異邦人
 桃耶は反撃しようとも、両腕の痺れが治まってくれず、動かすたびにひどい痛みを訴える。だがブラブラとさせるわけにもいかない。桃耶は互いの腕で互いの腕を支えるようにして持ち、こうなれば致し方ない、と腹を決めた。
――もともとは足の勝負だったはず。
「獣足、山嵐!!」
 桃耶は男を誘うように会場内を大きく回りだした。


「またそれかい? 飽きないねえ」
 桃耶が間合いに入った瞬間を狙おうというのだろう、男は立ち止まったまま、首だけを動かして桃耶の姿を追う。だが、一つだけ先程と違うことがあった。
 桃耶は、円を狭めない。舞台の外周に沿うようにして、大きく回り続けるだけだ。
 男は、いつ桃耶が攻撃を仕掛けてくるのかと警戒していたが、
「いつまでもぐるぐるぐるぐる……!」
 苛立ちを隠せなくなってきたのだろう、忌々しげに呟いた。
「そっちが来ねえって言うんなら――モウル!」
 突然、男の姿が消えた。再び地面の中に潜ったのだ。
「思ったより早かったでござるな」
 内心ほくそ笑みながら、桃耶は尚も走る。ふと桃耶が視線を落とすと、地面が不自然に盛り上がっていた。
「獣足、兎!」
 一際強く地面を蹴って、高く跳躍する。その間もずっと男は地面を潜り続けていたが、一度だけ小さく顔を出してもう一度地面に潜った。
 重力に従い、桃耶の体は落下を始める。
「獣足――」
 召気・譴C覆・蘚輒蹐篭・罎蚤寮・鮴阿─・綯呂僚峇屐"
「――牛!」
 飛び出してきた男の拳目掛け、蹴りを放った。
 男の攻撃と自身の蹴りの反作用を受け、もう一度桃耶の体は浮き上がる。
「アイスポーン!」
 桃耶の着地を待たずに男の魔法が発動する。無数の拳大の氷が、着地寸前の桃耶目掛けて放たれた。
「と、猫!」
 全身のバネを使って着地の衝撃を殺し、同時に足首の柔らかさを生かしたステップで水晶のような弾丸を全て桃耶は躱しきった。
 だが、次の瞬間には巨大な火球が桃耶に迫っており、屈むことでそれを頭上にやり過ごせば次は無数の飛礫、さらには雷など、間髪入れずに連続して魔法が放たれた。
 その全てを桃耶は最小限の動きだけで、紙一重で躱し切っていた。
 ――やがて。
「ファイアーガン!」
 男がかざした手に光りが収束――しなかった。
「魔法力切れ……!?」
「どうやら打ち止めのようでござるな」
 焦りを露わにする男とは対照的に、桃耶は笑顔を浮かべていた。
 魔法力がなければ紋章は用を為さない。つまり、男の体は、今や生身の人間でしかないということだ。
「くっ……」
 男が身をかがめ、全力で地面を蹴ろうとするが、
「獣足、猪!」
 それよりも早く、桃耶の蹴りが、男の腹に突き刺さっていた。
 まるでスローモーションの映像を見ているように、男が弧を描きながら地に叩き付けられるのが見える。その男が救護班によって運び出されたとは言う間でもないだろう。観客が桃耶の勝利に湧き上がる暇を与えず、桃耶の前には次なる対戦者が進み出ていた。
――真紅のタイトなドレスを身に纏っている女だった。この場には不釣り合いに化粧も濃く靴もとてもこれから戦えるようには見えなかった。高く結い上げた金髪から微かに緑色のイヤリングが覗いている。豪華な美女だ。
ドレスには太股くらいまでスリットが入っており、宗一はそのドレスから中国と云う国の民族衣装を想像した。
「あの姉ちゃん、あんなので戦えるのか?」
「戦える。」
 顔を顰めながらそう呟く俊駕に答えたのは宗一でもマイティでもなくユリウスだった。
 ルースとミレイが驚いた表情でユリウスを見詰めている。その反応がユリウスが答えた事に対してか、あの格好で戦えると云う事に対してかは分からなかったが。
「あれは東に住んでいるチャオ族の体術を使うに適応した立派な戦闘衣装だ。」
「同じ体術なら桃耶さんが負ける気がしませんね。」
 宗一が言う事は尤もだった。今までの桃耶の超人離れした戦いを見ていたらそう思うのは当たり前だろう。
 なのに、あの女の余裕は何なのだ。女は挑発するように口元に薄笑いを浮かべながら真っ直ぐ桃耶を見詰めていた。それに審判がもう始まりの合図を出そうと云うのにイヤリングやネックレス、指輪等の装飾品を外そうともしない。
「始め!」
「ヴェル!」
 審判の合図と共に、女の姿が声だけを残して消えた――ような気がした。気付けば女は桃耶の後ろに回っていたのである。
 桃耶は女から放たれた鋭い蹴りを間一髪の所で避けると、身を捻って女から距離を取った。
「おぬし、中々のやり手でござるな。」
「ありがとう。あんたこそ、あたしの最初のヴェルを躱せたのはあんたで三人目だよ。」
 女は微笑みながらそう言うと蹴りで崩れた体勢を整えた。息一つ、衣服ですら乱れていない。
「行くよ!チェチュ!」
 女のしなやかに伸びた足が桃耶の顔の直ぐ近くまで迫っていた。背中を反ってそれを避けると次は拳が桃耶の横っ面を狙っている。
 桃耶がその手を掴むと女はその反動を利用して桃耶の手の上で逆立ちした。足で首の骨を折られると思い、女を振り落とし間合いを取るともう女は地に着地していた。
――とにかく、女の動きは速い。先程の桃耶と女の攻防戦を何人の観客が見る事が出来たかは不明だ。
「先の二人より急に腕が上がっているでござる。」
「当たり前でしょ。あんなボンクラと一緒にしないで欲しいね。」
「ぼんくらでござるか。そうは見えなかったでござるが。」
「あたしと比べてって事さ。」
 今度は女の顔が目の前にあった。
「ブリス」
「獣足、馬!」
 女の言葉を遮って桃耶は女に強烈な蹴りを放った。しかしそれは女に躱されてしまう。 今度は女が間合いを取る番で、女は飛び跳ねるように桃耶から下がった。が、その表情は悔しそうではなかった。何方かと云えば喜びである。
「獣足、牛!」
「ヴェル!」
 審判の目線を中央とするように、桃耶と女の蹴りが交差した。違いに攻撃を受けまいと足を捻って違いの足を止める。そして、宙で数秒の時が流れた。

