魔王様、誘拐される


「魔王様!」
スティルは目に映る物全てを破壊して雲隠れしたトレアを捜していた。
が、三日も捜しているのにトレアが見付かる気配は全くない。
一体トレアは何が気に入らなくて家出等と云う行為に及んだのだろう。
心当たりがあり過ぎてスティルにはトレアがいなくなった理由は全く見当が付か ない。
「早く出て来ないと貴方の大切なリーアを八つ裂きにしますよ!」
「それは無理な話でしょう。」
スティルが声を張り上げているとスティルの目の前にダクーシャが表れた。
いつもと変わりなく物静かに落ち着き払っていて、それが妙にスティルの気に障 る。
「貴女が魔王様を匿っているのですか?」
「いいえ。私を疑う前にこれを見て下さい。」
ダクーシャがスティルに差し出したのは一通の書簡だった。
それは不快を覚える程真っ白で、表にも裏にも何も書かれていない。
スティルが封を切ると、其処には簡潔に一言だけ書かれていた。

人間界へ行け

「誰からかは掴めましたか?」
「私の推測に過ぎないのですが、スティル様のお仲間ではないかと。」
「――何の事でしょう?」
「私の推測なので都合が悪いのであれば無視して下さって全く構いません。」
暫く暗い色をした瞳同士が睨むように、それでも静かに見詰め合った。
その場は恐ろしい程の静寂に支配され微かたる風も二人の周りには吹こうとしな い。
永遠とも思える短い時が過ぎて、スティルはダクーシャから目線を逸らすと長い 溜息を吐いた。
書簡を焼き払うとスティルは無造作に垂らしていた髪を少しの間手で纏める。
そんな自然な風のスティルの目には何故か剣呑な光が宿っていた。
「私は人間界に下ります。その間、魔界を宜しく頼みますね。」
「了承しました。貴方も安全に魔王様を連れ帰って下さい。」
「分かりました。」
スティルは微笑むように柔らかく目を閉じるとダクーシャの横を擦り抜けた。
整っていて乱れの無い三つ編みが揺れると真夏の夜の湖のような良い香りがした 。
しかしそれは決して身嗜みを気にして香を薫いているのではないだろう。
いつでも戦場に行けるようにと、いつ誰と会っても血腥くないようにと云うダク ーシャなりの配慮なのだ。
スティルは本当に微笑むとダクーシャを振り返らずに人間界へ飛んだ。



「平和ですねぇ。」
公務の間にふとリーアは穏やかな日差しが差し込む窓を見上げていた。
トレアもいなくスティルもいない、忙しくて大変だけれども平和な人間界の生活 。
今のリーアには魔界で色々あった事が嘘のように感じられていた。
「リーア、凄い寛いでるね。」
その声と伴にリーアの目の前には至る所に染みを付けている白衣を来た少年が表 れた。
彼はヌグリと云い、リーアと同じ年なのだが天才錬金術師で少年の容貌を何年も 残している。
ヌグリとリーアは友人で、しかもリーアは女王と云えど庶民的なのでヌグリがリ ーアの執務室に表れる事は珍しくない。
リーアは椅子から立ち上がると山積みになっている書類の隣りのベルを鳴らした 。
「ヌグリはコーヒーで良い?」
「ミルクのたっぷり入ったのをね。」
二人の会話を待っていたかのように女官が表れ、リーアはミルク多めのコーヒー とアールグレイの紅茶を頼んだ。
リーアがヌグリの為に用意していた椅子を引っ張り出すとヌグリは当然のように その椅子に腰掛ける。
ヌグリは頬杖を突くと微笑みながらリーアに話し掛け始めた。
「魔界の生活は楽しかった?」
「・・・何も言えません。」
「折角魔界に行くんだから楽しめば良かったのに。リーアは損な性格だなぁ。」
「上級魔族に囲まれて面白笑可しく暮らせだなんて無理よ。」
「リーアは魔力が効かないんだから殺されたりはしないでしょ?」
「それはそうだけど・・・。精神的に気が滅入るわ。」
「僕だったら絶対に未知への期待と探究心に胸を弾ませていたと思うけどなぁ。 」
「・・・少しでもそれを分けて欲しいわ。」
「全くです。リーア様が楽しそうでないからと一体私が何回魔王様の愚行をお止 めした事か。」
「・・・。」
リーアは魔界で毎日嫌になる程聞いた低く爽やかな声に凍り付いてしまった。
声と同じ爽やかな笑顔を浮かべながら、彼は窓枠に腰掛けてリーアに微笑み掛け ている。
「スティルさん!?」
「お久しぶりですね、リーア王女。宜しければ私にも何か飲み物を頂けませんか ?」
リーアは震える手でベルを鳴らすと大急ぎで何か飲み物を持って来るように女官 に言い付けた。
この部屋で一番上等な椅子、つまり自分が座っていた椅子をスティルに差し出す と下座に移動する。
