異邦人
 それより、とそこで桃耶は一度言葉を句切った。
「あの様子では、次の試合でも同じことになるかもしれないでござるよ。一応拙者が全ての試合に勝つつもりではござるが――」
「――俺に、やらせてもらえませんか?」
 俊駕と桃耶は、己が耳を疑った。まさか宗一が自分が戦うなどと言うとは思わなかったのだ。
 言っては悪いが、宗一は運動が得意なようにはとても見えない。そして何より、雪慈との衝突を見れば、宗一が戦いを好まないことは明らかだった。
 故に、宗一の言葉は、二人にとっては青天の霹靂だった。
「し、正気か?」
「……せめて本気か、って訊いて欲しかったんですけどね。こう見えても、一通りの武道は出来るつもりですよ」
 黒崎家の長男として相応しい人間になろうと、学問以外にも宗一は努力を惜しまなかった。剣道や柔道から空手に柔術、さらには薙刀術や弓道、合気道に至るまで、学校や道場などで学ぶことが出来る武道は殆ど修めている。免許皆伝とは勿論いかないが、不良学生相手に難なく勝てる程度には体得しているのだ。
「一応得物があればいいんですけど……。桃耶さん、その刀を貸しては――もらえませんよね、やっぱり」
「すまぬでござる」
 桃耶は申し訳なさそうに言うが、宗一自身最初から期待してはいなかった。
 刀は武士の命、という言葉がある。武士とは無関係の時代に生きていた宗一だが、刀とは武士の誇りを表す物、そう易々と貸してもらえるはずがない。
 徒手空拳でもある程度は戦えるとは言っても、宗一は桃耶のようなデタラメな身体能力を持っているわけではない。桃耶であれ程苦戦したのだ、無手で戦おうと考える程愚かではなかった。
 どうしたものか、と三人で頭を突き合わせているときだった。
「よければ、俺の剣を貸してあげるよ」
 不意に投げ掛けられたその言葉に、三人は一斉に振り返った。
 薄紫色の髪が深く印象的に残る容姿端麗で爽やかな少年。彼が青い鞘の剣を宗一に差し出していた。
 そしてその後ろには二人の美男子と一人の美少女が控えている。灰色の髪と暗い瞳を持った無愛想な大柄の剣士。それとは対照的な金髪碧眼の優しそうに笑う紳士的な“美男子”。そして艶やかに光る黒髪と透き通るような白い肌を持った天使のような少女。
 俊駕は彼女が奇妙な杖を持っていたり怪しい装飾品を身に着けているのも無視して彼女に魅入った。――ただ、誰かに似ている気がする。
 この豪華絢爛な人々が一体何故此処に。宗一が俊駕とは別の意味で四人に魅入っていると宗一は或る言葉を思い出す。
 ――僧侶は美少女で、剣士は美男子、美少年
 と、桃耶が急に何かを思い出したように手を打ち合わせた。
「前回の優勝者を負かした!」
「え?」
「いや、そんな。」
 宗一に剣士を差し出していた少年は照れ笑いを浮かべた。微かに頬まで染めている。まさかこの少年が一人で三人を下したと云うのか。
「アレはほんのまぐれで・・・」
「ルースは何もしていないだろう?」
「そうよ。邪魔な応援していただけじゃない。」
 金髪の青年の言葉を肯定しながら少女が杖で少年を突っ突く。 それも何の表情も浮かべずに。――どうやら少女は少々キツいらしい。
「あの、失礼ですがどうして此処に――?」
 そう怖々と尋ねる宗一に少年が微笑み掛けた。そして少女の頭に右手を置く。
「うちのミレイがそちらの美男子さんに一目惚れしたらしくて。」
「そんなんじゃないわ!」
 そう、少年の手を払い除けた少女の頬は微かに朱に色付いていた。
「実は貴方達の試合が興味深かったんです。」
「申し遅れましたが俺はマイティと云います。彼女がミレイでこれがルース、あそこの無愛想なのがユリウスです。」
「あ、これはどうもご親切に。僕は宗一です。それからこの彼が桃耶さんで――!?」
 其処で初めて宗一は気付いた。俊駕が何処にもいない。と、桃耶も同じ事を思ったらしく周りを見渡していた。
 そんな二人の様子を見て、ミレイと云った少女が目線を遠くにやる。
