き通ったグレイの瞳に蒼白の髪。 全てを吸い込むような大きな瞳は真っ直ぐに捕らえて、堕そうとしている。 まだあどけなさの残る顔は満面の笑みを浮かべていて、しっかりと成熟した身体で澄まして立っていた。 花に形容するなら鈴蘭、蝶に形容するなら紋白蝶。 蝶が舞うかのように彼女は一礼した。 「アレックス、これはシアン。今日からお前と同房の囚人だ。」 何故、少女が男子専用の特別少年院に――。 「よろしくお願いします。」 鈴を転がすような少女の声が響いた。 「何でオレなんっすか!?」 オレは勢い良く顔見知りの看守に飛び付いた。 女であるシアンと同房にされた事に腹を立てているのだ。 「何故って――。」 困ったように看守は頭を掻く。 「お前が一番女っ気無いからだ。」 「じゃあ質問を変える!何で女なんだ!?」 「前のとこで女子専用の少年院で初等から特別まで、合わせて七人も殺している。」 「七人?」 オレは溜息を吐いた。 「それくらいで何でこっちなんだよ。」 「更に上が無いからに決まってるだろう。」 今の法律では少年は少年院にしか入れない。 しかし、だからと云ってあんな幼い少女を凶悪犯罪者の中に放り込むなんて――。 「アレックス、分かってるとは思うが、問題の少ないL棟に放り込んだのはその為だ。死なない程度にだとよ。」 「あんな子供でも犯罪者は犯されていいってか?」 「副補佐官の子供も前の務所で殺されてんだよ。」 「薬や売春紛いの娘とは副補佐官も大変だな。」 「やっぱり娘は可愛いさ。」 アレックスは看守と顔を見合わせた。 酷い顔でもしていたのだろう。 看守はアレックスを励ますように言った。 「前の看守の話だとあの子は悪魔らしい。うさぎでも悪魔なら狼の中に放り込まれても大丈夫だろう?」 楽天的な。 こっちは何も問題を起こさなかったら半年で出所なのに。 オレの気は重くなった。 「あれが娯楽室であれが談話室。それからあっちが風呂場だけどお前は特別に看守のを貸してもらえる。まぁ、他にもジムやら図書室やら工作室やら何やかんやあるんだが、お前は行かない方がいいから紹介しない。飯以外は房の外に出るな。本くらいなら図書室で借りてやるから。」 「あたし一人で出歩くと不安?」 「不安じゃなくて危険。」 「大丈夫。暴行なんて慣れっこだし。」 こんな事を平然と言う女なんて見た事無い。 しかも彼女は少女だ。 思わずオレが冷や汗を禁じ得ない程の余裕だった。 「・・・人は、あたしを悪魔とか魔女って言う。」 「オレにはそんな厳ついのじゃなくてお人形さんに見えるけどな。」 そしてふと気が付いてオレは頭を掻いた。 ジーンズにTシャツ。 幸いまだ胸は目立つ程に膨らんでいない。 「シアン、これからはジャージとか男に見える服装しろ。」 「ん?」 「男を前提に暮らせ。」 「豚箱暮らしも楽じゃない。」 楽な刑務所なんて聞いた事がない。 「さて。」 アレックスは食堂を指差した。 そろそろ食事の時間だ。 「下品な事言われても我慢しろよ。」 「あたしはそんな事じゃ折れないよ。」 食堂に近付くと人が多くなる。 「よぉ、アレク。」 早速下品な奴その1が表れた。 嫌らしい視線でシアンを舐め回す。 「今日は美人連れじゃねぇか。」 「同房に入ったシアン。手ぇ出すなよ。」 「お前の女ってか。」 暫くオレ達はは睨み合って、仕方無くオレは頷いた。 「アレクのコレのシアンです。よろしく。」 シアンは上目遣いに笑いながら小指を立てた。 すっかりゲイの気分になっている。 「因みに、ボク声変わりもしてない子供だからそこもよろしく。」 「こんな処に来る餓鬼がいるかよ。」 「上の人が手続き間違えちゃったのかも。」 