スティルに対する恐怖を極限に押さえ込み、リーアはスティルに問うた。
「今日はどうされたのですか?」
「ちょっと魔王様が行方不明になられたもので。貴方がそれについて何か知らな いかと思い訪ねて来たのです。」
「も、申し訳ございません。生憎トレアさんは此処には来なかったもので・・・ 。」
「そうですか。手紙等も来ませんでしたか?」
「はい。魔界から帰ってトレアさんとは一回も関わっていないのです。」
「ならば仕方無いですね。」
スティルは腰を上げると気怠そうに首を鳴らしながら窓の外を見やる。
「破壊活動に精を出してトレアを誘き出すしかありませんね。」
「魔王様ってあのとても可愛い天使みたいな人でしょう?」
「それが何か?」
スティルに問い返されるとヌグリは軽く首を捻って何かを考え始めた。
リーアはそれがトレアを捜す事に有益な情報を必死に思い出そうとしていると勝 手に信じる。
もしそうでなければ、人間界は過去になかったような大変な事になるのだから。
「その人なら、本物の聖人と一緒にいたと思うよ。」
「聖人と?」
「違和感無かったから忘れてたんだけど、あれは確かに魔王様だったと思うんだ けど――。」
スティルから発せられる怒りのオーラが見えるようでリーアはスティルから顔を 背けてしまった。
とにかくスティルを直視する事が怖くて見ようとすると全身に寒気が走る。
「あンの聖王の糞爺。トレアを誘拐しやがったな。」
「あの、スティルさん?」
「聖魔戦争の始まりだ。」
スティルはさらりと恐ろしい事を言って爽やかな窓の外を大きく目を見開いて睨 んだ。
と、今まで囀り歌っていた数羽の小鳥が地に落下していく哀れな様が見える。
「リーア王女、覚悟は決めておいて下さい。」
「スティル、待っ!」
リーアが止める暇も無くスティルは黒い靄を纏い、この場から掻き消えた。
この国の行く末を案じ、リーアが半ば呆然としているとヌグリに軽く肩を叩かれ る。
「仕方無いよ。全ては時の流れさ。」
「――そう云う訳にはいきません。私はこの国の女王なんですから。」
「でもさ、リーアに何が出来るの?」
リーアは自分の無力さに何も言えず、唇を噛み締める事くらいしか出来なかった 。
聖魔戦争が起こったとしても、女王である以前に人であるリーアに出来る事は何 も無い。
もし出来る事があるとすれば早く終わるようにと祈りを捧げる事が精一杯だろう 。
「どうかトレアさんの我儘で家出しただけでありますように。」
リーアはそう願わずにはいられなかった。



「と、云う事で先ずラファリエであるダクーシャ将軍に事の真相を確かめてもら いたいと思います。誰か異存は?」
スティルの発言に会議に参加していた皆が皆手を上げる者はいなかった。
会議室は静まり返って皆が下を向き、何を考えているのかさっぱり分からない。
そんな中でダクーシャだけがスティルを見据えてトレアを助けたいと云う意思を 明確に示していた。
こう云う時だけはスティルもダクーシャを嫌いに――苛める気に――なれない。
「では、賛成多数で決定とさせて頂きますよ。」
「少しお待ち下さい。」
そう言いながら挙手をしてスティルに意見を申し立てようとした勇気のある者は 矢張りダクーシャだった。
スティルは嫌な顔一つせず、逆に怖い気もするが微笑んでダクーシャに発言を勧 めた。
「どうぞ。」
「聖王は我等が魔王様と比べて即位千年弱の死に損ないの爺――、失礼、それな りに経験を積まれた方です。それに比べて我等が魔王様はまだ即位して四百年す ら経っていません。聖魔戦争に突入すれば後の事を考えると何方が有利か。容易 く想像出来ます。」
「ダクーシャ将軍。長寿の部類に入るとは云えあれは千五百歳。私が幾つだとお 思いですか?」
「魔界の始まりから生きている妖怪です。」
「私が此処にいる限り、あんな若造には引けを取らせるつもりはありません。」
「スティル様、心強いお言葉は結構ですが何でも自分を基準に考えないで下さい 。」
ダクーシャは立ち上がると鞘に手を掛けマントを翻してスティルに背を向けた。
そして誰にでも無しにダクーシャとは思えない加虐的な笑みを浮かべるとスティ ルに向かってか呟いた。
しかしその呟きは誰にも聞き取れない程小さなもの、空気に紛れて掻き消えた。



真っ白で優美な線を持つ神殿の中では色素の薄い乙女達が踊るように給仕をして いた。
その真ん中には真っ白な顎鬚を蓄えている老人とこの場に恐ろしく似合っている 金髪碧眼の美少年がいた。
少年は口の周りを少しばかり汚しながらクリィミィストロベリィサンダーアイス を食べていた。
