魔王様、頑張ってみる
「魔王様!」
「スティル、丁度良い所へ来た。」
トレアは足音を立てて声も荒く部屋に入って来たスティルに手招きをした。
横では珍しく服を汚したダクーシャが控えていて、静かにスティルに一礼する。
スティルは此見よがしに溜息を吐いて、静かにトレアの方へと歩いて行った。
「スティル、軍の配置について相談があるのだ。」
「それはダクーシャ将軍に訊くのが一番確かではないのですか?」
「いや、余が聞きたいのはスティルの意見なのだ。」
スティルにそう言ってトレアはスティルの前に一枚の細長い紙を広げた。
その紙は千年も前に作られた古い地図で、魔界と聖界の境の地形が描かれていた。
そしてトレアは丁度魔界と聖界の境の、しかも中央に位置する場所を指差す。
「此処に軍隊を置くかどうかだ。」
「配置するのであれば私専属の軍を配置します。」
「そうですね・・・。」
地図を見たまま言葉を濁し、スティルは少し考え込むように俯いて顎に手を当てた。
トレアは大人しく黙り込んでしまったスティルから答えが出るのを待つ。
「――ダクーシャ将軍の軍だけでは足りませんね。」
「配置するのだな?」
「其方の方が早く聖界を切り崩せるでしょう。」
「分かった。」
そう言ってトレアは地図を丸め、腰を浮かせてそれをダクーシャに手渡すと椅子に深く座り直した。
するとスティルが寒気がするような極上の机を挟んでトレアの前に立つ。
スティルが何故そのように笑っているのか、妙に心当たりがあったのでトレアは息を飲み込んだ。
――心当たりは数え切れないくらいある。
書類のサインを途中から人に偽造させたのが分かってしまったか、人間界に暫く遊びに行っていたのが分かってしまったか、スティルのお菓子を勝手に食べてしまった事を気付かれてしまったか――。
とにかく心当たりがあるのでトレアはスティルの雷がいつ落ちるかとスティルの様子を伺う。
「・・・魔王様。」
「何だ?」
「あの聖界の小僧が来ました。」
「は?」
「ダクーシャの弟ですよ。」
「おぉ!アンリか!」
トレアは嬉しそうに手を叩き、瞳を輝かせてアンリの元へと行こうと走った。
が、部屋を出ようとする直前にスティルに首根っこを掴まれてトレアは暴れる。
「魔王たる者が聖界の王族とつるむのは止めて頂けますか?」
「何を言う!」
トレアはスティルの手を叩いて払うと、可愛らしい頬を真っ赤に染めて怒り始めた。
「アンリは聖人でも余の友だ!それにダクーシャの弟だぞ!」
「ダクーシャ将軍の、ねぇ。」
信頼が出来るかと言わん許りに小馬鹿にしたようにスティルは鼻を鳴らす。
そんなスティルの態度にトレアは右頬だけを膨らませてぷぃと外方を向いた。
「もう良い。帰れ。」
「言われなくても帰ります。生憎私は貴方のお陰で色々と忙しい身ですから。」
「・・・。」
最後まで嫌味を言わなくても良いと思う。
そんな事すらスティルに言えなくて、トレアは自分を情け無く感じてしまった。
トレアが何も言えずスティルを睨み付けていると、スティルは涼しい顔で退散した。
忌々しい。
トレアは悔し紛れに鼻を鳴らして腕を組むとはっきりと窓を叩く音が聞こえた。
トレアがダクーシャに視線を送るとダクーシャは頷いて窓の方へと歩み寄る。
ダクーシャが窓を開けると、其処ではアンリがトレアに向かって手を振っていた。
「おぉ、アンリ!」
トレアが嬉しくて手を叩くとアンリは窓枠を乗り越えて部屋の中に入って来た。
ダクーシャはそれを止めはしなかったものの、アンリに向かってゆっくりと首を振る。
「姉上、お言葉ですがあの宰相が五月蠅くてこうでもしないと此処に入って来られなかったのです。」
「アンリ様。言って下されば私が迎えに行きましたのに。」
