異邦人
 だから、桃耶は彼にタイムコントロールペンダントをあずけたのだ。
「ボルトガン」
 閃光が桃耶に向かってほど走り、彼は動くことはなかった。
「え?」
 俊駕と宗一が息をつくのも一瞬で、桃耶が光ったかと思うと、
「チェインウィング」
 対戦場横に吹き飛ばされ、壁にたたきつけられた。
「と、桃耶さ」
 彼はたたきつかれ、ぴくりとも動かず、審判が決断を下そうとしたところで、
「ダブル……」
 桃耶頭上高いところに細かい砂が集まり始める。
「や、やめないか!!」
 審判は仕合をとめるのではなく、唱えるのをやめさせようとする。
「ミレイ、終わったらすぐにトウヤの看護へ」
「え、ええ」
 と、杖を握り締める。ルースがちぇっこんなもんかと仕合を観るのを放棄したのは、宗一たちには聞こえなかった。
「ロックガン」
 そう唱えると、巨大な二つの岩が壁の瓦礫の下敷きになって動かない桃耶に向かって振りそそいだ。
「そ、それまで。きゅ、救護班すぐに」
 審判は心の中で仕合をとめなかった自分に悪態をつき、今唱えた男に警告を与えた。

 なかば驚いていた雪慈よりも宗一と俊駕のほうがこのときは目立っていた。
「と、桃耶」
 叫んだのはつりあがった目の男で、声よりも体が動いたのはオールバックの男だった。ミレイも後ろから軽やかに観客席を飛び越え、二つの巨大な岩に向かっていく。
 宗一、俊駕、救護班はいち早くそこにつくも、手を出せずにいた。もともと、これほど大きな物を動かせる力を持っていなかったし、動かせる魔法をかけるのには時間が必要だった。
「仕合外では高等魔法をつかっても?」
「あ、ああ。お願いします」
 救護班は唱え途中の初級魔法をやめ、彼女に代わる。もちろん、そこでミレイが救護班と二人に一度にらみをきかせたのはおいておいて。呪文を唱えようと杖を天に向ける。
「もう、いいでござるかなぁ?」
 と、俊駕の耳に何か聞こえた。
「審判殿はもう、勝敗を決めたでござるかな」
 どうやら、空耳ではないらしい。それと同時に俊駕は何か悪寒を感じた。
「み、みんな離れろ!!」
「え、な、何を言ってるんですか? この状況わかって――」
 ぐいっと腕を捕まえられた宗一は振りほどこうとあがく。
「ミレイもはやく」
 彼は一瞬魅入るほどの振る舞いで呪文を唱えようとするミレイの杖を引っつかむ。
「ちょ、は、はなしなさい!!」
 ああもうっと彼女もあせっているらしく、一番岩の近くにいるのに桃耶の声は聞こえていないようだった。
「獣足……」
「ここで、俺だけ離れたら、宗一たちに攻められるの俺じゃん」
 彼はそこから離れるのをしょうがなくやめ、きこえる独り言をはいた。
「馬と、牛!!」
 もう一度、体勢を立て直し呪文を唱えようとしたそのときだった。一つの岩は少し浮いたかと思うと会場外へ吹き飛ぶには十分なほど持ち上がり飛んでいった。そして、もう一つはひびが入り砕け散る。
「え?」
「女は顔が命でしょう。服は汚れるがごめんな」
 俊駕は飛びついて地面に無理矢理彼女を寝かせた。
 宗一はとっさにしゃがみ、砕け散った岩の被害をもろに被ったのは救護班と彼だった。
 会場すべてがしんと静まり返り、一番最初に発言したのは、
「っはああ。石の上にも三年はなかなか辛抱がいるようでござるが、岩の下に三年というのもなかなか辛そうでござるなぁ」
 んーと背筋と伸ばし、短くなったので後ろで簡単に結っているだけの桃耶だった。そして彼は周りを見渡して驚く。
「だ、だれにやられたのでござるか俊駕殿、ムレイ殿」
 いたたと起き上がったミレイをみて、無事であると確認した後、おろおろとカタカナや英語が苦手な彼は目を閉じている俊駕を抱き起こし、肩を揺さぶり、彼が目覚めるのを確認もしないで、
「え、えと、そうでござる。そ、宗一殿。すぐに手当てを」
 あいた口がまだふさがっていない、土ぼこりにまみれている宗一に近づいて、救護を頼む。
「あ、え、ええ……と、桃耶さん無事なんですか?」
 しりを突いたまま、見上げて宗一は質問する。
「ん? あ、ああ、このくらい、なめればいいでござるよ」
 ひじをすりむいたのかそこからちょっぴり血が出ていた。
「ささ、宗一殿。はやく、俊駕殿とムレイ殿をたの――」
「とぉぉおおぉやああぁぁ」
 何か、ものすごい殺気を桃耶は背中で感じた。
「ああ、無事でござったか。うん? どうしてそんな殺気を出しているのでござるか、俊駕殿、ムレイ殿?」
 桃耶はどうやら俊駕、ミレイより背が高いのであろう。二人は下を向いていたせいもあってか、表情は読めなかった。しかし、その殺気を読んでも、桃耶の明るさは変らなかった。
「俊駕殿ぉ、誰にやられたでござるか? まったくもってひどいでござるなぁ」
 また一つ殺気が増えた気がした。
「ん? よく見れば、数人倒れているでござる。俊駕殿、宗一殿早く傷の手当てをしないと」
 そして、もう一つ殺気が増える。
「桃耶」
 片手に砕けた岩を握り締めていた。
「なんでござるか?」
「今、この惨事を誰がやったか、ときいたな?」
 またまた殺気が増える。
「う、うん」
 どうして殺気が会話を交えるたびに殺気が増えるのかわからなかった。
「……」
 彼女はもうしゃべることもままならないらしい。まるで杖が痛いというほど強く握り締めていた。さっき自分にかけた中級攻撃力増加補助魔法の発動呪文名は今回省こう。
「それはなぁ」
「だ、誰でござるか?」
 おまけにもう一つ殺気が増えた。言い忘れていたが、増えていったのは一人ではなく、常に二人だ。
「お前だぁぁああ」
 岩ごと全力で殴りつけた。岩は砕け、桃耶は痛っとしゃがみこんだ。
「いたたた。いきなりひどいでござるなぁ。せ、拙者がな、なにを」
「私はムレイじゃなく」
「ん?」
 彼女は大きく杖を振りかぶっている。杖自身にも何か身を守る魔法が必要なのではないか。
「ミレイよ」
 杖は何とか十数回振り下ろされても耐えることができた。