老人は微かに微笑みながら少年の様子を見守っており、それは祖父と孫のように も見える。
しかし何を隠そうその少年は我等が傍迷惑な魔王様であり、老人はスティルが言 うに死に損ないの糞爺である。
そんな二人が聖王の神殿で一緒に寛いでいるように見えるのは奇蹟以外の何でも なかった。
トレアはクリィミィストロベリィサンダーアイスを食べ終わると口の周りを吹い て紅茶を啜った。
「毒が入っていなかった事に感謝するぞ。」
「毒等そんな卑怯な真似は致しませんよ。」
「そうか。ならば兄上は主に殺されたのではなかったのだな。」
「そう思われていたのですかな?」
「幾ら兄上が間抜けだったと云っても一応王族の一人だったからのぅ。」
「魔王様もお人が悪い。」
「して。毒は入れておらなんだが何故クリィミィストロベリィサンダーアイスに 睡眠薬を入れておったのだ?」
と、急に和やかそうな笑みを浮かべていた聖王の表情がトレアを見詰めたままで 固まった。
しかし気を取り直したように老人はまた以前のような笑みを浮かべて首を傾げる 。
「何の事でしょう?」
「余を監禁したり殺したりしても魔界は衰えぬぞ。魔界にはスティルもダクーシ ャもおる。」
「しかし少しは魔界も揺らぐでしょう。」
「戯けめ。千の兵士が纏めて掛かってもダクーシャには勝てぬ。それにスティル が易々と政治を傾けると思っておるのか?」
「――。」
「それ以前に、だ。主等に思い通りにされる余ではない。」
「赤子の癖に偉そうな事を言うな。」
トレアは聖王に向かって天使顔負けの笑顔で微笑んだ。
しかしトレアの周りの空気は聖なるものではなく、どす黒い殺気が渦巻いている 。
そのトレアの怒りは力を持ち真っ白な神殿を黒くさせ、灰のように崩れ落ちさせ ていた。
聖王は思わず目を細めて顔を紅潮させているトレアに嫌そうに顔をしかめた。
「この助平爺が!人間界で浮気ばかりしておるから年齢感覚が狂うのだ!」
「な!?」
「后も身分の高い者を無理矢理手米にしてしまったから娶ったのであろう!」
「何故それを知っている!?」
「それは」
「私が魔王様にお教えしたのです。」
「ダクーシャ!」
表れたダクーシャは服の至る所に血を付けており、此処まで来るのがどんなに大 変だったか伺えた。
しかしその事を微塵も感じさせずにダクーシャはいつもの慈愛に満ちた瞳で涼し げにトレアを見詰めている。
「聖王様、今度は魔王様も私の母のように手米にするつもりだったのですか?」
「一体何の事だ。」
「惚けないで頂きたい、聖王様。否、父上。」
「ダクーシャ、それはどう云う――?」
トレアがダクーシャに言葉の意味を問おうとしたらダクーシャが屈んでトレアの 唇に人差し指を押し付けた。
その目は優しそうな垂れた目であるのに、何処か悲しそうでトレアは何も問えな くなる。
「とにかく魔王様はお返し頂きます。」
「馬鹿め。」
トレアはその瞬間、何が起こったのか飲み込めなかった。
いつもは整っていて乱れの無い三つ編みが今は遠慮無く宙に乱れ広がっている。
大きく見開かれる事の少ないその目は、今は目が飛び出しそうな程に大きく見開 かれていた。
口からはまるで真紅の薔薇が散ったように血が溢れ出ていて、胸からはその血と 伴に鈍く光る銀色の剣が覗いていた。
必死に倒れ掛かるダクーシャを支えようとするトレアを聖王は冷たく見下してい る。
そして、呟いた。
「愚かなる魔族に身を落とした我が娘よ。あの世で悔いるが良い。」
「聖王!」
目の前が真っ暗になるような高揚感を覚えて、スティルは聖王に向かって力を放 とうとした。
しかし聖王を殺そうとするその手は何者かの力強い腕によって阻まれた。
ダクーシャを刺した者でもない、聖王でもない、勿論スティルでもない。
トレアが振り向くと《彼》は己の血を舐めて獣染みた表情を見せながら笑ってい た。
同じ顔なのに全く優しさは感じさせず、同じ垂れ目なのにそれは歪で獲物を求め る肉食獣のものだった。
「ダクーシャ。」
否、違う。
「ダクーシャ?もう俺の事忘れちまったのか?」
「覚えておる。ジゼルハイド。」
忘れられる訳がない。
トレアは目の前でダクーシャの身体を借りて笑っているジゼルハイドを睨み付け た。
一方ジゼルハイドはトレアの前に跪き、トレアを見上げて胸に手を当てる。
「我が主よ。俺に奴を甚り殺す命令をくれ。」
「こう云う時だけ我が主か。巫座蹴るのも大概にせい。帰るぞ。」
「このまま帰るのか?」
「帰って出直す。」
「聖魔戦争再来を始めると。」
「今年は聖界が滅んだ年と刻まれるであろう。」
「そうさせる訳にはいきませぬな。」
