異邦人
「雪慈様が人間じゃない?」
 ユリウスは特に反応を示さなかった。
「でも、それなら納得いくな」
「それぞれ違う世界の人たちなんて」
 人間じゃないんだったらあの容姿にも納得がいくわ。と自分のことは容姿はそっちのけで納得していた。
「おもしろいじゃん」
「だね」
 二人は俊駕たちに背を向けてあるきだした。
「なにしてんの、はやくこいよ」
「中級魔法は合成、アレンジ次第で上級魔法に匹敵するから」
 彼らは教える気満々だ。



 どこから見ていたのだろうか、仕合が始まる前に雪慈は戻ってきた。
「どうしたのだ?」
 桃耶はこの仕合を楽しみにしていたが、残りの二人は何か疲れたような雰囲気だった。
「ゲームと一緒だな、魔法力って限界、あるんだ」
 全部使い切っていないものの、どうやらかなり消耗しているらしい。
「これはトレーニング次第である程度高められるから、大丈夫」
「それにしても――」
 雪慈はルースとマイティが元気な桃耶を奇異の目で見ているのを不思議に思い桃耶に視線を移す。
「まさか本当に使えないなんて」
「いやぁ、使えないどころじゃないよ。紋章描いても何にも反応しないんだから」
 どうやら桃耶は魔法が使えない、あるいは使えるコツをわかっていないどころのものではなく、魔法力が存在しないらしい。
「はじめてみたよ」
 どうにもわからないと観客席から二人が桃耶を見ていた。
「よく、わからないが。話は簡単だろう?」
「ん?」
「特殊体質だからではないのか?」
 そんな発言に答えようとするルースだったが、
「それでは四回戦第一試合をはじめる」
 審判の合図がかかった。
「それでは、次は誰から行くでござるか?」
「行かないとあれば、私が行くが」
 雪慈が前に進むが、相手が剣士とわかったことと桃耶の左腰のものが視界に入った。
『こいつの剣術をまだ見ていない』
「桃耶」
「うん?」
「やらないか?」
「良いでござるよ」
 彼は別に戸惑うことなく返事をする。
『やっぱり桃耶、たたかいたかったのか?』
「がんばれ桃耶」
「がんばってください」
 彼はマイティのようなきれいな笑顔ではなく、子供のような楽しい笑顔で答えた。

「俊駕殿、宗一殿」
 そして、彼はこれだけ言い残した。
「本当の獣足”猪”をみせるでござる」


「宗一はどう思う?」
「――何がです?」
「いや、桃耶のこと」
「?」
 雪慈は真っ直ぐ桃耶を見ながらも、桃耶という言葉に反応する。
「いやさぁ、あいつらはみんな雪慈と戦いたいっていってるじゃん」
 宗一もそれくらいは気づいていた。魔法を習っている最中から二人は雪慈のことについて話していたからだ。
「はぁ」
「桃耶も雪慈と戦いたいのかな。と、おもって」
「どうですかね? わからりません、侍って俺の時代にはいなかったし」
「そもそも侍ってなんだ?」
「剣士のことですよ」
「へぇ。峰打ちってやっぱりあの包丁の峰で良いんだよなぁ?」
「え、ええ。そうですけど……」
「じゃ、じゃあ。あいつの腰に下げてるものも包丁なのか?」
「あれは刀といって剣の一種ですよ。俊駕さんの世界には刀はなかったんですか?」
「ビームサーベルならあったけどなぁ。とりあえず、サーベルで気絶させることを峰打ちって言ってたんだ」
 宗一はその言葉にひどく納得した。刀は剣というものがもう身近には見なくなってしまっているのだ。
「剣と刀は何か違うのか?」
 雪慈が口を開く。
「俺のところでは剣は両刃。刀は片刃です。俊駕さんは一回見たはずです」
 俊駕は雪慈を助けたときに一度宗一が彼の刀を借りたのを思い出した。それは確かに片刃だった。
「両刃でない剣?」
 雪慈の世界にも片刃の剣はないらしい。
「はい。両刃の剣とは違い、生かすことも殺すこともできるのが刀の特徴です」
「生かすことも殺すこともできる、剣」
 雪慈はそのようなものがあるのかというしぐさで、桃耶に視線を移した。