飄々としている。 嫌らしい、奴の考えに気付かないかのように平然としている。 奴はシアンに手を伸ばした。 ぴしゃりと、手を叩く。 「ボク、アレク以外のホモなんて嫌いだから。」 やれやれ。 何て奴だ。 「アレク、お腹空いた。早く行こ。」 シアンは全く動じなかった。 卑猥なからかいにも、舐め回すような視線にも。 今日も食事の時間でオレ達は房を出た。 トイレ以外に房を出られる時間なのでシアンは喜んでいるがオレは内心焦っている。 一体いつまでシアンを守り通せるのか。 その事件が起こったのはそう思った矢先だった。 「シアンちゃん。」 L棟のボス、タウがシアンの肩を抱いた。 シアンは嫌そうにその肩を降り払う。 「別にいいじゃねぇか。同じ獄中暮らしなんだから仲良くしようぜ。」 「ボク、ゴリラって大っ嫌い。」 タウの表情が固まった。 禁句である、自分をゴリラと形容する事に絶句している。 オレは今の内にとシアンと腕を引っ張った。 房に入れば安心だ。 「おい、アレックス。」 タウはシアンの腕を掴んだ。 シアンは嫌そうにタウの腕を振り払おうとする。 野卑な笑みで、タウはシアンを引き寄せた。 「シアンは借りてくぜ。」 その瞬間、何が起こったのか分からなかった。 大の男が少女に転がされ、延びている。 「あたし、ゴリラは嫌いって言わなかったっけ?」 オレには今、全てを吸い込む濁った青い瞳が氷に見えた。 シアンは冷たくタウを見下ろしている。 「アレク、行こう。」 オレは恐ろしかった。 あの華奢な少女が。 悪魔。 その時、看守の言葉が耳に蘇る。 ――前の看守の話だとあの子は悪魔らしい。うさぎでも悪魔なら狼の中に放り込まれても大丈夫だろう? この事だったのか。 勝手に身体が震えた。 「アレク?」 シアンが不思議そうにオレを見ている。 勘付かれてはならない。 オレは無理矢理笑顔でシアンに向かった。 「もうお腹空いちゃった。」 「オレもだ。今日はスパゲッティだってさ。」 「ミートが好き。」 「オレはナポリタン。」 「同じトマト系だからミートでいいじゃん。」 にやりとシアンは笑った。 掛けをしようと誘っている。 「ナポリタンに百。」 「ミートに百五十!」 そうして、オレ達の予想は外れた。 「どうしてカルボナーラ!」 シアンは不満たらたらにホワイトソースの中のスパゲッティを細切れにする。 気の毒な事に、スプーンが付いていないのでフォークだくでそれを食べるのは大変そうだ。 オレも最初はシアンと一緒に不満を言ったが、看守に叱られそうな雰囲気なので止めた。 三年も頑張った事をチャラにしたくない。 「シアン、早く食べないと食事の時間が終わるぞ。」 「はぁい。」 文句は言うがしっかり食べる。 シアンはそう云う奴だ。 オレが食べ終わったのとシアンが食べ始めたのはほぼ同じだった。 「アレックス。」 看守に呼ばれてオレは振り向く。 若い看守――マイケル――がオレに耳打ちをしていた。 「ボスが呼んでいる。」 「くそったれ。」 オレは立ち上がった。 そして一応シアンに注意しておく。 「オレはこの看守と連れションしてくるから時間になったら直ぐ帰れよ。」 「はぁい。」 此処では看守が命令した時以外は時間が来るまで食事の席を立ってはいけない事になっている。 看守の手間を省く為――名目上は集団行動を身に着ける為――の苦肉の策だ。 シアンはフォークを振った。 「さぁ、マイケル。行こうぜ。」 オレはわざとマイケルと肩を組む。 「便所も一人で行けないのか?」 「勿論さ。」 マイケルも乗ってくれて、阿呆な事を言いながらオレ達は食堂の外に出た。 トイレの前まで行くと組んでいた肩を解く。 