魔狩人と呼ばれる魔族に対抗する力を持った人間や、聖人が二人を取り囲んでい た。
聖王は《聖なる王》とは思えない歪な笑みを浮かべて二人を見下している。
しかしトレアは何の感情も感じられない無表情な冷たい瞳で聖王を見上げていた 。
トレアが幾ら可愛らしい天使に見えたとしてこれが魔族の、否、これが魔王の隠 しようもない性なのだ。
まるで聖王を小馬鹿にしたように鼻を鳴らして、無邪気にトレアは嘲笑った。
「主は何処まで余を馬鹿にしているのだ?」
「叩くなら若い間にと、そう思っているだけだ。」
「おい、爺。我が主は魔王だ。俺よりも《ダクーシャ》よりも強いし賢い。」
「買い被りだろう。」
「お前が嘗めているだけだろう?」
何の飾りも無いダクーシャの剣を抜き、ジゼルハイドは聖王に突き付けた。
焦る取り巻きを横に聖王は何の危機感もなく皺だらけの涼しい顔をして微笑んで いる。
「これ如きで我を殺められると思うな。」
淡い金色の光りを身体中に浴びてダクーシャの身体が吹き飛んだ。
ラファリエでなかったら、魔族であるダクーシャの身体は先程の光りで吹き飛ぶ 間も無く疾うに滅んでいるだろう。
本当嬉しそうな加虐的な笑みを浮かべてジゼルハイドは剣を杖にして立ち上がる 。
トレアは邪眼で聖王を威嚇すると急いでダクーシャの身体に駆け寄った。
「身体は無事か!?」
「身体?」
「それはダクーシャの身体なのだ!お前の物でなく。傷付けたら許さぬぞ!」
「ダクーシャの恋人気取りか?」
ジゼルハイドが軽く憎まれ口を叩くと、喉の奥が渇いた音で咳き込んで澱んだ色 の血を吐いた。
しかし闘争心の塊のようなジゼルハイドの事なので、それを無視して立ち上がろ うとする。
これは目の前にいるジゼルハイドの身体ではなくて、ダクーシャの身体なのに。
そう思うとトレアはジゼルハイドを精霊に取り押さえさせ、ダクーシャの身体を 座らせていた。
「何するんだ?」
ダクーシャとは完全に違う低い男の声が唸るようにトレアの耳に響く。
「それはダクーシャの身体だ。」
「俺とダクーシャの身体だよ。」
「戯け。」
吐き捨てるように言うとゆっくりとトレアは聖王に向かう。
「余の部下を傷付け侮辱した罪。主の命如きで贖えると思うなよ。」
「偉そうな事を。」



スティルはよく、人を馬鹿にする為だとか感情を言わずに訴える為だとかに溜息 を吐くが、今日は本当に疲れて溜息を吐いた。
心の底から溢れ出る疲労は恐らく今までスティルが吐いたどんな溜息より深く思 い。
そんな様子のスティルを心配して――否、恐れて近くにいた大臣の一人ルナルネ が声を掛ける。
「どうされたのですか?」
「あの馬鹿――、いえ、魔王様が聖界で怒り狂って大暴れしているようで。」
腫れぼったい目をしたリーアが隣りで蹲っ ていた。
そのスティルの苦悩に満ちた一言に、ダクーシャからの連絡を待っていた会議室 は騒然となった。
スティル以外の皆がルナルネのように顔を真っ青にして今にも泡を吹きそうであ る。
――決して聖界との仲がこれ以上崩れ聖魔戦争が勃発するのを案じ恐れているの ではない。
何方かと云えば聖魔戦争は長い間好戦的な魔族が望んでいた戦争なのだ。
ならば何故こんなにも彼等はスティルの一言に畏怖しているのか。
どんなに幼い顔をしていようと肌が肌理細かだろうと髪がサラサラだろうとトレ アは仮にもこの魔界を統べる魔王である。
即位するのに少々スティルの力添えがあったからと云って魔界の皆が魔王と認め るにはそれなりの魔力と知力と人望が必要だ。
そしてそうは見えないのだが、トレアは代々続く魔王の歴史でも指折りの魔力の 持ち主だ。
しかも何分若いので無茶も出来るしトレアは頭に血が上ると周りが全く見えなく なると云う性分も兼ね備えている。
聖界が滅ぶのは一向に構わない。
もし聖界が滅びれば万々歳でトレアは聖界を滅ぼした一番の名君として歴史に刻 まれるのだが――。
周りが見えなくなったトレアの怒りの矛先が魔界に――自分達に向けられるのは 困る。
一方そんな共通した皆の尊敬と直結する恐怖を余所目に、スティルは物憂げに紺 色に澄み切った空を見上げながらダージリン茶を啜っていた。
「ダクーシャは一体何をしているのでしょうかねぇ。」
「・・・考えられる可能性は三つあります。」
トレアへの恐怖とスティルへの恐怖に震える声を押さえて、ルナルネは三本の指 を立てた。
「一つはダクーシャが辿り着かず魔王様が聖王の非礼に腹を立てた。一つはダク ーシャが深い傷を負わされて魔王様が腹を立てた。一つは――。」