「姉上のお手を煩わせる訳にはいきません。」
「しかし、聖界なれども先程の振る舞いは王族にあるまじき行為です。魔王様とお付き合いなさるのならもう少し言動に気を使って下さい。」
「ダクーシャ、その様に堅い事を言うな。」
ダクーシャに向かってそう言いながら近付いてトレアはアンリの肩を叩いた。
「それでアンリ。今日は何用だ?」
「聖界の軍の配置を密告しに来た。」
「主は余の友だ!」
「そう言ってもらえると光栄ですよ。」
トレアとアンリが友情の語らいをしている間にも、ダクーシャは机の上に地図を広げた。
それは先程トレアがダクーシャに渡した魔界と聖界の境を描いた地図である。
そして次にダクーシャはトレアと机を挟むようにアンリの為に椅子を置く。
「流石ダクーシャは余の部下じゃ。手際が良い。」
「お褒めに与かり光栄でございます。」
「して、アンリ。聖軍の配置は何処じゃ?」
トレアが座りながら問い掛けるとアンリもダクーシャが用意した椅子に座って指差した。
其処は境。
トレアとダクーシャがスティルに軍を配置するかどうか相談した場所である。
「・・・一点か?」
「そう。聖人は争いに関しては作戦が下手だから。」
「しかし、聖軍が此処に全軍配置となると我が軍も或る程度の戦力を集めなければならんのぅ。」
「それならば我が隊も含め選りすぐりの精鋭部隊を五隊配置致しましょう。」
トレアは引き出しを開けると暫く探り、チェスの駒を取り出して境に白い駒を十個置いた。
それからそれに対峙させるように黒い駒も取り出して同じ場所に五個置く。
「魔軍は攻撃の面では強い。」
「聖軍は回復の面では強い。」
「さて、どうやって料理してやろうか。」
トレアはにやりと微笑んで地図の上に黒い駒を何回も何回も継ぎ足して置き直した。
「・・・。」
聖魔戦争の兆しが現れてからトレアは即位から今まで類を見ない程に張り切っている。
その証拠にいつもは山積みで仕方無く半分はスティルが片付けていた仕事が最近は減った。
張り切って仕事をしてくれるのは有り難いのだが、出来るのなら最初からやって欲しい。
だがスティルはそんな意味とは別の意味で外に向かって重く長い溜息を吐く。
すると、微かにスティルの鼻に瑞々しい若葉の爽やかな香りが漂って来た。
前を見ればスティルが気に入っている宰相と対成す軍部最高位のダクーシャが歩いて来ていた。
ダクーシャは部下と一緒に歩いていて、本当は最高司令官なのに将軍、と親しまれている。
垂れ目の優しそうな顔立ちからはとても彼女が軍人だとは思えそうになかった。
しかしダクーシャはスティルが見て来た中で一番有能な最高司令官である。
――そう言えばトレアもそうだ。
トレアはまだ若く性格にも多少の問題がある為まだ芽だが育てれば大輪の華を咲かすだろう。
金髪に濃淡の変わる碧い瞳の子供のように愛らしく整った顔立ちも十分武器になる。
何だって使い様に拠れば立派な政治の武器になるのだ。
もし、聖魔戦争が始まるのが後二百年後であれば相手の聖王が誰であれ聖界を滅ぼせていただろう。
そしてスティルの荷物が一つ減る。
「スティル様。」
――スティルが物思いに耽っていると急にダクーシャに声を掛けられた。
先程までダクーシャと話していた部下はどうやらスティルの姿を見て逃げたらしい。
スティルはダクーシャに悟られぬよう、いつも通りの素敵な笑みをダクーシャに向けた。
「如何なさいましたか?」
「軍の配置が変わりました。」
「・・・あの小僧ですか。」
「はい。」
スティルはそれ以上何も言わない。
しかしダクーシャはただ何の感情も読み取れない無機質な瞳でスティルを見詰めている。
別にそれが辛くも無いが心地好くも無く、スティルは向きを変えて歩き出そうとする。