「では、両者構え」
 一人が剣を抜かないと確信したのか、後ろで髪を結っている男も刀には手も触れずに、左足少し前に出して構える。
「始め!!」
「アイスブ――」
「獣足、猪!!」
 相手は自分に何が起こったのかわからなかったのだから、回りの人間も誰一人わからなかった。
 大砲が鳴り響くような轟音と同時に、土ぼこりが舞い上がった。雪慈でさえも、相手が桃耶の蹴りでくの字に折れ曲がるところまでしかわからなかった。
「けほっ、けほっ」
 土ぼこりが晴れてくると、審判と観客全員が会場に目を凝らす。
「何が――ん?」
 完全に土ぼこりが晴れてきて、会場が見渡せるようになるが、会場に残っているのは、水色の着流しを来た青年だけだった。
「……」
 青年が目を細め、無言で上を見上げている。
「――あれ!!」
 俊駕と審判が一番最初に気づき、指をさした。
 会場全体が彼らの視線の後を追うと、そこには手の平位の小さな影が見えた。
「いやぁ、まだ身体が温まっていないせいか、高度がいまいちでござるな」
 落ちてくる選手をしっかり受け止め、頬を軽くたたく。
「そ、それまで!!」
 審判が仕合を終わらせて、救護班を迎えようとするが桃耶が気付をおこなうとすぐに目を覚ました。
「しかし、どうでござるか? 本当の獣足“猪”は」

「あいつ、魔法使ってないんだよな?」
「う、うん。使ってないというより使えない」
「じゃあ、なんなんだ? あのスピードは」
「パワーも」
「桃耶さん、使えなくても十分なんじゃないですか?」
「というより、アホだよあいつ」
 雪慈と同じように、二人はまったく心配していなかった。
『あいつも殺気がまったく感じられない』
「しかも、何であんなに楽しそうなんだ」
 俊駕は質問しても、誰も答えなかった。
 一方桃耶は楽しそうに次の対戦者を待っていた。