そのまま続けるのは辛くなって最後の最悪な仮定にルナルネは一回言葉を切った 。
口にしてしまえばそれが本当になってしまいそうで怖いが言わなければ言わない で恐ろしい目に遇うだろう。
目の前にいるスティルの真っ直ぐな視線から暫し顔を背けてルナルネは腹を括っ た。
「ジゼルハイド・エイラー・ヴェルヴェット・ケルゴリアシアナスが出て来たか です。」
「ジゼルハイドですか。その説が一番有力でしょうね。」
スティルは顔から笑みを消して飲み掛けのダージリン茶の入ったカップを机に置 くと立ち上がった。
近くにいた副司令官が髪を結んでいた紐を何の断りも無く解くと自分の髪を結い 上げる。
正面から後ろ髪が見えなくなるとダクーシャは空を見上げて呟くように言った。
「あれは厄介だから私が出ませんとね。」
「スティル様?」
「後の事は頼みましたよ。それから魔王様がお疲れになって寝てしまった時の為 に寝室の用意をしておいて下さい。」
つまりそれは言い換えると、いざとなれば気絶させて連れ帰るから転がせるよう にしておけと云う事だ。
ルナルネは小さく頷いて無礼とも考えられずに呆然とスティルを見詰めた。
「これから忙しくなりそうですね。」
スティルの言ったそれが聖魔戦争の始まりを示しているのだろうかは分からない 。
しかし、スティルのその笑みを浮かべぬ顔に皆一様に言い知れぬ不安を感じたの は確かだ。
黒い魔力がスティルを包み込むと、スティルの身体が聖界へと掻き消えた。



聖人と人間がこぞって褒め称えた清らかで美しかった神殿の跡は何処にも無い。
渦巻く殺気を孕んだ魔力に破壊され、もう其処には灰色に抉れた世界の終わりの ような大地があるのみだ。
そして其処には見窄らしい襤褸切れのような老人と真っ赤な血を流し続ける老人 が倒れている。
立っているのは陽の光りのような金色の髪と、夜の海のような碧い瞳を持つ少年 だけだった。
少年の美貌とは正反対のこんなに荒んだ景色を見て、少年な悠然と微笑を浮かべ ている。
《無》の境地に達したと言っても良いその場は暫く静止しており、誰一人として 近付く事が出来なかった。
そして世界の理にも似たその沈黙を破ったのはこの大地に唯一人立っていた少年 である。
乾いた土と革靴が擦れ合う音を奇妙に響かせ、死んでいるのではないかと思うよ うな老人に近寄った。
――魔王がゆっくりと、不気味な足音を立てて、今は見る影も無い聖王に近寄っ て来る。
近付く二人の距離見守る唯一人は先の聖魔戦争で英雄と称えられた魔将軍。
魔王が聖王の顔を覗き込んだ時、聖王は苦しそうに身を捩らせながら呻いた。
その暖かい美貌を凍り付かせて冷ややかに魔王は聖王を見下しながら小さな声で 囁く。
「どうだ?主の罪は?」
「ま、お・・・。」
「主の命だけでは償い切れぬ。聖界も貰うぞ。」
「許、さ・・・。我、が、いの、ち・・・。」
「これが主の罪なのだ。死に掛けのその老体で確かと見ておけ。」
「き・・・さま。」
「さて、手始めに。」
魔王は聖王から目を離すと砂漠のように広がる何も無い大地を見渡した。
見渡せる限りでは本当に何も無く、まるで聖界が全て滅んでしまったような気持 ちになる。
しかし聖王は魔王の手の内なのだから、そう感じられるのは仕方無いだろう。
と、魔将軍が立ち上がり、傷だらけの身体を引き摺るようにして魔王の元に歩み 寄った。
「俺にも暴れさせろ。」
「ならぬ。」
と、魔将軍は舌打ちをし八つ当たりをするかのように聖王の胸に剣を突き刺した 。
「どうしてだ?」
苛立ち今にも暴れそうな魔将軍を見て魔王は無感動に遠くを見詰め魔将軍に視線 を戻す。
「これに主が止どめを刺したから聖人の軍勢が攻めて来おった。」
自分でした事の責任くらい自分で取れ、と魔王が言うと魔将軍は嬉しそうに微笑 んだ。
奴等の掲げている真っ白な旗を真っ赤な血で染め上げる事が出来ると思うと胸が 高鳴る。
魔将軍が軍勢に突っ込もうと構えた時、魔王が少年とは思えない力強い手で魔将 軍の肩を掴んだ。
「その身体を傷付けたら許さぬぞ。」
「分かってる。」
魔将軍はもう真っ直ぐに伸びた漆黒の髪を風に靡かせて唯一人で聖人の軍隊に突 っ込んだ。



トレアは頭が締め付けられるような、呆っとした気分でただただそれを見詰めて いた。
ダクーシャが世にも嬉しそうな加虐的な笑みを浮かべて沢山の聖人を原形も分か らぬ程の滅多斬りにしている。
しかしあれはダクーシャの身体だと云うだけで本当はジゼルハイドなのだ。
分かっているのに、それはダクーシャその者で、トレアは悲しくなって聖王の死 体を見下しながら膝を抱えた。