「眼付きの悪い彼ならさっき何処かへ行ったけど?」
「その人が俊駕さんです。」
「宜しくでござる、ミレイ殿。」
 宗一が肩を落としていると、桃耶はミレイに笑顔を向けて笑顔を浮かべた。
「此方こそ宜しく。」
「それで宗一さん、俺の剣、使う?」
「ありがとうございます――。」
 宗一がルースの剣を取ろうとした正にその時だった。
 妙に大きい音がしてドアが開いたかと思うと、俊駕に引き摺られるように雪慈が入って来た。ミレイはさっと顔を赤らめてユリウスの後ろに隠れる。
 如何にも不機嫌そうに見える無表情を張り付けた雪慈。宗一は一瞬身を強張らせたが雪慈は一瞥しただけだった。雪慈が俊駕をじっと見詰める。
「試合でないなら何だ?」
「雪慈にも絶世の美少女を拝ませてやろうと思って。」
 俊駕がミレイの方へと目線を送った。雪慈も俊駕の目線に釣られる。
 と。
「颯――。」
 雪慈の目の前を、亡くした幼馴染みの幼き姿が駆けた。
 人間に殺された彼が。そしてそれでも人間を憎めなかった自分。憎めれば回避出来ただろう最悪の結果。無意識に雪慈は彼に似た彼女の肩を掴んでいた。彼女は驚いて雪慈を凝視する。
「済まなかった――。」
「雪慈殿?」
 風のように掻き消えた雪慈の姿。桃耶が追おうとしたが雪慈の“跡”が無い。
 そして――。
「ミレイ!」
 赤面して倒れてしまった少女。
「そろそろ時間ですから準備して下さい。」
 そう告げに来たスタッフ。
「どうなるんだ?」
 俊駕の問いにも似た呟きは静かに流れて行った。

 後一人で自分達の試合が始まる。なのに。
 俊駕は悶えるように身を捩り、地に膝を着いていた。顔面蒼白である。そして彼の隣りでは宗一も顔面蒼白だった。
「――。」
「――。」
「雪慈殿、遅いでござるなぁ。」
 俊駕は呑気にそんな事を言っている桃耶の背中を蹴飛ばしてやりたかった。
 もし先程の試合みたいに桃耶が試合を途中放棄してしまったら。このままでは必然的に雪慈が戦う事になる。
 お世辞にも宗一は強そうとは云えず、もし大怪我をしたらと心配だった。そして自分の出番が来る事にも多大なる恐怖を抱いていた。
「雪慈ィ!」
 雪慈を召喚する方法はないのだろうか。――本気でそんな事を思案する俊駕である。
 しかし、宗一はそんな俊駕を見て不機嫌そうな顔をした。唯一このメンバーで真面と思えた宗一とも破局か。俊駕には今の状態を打破する方法が見付からない。
「なぁ、宗一。」
「俊駕さんが何と言おうと雪慈さんには出場させません。」
「アイツだってきっと話せば分かってくれるよ。」
「しかし――。」
「頼むよ。」
 俊駕はじっと宗一の目を見る。あともう少し若ければ泣き落としも出来たかもしれない。
「多分さ、そうやって話し合いもしなかったから人間とあやかしの仲が拗れたんだよ。」
「そうだな。」
 その俊駕の意見に同意したのは宗一ではなかった。勿論桃耶でもない。同意したのは、雪慈だった。
 消えた時と全く違わず雪慈は立っている。雪慈が消えたのは気紛れだったのだろうか。
「ただ、妖しの為に言っておくが妖しは何度も平和的に解決しようとした。何度も。」
 雪慈は“何度も”に力を入れて言う。そして宗一に目線をやった。
 ――挑発。違うが、そうとも言えるその目線。雪慈は宗一に何を言わんとしているのだろう。

「わたしはこの試合、本当に出場しなくてもいいのだな?」
 雪慈の金色の目は冷たくなくはなく、何かを楽しみにしているような目をしていた。これは彼のこの世界での最初の微
笑みで、宗一の一番嫌いなものだった。それはただ、相手を死に至らしめるような微笑だからという理由だけでなく、おそらく今自分が微笑んでも同じようなものでしかない同属嫌悪からくるものだからかもしれない。だから宗一は、
「俊駕さんと桃耶さんのわらいかたは好きですが、それ以外は嫌いなんです」
 雪慈ということはささなかった。
「べつに、好んでくれともいってない。それとも、嫌いか、あやかしが」
 またひとつ、口端が上がる。
