魔王様、泣きたくなる


「魔王様!」
眠い。
こんなに眠いのに起こさないで欲しい。
「早く起きて下さい!」
眠いのだ。
「前線でジゼルハイドが暴れています!」
「――ジゼルハイドが?」
そうか、思い出した。
聖魔戦争が始まったのだ。
それでダクーシャが前線に赴いている筈なのだが――。
今、スティルは何と言った。
「スティル。」
「貴方のその崩れ掛けた脳味噌で覚えられないのならば何回も言いましょう!ジゼルハイドが暴れているのです!」

――その日、魔界では聖魔戦争よりも酷い厳戒体制が引かれた。



今、魔界では聖魔戦争の時よりも大きな、トレアが誘拐された時と同じくらい大きな会議が開かれていた。
「彼女の最高司令官職を解くべきです。」
「それでは根本的な解決にはならぬではないか。」
「しかしあの危ない者をそのままにしておくのは――。」
「馬鹿を言え。部下に信頼の厚い彼女の事。解任しては暴動が起こるぞ。」
「そうじゃ。ダクーシャを解任しては誰もスティルに文句が言えないではないか。」
「そうですねぇ。彼女がいなくなると私も虐め甲斐のある者がいなくなって寂しいですし。」
「――。」
「――。」
「――。」
取り敢えずダクーシャを解任しないと云う事は決まった。
スティルの標的にされては堪ったものではないと、誰もが今、そう思っている。
「して。どう云った対策を取るかのぅ。」
「取り敢えずはジゼルハイド――ダクーシャから離れるようにと戦地にいる者達には伝えました。」
「退却命令を出しておけ。」
「彼の回収はどう致します?」
「余が行く。」
すると辺りはざわめいた。
しかし、他に行ける者がいないのだから仕方が無いではないか。 ――スティル以外は。
しかしスティルに行かせたならば聖界が破壊されて均衡が崩れてしまいそうである。
「出発するから仕度をせい。」
「仕方ありませんねぇ。」
ふと、スティルが立ち上がった。
「スティル?」
「貴方が行くのであれば私も行かなければならないじゃないですか。」
「いや、スティルは留守を守ってくれれば――。」
「最高司令官が不在の今、これは貴方の世話役の私の仕事でもあります。」
「――。」
確かにそうでもあった。
トレアにとって、スティルはそうでもあった。
こんな時に限って進んで仕事をしようとしなくても良いのに。
ちょびっとだけ、本当にちょびっとだけ泣きたくなる。
「さあ、魔王様。ぐずぐずなさっていると協定が結べない事態に陥りますよ。」
スティルに背中を押されて、トレアは遠くを見ながら歩き始めた。