しかしダクーシャがスティルに付いて来ようとする気配を察してスティルは立ち止まった。
「何ですか?」
「・・・。」
スティルが問うとダクーシャはじっとスティルを見詰め暫く間を開けてから答える。
「ヴェリス様。」
「・・・。」
スティルの放つ威圧感が刺すようなものになったのをダクーシャは感じた。
一瞬恐怖を感じてダクーシャは下がろうとしたが、自分を奮い立たせてその場に踏み止どまる。
「覚えはありませんか?」
「貴女は何が言いたいのです?」
「会いました。」
「・・・。」
「あの方は昔、母とよく一緒にいて、私を魔界に逃がして下さったのもあの方です。」
「そうですか。」
「あの方が久々に貴方に会いたいと、言っています。」
「お使いご苦労様です。」
「貴方は!」
ダクーシャは何事も無かったように去ろうとするスティルの肩を思い切り掴んでいた。
するとスティルの笑みは跡形も無く消え失せ、冷たい瞳でダクーシャを見下ろしていた。
ダクーシャは手を離す事も出来ずに、《禍々しい》スティルに更に問い掛ける。
「貴方は《妖怪》と呼ばれ衰えずに何年生きているかも定かではない。それに、《神》と呼ばれるヴェリス様とも面識がある。」
「――それは誰でも一度は抱く疑問です。」
その疑問をダクーシャが抱くと云う事は、まだダクーシャが若いと云う事。
若過ぎるから、ダクーシャはその疑問を素直にスティルに問う事が出来るのだ。
ダクーシャは瞳に恐怖を映しながらも真っ直ぐにスティルを見詰めている。
「貴女は確かに優秀です。しかし、魔界で生きたいのならその疑問は胸の内に仕舞うべきです。」
「しかし私は――」
「スティル!」
ダクーシャが尚もスティルに食い下がろうとするすると、二人の主君であるトレアの声が響いた。
その声は少年特有の甲高い声で、何処か怒ったような響きを含んでいる。
トレアは真っ直ぐとスティルとダクーシャに近付くとその間に割って入った。
「主はまたダクーシャを虐めておったのか!」
「違いますよ。」
「もう余は主の言い訳等聞かぬ!ダクーシャは余の大切な臣下だ。例え主でも傷付ける事は許さぬぞ!」
「魔王様。偉くなったものですね。」
「余、・・・余は一番偉いのだ。」
――いつものスティルだ。
そしてトレアはいつものトレアのままで、ダクーシャは密かに胸を撫で下ろす。
「と、とにかくその危ない趣味も大概にしろ。」
「申し訳ありません。止める気も無いものですから。」
「・・・。」
トレアは無言のままでダクーシャの腕を掴み、そのまま向きを変えて歩き出した。
スティルにこれ以上何を言っても無駄だとトレアは今までの経験から知っているのだ。
「ダクーシャ最高司令官。」
トレアには腕を引っ張られていたが、ダクーシャはスティルに呼ばれて振り向いた。
「あまり好奇心を出すと痛い目を見ますよ。それにそんな歳ではないでしょう。」
「ご忠告ありがとうございます。」
「・・・ダクーシャ?」
スティルとダクーシャの会話を聞いてその時初めてトレアは訝しげにダクーシャを見上げた。
ダクーシャは何でも無いと首を振ったつもりだが、その動きはぎこちなくなっていただろう。
トレアは空色の瞳でじっとダクーシャを見詰めて、やがてゆっくりと手を離した。
「先に行け。」
「魔王様?」
「――アンリが待っている。」
「・・・分かりました。」
トレアはダクーシャのたった一人の主君で、ダクーシャはトレアの命令に従うだけだ。
――ダクーシャはその場から去り、廊下にはトレアとスティルが残った。
「スティル。」
「何ですか?」
「余は主が何であろうと構わぬ。余を育てたのは母上でも父上でもなく、主じゃ。」
「はい。」
「だから余が王である間は此処にいてもらう。」