「さあ、宗一殿、三人抜きして拙者たちが噛まない犬であるということを、雪慈殿に証明するでござるぅ。そしたら、次から拙者が連戦連勝で、たべるでござる、豚汁を」
 すっきりした顔をしていても後頭部はひりひりするのか、さすりながら、もう、相手と対峙し今にも剣を抜こうとしている宗一を応援していた。
「おまえ、石頭こえてるな」
「そうでござるか」
 めちゃくちゃ痛かったでござるよとわらって、俊駕は大きくため息をついている。
 一方観客席では、
「あの頭、なんて硬いのよ」
 普段と使い方が違うにもかかわらず、どうやらほっとしているらしい。そして、彼女はしびれた手を握ったり開いたりして回復へ向かわせていた。
 話はまた会場へ。
 この世界では初めてかもしれない、雪慈が桃耶という人間に近づいた。
「なぜ負けた」
 二人のなかへ彼は入っていった。
「あ、あああ!! どうして負けたんだ。宗一が負けたら」
 俺しかいないじゃん。俊駕は一人で気持ちを落としていた。
「ん〜。拙者がやっても信頼が得られないからと思ったからでござるよ。宗一殿と戦いたくない俊駕殿が戦ったほうが雪慈殿に納得を得られるかと思ったからでござる」
「おまえ、それにしたって――」
「もし、負けたらどうするんだ、宗一が」
「拙者は馬鹿でござるからな」
 審判のはじめ、という言葉が聞こえた。
「勝つということしか考えてないでござる」
 そこまでの信用を大きく笑いながら桃耶は宗一、俊駕、雪慈に同等に持っていた。

「ん?」
 宗一は剣を引き抜いたときに、何か紙がひらりと落ちる。そこには、
(剣を天に掲げ、インパルスとでも唱えてみな)とかかれ、一緒にピースマークが描かれていた。

