魔王様、臍を曲げる


「魔王様!」
スティルはセッタに近付いたトレアの首根っこを掴んだ。
そして後ろに放り投げられた。
「何をする!?」
「貴方は役立たずなんですから下がっていて下さい。」
「役立たッ!」
トレアは目眩がして、思わず倒れそうになった。
役立たず。
仮にも魔王であるこのトレアに役立たずとは。
トレアがショックを受けている真正面で、セッタも真っ青になっている。
――スティルに間接的にとは云え、「殺す」と言われれば誰でもそうなるだろう。
「さぁ、セッタ宰相。魔王様に歯向かった咎。どうしましょうか?」
スティルが一歩踏み出した。
その目があまりにも怖かったので、トレアは走って逃げる。
直ぐに、背中で爆音が響いた。



ダクーシャは振り向いた。
天地を揺るがすような凄まじい爆音が響く。
あれはセッタ宰相の自室の方向だ。
個人的にセッタ宰相の部屋に行くのは気が引けるが、これも仕事の内だから仕方が無い。
と、向こう側から少年が走って来た。
太陽のような髪と晴天の瞳を持った、まだあどけない美少年。
そう、ダクーシャの仕えるたった一人の君主。
史上最年少で魔王の座に就いた少年。
「魔王様!」
ダクーシャはトレアに声を掛けた。
「セッタ宰相の部屋で何があったかご存じですか?」
「行ってはならぬ!」
トレアはダクーシャのマントを掴んだ。
そうしていると――外見年齢も十三くらいだし――まだまだ子供に見える。
「余はダクーシャの死まで見とうない!セッタが亡き今お前にまで死なれたら――!」
「スティル様ですか?」
こくこくと機械のようにトレアは頷いた。
その様子は完全に怯え切っている。
「魔王様、此処にいて下さい。直ぐに帰って来ます。」
「ならぬと言ったらならぬ!」
トレアはダクーシャのマントを掴んで放さない。
困ったようにダクーシャは膝を付いた。
「余は、お前まで、失いたくは、無い。スティルが、セッタを、殺し、たのは、自分が、宰相に、なりた、」
「スティル様はご自分が宰相になる為にセッタ宰相を殺すと云う事ですか?」
涙汲みながらトレアは頷いた。
が、首を振る。
「余が、スティルを、宰相に、すると、言って、セッタは、余の、養子に、反省、」
「よく分かりますん。もう少し順序立てて説明して頂けませんか?」
「つまり、魔王様は私とリーア王女を養子にしたら私を宰相にして頂けると云う約束をしました。そしてセッタはリーア王女が養子になるのを拒んだそう云う訳です。」
「スティル様!」
ダクーシャは慌てて起立した。
スティルはいつものように裏を読み取れない笑顔を浮かべている。
今日は黒い長髪を三つ編みにしていた。
繊細な顔立ちで、女のようである。
「と云う事であとの障害は貴方だけなのですが――。どうされますか?」
「ご本人にお会いしてみないと分かりません。」
「――私は貴方のそう云う正直な所が好きですよ。」
「何分性分なものでしてね。」
「さ、魔王様。行きましょう。」
其処で初めてスティルは気が付いた。
トレアはスティルが表れると脱兎の事く逃げ出したと云う事に。
鈍い音がした。
壁が崩れ落ちている。
「スティル様。リーア様がいるお部屋に案内して下さりませんか?」
ダクーシャは、何も見なかった事にした。