「・・・。」
スティルは大袈裟だと言っても差し支えない程に大きな溜息を吐いてトレアを見た。
「当たり前です。離れろと言われても貴方が心配で離れられません。」
「そうか。」
「それに魔王に貴方を推薦したのは私ですよ。貴方が愚王と呼ばれたら私の経歴にまで傷が付きます。」
するとトレアは頬を膨らませて不貞腐れたような顔をし、スティルから向きを変えた。
そして暫く歩き勢い良く振り返るとスティルに向かってさくらんぼのような舌を出す。
「スティルの馬鹿者!」
「待ちなさい!この糞餓鬼!」
トレアは全速力で必死に逃げたのだが直ぐにスティルに捕まってしまった。
気持ち悪い程真っ白い清潔な部屋でスティルは嫌そうに眉間に皺を寄せた。
こんな悪趣味な部屋から早く出たいがそうする訳にもいかず、スティルは近くにあった椅子を引っ張り出して腰掛ける。
壁も床も天井も真っ白な部屋で文字盤と針が銀色に光る白い壁時計が動いている。
その秒針の音が五月蠅くスティルの神経を逆撫でして、スティルはその時計に見えない拳を叩き込んだ。
時計は小気味の良い音を立てて粉々に崩れたがそれでもスティルの気は収まらず、小刻みに指を机に打ち付ける。
そうしていると少しは落ち着くのだが、またその音に苛つき全てを破壊したい衝動に駆られた。
我慢する必要も無いのでスティルが破壊しようと立ち上がると、音を立てて白い扉が開く。
「スティル、久しぶり。会いたかったよ。」
「私は会いたくありませんでしたけどもね、ヴェリス。」
彼とも彼女とも言えないその者は、中性的な顔立ちで色素も全体的に薄く輪郭が曖昧だった。
暗いスティルと並んでいると対照的で、まるで計算尽くされた絵画のようだった。
「一体私に何の用ですか?」
「あれ?気付かなかった?」
彼であり彼女であるヴェリスの言動に一々スティルの血管は音を立てて切れそうだった。
スティルはヴェリスの胸倉を掴むと勢い良く真っ白な壁に叩き付け押し付ける。
「気付かなかった?ですか。気付かなかったら私はこんな所に来ませんでしたよ。」
スティルは押さえ付けたままで右手を離し、左手でヴェリスの首を絞める。
しかしヴェリスは苦しそうな表情を見せる所かスティルに向かって笑い掛けていた。
またそれがスティルの癪に障り、スティルは何も考えずにただ左手に力を込める。
「魔王様を誘拐するようにあの好色爺に助言したのは貴方ですね?」
「気が付いているなら訊くなよ。」
「そうなのですね?」
スティルの迫力に気圧されて、ヴェリスは巫座蹴るように両手を上げながら頷いた。
「言っておきますがあの方は私の主君です。」
「知ってるよ。」
「でしたら何故手を出したのですか?」
「だからさ。」
「矢張り私はお前が大嫌いです。」
「そんな釣れない事言うなよ。私はスティルが大好きなんだから。」
「虫酸が走る。」
「・・・そう言って前も逃げたよね。」
ヴェリスはスティルの左手を掴むと自分の首からスティルの左手を離した。
スティルは本当に嫌そうな顔をしてヴェリスに触られた左手を引っ込めると手を振る。
まるで絡み付いた汚い物でも振り落とすようにスティルは必死に手を振っていた。
「・・・変わらないな。」
「お陰様でね。変わるに変われませんよ。」
スティルはヴェリスを睨み付けて軽く肩を叩く。
「だから私は短気なままなんです。」
「――。」
「とんでもない事をしてくれましたね。」
「私を殺す?」
ヴェリスは相変わらずおどけたように言うのだが、スティルの刺すような空気は変わらなかった。
「殺せるのであれば何億年もの昔に殺していますよ。」
「ならどうする?」
「今日は脅しに来ただけです。」
「脅し?」
