異邦人
 否、それは雪慈を知る者にとって、だが。
 ――雪慈は宗一の身体を抱き起こし、掌を翳していた。此処からだと宗一が淡い乳白色の光に包まれている事だけが分かる。
 何が起こっているのかよく見ようと皆は二人に向かうとミレイが急に足を止め、目を細める。
「リバイバルだわ。」
「裏倍張る?」
 全く分かっていないと云う風に聞き返す桃耶にミレイは頷く。そして口を開いた。俊駕としても説明が欲しかったので有り難かった。
「復活と云う治癒でも一番難しいグループに入る魔法。細胞を活性化させ傷や骨等を治癒すると伴に毒等の異物の排出を行う。そしてこの魔法の最大の利点は短時間で完全な治癒が可能になる事と損傷した脳の治癒まで出来る事。」
「そんな凄いのをどうして雪慈が?」
「こっちの方が知りたいわ。」
 ミレイの曖昧な返答を聞くと俊駕は宗一へと駆け寄った。宗一は半ば呻くように何かを話している。そして雪慈から目を放していなかった。
 二人の間に割り込む事は無粋な気がして、俊駕は桃耶の口を押さえて聞き耳を立てた。――それも十分無粋なのだが。
「矢張りお前は次に出るべきではない。」
「しかし――。」
「黙れ。他人の命はどうとか吐かす癖に自分の命は粗末にする気か?」
「俺は――、貴方に証明しなければならないんです。」
「少なくともお前には証明してもらった。」
「それじゃあ――!」
「ただ、私には私の立場と云うものがある。」
 一瞬輝いた宗一の瞳は直ぐに光を失った。
「後は私に任せろ。殺さなければ良いのであろう?」
「待つでござる!」
 桃耶は俊駕の手を振り払って雪慈の前に躍り出た。両手を広げてから桃耶は俊駕を雪慈の前へと突き出す。怪訝そうな顔をする雪慈。
 嫌な予感と供に表れた嫌な汗を拭いながら俊駕はじっと桃耶を見詰めた。――笑顔になる桃耶の顔。
「俊駕殿が残っているでござる。」
「阿呆かぁぁぁぁぁぁ!」
 気付けば俊駕は力一杯桃耶の横面を殴っていた。込み上げる感情が俊駕の口を動かす。
「お前は何考えているんだッ!雪慈が分かったって言ったんだからオールオッケーだろ!」
「何を言うでござるか。少なくとも宗一殿には、でござろう?」
 つまりお前も身体を張って雪慈の信用を得て来いと。
俊駕は唐突に泣きたくなった。たかが銀行強盗の自分に何が出来ると言うのか。桃耶みたいに人並み外れた身体を持っている訳ではなく、宗一みたいに執念とも云えるものを持っている訳ではない。ましてや雪慈みたいに人外の者でもないのだ。
 俊駕は最後の砦と哀願の眼差しを込めて雪慈をに頼む。
「雪慈からも何か言ってくれよ。」
「――。」
 雪慈は黙り込んだ。前みたいに何も言ってもらえないのだろうか。
祈る俊駕。真っ直ぐに雪慈を見ている宗一。雪慈に期待していると見られるルース一同。
「――豚汁とやらが食えなくても良いのか?」
「――。」
 急に、桃耶の顔が凍り付いた。しかしそれは暫くすると笑顔に変わる。
「俊駕殿もやってくれるでござるよ。」
「だから無理だって!」
「無理だ無理だと言っていては何も始まらぬでござる。」
「俺は自分の力量くらい分かってるよ!」
俊駕がまた暴れる寸前の、その時だった。
「早くしないと失格にしますよ。」
 冷ややかに言い切る審判に俊駕は気付いた。会場全体が早くしろよ、と険悪なムードになっている。
「・・・。」
俊駕はあんぐりと口を開けてしまった。その俊駕の脇腹をミレイが剣でぐりぐりと捩じり込む。
「男なら覚悟を決めなさい。」
「だから!雪慈が行きゃ問題ないんだって!」
「問題あるわよ!雪慈さんの美しい顔に傷でも入ったら――。」
「・・・。」
「俺は雪慈さんの試合、もう一回見たいな。」
「ルースは黙ってなさい。」
 ミレイは静かにルースに一括すると、茫然としている俊駕にずぃと顔を近付ける。
「戦えばちゃらにしてあげる」
 彼女はそういって、俊駕から顔を遠ざけた。
「――ちゃら? なにを?」