「こんなに寂しい場所じゃったかのぅ。」
トレアは辺りを見渡しながらしみじみと呟いた。
魔界と聖界の狭間にある地とは云え、もう少し岩とかがあったような気がする。
「ジゼルハイドでしょう。」
何と無くは分かっていたが。
言葉に出されてしまうと少々辛いものがある。
「奴は何処じゃ。」
「あれではないでしょうか。」
そう、スティルが指差したのは黒い点だった。
――スティルだからあれがジゼルハイドに見えるのかもしれない。
妖怪の能力は底が見えないのである。
「どうしますか?」
「説得に行く。余計な事を言うでないぞ。」
――暫く歩くと、その点は段々と形を成した。
髪を解いたダクーシャ。
三つ編みだった時の名残か、髪は緩くウェーブを描いていた。
優しいダクーシャの瞳は名残も無い。
「ジゼルハイド。」
名を呼ぶと、ジゼルハイドはゆっくりと此方を振り向く。
「眠れ。」
「嫌だね。」
ダクーシャと瓜二つの顔が憎らしい。
「やっと身体を手に入れたんだ。」
「それはダクーシャの身体だ。」
トレアは掌に力を集める。
と。
それをスティルが制した。
「私としてもそれがダクーシャでなくなると大変困るのですよ。」
肩を竦めるその仕種は、嘲っているようだった。
「魔王様は確かに弄り甲斐があるのですが反発して下さる方がいないと暇なもので。」
「だったら他のを探せ。」
「そうしたいのは山々なんですがね。」
スティルは袖を捲くる。
病的に白いスティルの肌が目に痛々しい。
「何せお気に入りなもので。」
「へぇ。」
「貴方を殺してでも。」
「俺とこれは一心同体だ。」
「嘘を吐け。」
スティルは知らないだろうがトレアは知っている。
ダクーシャとジゼルハイドの関係を。
二人がこうなってしまった経由も知っていた。
「お前が死ねばダクーシャは一人になる。しかし、ダクーシャが死ねばお前も死ぬ。お前はダクーシャに寄生しているだけだ。」
「酷い言い方だ。」
「真実なのだから仕方が無いだろう。」
「だが、だったら何だ?」
「お前を殺せば済む。」
「本当に済むと思ってるのか?」
「じゃあ、試してみましょうか。」
天を揺るがすような爆音が響く。
何処までも、空を突き抜けて炎の柱が上がった。
トレアは身を丸くして目を閉じる。
その一瞬の間に、この殺伐とした土地は姿を変えていた。
「す、スティル!」
「久々だと中々力の制御が難しいですねぇ。」
スティルは軽く腕を鳴らしながら笑む。
そんなスティルに、トレアは寒気を覚えた。
殺やれる。
長年に渡ってスティルに苛びられたトレアの勘が告げていた。
「あの男は死にましたかねぇ。」
「ば、馬鹿者!ダクーシャまで死んだらどうするつもりだ!」
「嫌ですね。あれくらいで死ぬのならダクーシャは将軍になんかなっていませんよ。それに。」
スティルの笑みがトレアを居竦める。
「馬鹿はお前だ。」
トレアは長年の勘で伸びてくるスティルの手を回避した。
そして長年の勘で回れ右をして全速力で逃げ始める。
「待ちなさい!」
「・・・。俺を置いて随分楽しそうだな。」
「ジゼルハイド!代わってやるぞ!」
「それは私が許しません!」
顔面蒼白で走り回るトレア。
早歩きなのに、何故かトレアに追い付きそうなスティル。
血で固まった泥に塗れたジゼルハイド。
「・・・ざけるな。」
「私達は本気なのですが。」
「ふざけるな!」
ジゼルハイドは剣を握り締めてスティルに向かって突進して来る。
スティルは軽くそれを避け、小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
助かったとトレアは溜息を吐いたが、今はそれどころではない。
「貴方、ダクーシャ最高司令官の兄君でしたよね?」
そんなに挑発しなくてもすっかりジゼルハイドは頭に地が上っているのに。
「その割にはダクーシャ最高司令官の方がお強いですね。」
「お前ッ!」
全く良い迷惑である。
スティルは遊んでて楽しいかもしれないが、困るのはトレアなのである。
一番被害を受けるのはトレアなのだ。
それを忘れないで欲しい。
――スティルは全て計算の上でそれをやっているのかもしれないが。
「荒い剣裁きだ事で。そんな事だから貴方はダクーシャよりも劣り、」
スティルはジゼルハイドの耳元で囁く。
「■■■■を■■る事が■■■■■たのですよ。」
よくは聞き取れなかった。
しかし、それがジゼルハイドの逆鱗に触れた事は違い無い。
ジゼルハイドは目を充血させ、無我夢中に魔力を放出している。
ダクーシャの身体はカザリエなのに、それが身体に悪いと云う事を知っているのだろうか。
知らなくても分かってはいるだろう。
ジゼルハイドが存在するのは、ダクーシャの身体なのだら。
「・・・。」
トレアは少し悲しい気分で二人を見詰めていた。
自分は一体此処で何をしているのだろう。
それ以前に、一体何の為に此処までやって来たのだろう。
暴れたいスティルの名目に付き合わされたのではないか。
トレアが深い溜息を吐くと、トレアの横を聖力の塊が掠った。
美しいトレアの金髪がはらりと地に落ちる。
スティルみたいに禿げる心配も無いのでトレアにそれはどうでも良かった。
どうでも良いのだが、多少命の危険が掛かっているのでどうでも良い訳にはいかぬ。
「・・・。」
トレアはどうして、スティルがしなければいけない筈の雑魚の始末をしなければならないのだろう。
今回は何だか魔王として不調である。
「汝等。」
トレアは聖人の軍隊に向かい直る。
「余に直々に相手にしてもらえる事を誇りながら死ぬが良い。」