「魔王!よくも、お前が父上を!」
「五月蠅い。」
トレアは何も考えず恐らく聖王の息子だっただろう中年の男を吹き飛ばした。
本当はあんな助平で狡猾で性格も悪い最低な父親が死んで喜んでいるのではない だろうか。
今度は自分が王になれたかもしれぬのに、早まって馬鹿な真似をしたものだ。
「分からんのぉ。」
「そうですね。聖界は悪趣味な模様替えでもしたのですか?」
「余が手伝った。」
「私は貴方の感覚を疑いますよ。」
スティルは蹲って襤褸切れを見ているトレアに向かって手を差し出した。
「帰りますよ。」
「――ジゼルハイドを止めねば。」
「それは私がどうにかしますから。魔王様は魔界に帰って聖魔戦争の準備をして 下さい。」
「話は其処まで広がっておるのか。」
「魔王様が誘拐されたとなれば仕方ありませんよ。」
トレアはゆっくり溜息を吐くと、血に塗れているダクーシャの身体に目をやって 立ち上がった。
「後の事は任せたぞ。」
と、トレアは自分を支える力を失って膝を折り、その場に倒れ込んだ。
耳鳴りがしてそれが鈴を転がすような少女の声になってトレアの耳に聞こえて来 る。
「これで聖王は私ですね。」
「トレア様!」
ダクーシャが不意に気付いたように剣を放り投げて傷付くのも厭わずトレアに駆 け寄って来た。
抱き抱えられているのか、いつもとは違うスティルの顔がトレアな目の前にある 。
自己再生しようとする力と傷付けた物全てを破壊しようとする力がトレアの中で 渦巻いていた。
壊したい、滅ぼしたい、消したい。
「スティル、ダクーシャ。」
名は呼んだが、スティルとダクーシャの方を見ずに宙を見詰めてトレアは微笑ん だ。
スティルの目が今までに無い程見開かれてダクーシャの優しげな目元も凍り付く 。
「魔王様!」





目が覚めた時には泣き腫らしたような 心配するな、と微笑んで見せるとリーアの表情は忽ちに柔らかくなってリーアは 誰か人を呼びに行く、とリーアを一人残して去った。
そして辺りを見渡して見ると見知らぬ柔らかい色の家具ばかりでどうやら此処は トレアの部屋ではないようだ。
しかも一切の魔力が感じられない事から此処は魔界の何処でもないらしい。
無理に怠い身体を起こすと身体の中で何か良からぬものがトレアの身体の中で渦 巻きながら暴れた。
「・・・光か。」
どうやらトレアは気を失う原因となった攻撃で身体の中に光を注ぎ込まれたらし い。
魔族の闇と聖人の光は相容れないもので、トレアの中で闇と光が戦いトレアに苦 痛と倦怠感が戦っている。
しかし注ぎ込まれた光はトレアの中の闇に比べると極少量だったようで、遅くて も百年以内には光が抜けそうだ。
と、云う事は今のトレアには魔界の闇も聖界の光も身体に悪い訳で、今人間界に いるのだろうか。
だとすれば此処はリーアの部屋若しくは城の一室でトレアの養生の為に貸してく れたのだろう。
リーアの好意は有り難いのだが今のトレアには聖魔戦争の指揮をすると云う任務 がある。
取り敢えず、このままの格好で良いのか着替えるべきか見極める為にトレアは自 分の今着ている服を見た。
「・・・。」
暫しの沈黙。
「――、何だ是は!?」
トレアの喉が張り裂けんばかりの悲痛なる甲高い恐怖の絶叫が恐らく城中に谺し た。
切り替えのないゆったりとしたワンピースのような形に裾やら胸やら何やらにレ ースが施してあり、腰の辺りには大きな蝶のようなリボンが付いてある。
寝間着には間違いないのだろうが、これはどう見たってリーアの御下がりの乙女 を感じさせるネグリジェだった。
屈辱。
この二字がトレアの脳裏を駆け巡り、トレアを嘲りながら意地悪そうにトレアを 苛む。
「余は、魔王であるのに・・・。」
トレアは魔王と云う尊厳をたった一枚のこのネグリジェによって跡形も無くぐっ ちょんぐっちょんのぎっちょんぎっちょんに傷付けられた。
悲しくて苦しくて辛くて悔しくて、屈辱の涙を流しながらトレアは唇を噛み締め る。
幾らトレアの愛しい娘であるリーアだと言ったって絶対に許してやるものか。
トレアの心はそれ程深く、先がちょっと尖った子供用のスプーンみたいな物で穿 られたのだ。
「絶対に、絶対に許さぬ、リーアめ。」
「魔王様、よくお似合いですよ。」
拍手まで含んでそのトレアが今まで一番聞いて来た穏やかな声で全てを理解した 。
トレアは涙を拭いて唇を噛み締めたまま扉の前に立っているスティルを睨み付け る。
「おや?折角可愛らしいのにそんな顔をしていたら台無しですよ。」
「五月蠅い!このサディスト!お前なんか豆腐の角で頭を打って死んでしまえ! 」