「リーア、聞け!」
大きな音と共にトレアが駆け込んで来た。
思わずリーアは読んでいた本を落とす。
リーアの目の前では金髪碧眼の美少年が目を輝かせていた。
「宰相がリーアの事を認めたぞ!あとは将軍だけだ!」
「宰相は反対されていたのではありませんでしたか?」
「――スティルが、な。」
「――そうですか。」
暫し短い沈黙が流れた。
スティルの恐ろしさはトレアもリーアもよく知っている。
トレアが気を取り直すように言った。
「大丈夫。将軍は優しい。スティルに苛められていた余を唯一庇ってくれた者だ。」
「それはそれは聖王みたいな方ですね。」
「主は余の臣下を愚弄する気か!」
そうか。
そう云えばトレアは魔王だった。
「申し訳ありません。」
「リーアは余の娘なのだからごめんなさいで良いのだ!」
と、ノックが響いた。
トレアは身を強張らせる。
「スティルです。将軍をお連れしました。」
「後は任せる!」
トレアは窓を突き破って外へと飛び出した。
確か、此処は三階だった筈。
「トレアさん!」
リーアが窓を覗き込むと、無事着地したトレアが手を振っていた。
それとほぼ同時に、スティルが扉を蹴破って中に入って来る。
「トレアは!?」
「逃げました。」
スティルは拳を握り締める。
多分、「あの糞餓鬼め、まだ公務が残ってんだよ」と思っているのだろう。
「スティル様、魔王様は魔王とは云えまだ百と少し。産まれたばかりの赤子ではありませんか。許してあげて下さい。」
すると、室内に優しげな女性が表れた。
男装をしているが、胸の膨らみは隠しようが無い。
長い髪を三つ編みにして前に垂らしている。
垂れ目が優しげな表情を強調していた。
「幾ら餓鬼とは云え魔王様はこの魔界の頂点に立つお方。甘くしてはなりません。」
「スティル様は厳し過ぎるのです。」
「貴女が甘過ぎるのでしょう。」
「私は鞭と飴の使い分けくらい出来ます。」
途端に二人は険悪な雰囲気になった。
スティルと張り合えるなんて。
リーアは思わず窓の方に後図去った。
出来るならトレアのように此処から飛び下りたい。
「スティル様。彼女が困っておいでのようなので話を戻しましょう。」
「後で裏庭に来て下さいね。」
そしてスティルは靴音を立ててリーアに近付いた。
その靴音が悪魔の足音に聞こえる。
――いや、本当にそうなのだが何と云うか。
「彼女はリーア王女です。魔王様の養女となられるお方ですよ。」
ダクーシャはじっとリーアの瞳を覗き込んだ。
そしてふぅ、と溜息を吐く。
「ガザリエですか。」
「王位継承権は与えないので問題無いと思いますが。」
「ガザリエには魔力が通じません。これが魔界での生活がどんなに苦しいか分かりますか?」
「分かっているつもりです。同じガザリエの貴女よりは分かりませんが。」
ガザリエとはテリタと云う事だと以前、トレアが教えてくれた。
テリタとは五百年に一人産まれる全く魔力の効力が通じない者の事を指す。
各云うリーアも、その一人である。
「私はガザリエと云うよりラファリエですから。ガザリエとしての私は中途半端。受ける事は出来ませんが生み出す事は出来ます。しかし彼女は完全なるガザリエ。外に出れば生きる事が出来ないでしょう。」
「結局は認めて頂けるのですか?」
「彼女自身がそれで良いなら私に申し分はありません。しかし――。」
彼女は言葉を濁らせた。
スティルは笑顔を張り付けて彼女に問う。
「彼女が魔王様を父と呼べるか――。」
「呼べません。」
リーアは即答してしまった。
慌てて口を押さえる。
「それでも支障はありません。」
「そうなら構わないのですが。」
「ならばリーア王女の養子入りは決定ですね。」
「あの、スティルさん。」
「何ですか?」
スティルはリーアに笑顔で返した。
――本当は恐ろしい人なのだからどうにかならないのか。
「将軍と云う方は――?」
「申し遅れました。」
女性が一礼した。
何と無く嫌な予感がする。
「私はダクーシャと云い、司令官を勤めさせていただいております。皆は私を司令官とは呼ばず、将軍と呼ぶのです。」
リーアは鈍器で頭を殴られるような感銘を受けた。
将軍とは男で厳しいと云うリーアの常識が音を立てて崩れ落ちていく。
この如何にも慈善家と云った穏やかな女性が将軍。
確かにトレアは優しい人だとは言っていたが――。
イメージが全く違う。
もっと、見た目に反して優しいとか、厳しさの中に優しさがあるとか。
リーアはその辺りを予想していた。
と。
「ダクーシャ将軍!」
転げ込むように青年が表れた。
軍服を着ている事からダクーシャの部活だろう。
「何事だ。失礼ではないか。」
「はっ!申し訳ありません。しかし、J地区のスラム街が何者かにより、殲滅させられました!」
「何だと!」
ダクーシャはマントを翻した。
すると、腰には剣が刺さっている。
そうするとダクーシャも戦士に見えた。
「バルハ隊、セラエ隊、ジカリア隊、オラ隊と私の隊に召集をかけろ。私は先に現場に向かう。」
「は!」
二人は突風のように去った。
後にはスティルと取り残される。
「リーア王女。私は魔王様の後を追います。動かないで下さいね。」
「はい。」
リーアが頷くとスティルは窓から飛び出した。
――何故窓から。
溜息を吐いて、リーアはベッドに腰を降ろした。
そして残して来た故郷の事を思う。
早く帰りたい。
リーアはもう一度、溜息を吐いた。