「トウヤさ」
 ルースが手をひらひらさせて、彼を振り向かせる。
「何で、魔法つかわないんだ?」
「まほう、ってなんでござるか?」
 その答えに俊駕が代返する。
「俺たち――雪慈をのぞいて――全員魔法なんて使えないんだ」
「つかえない?」
 一緒に雪慈も振り返り、会場で何が起こったか三人はわからなかったが、
「つかえるじゃん」
 会場内全員はその光景を見ていたらしい。

 宗一はまたしりもちをつき、対戦者は目を見開いていた。物は試しでインパルスと唱えた後、地面から足を伝い、何かしびれるものが手に届いたときに、晴れた空から剣に雷が落ち、帯電し光を放っていた。

「俺の剣、倍増の効果しかないんだぜ?」
 桃耶、俊駕はきょとんと宗一を見て、ルースは相手の発言に疑問符を抱いていた。
 パパ、ママの次に一番身近な魔法を口にするのがこの世界では当たり前なので、魔法が使えないという意味がルースにはわからなかったが、なかなかの輝き具合に彼は満足していた。
「自分を変えたいココロ。それがきっかけなんだ」
 マイティはひらひら笑って、根源を説明する。それを聞いて、少し考えるところがあった俊駕は自分の手のひらを見て少しイメージを膨らませるとポッとマッチよりも小さい火が上がる。おっ俊駕殿も、と口をもらすのがいた。どうやらこの世界では、空気があるのと同じくらい何かがこの世界に漂っているらしい。
「変えたいココロって、じゃあ満足しているやつはつかえないてことか?」
「んー。極論言っちゃうとそうだけど、そんなひといないでしょ?」
「ま、そりゃあ――」
「で、まほうって何でござるか?」
「いる」
「ん?」
「自分にこれでもかってくらい満足しているやつがいる」
 自然と俊駕の視点が桃耶へ泳いでいる。
「おまえ、多分使えない」
 ばっちりと、指をさした。
「な、なんでござるか、藪から棒に」
 拙者だって使えるでござるよと手をかざすが、
「ふぁい屋ってなにかのお店のことでござるか?」
 そもそも、カタカナをわかっていないらしい。結局、むつかしいと一蹴して、やめた。
「そんなことより仕合、いいのかい?」
 おおっと、そうだ。俊駕たちは立ち上がった宗一に目を向ける。

 宗一はまじまじと剣を観察し、相手も何が起こったのか分かっていない様子で座り込んでいた。異様な空気と沈黙が流れる。宗一はもう一度剣を天高く掲げて「インパルス」と叫んだ。
 相手は宗一の口が動くなり慌てて起き上がるが遅く、再び倒れこむ羽目になった。

 今度は宗一も何が起きたのかを知ることが出来た。天から落ちた雷鳴とともに電流が僅かに空気に伝わり、一時的な感染状態を作り上げるのだ。それはボルトガンよりも弱く、狭範囲に有効なものらしい。だが致命傷を負わすほどのものではない。
 言霊か。
 インパルス――正に衝動的な技である。
 宗一は納得すると、今度は両手でしっかりと柄を握り、腕を前へ伸ばして構えた。宗一が一歩足を前へ出すと同時に相手もさっと姿勢を低くする。
「スティング」
 宗一よりも相手のほうが早かった。しゅっと相手の指先から光の糸のようなものが宗一の方へ向かったかと思うと、ぴりっと剣を握っていた方の手首に痛みが走った。思わず剣を離すと、剣はするりと足元に落ち、すぐさま「アウト」という声と共に剣は独りでに回転しながら宗一の体から離れた場所へ流れていってしまった。
 離れた剣を見つめた後、宗一は手首の方へ視線を移す。手が僅かに痙攣しているものの、目立った外傷はなかった。ただ痛みが走った場所に幾つか小さな痣が赤くあるくらいだ。
「ムーンボルトサイコ」
 宗一がはっと顔を上げた時には遅かった。ぐらりと視界が歪み、平衡感覚が全くとれなくなった。膝をつき、うずくまる。世界が回っているような感覚に背中から冷たい汗が伝う。ひどい頭痛に襲われ、目の前が真っ暗となった。
 雪慈はこれに耐えていたというのか。