異邦人
「何と無く分かる程度で理解は出来ん。」
「そうか。」
 そして、また二人は黙り込む。
 その間、二人の眼下では祭りの光が煌々としているだけで、彼ら2人の影響は瞳の中にその光がうっすらと見える程度だった。やはり、月祭といわれるだけあって夜の方が活発になっている気がする。
『知らない間に、ミレイの考えがうつったな』
 ユリウスはどうやらそれほど信仰心というものがなく、執着もなかった。それなのに今、ミレイ達と共に行動していることを考えると、口元が上がった。
「ふふ」
「まただ」
 突然自分の思考の中に、誰かが入ってきたために思わず雪慈を見やった。
「ん?」
 かれはユリウスの顔を流し目で見て、また祭りを見下す。
「ここの人間――いや、ここ二日間で出会った人間はどうしてそのような顔をする」
「言っている事がよくわからないな」
 雪慈が自分の世界で出会った人間は、何か眼の中に怪しい光を放ち、目の色は色々あれど、その光の中には黒いものがうごめいている、ひどく気分の悪いものが大抵だった。
 しかし、二日間で出会った人間はそういうものが感じられなかった。何かを潜める――自分にも言えることだが――様なこともあっても、隙を突いて何かを狙うというものはなかった。宗一がそのようなそぶりを見せたこともあったが、今日の試合の前と後とでは沼と湖ぐらいの差があり、何かが変わり始めているのを感じていた。
「――その笑い方が、今まであってきた人間のそれとは違うということだ」
 しかし、ユリウスにそれを問われても――事実、そのようなことを言われたことで気恥ずかしさを本人は感じていた――解かるわけがなかった。
 だから、
「その疑問には答えられないな」
「――だろうな」
 という結果に終わった。  確かに、この場所にはその疑問に答えられるものはいなかった。そもそも、彼ら二人は会話が少ない分、人の疑問に答えられる力を持ち合わせてはいないのだ。つまり彼らは、耳が二つあり、口がひとつあるという自分の身体的特徴をものの見事に持ち合わせているといえよう。しゃべることよりも、聞くほうに彼らは適していた。
 こういう、口数の少ないもの同士が理解を深めようとしたときは、大きく分けて二つに分けられる。
 ひとつはお互い無言のまま時間をすごす事。
 そして、もうひとつは、
「少し、運動をしないか?」
 上記の逆。つまり、激しくぶつかり合うという行動により、互いに理解を深めることができる。
 しかし、これは作者が考えたことであるために、ほかの人から見れば酷く滑稽に見えるかもしれない。


 一方、月祭では一騒動起こっていた。このときはもうすでにひと段落ついていたが、そのために起こったものがあった。
 周りは野次馬が大きく囲んでいて、その中心部にはうつ伏せ、仰向けになった若い男たちがうめき声を上げてたり、気絶して寝転がっている。
「どうして何もしなかったの?」
 その女性は怒りをあらわに、一人の男の胸倉を両手でつかみあげていた。そしてもう一人の男は彼女を止めようかとめまいか、一騒動終わった後もまだ決めかねていた。
「どうして。うむ、何故もなにもこの者たちとただ肩がぶつかっただけではござらんか」
 その男は完全に宙に浮いたまま、狼狽することなくまっすぐ彼女に笑いかけていた。しかし、彼女からしてみれば不快極まりなかった。
「ハァ? その肩がぶつかったせいでこんな奴等に喧嘩売られたんじゃないの」
「別に、買ってはいないでござるよ。喧嘩は成立していないでござる」
 彼はそのとおり、喧嘩は売られても買ってはいなかった。ただ単に、
「買ってない。そうね、確かに買っていないわね。じゃなきゃ私はこんなに不快な気分にならないし、トーヤの服と体はこんなに汚れていないわ。つまりこういうことよ。どうして、殴られるままにされていたわけ?」
 桃耶はその喧嘩を一方的に受け、殴られるままになっていた。その時間はすごく短いもので、すぐに彼女が止めに入り、十数人をすべて蹴散らし、マイティはとめようとするも彼女に近づく段階で、次から次へと人が飛んでくるため近づくことができなかった。
「拙者体は丈夫なほうだから、別になんともないでござる。おぬし達も――」
「あなたには男のプライドというものがないわけ?」
 胸倉の手にいっそう力が入り、強く握り締められただけで、首を絞められなかったのが不思議なくらいだった。そして、こういわれたら、桃耶も考えなければならなかった。でも、必死に考えても出てくるはずはなく、そのまま疑問を彼女にぶつけてみた。 「プらいドってなんでござるか?」
 その言葉がしっかりと彼女の耳に入った後で、彼女は右手を胸倉から離し、桃耶の左頬を引っ叩いた。彼は果物の売られている露店まで吹き飛んで、その果物を乗せてあるざるをいくらかひっくり返した。
「最っ低!」と、彼女は音を低く言い放った。
「まーくん。ホテルへ戻るわよ! こんな精神が軟弱男に私が負けたなんて、考えたくもないわ」
「え、あ、姉さん、ちょっと!」
 彼女はマイティの背中をつかんで、ずるずると歩き始めた。
「姉さん、足――」
