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異邦人
「俺がやって高校中退で気づいたことは、そんな努力はするだけ無駄って事。努力じゃなくて、自分の中の本当に知りたいことを知ろうとする力なんだ。それが本当に手に入れられるもので、なおかつ使えるものだと思ってる」 「俺の今までやってきたことが役に立たない?」 「さあ? 宗一が今までどんな友達がいて、どんなことをやって、どんなものを手にいれ、使ってきたかなんてわからん」 「本当に自分にとって知りたいもの……」 「別に、そんな真剣にならんでも」 考えても考えても、自分が大学を卒業するまで手に入れたものは、単なる知識であることにかわりはなかった。 「今までそうだったんなら、全然取り返せるさ。遅すぎることは一つもない、ココロが常に若ければね。その先に真の自信がある」 「い、今までそんな信頼関係を持った友達なんていませんでした」 「そうか? あいつらと結構仲良くしてそうだけど……」 「それは――」 「まあ、とりあえず、冷めた紅茶を温かくしてもらおうぜ? 俺は3杯目のコー」 「あら、ルースくぅん、そんなところで何やってるのかしら?」 「ミ、ミレイ。どうした、顔が笑ってて逆に怖いぞ?」 「あなたもレポート残ってるでしょう、単位危ないって言ってなかったかしら?」 「やべ」 「ほかの科目は大丈夫なのに、必修の動物自然魔法だけはだめなんだから」 「ダメなのはうちの大学のシステムだ。必修一つでも落としたら、即留年なんて」 「これだから、中卒あがりの大学生は……」 「――はいはい、その先は言わずもがなですよ」 ちっ、俺の周りはどうして真面目で優秀なやつばっかなのかねェ? と愚痴をこぼしながら立ち上がった。 「あ、宗一。夜は多分、お祭りだし表ふらふらしてるから会ったら声かけてくれよ。まあ、今日からお互いに臨戦態勢になって、会わないほうがいいなら、別にいいから」 「じゃあ、今晩も泊めてくれるでござるか?」 「もちろん、老人二人ですからね、泊まってくれるほうが賑やかでいいわ」 「よかったな」 「まったくでござる。それで二人はどうするでござるか? お祭りの露店でもいくでござるか?」 「あー、パスパス。疲れた。一眠りする。あの、じゃあまた借りてもいいですか?」 許可を得て、診療所に入っていった。 「ぱす、え、えと身分証明書であったかな?」 そういって隣を見ても雪慈の姿も見えなかった。 「ふむ。まあ、拙者も久しぶりに疲れたし、お祭りを見なが木陰で少しうたた寝でもしようかのう。あ、この服ここにおいておいても良いでござるか? では行ってくるでござる。夕飯時には戻ってくるゆえ」 警察服を診療所入ってすぐのいすにたたんで置き、歩き出うとしたときだった。 「その服、どうしたんだい?」 老医者が話し掛ける。 「あ、ああ。みての通り、袖をばっさり切られてしまったでござる」 「その格好でいくのかい?」 「ほかに、着流しを持っていないから仕方が無いでござるよ」 例の警察服は息が詰まりそうで着たくは無いらしい。 「ちょっと時間をくれれば私がなおしてあげましょう」 「誠でござるか? それなら是非お願いしたいでござる」 ござるってどこかの方言かい? とか、そういえば髪も今朝とは違うねェ。などと談笑しながらすぐに修理が済み。まるで、獣足“羊”を言わせるかのごとくゆっくりと歩き出した 「んー、今宵も良い月でござるなぁ。明日は満月でござろうか?」 のんびりと空を眺めながら行く当てもなく歩く。道路を挟むようにして左右に並ぶ露店はどこも小さな行列をぱらぱらと作り、行き交う人の波の壁となっていた。壁に当たっては打ち返していく人並み。桃耶は流されながらも人に当たらないようにすすす、と進んでいく。桃耶の生まれた時代にも露店は数多くあったが、これほどの種類の店はなかったように思う。カラフルな店の屋根が雰囲気をより楽しませているかのようだ。 「おっ」 桃耶は思わず声をあげ、笑顔になる。 