「あれはどんな魔法なんだ?」
 桃耶と女から目が離せずに俊駕が問うた。桃耶と張り合うなんて何かしらの魔法や紋章を使っていると思ったからだ。
 それこそ先程の男のように。女はスピードを増幅させる紋章を描いているのかもしれない。
 しかし、俊駕の予想を裏切った答えはマイティの口から紡がれた。その声は微かに渇いているようにも聞こえる。
「あの人は魔法が嫌いだからそんな事はしないよ。それちチャオ族の戦闘方にも誇りを持っている。」
「マイティさんはあの人とお知り合いですか?」
「――まぁ、ね。」
 宗一の問いにマイティが言葉を濁したが、宗一は深く追及しなかった。追及するのも忘れるような出来事が起こったのだ 宙から降りて暫く静止して見詰め合っていた二人が動き始めたのである。

「ブリスロー!」
「獣足、猪!」
 言葉を口にするのさえ無駄に思える程素早い動きで二人は違いに詰め寄った。
 そのまま猪のように突進して女を突き飛ばそうとする桃耶。
 走りながら桃耶に拳を突き出している女。
 女の攻撃が先だったのか、まず桃耶の着物の袖が落ちた。それから女の身体が大きく曲がって吹き飛ぶ。
「せ、拙者の着物が!一枚しかないでござるに!」
「痛いじゃないか!嫁入り前なのにどうしてくれるんだよ!」
――二人の会話は噛み合っていないが、何と無しに会話が成 立しているような気がする。
 しかし髷よりは衝撃が小さかったらしく、桃耶は悲しそうに 袖を拾うとまだ健在の袖の中に入れた。それから女が立ち上がって痛そうに腰を擦る。しかしそれも少しだけで女は構えた。
 戦う気満々の女とは違って桃耶は不思議そうに切られた袖を見る。
「あー、えっと、名無しの権兵衛殿。」
「あんたで十分だよ、変な名前は着けないで頂戴。」
「それではおぬし。質問でござるが、これの袖は破る、と云うより何か刃物切られているようでござる。しかしおぬしが刃物を隠し持っている訳でもない。これは手刀でござるか?」
「その通り。ブリスローってのはあたし達の部族の言葉で手刀って意味さ。」
「厄介でござるなぁ。」
「厄介なのは嫌い?」
 女がそう問うとかっかっか、と桃耶は腹を捩るように笑った。それに釣られてか女も腹を抱えて笑い出す。
 一頻り笑い終えると、口の端を上げて桃耶はにっと笑った。
「拙者にはもっと厄介な人物がいたでござる」
「へぇ」
 どうやら女は少し興味を持ったようだ。
「どんなやつだい?」
「拙者よりむちゃくちゃなやつでござる」