「オレは仮眠室で寝てくるよ。」 「オレはボスに説教でも食らうのか。」 軽い冗談を言って二人は別れた。 ボスと会うのは気が重い。 オレはのろのろと看守室を通って一番奥のボスの部屋に向かった。 溜息を吐いてノックする。 「ボス、アレックスです。」 「入れ。」 ゴツい髭面の看守長は大きな椅子に悠々と座っていた。 オレはもう一度溜息を吐いてボスに向かう。 「ボス、何ですか?」 「シアンとは馴れたか?」 オレは肩を竦めた。 「馴れたも何も。」 皮肉っぽい言葉がするりと滑る。 「今では仲良しこよしのゲイです。オレ達、春には結婚するんですよ。」 「そう僻むな。」 これが僻まずにいれる訳が無い。 オレはボスの髭を一本一本抜いてやりたい衝動に駆られた。 「今日はお前に頼みたい事があってな。」 「あんだよ。」 ボスは真っ直ぐにオレを見た。 「シアンを殺して欲しい。」 「オレとシアンは春には結婚する仲って言っただろ?」 咄嗟に冗談が出た。 ボスが何を言っているか分からなかったからか。 いや、分っていた。 ただ、認めたくなかっただけで。 「断るのか?」 「――。」 「断ったとしてもお前が組織を裏切ったとは言わん。」 「それは有り難い。」 ボスは外方を向いた。 そして窓に視線を送る。 「ジェイミーと言ったか。」 オレはその名前に反応した。 どくどくと音を立てて頭に血が登る。 ジェイミー。 愛しい妹。 五年前の第六次世界対戦の時に何者かに殺された可愛そうなジェイミー。 ジェイミーの遺体は浮かんでいた。 無残にも急所を外され、のた打ち回って苦しんで、結局は溺死でむくれて。 膨張したジェイミーを見た時にはこの肉塊がジェイミーだとは分からなかった。 皮膚が破れて肉は剥き出しになり、三倍にも膨れ上がったジェイミー。 ジェイミー。 「彼女を殺したのはシアンだ。」 「な!?」 「信じられないのなら本人に聞けば良い。」 ボスはオレにナイフを手渡した。 握り馴れた物。 懐かしい感覚。 「シアンを殺さなくても責めはしないが――。」 ブラインド越しから外の世界が見える。 恋しくて懐かしい外の世界。 ボスは勝ち誇った顔で笑った。 「吉報を期待しているよ。切裂き狂アレックス・ブラウン。」 「アレク、遅かったじゃん。」 もう風呂に入ったらしいシアンが頬を膨らませた。 「マイケルの野郎が出て来ないと思ってたらもう出て寝てたんだよ。」 「 みたい!」 シアンは笑った。 今はシアンと話せる気分ではないのに。」 「寝る。」 オレは梯子を上がってベッドに入った。 今はもう何も言う気にはなれない。 「お風呂入らなかったら汚いよ。」 オレはシアンを無視した。 シアンを無視するのは初めてだ。 「アレックス!」 脳天気に話し掛けてくるシアンが――。 シアンが――。 ――ああ、分らない。 目覚めた時にオレは闇と一体化していた。 目の前には境界線無い闇がただ続く。 起き上がろうとベッドに手を付くと、硬い感触があった。 冷たい感触。 触り馴れた物。 「――。」 目が闇に馴れると、一体感が無くなってオレはただの《アレックス》になった。 オレは起き上がった。 風呂に入っていないせいか少し臭う。 下からはシアンの安らかな寝息が聞こえた。 オレはそっとベッドを降りる。 下の段を開けると、シアンが幸せそうに眠っていた。 これが――。 オレは決心する。 これが、ジェイミーの敵。 ジェイミーをあんなにした張本人。 オレはシアンにナイフを突き立てた。 ――。 ――出来なかった。 髪を切って、軌道がシアンの脳天から僅かに外れている。 「アレックス?」 シアンは外れたナイフを見て、不思議そうにオレに問う。 