「主殿!」 駆け足で向かった先は人ひとりとして集まっていない屋台の下だった。特に看板のないそこへ入る。桃屋の声に馬顔の男が顔を上げた。 「ああ、今朝の」 「ブタはまだ残ってるでござるか?」 「お前らこそ武術大会なんぞに出て、勝ててるのか?」 疑わしい目つきで見られ、桃耶はかっかっかと笑った。 「勿論でござるよ! 明日の決勝が終わったら賞金を持ってすぐに来るでござる!」 馬顔の店主は苦笑いし、隣の豚は気持ち良さそうに眠っていた。 俊駕はベッドの横になるとすぐに眠りに落ちていった。 だがふと目を覚まし、ぼんやりと辺りを見回す。真っ暗闇の中で、慣れた目から隣に宗一がいないことを確認する。 「まだ帰ってないのか…?」 遅すぎやしないか。頭を掻いて体を起こす。随分と眠っていたようで、気分としてはもう軽い運動くらいならできるほどだった。よほど疲れが溜まっていたのだろう。 ふぅ、と息を吐く。のそのそとベッドから降りると部屋から出た。廊下も、リビングも、診療所の中はどこにも明かりは点いていなかった。ペタペタと歩きながら手探りでドアを開け、電気をつける。部屋の位置は間違っていなかったようで、明かりの点いた部屋は目的通りのリビングだった。 がらんとした空間。ふぁあと大きな欠伸をした。 ソファに座ると目の前のテーブルに置いていた服に気づいた。桃耶が言っていた時空守護官の制服だ。老夫婦がここに置いたのだろう。俊駕はごくり、と喉を鳴らした。 恐る恐る手にとって見る。しっかりとした防弾着のわりには軽い。それもそうだ、最新の技術を駆使して作られているのだから。普通の拳銃の弾ではまず貫通しない。薄い生地は布ではなく鉄鉱石が材料になっている。それに特殊な液を漬けると軽さに反比例して強固になるのだ。俊駕以前誰かから聞いた知識を思い出した。 ――しかし、なぜこれが桃耶の持ち物なのだろうか。 俊駕はもう一度音を立てて唾を飲み込んだ。 ――知り合いがどうとか言っていたっけ。じゃあ桃耶はこの世界に来る前は……。 そうとしか説明がつかない。けれど大学で教えているらしい知り合いと、この服を桃耶に持たせた知り合いが同一人物ならば、辻褄が合わない。時空守護官の副職は如何なる場合でも、如何なる理由があるとしても、認められていないのだから。簡単に考えれば、桃耶の“向こう”の知り合いは数人いて、その中の一人が時空守護官か、あるいはそこに通ずる職業の者か。 ――ああ、そうか、別に時空守護官でなくてもコネがあれば制服なんて簡単に手に入るのか。 何にしても、俊駕にとっては都合の悪い人間でしかない。最悪、桃耶もその内の人間になり得るだろう。 ちっ。俊駕は軽く舌打ちをした。 勢いよく立ち上がり、制服を握り締めたまま部屋を出た。暗闇の中の廊下を進んで玄関に出ると、賑やかな人の声と明るい電燈が視界に広がる。それほど遅い時間帯でもなかったのだと気づいた。 だが俊駕はそんな町並みを無視して診療所の裏へ回った。 家が並ぶ路地裏は表通りとは間逆に過ぎるくらいの静寂に包まれていた。明かりもそれほど無い道を進むのは目が慣れるまでは抵抗があった。 どれくらい進んだのか分からない。3分ほどしか歩いていないような気もするし、30分歩き続けた気もする。だんだんと路地の間隔が狭くなり、T字路を右へ曲がるとそこは行き止まりで、目の前には雑木林が広がっていた。 俊駕は躊躇いもなく雑木林の中へ足を進めた。高く隔てるフェンスを飛び越え、急な傾斜を一気に駆け上がる。右側の端に寄るとそこから街を見下ろせることを知った。下界はひどく華やかで、知らず笑ってしまった。 さっと背を向け、数歩走る。そして。 俊駕は持っていた制服を雑木林の奥深くへ投げつけた。 制服が地に落ちたのか木の枝に引っかかったのかは知らない。 俊駕は足早に雑木林から路地へ戻ると、診療所の方へ駆け出した。唇が少しだけ震えた。 宗一は重い足取りで診療所へ戻った。途中で会った桃耶は先に診療所へ帰っていったが、宗一は少しだけ祭りの雰囲気を目で楽しんでから向かうことにしたのだ。