「それでは、始め!!」
「グレヴ!!」
 体重を軽量化させたにしては異様に速かった。そして、近づくことはなく、闘技場端まで桃耶との距離を置き、剣を引き抜く。
「むむ。何か仕込んでいるでござるな」
「クィンテット・アイスクルー」
 桃耶の発言に答えるわけでもなく、相手は呪文を唱える。
 彼は突然冷気を感じると、自分に影が差し掛かった。
「うおっ。魔法というのは間合いがないのでござるか?」
 そこには四本の大きな氷柱が桃耶の真上に浮いていた。そこで始めて、桃耶は刀に手を置く。
『ついに、剣、いや刀を抜くか』
 雪慈は動揺することなく、雪慈を見つめていた。
「相棒、いくでござるよ。佐之佐木一刀流、木之太刀――」
 氷柱が桃耶を襲う。
「竹狼」
 四本の氷柱は止まることなく彼を襲うが、彼も抜刀した。
「初速から終速まで刹那」
 氷柱はそれぞれ竹が割れたように二つに割れる。
 相手は背後からの声に反応して、急いで距離を置こうとするが、両脇の下をしっかり捕まれているのに気づく。
「獣足、山嵐!!」
 竜巻が起こったかと感じるくらいの風が巻き起こると、また相手は空高くきりもみ状に舞い上げるために、自分も回転させながら十数発蹴り上げた。
 今度は桃耶が満足するくらいの高度は取れたようだ。
「それまで!!」
 相手はまたぐったりと気絶したいた。
 担架で運ばれていく彼を見送った後も、桃耶は全く疲れを感じさせずに軽く足踏みをしていた。あっという間に二回の対戦を制した桃耶にささやかな賞賛の声とブーイングが観客席から漏れてくる。
「次、前へ」
 審判の声と共に現れた新しい対戦相手なる人物は、軽やかなステップを踏みながら現れた。俊駕ほどの小柄さだが俊駕よりもずっと肉の付いていない、ガリガリと痩せた男だ。桃耶の前に立つと、ステップを踏んでいた足でぴょんぴょんと跳び始めた。よほど体が軽いのか、男の体は跳ぶたびにふわりふわりと浮いているようだった。
「では、始め!」
 合図と同時に男は跳ぶことを止めた。
「おぬしも足に自信があるようでござるな」
 桃耶は腰につけていた刀に手を当てながらそう言った。
「おうよ。その尋常じゃない貴様の脚力と勝負してみてーと思ってたんだ」
「ならばこの勝負、受けて立つでござる」
 さっと刀を外すと軽く会場の外へ置いた。一番近くに立っていた宗一がそれを受け取ったのを確認すると、再び会場の中央へ戻る。
「桃耶に真っ向勝負かよー、すげぇ自信」
 ひゃーと俊駕は軽い悲鳴を上げた。だがそこには興味と好奇心の表情が伺える。
「獣足、猪!!」
 一瞬にして砂埃が会場を覆いつくした。先ほどの対戦でその後の対応が身に付いたのか、桃耶が叫ぶと同時にその場の全員が一斉にタオルやハンカチ、衣服の袖などで口元を押さえて腕を目元にかざした。誰もが、しばらくすればまた視界が広がるものと思っていた。しかしなかなか土埃は消えてくれず、どこからか桃耶の声が聞こえた。
「獣足、兎!!」
「モウル!!」
 桃耶と被さるようにして対戦相手の声がし、間髪入れずドゴッと地面を殴りつけたような、壁が破壊されたような音が会場に響き渡った。
 一瞬の間。その静けさの後はゆっくりと風が茶色い埃を拭っていく。
 そこには誰も居なかった。
 円形になっている会場のやや右寄りにマンホールほどの小さな穴がある以外、対戦が始まる前のそこと何ら変わるものがなかった。
「上だ!」
 俊駕の叫びで皆が一斉に空を見上げる。そこには落ちてくる青い色の着物が見えた。
 ありえない高さから綺麗に着地した桃耶はすぐに会場を走り出した。一人で会場をぐるぐると回っている。
「獣足、馬!!」
 更に速度を上げて走り回る。桃耶の勢いが付くたびに、彼の足元が盛り上がっていく。それは下から押し上げてできるものに違いなかった。
「あれってまさか……」
 宗一は「信じられない」と声にならない声で呟く。
 宗一にとっての信じがたいその現象は、桃耶が小さな穴に近づいた時に事実として認めざるを得なかった。一段と盛り上がった地面からガリガリの男が飛び出してきたのだ。その細い、骨と皮しかないような手足でどうして地面を突き抜けることが出来るのか不思議なほど、男は何事もなかったかのようにぱらぱらと衣服に付いた土を払った。
 桃耶は危うく穴にはまりそうな所で急な方向転換をし、なんとか男と接触をせずに済んだ。
「さすがだなあ。ぞくぞくするよ」
 男は一呼吸も置かずに桃耶へ向かって突進する。そのスピードたるや桃耶の獣足に負けぬものだった。勢いを伴って桃耶に放たれる拳が宙をかすめる。
 2発目も桃耶は寸での所でかわした。
 3発目は両腕で受け止めた。
「っぐ!?」
 完全に受け止めたはずだった。だが男の拳は岩の如く硬く、骨までにその痛みが走ったように痺れた。あり得ない痛みと烈火の如き速さも相まって、桃耶は両足で地面を踏ん張ることが精一杯だった。それでも会場の端ギリギリまで自分の体を止めることは出来なかった。
 桃耶の体が止まるのと同時に4発目が繰り出される。桃耶は体を横に倒してかわす。目的のものを失った男の拳は地面に直接叩きつけられ、彼の拳よりも数回り大きな円状に地が凹む。それだけで男の拳の力量が分かった。
 痺れる両腕を庇いながら桃耶は起き上がり、まっすぐと男を見る。一瞬でも目を離せば今度は自分の体があのようになりそうだった。既に腕の骨はダメになっているかもしれないが。
 そこでふと男の拳の硬さに違和感を覚える。どう見ても彼の腕には筋肉らしいものが見えない。唱えた呪文は地に潜る前の一度だけだ。とすれば。
「おぬし、魔法陣は……」
「さあてね」
 男はひらひらと手を振って見せた。掌にも手の甲にも魔方陣らしきものは書かれていなかった。勿論半袖の衣服を着ている彼の腕にそれらしいものはない。ズボンは足全体を覆う長さのものだが、わざわざ使う身体と違う場所に書く意味が分からない。距離がある分エネルギーも余分に消費するはずだ、敢えて無駄になることの利点は無いだろう。
 桃耶の疑問を解決しないまま、男はもう一度桃耶に向かって走り出した。桃耶もさっと体勢を整えると大きく後ろへ飛び退いた。勢いをつけた男の拳が再び桃耶の足元へ振り下ろされ、二つ目の凹みを作り上げた。