「そこまでいってませんよ」
「私は嫌いだ、人間が。この雰囲気を作っているものすべてだ」
 またそこで二人の無言の空間が流れ、それを止めるかのように、
「それまで、勝負あり」
 最後の一人が終わった。
「おい」
 負けた組が去っていくのを見ている二人のうちの一人がちょんともう一人の脇を突く。
「なんでござるか」
「お前も剣を持っているって事は」
 俊駕の世界にも当然刃物というものはあるが、桃耶のようなナイフを長くさせたものや、先ほどルースが渡したような両刃の剣。つまり、本格的近距離専門戦闘武器を武器として見るのは初めてだった。どちらかというと、魔法のほうが見慣れているような気がする。タイムキーパーはあらゆるマシンを使って、光球、電気麻酔、レーザー、フレイムスロウワーを使っていたんだから、いやもしかしたらタイムキーパーの中にも魔法使いがいるかもしれない。
「うん。当然覚悟はしておるが」
 左手で刀をなおし目を細めて、
「うーむ。実際、これで人を殺したことはないでござる。子辛刀には悪いが大抵切るのは人以外で、人には峰打ちでござる」
 その言葉を聞いてはっと俊駕は思いついてしまった。
 俊駕は犯罪者だ。おそらく、自分が犯罪者ということは犯罪を起こしていない人間より頭が悪いということを自分ではわかっている、いや、そう思っている。楽してお金はほしいし、それを使っていっぱい遊びたい。そして、この大会では絶対戦いたくない。
「は、はぁ。お前が峰打ちなんていうから」
「な、なんでござるか?」
 恨むぞ桃耶。というのを相手に向ける。
「雪慈」
 俊駕はなぜ犯罪を犯すのか、すこし自覚した気がする。
「なんだ」
 当然お金が目的だ。
「俺な」
 しかし、もう一つある。
「犬が嫌いなんだ」
 スリルである。
「俺、小さい頃、犬にかまれてから嫌いになった」
「犬、でござるか」
「ああ、千切れるかと思った」
 桃耶は反応はしているものの、彼が何を言いたいのかわからなかった。
「それから、犬はみんなかむものだと思ってたよ」
 二回戦目に入るので会場を一度掃除をし始め、一回戦で勝ち残ったチームの簡単な説明をしている。
「いつだったか、ガッコのやつに無理矢理犬に近づけられたことがあったんだ、そしたら」
 物事にはある種のきっかけが必要であり、うまく転べば、
「なめられた」
 好転するものである。

「では、俊駕殿これ持っていてはくれまいか。今度はあぶないでござるからな」
「これ、なんだ?」
 であったときからこれだけは目立っていた、たいへん不恰好は首飾りを受け取る。
「タイむマしんでござる」
「タ、タイムマシン!?」
 俊駕の最後にいた世界でもそれはあるにはあったものの、これほどまでに小型化に成功していない。
「では、いってくるでござる」
 今度は刀はしっかりと左腰にさしている。
 お互いまた相手と対峙して――抜刀はしなかった――構え、先ほどの俊駕の言葉をもう一度思い出す。
『それから、今でも俺は嫌いなことは嫌いだが、前ほどじゃない。それまで、犬はみんな同じだと思っていたよ。でも、違うんだ』
「それでは、二回戦を始める」
 審判は会場を見渡し、
「ちょうど、あちらに――桃耶の組のちょうど後ろに視点をあわせ――明日の決勝戦の対戦者がいるから、けん制しておくのもいいかもしれない」
 それを聞いて、相手の組も目をむけるが、桃耶は振り返ることはなくずっと考えていたことを整理しているようだ。
『触れてみないと、その犬がなめるか噛むかわからないんだ。雪慈はきっとずっと、噛まれ続けていたんだと思う』
(それは犬嫌いになるわなぁ、と一つ息を吐き)
『だから、賭けだ。審判に勝敗を決めさせるんじゃなく、全員、参ったと言わせたら』
「拙者たちが噛まない犬だと信じろ、でござるか」
 くっくっく。とその賭けが成り立つために考えたことをまとめた。
「それでは、はじめ!!」
 歓声がどっと盛り上がる。
「じゃあ、信じさせるためにはこれしかないでござるなァ」