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異邦人
桃耶は何を気にする風も無く、豪快に笑いながら頭を掻いていた。 「申し訳無い。また治して下さらぬか?」 ミレイが杖を振り上げたのとその音が聞こえたのはほぼ同時だった。 気持ちの良い、ものを叩く音。吹き飛んだマイティ。呆然と女を支えているルース。 ルースはまるでミレイを見るような視線を送った。だが女は薄笑いを浮かべているだけである。 「何があったんですか!?」 大変な事が起こったと直感し、宗一はルースにそう尋ねたがルースは首を横に振るだけだった。俊駕は当人であるマイティの元へ駆け寄る。 「大丈夫?」 「・・・。俺はもう最後かもしれないよ。」 「へ?最後って。マイティさん?」 「本当は明日、君達と戦いたかったんだけど先立つ不幸を――」 「まーくん、相変わらず面白い事言ってるんだね。」 俊駕は瞬時に理解した。全ての原因は女だ。女がマイティを殴り飛ばしたのだ。 そう思えば今までのマイティの数々の言動に合点がいく。 「どんな知り合いなんだ?」 「フィアンセ。」 「違うから。」 力無く否定するとマイティは女の右足に手を当てた。回復呪文を唱えると左腕にも手を当てる。 「俺達は姉弟なんだよ。」 「・・・。」 「そう言われれば似ている気も――。」 金色の巻き毛。青い瞳、滑らかな肌に豪華な顔立ち。姉弟だと思えば二人はよく似通っているように思えた。 近所でも有名な美形姉弟だったのだろうな、と俊駕は勝手に納得する。 しかし。 「姉弟でどうしてそんな酷い事になんの?」 「まーくんが大好きだから苛めたくなるの。」 女はからからと笑った。それから痛みが腹に来たのか腰を折り曲げる。 ――どうやら後先考えない性格のようだ。 「姉さん。良い加減にしないと死ぬよ。」 「あたしはあんたと違って生粋のチャオ族だから。戦いを止めろって方が無理よ。」 またからから笑うと女は帰り際にミレイに治療を受けている桃耶に手を振った。 「また機会があったら戦いましょう。トウヤさん?」 「勿論でござる。」 桃耶もにっと口を釣り上げて微笑む。 と、そんな桃耶の脇腹を俊駕が突っ突いた。 「何か妙に仲良くなったみたいだな。」 「同じ道を極めん者として良い好敵手が出来たでござる。出来ればまた会いたいでござるなぁ。」 「大丈夫なんじゃないですか?」 そう言って宗一はマイティの頭を小突いている女を見やった。おぼつかない足取りであるが楽しそうだ。 「あの怪我の様子だと一週間は安静にしておかないといけません。だからそれくらいはこの町に止どまるでしょう。」 ――一応これは宗一なりに魔法を考慮した見立てだ。だから間違っているかもしれない。しかし元気そうに振る舞いながらも女が時折見せる苦痛の表情や行動、顔色が軽くは無いと宗一に告げていた。 宗一が不安を抱いていると、桃耶の治療を終えたミレイが頷く。 「そうね。あの人が大人しくしてるかは分かんないけど最低一週間は安静にしてなきゃ。宗一にはプリーストの素質があるみたい。私の元で修行しない?」 「はぁ。」 「ミレイ、新手の詐欺か?」 戸惑う宗一の横でいつの間にか茶々を入れているルースの頬をミレイは思い切り引っ張った。 「馬鹿。」 「ルース君はこれでも首席で学校卒業してるんだぞ。」 「中卒の癖に生意気よ。」 「違うって。ちょっと突っ張ってたから高校中退したの。」 「ルースさんは高校を中退してたんですか?」 ――高校中退。それは今までエリートの道を歩んで来た宗一には不可解な現象だった。 「ルースさ――」 「君たちは、午前の部の者だろう? 部外者は観客席へ戻りなさい!」 ルースは宗一の発言に気づくが、空耳に聞こえたのか観客席へ戻ってしまった。 「さあ、次の試合、君は交代するのかい?」 「ていうか、姉さん」 「勘がいいわねぇ、まーくん」 やっぱりかという表情をする。 