丁度、トレアが聖人達を片付けた頃にはスティルの方も片付いたようだった。
ジゼルハイドは完全に己の負けを認めて跪ずいている。
トレアは聖人達だったものから目を背けて二人の方へと向かった。
「どうして・・・。」
細い声だ。
「どうして俺に斬れない物が在る?」
「答えは簡単。それは貴方ではない事と私が強い事です。」
それでもまだジゼルハイドは納得していなかった。
トレアだってよく分からないのだから当然だ。
ジゼルハイド、終わったなら身体をダクーシャに返せ。」
「――わっていない。」
「ジゼルハイド?」
トレアとて、ジゼルハイドが素直に言う事を聞く輩ではない事は重々承知している。
「まだ終わっていない!これは俺の身体だ!」
魔力が渦巻く。
かと思えばジゼルハイドは姿を消した。
――止めようっ思えば止める事は出来た。
だがトレアはそれをしなかった。
「スティル。」
トレアは呼び掛ける。
「魔界に帰って聖界との話し合いを進めろ。向こうにはもう、戦う力は残っていないだろう。」
「分かりました。魔王様はどうなされるのですか?」
「――。余か。」
それは決まっている。
その為に後を追わなかったのだから。
「余はダクーシャを連れ戻しに行く。」
スティルは何も言わなかった。
何も言わないまま、魔界へと帰って行った。



「誰じゃ?」
――最初は少女かと思った。
艶やかな素晴らしい金髪を肩で切り揃え、金の鞠を持った美しい少女。
幼くあどけないその表情は、自然と笑みを誘う。
だから、次の瞬間には此処は天界で、天使の目の前にいるのかと思った。
しかし放つ空気は暗い魔力を含んでいて魔族しか有り得ないと告げている。
「誰なのじゃと問うておる。名を名乗れ。」
身に纏っている装束も豪華絢爛で、名のある家の者なのだと分かる。
そして何よりも、朝焼けに燃え尽くされたような空色の瞳の力が美しかった。
「・・・。余は魔王が四男、トレア・アンビリン・ウダーサーナ・ナキリ・ベンバチカナ。これで良いだろう。主も名を名乗れ。」
「――ダクーシャ・エイラー・ヴェルヴェット・アナスタシアと申します、殿下。私は貴方の父上にお仕えする者。以後、お見知り置きを。」
思えば、この日からあの小さな魔王の虜になっていたのかもしれない。



ジゼルハイドを追って出たのは人間界だった。
折角人間界に来たのだからリーアの所に寄って――、と言いたい所だが残念ながらリーアは魔界にいる。
――今のジゼルハイドの後を追うのは簡単だった。
魔力が制限出来ずに垂れ流しになっているから。
トレアは順にジゼルハイドを追った。
偶然にもリーアの国に入る。
リーアの国に入って、偶然にもジゼルハイドはリーアの城の近くにいる。
そして場所は分かったのだが入口は分からない。
トレアは、ジゼルハイドの真上にいる。
地面に穴を空けたらダクーシャの身体が潰れてしまうかもしれない。
人間界に疎いジゼルハイドにでも見付けられたのだ。
トレアにでも直ぐに見付かるだろう。
スティルが片付けて此方に来ないうちに終わらせてしまおう。
これがジゼルハイドとの最後になるとは思えない。
だが塵も積もれば山に成る、と訳の分からない事を自分自身に語ってトレアは歩き出した。



