魔王様、破壊活動をする


「魔王様!」
「五月蠅い!」
トレアは必死になってスティルから逃げていた。
――魔王が世話係りから逃げるのは笑可しいと云うご指摘は置いといて。
とにかくトレアはスティルから逃げなければならない理由があった。
その理由は、と問われたらトレアはこう答える。
霊界の王だとか何とか云う奴は吹き飛ばしに行く為である。



逆上る事一日前。
トレアはまたお勉強だか何だかでスティルに連れられて霊界へと下った。
霊界は何方かと云うと魔界に属しているのでトレアの顔は利く。
だからのんびりとチューハイ片手に寛いでいたら、奴はやって来たのだ。
魔王に挨拶に来たと言うからトレアはゆるりと構えていたのだが、奴が頭を垂れ たのはトレアではなかった。
スティルだ。
そして奴はスティルに向かって滲み出る気品がどうだとか畏怖すべき何とかと垂 れたのだ。
当然の事ながらトレアは怒った。
そして暴れる寸前であったのを取り押さえられ魔界に強制送還され今に至る。
「魔王様!良い加減になさらないと私もキレますよ!」
「五月蠅い!魔王は余であるぞ!その余をけなした罪は重い!」
「そうです。不敬罪としてその霊界の長子とやらを殺すべきです。」
「ダクーシャ!」
トレアに加勢として表れたのは物静かそうな女性だった。
しかし外見に騙されてはいけない。
彼女は魔界でも歴代一位と呼ばれる最強の将軍なのだ。
ダクーシャはトレアを庇うような形でスティルの前に立ち塞がった。
「ドSの貴方が何故躊躇しているのです?霊界等早々に潰せば良いでしょう?」
「馬鹿ですか?霊界には形としてですが色々借りがあるんですよ。」
「潰せば問題無い。」
それでもスティルは戸惑うように眉をひそめた。
その様子を見てダクーシャは優しそうな垂れ目を少し動かす。
「貴方にしては珍しい。霊界にビビっていらっしゃるのですか?」
「ビビる?私が?」
スティルはずいとダクーシャに詰め寄った。
「誰に向かってそんな事を言っているのですか?」
「魔界の宰相であるのに霊界にビビっている妖怪のスティル様に、です。」
「・・・言いますね。」
「相手が貴方だろうと言わせて頂きますよ。他の何の為でもなく、魔界の為なの ですから。」
「魔界の為?貴方の場合魔王様の為でしょう?」
「宰相ともあろう方が何を仰います。魔界と魔王様は同じ事。魔界は魔王様の物 なのですよ。」
スティルとダクーシャ、この二人は仲が悪い。
どれくらい仲が悪いかと云うと顔を合わせばいつも喧嘩をしている。
まだ武力を持って喧嘩をした事はないが、そうなれば魔界は確実に滅ぶだろう。
少しは間に立たされているトレアの身にもなって喧嘩して欲しいものだ。
「ダクーシャ。」
トレアはダクーシャのマントを少し引っ張った。
ダクーシャはその場で身を屈めてトレアと同じ目線になる。
「何でしょうか?」
「行くぞ。」
「どうしても行くと云うなら私を倒してからにして下さい。」
「スティル?」
「では遠慮無く。」
ダクーシャはマントを翻して腰に差していた剣を抜き放った。
何の飾り気も無い、黒い球が埋め込まれただけの金色の柄の剣である。
「さぁ、スティル様。殺し合いでも始めましょうか?」
「そうですね。やっと貴女と本気で殺り合えるなんて嬉しい限りです。」
自分で作った原因なので何だが、魔界は早くも滅亡の危機を迎えてしまった。
トレアの代で魔界が終わった等と歴史に記されては恥以外の何物でもない。
「スティル!ダクーシャ!止めぬか!」
「魔王様。霊界を滅ぼしに行きたいのでしょう?私を倒さないと行かせませんよ 。」
「余はまだ魔界を滅ぼしとうない。」
「でしたら霊界に行くのは止める事ですね。」
「スティル、余の尊厳が傷付けられたのだぞ。」
「・・・。」
スティルは頭を抱えて小馬鹿にしたような、けれども深い溜息を吐いた。
垂れた長い黒髪の細い隙間からスティルの暗い目が覗いている。
ダクーシャは無言のまま剣を収めて睨むようにじっとスティルを見詰めた。
「私が貴方を霊界に行かせたくない理由をお知りになりたいですか?」
「当たり前だ。理由を行かずに霊界の長子の首を諦めろ等と言われても納得が出 来ぬ。」
「・・・今、レリナーシィが霊界に身を置いているのです。」
途端にトレアの天使のような顔が醜く轢き吊り氷のように固まった。
ダクーシャも慈愛に溢れている瞳を悲しみの色に染め、物憂げに下を向いた。
二人共スティルが何故霊界に行かせたくなかったかを理解し、共感する。
しかしトレアはあの霊界の長子とやらに辱められたのだ。
どうしても己の手で始末しなければ気が済まない。
しかしレリナーシィが霊界に身を寄せているとなると話は変わって来る。
何と言ったってレリナーシィは魔王に次ぐ魔界最古の伝統ある家柄の娘でしかも トレアの婚約者の一人なのだ。
恐らく家柄からトレアの正妻になるであろうと言われている第一候補である。
そんなレリナーシィのいる霊界を滅ぼせば魔界は歴史上三指には入る内部分裂を 起こすだろう。
そしてそれに付け込まれ聖界との聖魔戦争が起こるに違いない。
「・・・どうにか霊界を滅ぼさずに霊界の長子を殺める方法は無いかのう。」
「ありません。しかしこのまま奴を放っておけば魔王の尊厳が地に落ちます。」
「こうなれば一時レリナーシィを我が宮殿に招待してそれから攻め入るか。」
「トレア様。そんなまどろっこしい事をしなくても大丈夫ですわよ。」
少し低めの、例えるならラベンダーのように甘い声が聞こえて来た。
トレアが少しぎこちなくその声の方に振り向くと、エメラルドグリーンの髪を高 く束ねた女性が立っていた。
年の頃は人間で云うと二十代半ばくらいで、引き締まった身体をしている。
彼女はトレアに暫く微笑み掛けてから真っ直ぐにダクーシャの方へと歩み寄った 。
ダクーシャは滅多に見せない嫌そうな顔を見せて、将軍の顔付きへと戻る。
「ダクーシャ。あたくしは貴女にトレア様に婚約者が増えたら直ぐに教えるよう に言いませんでしたか?」
「確かに貴女はそう仰いました。私はしかとこの記憶に刻み付けております。」
「でしたら何故貴女はあたくしに人間界にトレア様の婚約者が出来た事を教えて くれなかったのですか?」
「私には貴女の仰っている事が理解出来ません。魔王様に人間界の婚約者は一人 としておりませんし、魔王様の婚約者は未だに十三人。増えて等おりません。」
「まぁ。ならば魔界と人間界を行き来しているあの女は誰なの?」
レリナーシィが指差した先には、恐怖に固まっているリーアがいた。
と、一斉に皆が表情を崩して呆れたようにレリナーシィを見る。
「な、何だと云うの!?」
「彼女はリーア様と云い、魔王様の養女であらせられます。」
「養女!?」
「呆れた奴だ。リーアを婚約者と間違えるとは。」
トレアは真っ直ぐとリーアに歩み寄ってリーアの肩を叩いた。
「リーア、何か用か?」
「あの、実は部屋に変な方が倒れていて。」
「リーア、直ぐに始末して来るから待っていろ。」
「私もお供させて頂きます。」
「待って――!」
リーアが呼び止める間も無く二人は消えた。