トレアは怒っていた。
そう、怒っているのだ。
スティルには役立たずと言われた。
信頼していたダクーシャには子供だと言われた。
愛する娘のリーアには父と呼べぬと言われた。
だったらグレてやる。
誰も認めてくれないのならグレてやる。
そう思ってスティルは破壊活動に精を出していた。
やはり魔王だから破壊活動は本能を揺さぶるものがある。
「スラム街なぞ滅びてしまえ!」
トレアはスラム街だけに焦点を絞って破壊活動をしていた。
――スラム街の人々には本当にいい迷惑である。
「魔王様!」
ダクーシャが表れてトレアは身構えた。
ペガサスに乗ってトレアの浮かんでいる場所までやって来る。
「スラム街を破壊するのは良い心掛けです。」
「え?」
怒られるとばかり思っていたトレアは拍子抜けした。
悪い事をしようとしていたのに、褒められるなんて。
「どう云う――事だ?」
「スラム街は役立たずの住む街。無駄な街なのです。我々魔族が発展出来ないのは彼等に責任があるのですよ。」
「そ、それは本当か!?」
「はい。彼等がいなければ魔族は未成年以外全員働いていると云う事になります。そうすればあらゆる面での成長が期待出来るのです。」
「しかし、働いている人数は同じなのでは?」
「スラム街の奴等は犯罪ばかりを働いています。スラム街の奴等がいなくなれば犯罪も激減しますし、治安が良くなれば労働意欲も湧くと云うものです。しかもスラム街が無くなると云う事はこれから先、働かず犯罪のみを食い繋ぐ糧として生きる者がいなくなります。」
難しい事を言っているが、つまりはスラム街は魔界の為にならないと云う事である。
何故か此処でトレアは焦った。
「しかし、スラム街の者達も精一杯生きているのでは無いのか?」
「あれは生き物の堕落した姿です。同情の余地はありません。」
「しかし、スラム街には就職難で仕方無くいる者もいると聞いたが?」
「理由を付けて、結局は堕落したいだけなのです。」
「しかし、それは主が言った事で――。」
「でしたら何故そんなにスラム街の方々を庇うのには破壊活動をしていらっしゃるのですか?」
してやられた。
トレアは唇を噛み締める。
悔しい。
「さぁ、魔王様。帰りましょう。リーア様もお待ちです。」
つい、とトレアは外方を向いた。
もう騙されない。
「主は余を子供だと思っているのだろう。」
「ああでも言わなければスティル様のお怒りは和らげる事が出来ません。」
「しかしスティルやリーアは余を役立たずで父とは呼べぬと!」
「トレア様。」
ダクーシャは首を振る。
その表情は何処か暖かかった。
「それはスティル様なりの愛情表現なのです。あの方は加虐的な行為に快楽を求める方。普通に優しく出来なくて当然です。」
「リーアは?」
「リーア様は人間です。自分より外見年齢が下で年上等とは考えられないのです。それはリーア様の意識の問題ですから、百年も魔界で過ごせば馴れましょう。」
「だが、しかし――。」
トレアはまだ迷っている。
ダクーシャはトレアの肩に手を置いた。
「この例えは極端なのですが、魔王様はスティル様が急に優しくなったらどうされますか?」
「気持ち悪い。拒絶反応が起こる。」
「それと同じです。」
「リーアも余をそう思っているのか?」
ダクーシャはゆっくりと首を振った。
そして微笑む。
「極端な例えと言いましたでしょう。」
トレアはこくりと頷いた。
するともう破壊活動も飽きたので、ダクーシャのユニコーンに乗った。
最初はユニコーンも嫌がったが、ダクーシャが言い聞かせると大人しくなる。
「さぁ、魔王様。戻りましょうか。」
「ダクーシャ将軍!」
ダクーシャの部下の一人がダクーシャを呼び止めた。
必死の形相で叫んでいる。
「H地区のスラム街が一瞬の間に壊滅しました!」
トレアは自分でも血の気が引くのが分かった。
そんな事が出来るのはトレアかダクーシャか、スティルしかいない。
ダクーシャもそれは分かっているだろう。
心配そうにトレアの顔を覗き込んだ。
「どうされますか?」
「――行くしかあるまい。」
このままだと本当にダクーシャまで殺される。
「私は先に向かう!お前達は全隊に召集を掛けてから集まれ!」
それからダクーシャはトレアの後ろに回って、手綱を持つ手の間にトレアを挟んだ。
そして大きく息を吸い込む。
「アレスリエーネ!H地区スラム街まで全力失踪!」
アレスリエーネが一度、嘶いた。