「糞ッ!」
自分の身体が在れば。
こんな腐ったようなダクーシャの身体でなければ。
絶対に負ける事は有り得ないのに。
「――欲しい?」
目の前の少年が問うて来る。
「自分の身体が欲しい?」
「欲しいに決まってるだろッ!」
ジゼルハイドは吠えた。
心に溜まった鬱憤を晴らすように吠えた。
「だったら作ってあげるよ。」
「何?」
「君が本当に欲しいと願うなら、作ってあげる。」



「・・・。」
穴が在った。
不自然な無機質的な穴なのだが、人間はそれを気にも止めていない。
そんな物、此処には存在しないかのように。
「・・・。」
スティルの罠だろうか。
入ったら落ちてしまって、小さくなったり大きくなったり不思議な世界が待っているのだろうか。
大きくなるのは構わない。
寧ろトレアの望む所である。
しかし。
小さくなってしまったから悲しくて引き篭ってしまうかもしれない。
「・・・。」
トレアは覚悟を決めて穴へと入って行った。
しかし落ちはしない。
段々と進むとやがて同じく無機質な壁の行き止まりが出現した。
多分壊せば前に進めるのだろうでトレアはその壁を壊す。
それを壊すと予想通り道が続いていた。
だが想像を絶する世界が其処には広がっており、トレアの肩は小さく小刻みに震える。
地獄絵図にも勝る後継。
其処には、硝子の円柱の中に入っているスティルが何人もいた。 何人も、何人も。
これでスティルが素のまま転がっていたらトレアも恐ろしさのあまり卒倒していただろう。
だが円柱の硝子がその恐怖を緩和していた。
だから、好奇心が勝ってトレアはスティルの一つに近付く。
硝子に手を当て、よく見てみるとそれはスティルとは違うものだった。
胸には小さな膨らみがあり、背も幾分か小さいようだった。
だがこれはスティルだ。
これはスティルだと、トレアの何かが告げていた。
「・・・。」
処分してしまおう。
こんな物、人形だとしても放っておく訳にはいかない。
もし動き出してしまったら世界は滅亡を迎えてしまう。
冗談抜きで。
スティルが二人いたならば、全世界は魔界に屈服するだろう。
トレアはそうと、確信を持っていた。
勿論、トレアとて王である。
全世界を手に入れたいと云う欲望が無い訳でもない。
だかしかし。
スティルが二人いたらトレアの地位も命も危ない。
簡単に精神崩壊するだろう。
「桑原桑原。」
自然と突いた言葉を吐いてトレアは右手に力を込めた。スティル撲滅。
――想像の世界の中だけでも。
と、その時。
「止めてくれるかな?」
「主は――。」
外見年齢ではトレアと同じくらいだろう。
オレンジ色のビー玉のような瞳が真っ直ぐにトレアを見詰めている。
ふわふわとした白い巻き毛は撫でてやりたいくらいだった。
白衣を身に纏った彼は、真っ直ぐにトレアを見詰めて立っている。
「ヌグリか。」
リーアを養子にする時に見た事のある顔だった。
「正解。でもボクは君の知っているヌグリではないよ。オリジナル・コピーだからね。」
「訳の分からぬ事は良い。これは何だ?」
「ボクの愛した人だ。美しいだろう?」
「趣味が悪い。それと、ジゼルハイドは何処にいる?」
ヌグリはにっこり笑った。
何と無く腹が立つ。
「こっちだよ。」
ヌグリは向きを変えて歩き出した。
トレアはヌグリの後に続く。
道の脇にはスティルと同じ顔が何個もあって気持ち悪い。
スティルの顔に目眩を覚え、歩くのに飽きた頃にヌグリは立ち止まる。
「此処だよ。」
扉を開けるとすっかり傷の癒えたダクーシャの身体が椅子に座っている。
剣を抱え込んでいて、睨むように鋭い瞳でトレアを見ている。
「帰るぞ。」
「あぁ。」
こうもあっさり了承するとは思わなかったのでトレアは少々面食らった。
しかし一緒に帰ってくれると言うので良いだろう。
トレアはダクーシャの身体の手を掴もうとして、ジゼルハイドに近付いて手を伸ばした。
「お前が死んだらな。」
頭に鈍い衝撃が走る。
ヌグリの手には、何処で拾ったのか石が握られていた。
「君がいるから、スティルは帰って来ないんだ。」
険しい表情を通り越して、ヌグリの顔には満面の笑みが浮かんでいる。
「嬉しいよ。」
ヌグリはその石を空に浮かせていた。
横目で後ろを伺うと、ジゼルハイドが剣を抜いている。
――此処で死ぬ訳が無い。
トレアは魔王なのだから。
しかし、先程の聖人の軍隊との戦いで少々疲労しているのは確かだった。
勝てるか。
ジゼルハイドの実力の程は分かるが、ヌグリの実力が分からない。
石を空には浮かせているが、どんな攻撃をするかも分からなかった。
「幸せな君にはスティルの素晴らしさは分からないだろうね。」
――マゾヒストか。
此処までスティルを慕うとは真性のマゾヒストとしか考えられない。
毎日スティルに泣かされて、殺され掛けて。
多分、それが段々と快楽になっていったのだ。
恐ろしい。
自分はそうなるまいと、トレアは自分の心に誓った。
「――君、自分の立場分かってる?」
「あぁ。余は三界のみならず五界の頂点に立つ筈の魔王、トレアだ。」
「やっぱり分かってないや。」
ヌグリが浮かしていた石は鎌に形を変えた。
何だかヌグリの目も座っていて猟奇映画の犯人みたいである。