「私は結構頭が固いのでそれは無理ですね。」
トレアの悔しさもいざ知らず、飄々と言って除けてスティルは近くにあった椅子 に座った。
「でも魔王様が脱走する危険は無くなったので良いではありませんか。」
「故意的なのか!」
「あ、あの、でもとっても似合っていらっしゃって――。」
何かが身体の中で弾けるような感覚を受け、思わずトレアは身体を抱えるように 腰を折った。
「光があるのに魔力を使おうとするからこうなるんですよ。」
「これでは聖魔戦争が出来ぬではないか!」
「ご安心を。今、ダクーシャが血相を変えて直す方法を探しておりますから。」
「ダクーシャが?」
「多分負い目を感じているのでしょう。」
生真面目なダクーシャの性格だから、こうなったのも全て自分のせいだと思って いるに違いない。
そう思うとトレアは自分がした事と、ジゼルハイドの事で悲しい気持ちになった 。
「あと魔王様に光を注ぎ込んだ者を殺したのもダクーシャですから。褒めてやっ て下さいね。」
「うむ。だがスティル。主がそのような事を言うとは、何かあったのか?」
「いえ、別に何もありませんよ。ただ、褒められた時のダクーシャの複雑な顔を 見たいだけで。」
スティルは悪魔だ。
血も涙も無い、己の加虐的な快楽だけを求める悪魔だ。
トレアは恐ろしくなってスティルから離れようとリーアの腕を掴んで後退った。
「その目は何ですか。」
スティルが如何にも嬉しそうにトレアに顔を近付けた時、扉を開ける軋んだ音が 聞こえた。
トレアが思わず其方に目を向けると血と汗と泥に塗れてダクーシャが息を切らし ながら立っていた。
ダクーシャはトレアの姿を認めると少しばかり蛇行しながらトレアの方に歩み寄 った。
その後ろにはダクーシャと同じ色の漆黒の髪と鮮やかな青の瞳、浅黒い肌を持っ た青年が続いていた。
ダクーシャはトレアのベッドに近付くと暫く息を整えてその場に跪いた。
「魔王様。この方は聖人の王族です。」
「何だと?」
「光は聖人にしか取り除く事が出来ません。だから私はそれをこの方に依頼しま した。」
「・・・貴女は何を考えているのですか?」
スティルは冷たく、刺すようにトレアの前に跪いているダクーシャに言い放った 。
しかし一方ダクーシャは全く気にする素振りを見せずにスティルに向き直る。
「この方は私の弟に当たります。母も同じです。」
そう言うダクーシャの顔は血も気にならない程いつも異常に穏やかで慈愛に満ち ている。
ダクーシャの事だから余程もういないと思っていた親族、しかも弟に会えた事が 嬉しいのだろう。
「見た事も無い私が困っている様子を見てこの方は第二位の王位継承権を持って いるに関わらず魔王様を治して下さると云うのです。」
「それが聖界の策略でないと言い切れますか?」
「はい。もし、そんな事になれば全責任は私が負います。」
「それは楽しみですね。」
スティルが爽やかな微笑みを浮かべ、ダクーシャの肩を持ちながら下がると代わ りにダクーシャの弟と云う青年が進み出た。
よく見れば青年は涼しげな美貌の持ち主で、その美貌の上に濃い化粧をし王族と は思えない露出した服で金色の輪を至る所に嵌めている。
浅黒いその肌には寒色系の濃い化粧やくすんだ金色の輪が思いの他よく似合って いた。
「はじめまして、魔王様。俺はアンリと云います。」
「会えて光栄に思うぞ、アンリ。余の名はトレアと云う。」
「聖界を半壊させた魔王だからもっと怖いのかと思ってたけど、君は可愛いね。 トレアちゃん?」
「ちゃん?」
トレアはそのちゃん付けと云う母が幼子を呼ぶような呼び方に過剰に反応した。
正直可愛いとアンリに言われた事よりもその事ちゃん付けに誇りを傷付けられ腸 が煮え繰り返る程腹を立てている。
だがアンリはトレアが何を嫌がっているのか分からないと云う風に首を傾げてト レアを見ていた。
「ちゃん付けってやっぱり傷付いた?」
「やっぱり、と?」
「俺の主義としては可愛い女の子は皆ちゃん付けで呼びたいんだけど君は魔王だ から嫌かなって。」
「女の子?」
もう何がどうなってトレアが何をしたいのか、何をしなければならないのか忘れ ていた。
身体に光が入っている事さえも忘れてトレアはベッドの上に立ち上がり、アンリ と視線を合わせる。
そのアンリの後ろではスティルが意地の悪い、愉快そうな笑みを浮かべて立って いた。
「よく聞け、戯け。余はなぁ、誰もが認める立派な成人男子だ!」
「魔王様、私はまだ貴方を外見的に成人と認めていませんよ。」
「私の為にもう少し子供でいてくれませんか。」
憎い。