 言われた彼は、ミレイが顔を近づけたことにどぎまぎしながら、疑問符を投げかける。 「私を地面にたたきつけてよく言うわ。そのせいで、ほら」
 そういって、少しばかり汚れた服を俊駕に見せる。
「なっ、あ、あれは」
 考えるまもなく、それは俊駕がやった事実ではあるが、
「おまえを――」
「この服気に入っていたのにぃ」
 もう、逃げ道はなくなってしまったらしい。ミレイの仲間は彼女の悪い癖が出た。となかばため息混じりに笑っていた。会場そっちのけで場外では笑いが繰り広げられていた。
「何を考えている」
 そんなときだった。宗一がまた戦いに赴こうとしていた。
 みんなが振り向き、止めようとする。リバイバルの魔法は体を自己修復させるものの、まだ完全な回復に至っていない。
「まだ、俺は降参していません」
「また自分の命を危険にさらすつもりか?」
 しばらく二人は無言で向き合い、宗一は無言で彼から背を向けて目を離した。
「いえ、必ず無傷でかえってきますよ」
「なに?」
 雪慈はどう考えても、無傷で彼が帰ってくるとは思えなかった。
「そのようなことを誰が信じられる。おまえ――」
「先ほど、アヤカシから信用を得たばかりなのですが?」
 宗一はもう一度、雪慈の方を向くと今度は雪慈が背を向けて、勝手にしろといわんばかりに、まっすぐ歩き、壁を背に座り込んだ。
「そ、宗一? おまえ本当に大丈夫なのか?」
「俊駕さん」
 視線を俊駕に向け、
「桃耶さんと三人で戦いましょう」
「三人で? それっていったい」
 その疑問に答えることなく、彼は対戦者のところへ向かい剣を抜くことなく対峙する。
「それでは、はじめ」
 その言葉と同時に近かった。
「タイムをお願いします」

「どうした?」
 宗一が3人の場所に戻ってくると、もう、一緒のチームに見えるくらいなじんでいる4人のうちの一人ルースが話しかけてきた。
「たいむって何でござるか?」
「おまえは黙ってろ」
 そう俊駕が一括して、心配そうに宗一を見ると、宗一は彼の視線に答えつつ、午前の決勝進出者たちに視線を向ける。
「なんでしょうか?」
 マイティはニコニコしながら彼を見る。
「すみません。この白衣に5分間でありったけの魔法とその単純な解説を書いてくれませんか?」
 んーと高い声で考えた後、二つ返事で彼は答えた。
「物覚えは悪いけど、俺、在学時代は家庭教師をしていたんです」
 教え方には自信があるんです。といわんばかりの顔を俊駕に向けた。

 宗一がまた会場に戻ったとき、周りは指をさしながら囃し立てていて、もちろんそれは対戦者にも及んでいた。
「ずいぶん変ったファッションだな、魔法ワードデザインか?」
 白衣には赤や緑、黄色や青など、いろいろな色で紋章、文字、解説が色鮮やかに書かれていた。時々、ピースマークやハートマークが書いてある。
「それでは、始め」
 相手は構え呪文を唱える。
「ファイヤーロック!!」
 合成魔法だ。見た目は岩なのだがところどころの割れ目から何か赤いものが見えたり隠れたりしている球状の岩石だ。おそらく激しく熱せられたものだろう。
 木の実はタイムの間にかじってある。
「まずは速度上昇補助魔法」
 岩石が当たる瞬間、彼が消えたという錯覚に襲われた。岩石は砕け飛び散り、場外へ向かっていくが、観客は当然のように防御魔法を使う。
「感覚はこんな感じ、ね」
 宗一は相手の真横に距離を置いて片手をつきながらひざを突いていた。
「ち、ラナンか」
 それならと、相手の男は砕けた石に意識をむけると、意思は熱を帯びて赤くなり、
「ロックマグナ」
の呪文とともに、ファイヤーガンなどの直線的なものではなく、放射状に相手に向かっていき、あらゆる方向から宗一めがけて飛んでいった。
「イメージは衣」
 解説にさっと目を通す。
「アラウンドコート」
 白い湯気のようなものが宗一を覆うと向かってくる石をゆっくりと包み込み、まるでそっと地面に置くようにその石は落ちた。
「もう少し、イメージとして硬いイメージがいいな」
 そういって、白い湯気が晴れると、