殺してやる。

ヌグリの唇はそう形を作った。
後ろにはジゼルハイド。
引く事は出来ない。
こう云う場合はとにかく虚勢を張ってみるものである。
トレアは天使のような笑みを浮かべた。



護りたい。
守り抜くと、誓った筈なのに。
この小さな魔王が玉座に腰を掛けた時から、そのもっと前から、そう自分自身に誓った筈なのに。
自分はこんな処で何をしているのだろう。
確かにこの暗闇は気持ち良い。
殆ど自分が作ったようなものだから。
だが、此処にいては自分が本当にしたかった事が出来なくなってしまう。

目覚メヨウ。
眠ッテイヨウ。

相反する二つの気持ちが締め付ける。
きらきり、と。
だが反ってそれすらも気持ち良かった。

目覚メヨウ。
眠ッテイヨウ。

純真な笑顔。
無垢な空のように様々に変わる瞳。
太陽の光を集めたように柔らかい金色の髪。
拗ねたような顔でさえ愛らしく。
穢れすら忘れる。
名を呼ばれれば、それだけで幸せになった。
あの笑顔が在れば何も犠牲に出来る自信は在った。
なのに、苦しそうに笑っている。
美しいけど苦しそうな笑み。
愛しく思う。
そのままで。



「魔王様!」
見事にスティルとダクーシャの声は重なった。
そして、トレアを庇ってダクーシャの肩にヌグリの鎌の刃が食い込んだのと、スティルがトレアを守ろうと押し倒したのも、同時だった。
ダクーシャはその場に崩れ落ちる。
「ジゼルハイド?」
「私はダクーシャです。」
苦痛に喘ぎながらもダクーシャは不思議そうな顔をするヌグリに答えた。
「魔界の最高司令官。魔王陛下をお守りするのが、務め。」
「ふぅん。同じ身体なのに思想は違うんだ。」
そう言うヌグリの表情は身体には似合わぬ残酷なものだった。
トレアがダクーシャに寄ろうとするとスティルはそれを押さえ付ける。
「スティル!」
スティルは何も答えない。
しかし、顔にはいつもの笑みは浮かんでおらず、険しかった。
「・・・。」
「思想が違うのは当たり前。違う生き物なのですから。」
ダクーシャは立ち上がる。
苦痛に穏やかな顔を歪めながら。
「私に言わせれば貴方もスティル様も同じ生き物であるように。」
――変態。
トレアの脳裏にはこの二文字が浮かび上がった。
二人の共通点である。
サディストとマゾヒスト。
良いコンビではないか。
「魔王様、こんな時に何非常識な事を考えているんですか。」
「い、いや。な、余は何も考えてないぞ。」
「何も、ですか。この状況を打破する作戦すら考えていないのですね。」
――こんな時に重箱の隅を突くような事を言わなくても良いではないか。
トレアは下唇をぎゅっと噛んで我慢した。
「このまま強行突破するのは駄目か?」
「彼が許すとでも?」
「・・・。スティルが好きそうだからスティルを人質に差し出す。」
「――。ぶっ殺すぞ。」
トレアとスティルが何も生まない会話をしている間にも、ダクーシャは剣を拾ってヌグリと対峙していた。