「まさか、チャオ族というのはこんなにも勇猛果敢なのでござるよ? もちろん、次も拙者が行くでござる」 「……おまえ、本気で言ってるのか?」 今の桃耶に発言するだけでも、少し冷や汗が出る。 「自慢ではないが、生まれてこの方、人をだましたことは無いでござる」 そう口論している間に審判に紙が届き、彼はそれに目を通す。 「この試合の勝者、右の者達」 そして、言葉を出す。そして、その後桃耶の先ほどの挑戦者の女を見て、小声で悪態をつく 審判が悪態をつく理由はこうだった。 彼女がこの試合の切り込み隊長、先鋒で、その試合の軍配は桃耶が勝った。本当ならこの後次の対戦者が出てくるのだが、その紙を読んだところこうかかれてあった。 『残りの挑戦者たちは、私が適当に組んだ一般人で、私が負けたときはこの紙を審判に渡して退場するように行ってあります。ですから』 ここで、審判は雪慈が立っているほうの逆を向く。 『この手紙が渡っている頃にはもう、皆露店でお祭りを楽しんでいるんじゃないかしら? 私は優勝する気満々なんだけど、この手紙を受け取っているときは負けて、不満たらたらでかえっているかと思います。ああ、そうそう。補助のヒトだけはお金で雇ったのよ? それでは、じゃ〜ねぇ〜。 生粋のチャオぞ――』 彼は紙を握りつぶし、満足顔で帰っていったじゃないか、と心の中で叫んでいた。 次の仕合までは時間が無かった。 ここで審判はまたいくつかの手紙を読んだ結果であった。 つまり、ほかの対戦者は皆、彼等の仕合を見てすくみあがり、棄権した。という副審からの手紙がそれに当たった。 彼らは明日の決勝戦を決めることができた。 「いやー、なぜかはわからんが明日は決勝でござるなぁ」 桃耶はいつ着替えたのか、肩袖しかない着流しに着替えていた。彼らは会場を後にして、日の傾いても賑やいでいる通りを歩いている。 「ん、どうしたでござるか、俊駕殿、宗一殿?」 「ああ、いや。あ、これ」 桃の数珠を桃耶にかえす。 俊駕は反応しても――なにか桃耶が持っている制服に時々目がいっていた――宗一は無言であった。 (雪慈殿、宗一殿に何かあったでござるか?) (知らん。さっきのお前の戦いの後からずっとあんな感じだ) (拙者のせいだと?) (さぁな) 「ま、怪我とか病気しているように見えないし、大丈夫でござろう。それより――」 「それより?」 「今夜はどうしようかのう」 「もう一晩、あの診療所で泊まらせてもらえないかなぁ?」 「そっか、宗一達泊まる場所が無いのか」 その声に宗一が反応する。 「ルースさん」 「あれ、ほかの皆は?」 「ああ、マイティは姉貴のおもちゃ。ユリウスとミレイはレポート仕上げるって皆ホテルに戻ったよ」 「レポート?」 「そ、大学生はつらいのよ」 「大学生?」 「教授から教わる生徒のことでござるな」 「なに桃耶、知ってんの?」 「うむ。友人が大学とやらで教えているでござる」 少なくとも俺や宗一より年下かよぉ。と、言葉を漏らす。 「学校は?」 「別に、いかなくてもいいんだ。もともと課題が提示されていて、提出だけだから。ま、ゼミに入ればいくことになるけどね」 それはそうと、と言葉を続け、 「泊まるところあるか?」 「ああ、それなら――」 「では、拙者はもう一晩泊まれぬか聞いてくるでござるよ」 「あ、俺も行くよ。雪慈は?」 「……」 二人が歩き出そうとすると、雪慈もついていく。 「おい、宗一――」 「さあ、いくでござる」 「な、ちょ――」 俊駕の首根っこをつかんで、屋根の上に飛び乗る。 「おい、いいのか? 一緒に行かなくても」 「え、ええ。それより、少しいいですか?」 彼の表情から、世間話でないのはすぐにわかった。 「で、話って?」 ルースの泊まっているホテルのロビーラウンジでコーヒーと紅茶が運び終わってから、話が始まった。 そのとき、どうして自分がこの場所にいるのかわからなかったし、どうして次の言葉が出てきたのかもわからなかった。 「高校のときの話です」 「あ、ああ。あれがどうかした?」 