「紋章術もきちんと復習しておかないと」
 メモの変わりに手の甲を用意し、ペンを握り締めた。

「本当に勝てるんだろうなぁ」
 後ろでは桃耶が手を振りながら応援していて、宗一と雪慈は座り込んでしっかりとこちらを見ていた。
『俺の言ったとおりにすれば必ず勝てます』
 宗一は、全てとは行かないものの体力の続く限り、自分の白衣に書かれた魔法を体になじませながら覚えていった。特に重視したのは、攻撃よりも補助系魔法で、それは次の人に教えるためだ。彼は勝つことはなく、体力が限界になったときに負けを自ら宣言し、戦闘をやめた。
 そしてその後、宗一は俊駕のタイム5分間を使い彼にわかりやすく、できるだけ多く教え解説し、彼の手のひらと靴の裏に紋章を書き込んだ。
 場外のほうでは、
「よくあんな方法思いついたね」
 ルースはこの月祭のパンフレットの規約欄に目を通しながら、感心している。
 この大会が始まる前、一度読んでからまた、控え室にいる間十回以上読み通していたことは言わず、宗一はただ謙虚に受け流した。
 桃耶は俊駕に「オールおうけいって何でござるか」と質問したことで頭をたたかれたのか頭をさすっていた。
 審判が再開のコールをしてすぐに決着はついた。
「獣足、猪!!」
「え?」
 その言葉を聞いて、桃耶は耳を疑った。
『桃耶さんと三人で戦いましょう』
 俊駕は一瞬のうちに男の懐に入り込み、相手の肩に右手を置いて、
「グラヴ」
 と唱えた。すると相手は自分が唱えようと構えていた手を解き、自分の体重を支えるためにひざをつき、両手を地面につく。
 重力制御魔法だ。これは飛ぶのには大変便利な魔法だが、逆転させると、
「これは、見ただけでわかりました」
 宗一は汗を拭くこともせず、呼吸を整えている。
『飛行魔法の真逆です。相手体重を倍加させます。慣れてくると触れなくても大丈夫ですが、最初は触ってから唱えてみて』
 一筆書きの星マークが一緒に白衣に描かれていた。
「しかも、彼の靴の裏にラナン――速度上昇補助魔法――の紋章を描くとはね」
「規約にはありませんでしたから、はじめから紋章を描いてはいけないと」
 常に、俊駕を見ながらルースの質問に答える。雪慈は自分の使うものとは違う概念だが、かれらのいっていることは理解できた。しかし、桃耶は何を言っているかわからないし、なぜ、自分ほどではないものの宗一と俊駕があれほど速く動けるのかもわからなかった。
 俊駕の手のひらには氷の紋章術が仕掛けてある。男が両手をついたところで、左手を開くと特大のツララが手のひらから突き出て、相手の首に先をつける。
「ま、まいった」
 審判がとめるわけでもなく、相手は負けを宣言した。
「か、勝った。勝っちゃった」
 それが、三人のところへ戻ってきたときの俊駕の正直な感想だった。

 次の対戦まで時間が空くということで、ルースの案内で彼らは昼食を取ることにした。そこは会場から目と鼻の先にある小さなレストラントで、あれだけ大きな武術大会が近くにあるというのにあまり人気が無い場所だった。ルースに言わせると、だから味があって良いのだそうだ。
「ここのパォメンはぜってー食え! まじでオススメ!」
「ぽーめん?」
 桃耶は首をかしげて聞き返す。だが今回は俊駕の拳は飛んでこなかった。俊駕も宗一もキョトンとした表情でルースを見ていた。その反応にルースは目を丸くして声を上げた。
「え、うそ、パォメン知らない……とか言っちゃうわけ?」
 まるでこの世の人間ではないとでも言わんばかりの驚き方をされ、俊駕は困ったように肩を竦めた。それはルースだけの反応ではなく、ミレイもマイティも、無表情だったはずのユリウスまでもが俊駕以下三人を凝視していた。
いくら山奥の田舎から出てきたとしても、世界的に知られたこの国の郷土料理を知らないはずはないのだ。
「お前らどこの田舎者だよ?」
「悪かったな、辺鄙な場所の生まれで」
 むすっとする俊駕を無視し、ルースは再び得意満面の笑みで店に案内した。