本心を表したように眉間に皺を寄せて不思議そうに問うヴェリスにスティルは頷く。
「脅しってどんな?」
スティルにはヴェリスを殺せないし、スティルはヴェリスの弱味も握っていない。
スティルはヴェリスを脅せる要素を一つも握っていないのに脅せる訳が無いと高を括っているのだ。
そんなヴェリスの心情を察してスティルは嘲笑うように表情を崩してヴェリスを見る。
「お前の大切な聖界を壊して差し上げましょう。」
「それは私と本気で殺り合うと言っているのか?」
「其方と違って此方には駒が揃っていますから。」
「そう云う事か。」
そう呟いた時にはもうヴェリスの顔には巫座蹴たような笑みは浮かんでいない。
その変わり、スティルの顔には先程の表情は何処へやらいつもの笑みが浮かんでいた。
「では私は帰りますから。」
「スティル。」
ヴェリスがスティルの名を呼び、スティルはそのまま行こうとしたが固まった。
「おぉ、此処が聖界の中枢核か。」
「そう。聖界で一番偉い人が住んでいるんだよ。」
「聖王か?」
「聖王よりももっと偉い人。」
百年以上もスティルが毎日聞いていたスティルの《主君》の声が響いている。
何故此処にいるのか、と云う疑問よりもスティルは此処に自分がいる所を見られたくなかった。
それにどうして此処にいるのかと云う疑問は少し考えれば分かる事だから。
もう一人の声の主――アンリが此処にトレアを連れて来たに決まっているのだ。
話の内容からトレアとアンリが此処に入って来るだろう事は予想出来たのでスティルはじっと待つ。
言い訳なら得意だし、この気持ちはヴェリスへの怒りに変えれば良いだけの事なのだから。
――真っ白な扉が開いた。
「趣味が悪いのぅ。」
トレアの第一声はそれだった。
それから暫く辺りを見渡してスティルとヴェリスに気付き、表情が固まる。
「スティル。」
トレアは驚いた。
ダクーシャの目を盗んで遥々アンリと聖界にやって来たと云うのにスティルがいる。
ダクーシャよりも数億倍強敵なスティルがトレアの前で微笑みながら立っていた。
真逆もうスティルにまで情報が回っていたのかとトレアは全身から血の気が失せるのを感じる。
必死に言い訳をしようとして、言葉を紡ぐ瞬間にトレアはどうやら様子が違うのを感じた。
スティルと一緒にいる張り詰めた表情をしている男か女か分からない中性の者。
「・・・あれが聖界で一番偉い者か?」
「宰相さんじゃない方ね。」
「そのような事ぐらい分かっておる。して、スティル。」
「何でしょう?」
「主は何故このような所におる?」
「その前に私に何故魔王様が此処にいるのか分かり易く説明して頂けませんか。」
墓穴を掘ってしまった、とトレアは叫びたくなったがそれは生唾と一瞬に飲み込んだ。
「て・・・、敵方の視察じゃ。」
「視察ならダクーシャ最高司令官はどうなさったのですか。」
「・・・。」
このまま反論の余地も無くトレアはスティルに叱られてしまう、と悟っていた。
しかし無抵抗では魔王として示しが付かないのでトレアはぐっと下唇を噛み締める。
「魔王様、貴方が敵方の視察を行なうには何が必要か知っていますか?」
「――宰相と最高司令官の承認。」
「それと最高司令官の護衛です。そして宰相である私は貴方の視察を承認していない。しかもダクーシャ最高司令官が貴方の側にいない。によって、私はこう推測します。」
「・・・。」
怒られる。
トレアは今、死んだ方が良い、と本気で思ってしまう事態に陥ろうとしている。
「無断外出。しかし魔王の無断外出は王族典範で固く禁じられていませんでしたか?」
「スティルこそ何故此処にいる?」
「私は外交だから良いのですよ。」
そうトレアに向かって柔らかな笑みを浮かべながらスティルは床を指差した。