「どうして学校辞めたんです?」 「まあ、突っ張ってたからだなぁ」 会場のときと同じことを繰り返す。 「後悔はしていませんか?」 「別にしてないなぁ」 そこで紅茶を一口のんだ。 「あの時反省はしたし」 「反省?」 「そ。俺もよく考えたけど、結局後悔なんてもんは反省しないからなるんだよ。じゃなきゃ、自分でそれから何にもできなくなってしまう可能性があるからな。常に物事は反省しなければ、きっと後悔の波が押し寄せ足をとられ前へ進めなくなるだろう。波が押し寄せてからでは浜に立った人間にはなんと難しく、許そうとしても許されず、償おうとしても償えるものではない。反省という防波堤を築け! 少年少女よ! いや、後悔という波を干上がらせてしまうほどの潤った心を持て! はは、うちの恩師の受け売り」 そうして、ここへ来たときに運ばれてきたお冷に口をつける。 「――じゃあ、後悔した人間はどうすれば?」 じっとりと、宗一の顔から汗が出てきたのは顎を少し引いていたためか、相手に読み取られるということは無かった。 「そりゃあ、どうしようもないなぁ」 ここで、お互い飲み物に口をつけることは無かった。ルースは顎に手を乗せながら指で頬をたたき新聞を読んでいる男や一人でゆっくりと本を読んでいる女性に目を移しながら、はっきりと言ってのける。 「努力して手に入れたものなら、まだ何とかなるけどな」 「――え?」 「努力して手に入れたものって、何にも役に立たないからな。つまりそこで起こったものなんて、反省にも後悔にもならんしな」 「努力で手に入れたものが使い物にならない?」 「この世の中で手に入れたものが使えないのは努力だけみたいなもんだぜ」 『じゃ、じゃあ、俺が今までやってきたことは』 「それ以外が全て手に入れて、使えるならば。友達、仲間はどうなんです? それも――」 「友達は手に入れ、友情を使い、信頼を得る。違うか?」 「そ、そんな道具みたいな――」 「まるで本当の友人を持ったことが無いみたいな言い方するなぁ。だって、そうだろ? 本当の友人、仲間なら友情を使ってほしいし、使いたいと思ってるはず」 宗一は言葉が出なかった。 『俺は今まで本当の友達、仲間がいたか? 誰かと一緒に遊び、切磋琢磨したことが?』 考えても、やってきたものの中には独りでやってきたことしか思いつかなかった。 「そう考えるとな、努力ってその場しのぎにはなるけど、いざというときには絶対役には立たないね、断言できる」 「……」 「努力ってものは知識でしかないんだ。知識なら誰だって手に入れることができる。あんな、新聞とかからでもな。知識なんて役には立たんて」 視線を新聞に移しても、相手は頭をたれているだけだった。 「それを高校で気づいてな、暴れてやめたってわけ」 ここで、ルースはコーヒーに手をかけ、砂糖とミルクを入れてかき混ぜる。飲み干すまで、相手は何もしゃべらなかった。 「でも、知識は、必要です」 「そりゃあ、必要でしょ? ただ、役には立たないってわけ。努力が最後に報われた人がいるなら呼んでほしいね」 少なくともルースの対面に座っている相手は努力は報われてはいなかった。 「役に立つのは、知識ではなく、いざというときの知恵。知恵を使うためには知識は絶対必要になる」 『俺がじゃあ、今まで使ってきたのは……』 「ま、待ってください。じゃあ、ルースさんたちが使っている魔法は努力によって手に入れたものじゃないんですか?」 ルースはコーヒーのお替りを頼んだ。 「努力なんていう簡単な言葉で、俺がやってきたことを片付け てほしくないね」 「――え?」 「努力なんて、結局やりたくないことを無理矢理詰め込まされたことでしかないんだ。あるいは自分でない誰かのためにな」 「ま、待」 「おっと、勘違いすんな? 自分の夢がそのまま人のためになるならそのほうがいいが、そうでないのに誰かのためになっているなんておこがましくないか?」 宗一は表情を崩さないようにするのに必死だった。 |