「おや?トレア様。」
スティルはにっこりと微笑んだ。
――壊滅した街を後ろに微笑まないで欲しい。
「一体どうしたのですか?」
「それは余の台詞だ!余の街に何をしてくれる!」
「笑可しいですね。貴方は先程他の地区のスラム街を破壊していらっしゃった筈ですが。」
言葉に詰りそうになったトレアの前にダクーシャは進み出た。
頼もしい。
「魔王様は貴方に厳しく当たられたのが辛くてスラム街でいじけていただけです。」
「それはそれは。」
スティルは冷たい目でトレアを見た。
何を言いたいのかは明白である。
しかし、トレアはダクーシャに任せる事にした。
「しかし破壊してしまった事は同じでございましょう?」
「あれは暴動した奴等の仕業です。我が隊が鎮圧しました。私は其処でいじけていらっしゃった魔王様を救出し、連絡を受けてその足でこちらに向かったのです。」
「知らなくてついストレスの捌け口としてしまいました。」
「私としては貴方を投獄するのは止むを得ません。」
「軍人さんは云う事が過激でいらっしゃる。」
「貴方程ではございません。」
二人とも冷たく黒光りする瞳で睨み合っていた。
スティルの目だけ笑っていない顔。
優しい目元で無表情のダクーシャ。
どちらも寒気がする程恐ろしい。
「――ダクーシャ様。私は一度、貴方と本気で手合わせ願いたいと思ってしました。そして泣かしたいと。」
「それは奇遇ですね。」
ダクーシャはすらりと腰の剣を抜いた。
スティルは笑ったままで身構える。
「スティルもダクーシャもこの魔界を滅ぼす気か。」
トレアが二人の間に割って入るとスティルが頬の筋肉を思い切り引き吊らせた。
「それもまた、一興かもしれませんね。」
嫌な汗がトレアの額を流れた。
三巴覚悟でトレアが掌に力を集中させた時。
「ダクーシャ将軍!B地区のスラム街が又もや爆破されました!」
ダクーシャは剣を鞘に納めた。
ほっとトレアは胸を撫で下ろす。
魔界壊滅が免れた。
「スティル様。今は仕事で私は立ち去らねばなりません。」
「また本気で泣かせる時を楽しみにしていますよ。」
「アレスリエーネ!行くぞ!」
ダクーシャはアレスリエーネに跨がって行ってしまった。
スティルと取り残されて、トレアは拙い事になったと気付く。
厄介だ。
「さて。トレア様。」
トレアは歯を食いしばった。
ビンタの準備を整える。
「そんなに身構えなくても宜しいですよ。」
「何ぞ。」
「もうストレス発散してしまったので、魔王様を虐める必要が無くなったと云う事です。」
トレアは一瞬、何を言われたのか分からなかった。
あの、スティルが。
サディストのスティルが。
トレアは涙汲みそうになった。
「ダクーシャとの再戦にも備えなければなりませんからね。」
スティルはぞっとするような表情を浮かべた。
うっとりとしている。
否、その表現は似ているが適切ではない。
何と云うべきなのだろう。
恍惚に溺れている。
官能を揺さぶられている。
白昼に醒めない夢を観ている――。
そんな感じだ。
「ダクーシャは一体どう泣くのでしょう。魔王様よりは面白い反応が期待出来そうで胸が弾みます。」
ダクーシャが憐れだった。
トレアの頭には今までの辛かった出来事が走馬灯のように駆け巡る。
そう云えば、初めて会った時にスティルに裏拳を食らった。
勉強中、鞭を持ち出された事も数え切れないくらいあった。
よくよく思い出せば、首を絞められた事もあった。
ダクーシャが不憫でならない。
「ダクーシャ。」
トレアはダクーシャの旅だった方向を見つめる。
自然と涙が溢れた。
「生きてくれ。」
「その表現は何か間違っていますよね。」
「――そうか?」
「私はダクーシャを殺したいのではなく泣かしたいだけです。お分かりですか?」
トレアにしてみればどちらも同じだった。
死して天国生きれば地獄。
まさにそんな些細な違いだった。
「余には分からぬ。」
トレアはダクーシャを追うように走り出した。
スティルはトレアをゆっくりと追う。
――ゆっくりなのだが何故か早い。
「余は暫くダクーシャと旅に出る。」
スティルは溜息を吐いた。
しかも盛大に。
そして息を吸い込む。
「魔王様!」



 ダクーシャは魔界でスティルに対抗できているかもしれないたった一人の人物です。ダクーシャの案は、本当に色々変りました。本当に。
 あまり今回はスティルと対抗していませんが、いつかトレアの親権を巡って争う事でしょう。
 この回で忘れてならないのはセッタ。スティルの野望のために死んでしまった可哀想な人です。もう二度と出ませんけど。
 裏コンセプトはすねるお子ちゃま。もうちょっと可愛く書きたかったです。いつか再チャレンジします。

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