説教を開始するから床に正座しろ、と云うスティルの無言の命令である。
口に出せば先程スティルの言った王族典範でスティルを罰する事が出来るのに。
そう思うとトレアはどうしようもなく悲しくなって少し泣いてしまいそうになった。
しかし泣けばスティルを喜ばせるだけなので我慢してトレアは床に座る。
「貴方はまだ子供です。しかし貴方は魔王ですよ。魔王が法を守らねば民に示しが付かないでしょう。」
「・・・。」
トレアは無言で抵抗するように向き、それがどうやらスティルの気に障ったようだった。
「貴方は自分が子供ではないとおっしゃる。なのにこのていたらくとは。私は貴方を魔王に推薦した身として恥ずかしいです。大体貴方は――」
スティルは向きを変えて一目散に走り出したトレアの首根っこを掴まえる。
「話の途中で逃げ出すとは何事ですか?」
「・・・余は騙されぬぞ。」
こうなったら悔し紛れである。
「スティルは余を叱ってこの場にいた理由をはぐらかそうとしているのだ!」
「・・・。」
いつもなら此処でもっと大きな雷が落ちる所だが、何故か今回は違った。
スティルは押し黙ってスティルとヴェリスを交互に見、トレアから目線を逸らす。
「・・・。」
「・・・。」
「――それは誰じゃ。」
スティルに何か関係があるのだと思い、トレアは真っ直ぐにヴェリスを指差す。
スティルは暫くトレアの夕暮れ前の色をした瞳を見詰めた後、重く長苦しい溜息を付いた。
そして無造作に右手を突き出し、魔力とも言い難い見えない力でアンリを押し出す。
今度ばかりはトレアもスティルに何も言わず、スティルとヴェリスの中点で二人を見ていた。
「これはヴェリス。私の生まれた時から在る者です。」
するとトレアの天使のように神聖で愛らしい顔は引き吊り、よろめくように一歩下がる。
スティルが目を伏せてその場から去ろうとするとトレアはしっかりとトレアの肩を掴んだ。
「一体どう云うご長寿同窓会なのだ!」
「・・・魔王様?」
「余は信じぬぞ!スティルだけなら未だしも聖人にまでそんな化け物が存在していたとは!大体スティルが異常な訳でスティルの同等の異常とは一体どんなサディストかマゾヒストな――!」
「落ち着きなさい。」
トレアは頭の中央にスティルの硬い拳を落とされ、痛みのあまりその場に蹲った。
「全く。貴方のそのお目出度い思考には頭が下がりますよ。」
「・・・。」
「帰りますよ。」
「スティル。」
親に手を引っ張られる子供のようにスティルに手を引っ張られてトレアはヴェリスを指差した。
ヴェリスは何処か若けた表情を浮かべて去って行こうとするトレアとスティルを見ている。
それからトレアはスティルから手を振り解いてヴェリスの方へと歩いて行った。
「余は魔王のトレア・アンビリン・ウダーサーナ・ナキリ・ベンバチカナだ。」
「知っている。」
「当たり前だ。」
トレアはヴェリスの言葉に胸を張りながら何処か満足そうに頷いて言葉を続ける。
「スティルは余の部下だ。正体が何であろうと関係無い。」
「魔王――。」
「スティルがどんなに非道なサディストでも自然の理を全く無視した爺でも変態でも、スティルは余の部下なのだ。」
「・・・トレア、そんな風に私を見ていたのか。」
「・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
暫くトレアとスティルは無言のまま引き吊った顔で見詰め合って、トレアは走り出した。
「待ちなさい!」
「嫌じゃ!」
「魔王様!」
興味本位で仕事を頑張ってみようかな、と思ったトレアが痛い目を見る話です。散々です。
やっぱり悪かったのはご長寿同好会ですね。三人目のメンバーが揃う時に世界に何かが起きる!たぶん。
目次