スティルはゆったりと寛ぎながらコーヒーを飲んでいた。
レリナーシィの守は少々大変だがトレアを鍛える事よりは余程楽だ。
しかし泣かす事が出来ないのが少々残念である。
「スティルさん。」
すると、スティルの束の間の寛ぎを邪魔するかのように、リーアが部屋に入って 来た。
スティルが顔を上げてリーアを見るとリーアは一瞬怯えた表情を見せた。
しかしリーアはスティルに歩み寄って問う。
「トレアさんが霊界に発って三日経っています。トレアさんは無事なのでしょう か?」
「心配ですか?」
「はい。」
「魔王様だけなら心配ですがダクーシャが付いています。あれは私が今まで見た 中で一番強く恐ろしい女。魔王様を守りながら霊界を壊す事は造作無いでしょう 。」
「・・・。」
リーアは顔を伏せた。
カザリエであると云う事は珍しいに違いないが、こんな鬱陶しい女を養女にした がったトレアの気が知れない。
スティルはそんな事を思いながら溜息を吐き、机に指を忙しく打ち付けた。
「とにかく、貴方は魔王様の心配を一切しなくても良いのです。レリナーシィの 守さえしていれば良い。」
「誰が誰の守をするのですって?」
また五月蠅いのが一人やって来た。
スティルはまた溜息を吐きながら立ち上がった。
「レリナーシィ。勝手な行動は謹んで下さい。」
「あら、何故?あたくしはもう直ぐトレア様の后になる女。自分の家となる宮殿 を出歩いて何が悪いの?」
「まだレリナーシィを后にすると決まった訳ではありません。飽く迄最有力候補 と云うだけです。」
「あたくしが生きている限りそれは変わりないですわ。」
「ならば、この宮殿のやり方になれて頂かないと。此処は貴方の城ではないので す。」
スティルは乱暴にレリナーシィの顎を掴んだ。
持っていた扇子でレリナーシィはスティルの手を叩こうとしたが、急にレリナー シィが固まる。
――スティルの目はまるで獰猛な肉食獣のようだった。
否、それは違う。
食べたいのではなく、ただ甚振りたいだけだ。
「レリナーシィ嬢。此処は王宮です。正室も側室も同じ身分。それを忘れてもら っては困りますよ。」
「――。」
レリナーシィは動けなかった。
今までぬくぬくと温室で育ってきたレリナーシィが、初めて現実を見た気がした 。



「霊界の長子とやらは愉快であったぞ。」
トレアは天使のような笑顔でリーアに微笑み掛けた。
「自分だけは助けてくれと、真に最低な男であった。」
「それでどうされたのですか?」
「壊滅だ。」
「ついでにこの書類の山も壊滅させてもらえませんか?」
と、トレアの前に尋常で無い数の書類が積まれた。
その書類を挟んでスティルはトレアに微笑み掛けている。
「貴方が留守だった四日間に溜まった仕事です。」
「――宰相であろう、主がせい。」
トレアは消え入りそうな声で呟いた。
「今一つよく聞こえませんでした。どうか今一度言って頂けませんか?」
「嫌じゃ!」
トレアは勢い良く机をひっくり返すと窓に向かって走った。
スティルがトレアを掴まえようと手を伸ばすが、あと少しでトレアの服の裾を掴 み損ねる。
窓から飛び下りたトレアを追い、窓から外を覗いてスティルは叫んだ。
「魔王様!」



 レリナーシィの回です。設定では彼女はトレアの婚約者で、今は利用する事しか考えていないがやがて■■■■■■しまうという設定です。でも、もう一回出せるかは不明。
 裏話◆この頃からリーアを出さなければ良かったと後悔する。◆裏話終了 だけど消せずに困ってます。
 トレアが窓から飛び降りるのが多いとちょっと思った。

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