昔から祭りの雰囲気は好きだった。子供の頃はよく下の兄弟のお守りと称して出かけたものだ。それがなくなったのはいつからだっただろう。 夕食の席に俊駕の姿はなかった。雪慈はどこからかひょっこりと現れて、食べ終わるとまたどこかへ消えていた。夕食の席は終始、桃耶からの武術大会の報告だった。桃耶が身振り手振りで大袈裟に話すたびに老夫婦は笑って話を聞いていた。時々宗一が桃耶の話に訂正を入れたりしながらの食事は楽しかった。 食事を終えると再び診療所を出た。桃耶と老夫婦はすでに寝室へ戻っている。雪慈は知らない。 「努力、か」 頭から離れないルースの言葉を繰り返し思い返す。まさか努力を否定されるとは思わなかった。努力こそが正しい道だと疑わなかった。そして誰もがそれを肯定していた。学校の教師も、クラスメイトも、家族も、自分がある場所へ向かおうとしていることに気づくと「頑張れ」と口々に言った。頑張ることは即ち努力をすること。それを否定されてしまった。 むしゃくしゃする。……ムカツク。 それが誰に対してなのか、はっきりしない。今までの自分を否定したルースか? それとも自分自身にか? もやもやとした感情で胸が締め付けられるようだった。こんな経験は久しぶりな気がした。彼女のときとは違う苦しさが宗一を襲おうとしていた。 ふぅ、と大きく息を吐く。 空を見上げると丸い月が二つあった。 それほど歩いてはいないが、だいぶ時間がっ経ったはずだ。そろそろ戻らなくては。宗一は進行方向を180度変えてゆっくりと歩き出した。賑やかな声を耳にしながらもう一度息を吸って、吐く。 診療所の中は既に暗闇だった。宗一は電気をつけては起こしてしまうかもしれないと思い、そのまま奥のベッドのある部屋へ進んだ。俊駕は相変わらず規則正しい寝息を立てていた。 「……遅かったな」 「え?」 急に声を変えられ、宗一は少し飛び上がりそうになった。振り返ると俊駕が横になったまま宗一を見上げていた。 「え、あ、起きてたんですか」 「うん、だいぶ前から」 「そうですか……。あ、お腹空いてません? 夕食残してくれてたはずですよ」 「うーん、いいや、朝にでも食べる」 俊駕は体を起こすと大きく伸びをした。ちらり、と横目で宗一を見る。宗一がその視線に気づくと、慌てて目をそらした。 「何ですか?」 「べ、べつにっ、なにもっ」 俊駕は勢いをつけてベッドから降りると「やっぱ食べるかなぁ!」とわざとらしい明るい声で言った。部屋から出て行く彼に宗一は首をかしげた。しかし徐々にやってくる眠気に、宗一はそのまま布団の中へもぐりこんだ。それでも頭に浮かぶのはルースの言葉だった。 ドアを閉めると俊駕はそっともたれ、失敗したな、と呟く。 ま、宗一が気づいてないならいいや。 緊張のあまり悲鳴をあげる心臓を抑え付けながら、俊駕はテーブルへと向かった。テーブルの上にはシチューの皿とパン、サラダと言った夕食が置かれていた。 冷めたシチューを温めようと部屋を見渡してみたが、無論電子レンジのような便利な品物はなかった。仕方ないので鍋を使って温めようとも思ったが、鍋は既に洗われた後だった。普通ならば一食でシチューがなくなるとは考えがたいのだが、桃耶ならば一人で鍋の中身を空にする程度のことはやってのけかねない。 ――桃耶。 自分の思考に当然のように現れたその単語に、思わず俊駕はテーブルを殴っていた。 鳴り響いた音は、予想外に大きかった。もしかしたら宗一が起きてくるのではないかとも思ったが、しばらく経っても宗一が現れることはなかった。 ほっと胸を撫で下ろし、俊駕は椅子に腰掛けた。冷めたシチューは固く、パンも乾燥してしまっている。けれど、今の俊駕に夕食の味はわからなかった。 美味いとも思わなかったし、不味いとも思わなかった。粘度の塊を口の中に押し込んでいるような錯覚を覚えながら、機械的に水で流し込む。パンを千切っては水を飲み、シチューを掬っては水を飲み、葉菜にフォークを刺しては水を飲む。その繰り返しだった。 |