裂けた皮膚の間には肉が見え、更に乳白色の骨が覗いていた。
「余は提案するのだが――。ダクーシャの安全を第一に取るのはどうだろうか?」
「結構です。」
トレアがスティルに人質の件を頼む前にダクーシャは短く言い切った。
「魔王様はご自分の安全を第一にお考え下さい。」
「しかし、ダクーシャ。」
「私は最高司令官。貴方を守るのが役目。」
「結構な心構えです。」
スティルはトレアの手を引っ張った。
トレアは逃れようと暴れるが、強いスティルの力からは逃げられない。
「また新しい最高司令官を決めるのが面倒なので生きて帰るのですよ。」
「了解致しました。」
「ならん!」
トレアは暴れた。
しかし、スティルの力は一層強くなる。
「ダクーシャも共に帰るのじゃ!」
「魔王様!」
「そうでないと余は魔王を下りる!」
「トレア!」
スティルの手がトレアの頬を打つ。
しかし怖く等無い。
「余がおらぬと王家の血筋は跡絶える!魔王は余で最後にする!」
「貴方は何を言っているのか分かっているのか!」
「只の我儘じゃ!」
「・・・。」
スティルは呆れたように額を手で押さえた。
こんな無茶苦茶な我儘を言ったのはリーアの時以来、もしかしたら初めてかもしれない。
スティルは外套を脱ぎ捨てる。
「スティル――?」
「王家を断絶されたら元も子もありませんからね。」
「スティル様。」
「ダクーシャ最高司令官、貴女は先に帰って魔王様の子守でもしていなさい。それから魔王様。」
トレアは急に話を振られて肩を竦めた。
「今日此処で見た事、聞いた事は他言無用にお願いします。」
「あ――。」
此処で見た、スティル達。
「さて、」
スティルはにっこりとヌグリに微笑み掛ける。
「我々は話し合いますか。」
此処は知らない方が良い。
トレアはダクーシャの手を握り締めた。
その手は、強く握り返された。



スティルが帰って来たのは二日後だった。
そして、聖界に降伏を要求した翌日の事でもあった。
不機嫌極まりないと笑顔を撒き散らしていた。
トレアはそれに怯え、逃げようとしたが捕まった。
「魔王様。」
「な、何じゃ?」
「ダクーシャ最高司令官は?」
「眠っておる。ダクーシャが目覚めたら聖界に乗り込むつもりだ。」
「そうですか。」
いつもと違ってしつこく言わなかった。
やはり、何かあったのだろうか。
「これでやっと、魔王様の教育を再開する事が出来ます。」
「・・・。は?」
「次は精霊界に社会科見学に行きましょうね。」
トレアはスティルが遠くを見た隙に草村に隠れた。
これで這いつくばって逃げれば――。
「魔王様!」



 ダクーシャとトレアの出会いです。もっと詳しく書くと、次の出生編に差し支えるので書けませんでしたが。
 ダクーシャのトレアへの忠誠心が少しでも伝わればなぁ、と。トレアは何もしていませんが。

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