「そういえば、トウヤさんのあの流派は一体どこのものだったんでしょう?」
「どうしたいきなり」
 この研究室では10代の教授と女性研究者しか今いなかった。
「あ、私歴史が好きで流派のほうもいろいろ調べていたんです」
「へぇ、それが何で物理学に? まあいいや、それで?」
「はい。でもトウヤさんの技名、流派は私の知っている流派にはどれも当てはまらないんです」
「あ、なるほど――それはあたりまえ」
「どうしてですか?」
 その若き教授はフフンと鼻をならし、
「あの技を考えたの俺だから」
「はい?」
 女研究者は聞き返す。
「あいつ、我流なんだ」
「はぁ」
「で、あんな凄い動きして攻撃も多彩なのに、その物に技名まったく考えてなかったんだぜ?」
「で、ユタカ教授が名づけたと?」
「そゆことー」
「いつですか?」
「君も知っているだろう?」
 ふと、窓の外を見ると遠くのほうで大掛かりな工事を行なっているのが見えた。
「第2東京タワーが折れた日さ」
「え、あの――」
「まあ、厳密に言うと切ったんだけどね」
 切った、あの、電波塔を?
「奥義はあいつが考えたんだ」
 それが、一番自慢そうだった。

「技名? そんなものないでござる」
「――無い?」
 たまたまユタカが署に訪れ、社員食堂でご飯を食べているときだった。
「無いってどういうことさ」
「どういうもなにも、拙者は我流でござる。技名なんてたいそうなものあるわけ無いではござらんか」
「無い、ねェ」
 そういって、桃耶がお茶を飲み終わり、席を立とうとしたときだった。
「――じゃあ、作ろう!!」
 激しくテーブルをたたきながら言った為、食堂は静まりかえり、一番近くにいた桃耶もどぎまぎしていた。
「な、なにを、でござるか?」
「技名さ」
「何を言って――いたたたた」
 ユタカはいつの間にか伸び始めた桃耶の髪を後ろからつかみ、引きずっていった。

「あ、もしもし父さん? 俺だけど、国土交通大臣の父さんに頼みがあるんだ……あ、それと環境大臣にも……別に厄介なことじゃないって、ちょっと湊(ミナト)区の人たちを全員追い出してくれないかなぁ? え、ちょっとじゃない、何に使うかって? 実はね……」
「痛いでござる、離すでござるよ」
 そういっても彼は離すことなく、ずんずんと食堂を出て行き、エレベーターのボタンを押す。押す階は屋上のひとつ前、署長室だ。
「わかったわかった、何かあったら研究費から出すよ、俺は省庁の大臣達の合計所得より3倍はもらってるから。……うん、うん、じゃよろしくぅ」
 ちょうど所長室の前に来たところでユタカの手が離される。
「い、痛いでござるな!! せっかく――うわっ」
 今度はノックもなしに署長室の中へ押しだされた。
「ん、ああ。おひさ――」
「署員を今週の日曜日、湊区へ集合させること」
 署長の挨拶も蹴散らして、彼は命令した。
「来て早々、いきなり何――」
「名付けて、ユタカの“トウヤの技名付けよう大作戦!!”だ」

 無理矢理日曜集合させたにしては皆とても楽しそうだった。それもそのはず、ここに用意された武器を全て使っていいのだ。
「ええ、その武器は玩具です」
 しかし、そういわれて皆がっくりと肩を落とす。
「まあ、試しにちょっと近くの建物に向かって試し撃ちをしてみてください」
 そういわれて素直に署員たちは近くの建物に銃、バズーカなどをうってみる。そこで皆我が目を疑った。建物は激しい衝撃とともに崩れてしまった。
「本物より、2割減です」
 マイクを持って、大きな声で叫ぶ。