全くトレアの気持ちを無視した事を言うスティルが、今回ばかりはダクーシャも 憎い。
トレアは破壊活動に精を出しそうに成る心を抑えて血が滲む程唇を噛み俯いた。
そして唇から滲んだ血を拭くと真っ直ぐに顔を上げて正面からスティルを見据え る。
「スティルの大馬鹿者!」
「どうして私なんですか。」
スティルは馬鹿にした溜息を吐くと逃げようと手足を乱暴に動かすトレアを掴ま えた。
そして無造作にトレアの首根っ子を掴んで思い切りアンリの目と鼻の先に押し出 す。
「煮るなり焼くなり好きにしなさい。早くしないとこれは兎のように無駄にすば しっこく逃げ出しますよ。」
「そんな、俺は煮たり焼いたりするつもりは全然無いんですけど。」
「ではあれですか?八つ裂きとか火炙りとか拷問ですか?」
「スティル、良い加減にしろ!」
「早く持って下さい。」
アンリはスティルの気迫に負けて、言われるままにトレアの首根っ子を掴んだ。
「これで貴方が何かすれば直ぐに殺せますね。」
「は!?」
「スティル、お前、真逆!?」
トレアは一つだけ、スティルが何をしようとしているかと云う事に思い当たった 。
それはスティル程の魔力と地位、王族に使えた年齢が無いと出来ない事だ。
トレアはそれを否定する事が出来なくて、化け物を見るような目てスティルを見 た。
「主はアンリに難癖付けて余も殺す気か!?」
「おや?よくお分かりで。」
「えぇい!主の目的はなんだ!」
「もうお分かりでしょう。こんなに長い時間を掛けて王族に畏怖と尊敬の年を与 え、上層部には畏怖と信頼を置いて来たのです。」
「・・・余を騙していたのだな。兄上や兄上や省略、姉上がいなくなった時は励 ましてくれたと思っていたのに!」
「魔王様が幼稚で助かりました。これで長年温めていた計画が実行出来そうです 。」
「スティル!」
「さようなら、魔」
「もう巫座蹴るのもお終いにして下さい。」
ダクーシャが殺す気満々だと言わん許りにスティルの下腹に蹴りを食らわした。
しかも無表情で、その目にはいつも通り慈愛を称えているから更に怖い。
「魔王様も多少は混乱していたとは云え、こんな臭い三文芝居に乗らないで下さ い。」
「――済まぬ。ついいつもの癖で。」
「ではアンリ様、始めて下さい。」
「姉上。そのように水臭い言い方はしないで下さい。」
そう云うとアンリはトレアの前に跪き、幾重にも重なる金色の腕輪を鳴らしなが ら傷口の辺りに手を当てた。
と云ってもアンリはトレアに触れるような事はしていなく、手を傷口に翳してい るだけである。
アンリが手を翳してから暫く経つと、トレアの傷口の辺りから白金色の光がアン リに流れ始めた。
光がアンリに流れて行く程トレアの気持ちは軽くなり、魔力が腹の底から漲って 来る。
アンリが手を翳すのを止めた時にはトレアから光のある違和感が無くなり、それ どころか今までより元気になったようだった。
「失礼します。」
スティルがトレアから光が消えたのを確かめるようにトレアの腹に手を当てた。
「一応全て無くなったようですね。」
「アンリ、感謝する。」
そう言うとトレアは立ち上がって部屋の何処かに立っている筈のリーアの姿を捜 した。
しかしリーアはいつの間にか誰にも知られずに部屋を出て行っていたようだ。
「服を持て。聖魔戦争に行くぞ。」
「トレアさん?」
少しばかり王族の威厳が抜けた間抜けな声を上げたアンリにトレアは振り返った 。
「案ずるな。主意外の王族は皆滅ぼしてやる。次の聖王は主ぞ!」
「いや、それは嬉しいんだけど・・・。」
「そうですよ、魔王様。聖魔戦争が始まれば皆平等に死を与えるべきです。」
「嫌じゃ。」
トレアは可愛らしく頬を膨らますとスティルから顔を背けて外方を向いた。
その時のスティルの腹立ちようは顔さえ見れば何とも言えない程容易くに想像が 吐く。
「主はアンリが気に入ったのじゃ。」
「それは光栄です。」
アンリはそう言うが、勿論それを快く思っていない者もトレアの直ぐ側にいる。
スティルは張り付けたような優しい笑みを浮かべると力の限りトレアの腕を掴ん だ。
「魔王様!」



 聖魔戦争編、別名ダクーシャ編です。尻切れトンボで終わってしまいましたが、ギャグ的には思い通りに書けました。
 これが終わるまでにはダクーシャとアンリの関係を終わらせたいと思います。その意味は、ご自由に。
 魔王様シリーズで実は一番気に入っている回かもしれない。けれども、この後泥沼化(嘘)

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