「お前が、ジェイミーを殺したのか?」 「ジェイミー?」 シアンは首を傾げる。 ジェイミーだ。 オレの宝物の、ジェイミーだ。 「それは誰?」 「オレと同じ濃い金髪と良く表情の変わる青い瞳を持った明るい少女だった。」 お前に殺されるまでは。 オレはシアンに顔を近付けた。 「五年前、この顔に見覚えは無いか!?」 ジェイミーと瓜二つの顔。 十歳まではよく間違えられた。 「赤いドレスを着て、お前が残酷に、苦しませて殺した十三の女だよ!」 「私が殺した――。」 シアンは大きく目を見開いた。 「あの子のお兄さんだったなんて!」 「苦しまずに殺す!これがオレ達の掟、情けだろ!?」 「初めてだったの!あたしが初めて殺した――!?」 「アレックス!」 マイケルと数人の看守が表れて、牢からシアンを引き摺り出す。 「怪我は無いか?」 オレは何も言えなかった。 痛ぇ。 心が痛む。 「アレックス?」 「ジェイミー!」 オレの泣き声が谺した。 それからの日々は抜け殻だった。 シアンは大事なジェイミーを殺した奴。 しかし、シアンは――。 同じ事がぐるぐると頭を回る。 「アレックス。」 食事の時間、マイケルがオレの肩を叩いた。 「シアンに襲われたのがそんなにショックだったか?」 違うとも言えず、オレは唸垂れた。 正直を言うと、言葉を紡ぐのも怠い。 「おい、笑可しな精神病棟に隔離されても良いのか?」 「そっとしといてくれ。」 マイケルは首を振った。 「こっちじゃお前を精神病棟に容れようって話も持ち上がってんだよ。」 「脱獄し易くなるな。」 マイケルは地団駄を踏んだ。 「いい事を一つ教えてやるよ!」 そっとマイケルはオレの耳に口を近付けた。 「シアンが独房から帰って来るってよ。」 「嘘だ。」 オレはまたあの顔を見るのか。 憎らしくて愛しいあの顔を。 嫌だ。 殺してしまう。 「マイケル、房を分けてくれ。」 「ボスの命令だから無理さ。」 嫌だ。 嫌なんだ。 見たくないんだ。 殺してしまうんだ。 殺してしまいたく無いんだ。 嫌だ嫌だ嫌だ。 「嫌だ!」 オレは作業室を飛び出した。 「アレックス。」 何故だろう。 目の前にはシアンが立っていた。 嫌なのに。 「貴男の妹を殺したのは仕事だったから。切裂き狂アレックス・ブラウンの妹を殺してアレックス・ブラウンの戦意を削げと云う。」 「結局逆効果だったんだけどね。――あたしは殺しはあれが初めてで、殺り方が分からなかった。だから貴男の妹を苦しめた事は謝る。だけどね。」 「――。」 「あたしは貴男を殺さなければならなくなった。」 「構わないよ。」 構わない。 「仕事なのに殺せないくらい惚れた女に殺られるなら本望さ。」 急に体温が下がった。 早速殺りやがったな。 この感触は鎌か。 脇腹なんて痛い処切りやがって。 シアンもまだまだだな。 ったく。 こんなに殺し方が下手なのに同業だなんて。 笑っちまう。 「どうして死なないの!?」 シアンが絶叫を上げた。 そんなのは決まっている。 「決まっているじゃねぇか。急所が外れてる。」 もう一度シアンは絶叫を上げた。 いつからそんなにヒステリックになったんだ。 オレが惚れたシアンはもっと涼やかだぜ。 ふと、シアンは真顔に戻った。 そう、その顔だ。 「そうだ。」 「何がだ?」 「あたしも、アレクが好きだったんだ。」 ――。 オレが最後に見た光景はシアンだった。 幸せそうに微笑んでいるシアン。 自分の首が切れてるのに何が嬉しいんだ。 オレはシアンに手を伸ばした。 届いたかは分らない。 多分届かなかっただろう。 しかし、その手は。 あたたかかった ジェイミーのてみたいに |