「痛いわよ! あんなやつら蹴り飛ばしたんだから、早くおぶって!」
「このカッコじゃおぶれないよ。一回手ぇはなして」
 そういわれ、彼女は自分の前に弟を置くと相手の体勢も考えず、おぶさろうとする。そのとき、後ろのほうで何かが崩れる音がした。
「ティア殿、マイティ殿」と、桃耶はからから笑いながら手を振って言った。
「おやすみでござる」
 マイティはきょとんと彼のことを見ていたが、彼女も彼のほう向くも、低い声で、
「大っ嫌い」
 そういって、マイティにおぶさり野次馬をかき分けて、そこを後にした。
 それからの時間は野次馬にとって無駄であると気づいたのか、ちらほらと散り始め、桃耶は体に付いた土を払う。
「店主殿、申し訳ない」
「いや、それはいいんだが。兄ちゃん大丈夫かい?」
 大丈夫でござるよ。と赤く手形に腫れ上がった左頬を気にする様子もなく言ったあと、桃耶と店主は地面に転がった物のうちまだ売り物にできる果物を選んで、元に戻した。その後に、彼は自分に喧嘩を売ってきた人間のほうへ赴き、座り込んで倒れている一人の男の頬を軽くたたく。
「おうい、大丈夫でござるか?」
 そうすると、その男は今まで地面につけていた左頬を右頬に変えて桃耶方を向く形になった。
「悪かったな」
 起きていたでござるか。と彼女も少しは手加減していたのかなと考えながら多少驚いていた。しかし、それ以上は動くことはなく、どうやら立ち上がる力までは残っていないようだった。
「ん、なにがでござる?」
「彼女、とさ」
「かのじょ?」
「あの女のことさ」
 ああ、ティア殿ことでござるか。と彼女が去っていったほうを見て、男に向き直る。
「おぬし、何故謝る。何か悪いことでもやったのでござるか?」  桃耶は不思議そうに男を見るが、その男もまた、どうしてそんな質問をするのかわからない表情をした。
「俺が悪いことをやっていないとでも?」
 その質問に、桃耶はコクンを首を上下する。
「お互い酒気を帯びていて、肩が当たり、不快なほうが喧嘩を売る。どこに悪いところがあるでござるか?」
 男はそれを聞いてますます彼の言っている意味がわからなくなっていた。
「おまえ、それが悪いことじゃないって言ってるのか?」
 だんだん男に力が戻ってきたのか、両手を地面についてゆっくりと確かめながら起きようとする。
「くどいでござるなぁ。頷いているではないか。今日はお祭りでござるよ? そんなこと、この場では良くあることではござらんか。一々腹を立てていたらきりがないでござる」
 桃耶は起き上がろうとする彼を手伝い、胡坐という形で起こさせた。
「きりがないって、他人じゃなく自分なんだぞ? 普通、怒ったり、おどけたりするだろう」
「うん? 何故自分のときに腹を立てるのでござるか? 怒るときは他人のときでござろう」
 だからティア殿は怒ったのではないか? と一人で声をうならせていた。彼らの話は周りの倒れていた者たちに聞こえている。 「とんだ偽善者だな、他人のために動くなんて」
 体の節々が痛いために眼を瞑っても笑うことはなかったが、そうでなかったが笑い飛ばしていただろう。それに、この言葉には少しの皮肉を混ぜているために、男はこれなら少しはこの見慣れない服装の男を不快にさせられるかも知れないという確信を持って、眼を開き相手を見やるが、その男は眉にしわを寄せて、怒っているというよりは悩んでいるように見えた。
 桃耶はしばらく考え込んでいたが、やがて諦めたようにため息をついた。
「やはり、拙者は相当頭が弱いのでござるなぁ」
「……」
 桃耶は立ち上がり、もう一度腕を組んで考えてみたが、やはり結果は同じであった。
「何故、他人のときに腹を立てることが、他人のためになるという答えになるのか全くわからないでござるぅ」
 眼を思い切り閉じて考えても、やはりそれはわからなかった。
「拙者は常に自分のために動いているのでござる。そもそも他人のために動いたら疲れるではござらんか」
 胡坐を掻いている男の前を腕を組んで右往左往している桃耶はおもむろに先ほどの露店の前へ行き、もう売り物にならない商品を譲ってもらい、食べながら戻ってきた。その果物はとてもみずみずしい食べ物で色は青いが味と形は梨に似ていた。
「お前、他人のために動きたいから動いているんじゃないのか?」
 そう聞かれても、口の中いっぱいに頬張っているために、首を横にしか振らなかった。
「んくっ。そんなわけないではないか。先ほども言ったとおり、疲れるし、何より拙者はそんなたいそうな人格と能力を持ち合わせていないでござる。自分を知らぬも甚だしい」
「じゃあ、なんで他人、そう、俺たちを助ける」
「放っとくと拙者が大変不快でござる」
 起き上がる男たちを手伝い、みんなの土を払う桃耶はさも当然のように言い放った。
「――それだけ?」
「うん。あと、拙者が助けたいと思ったから、もあるでござるな」
 それから桃耶は動けるものは動けないものを連れて行くことを提案し、終始苦笑しながら男たちを助けていた。
「ここまででいい」
 と、桃耶を突き放したところでさっきの男が向き直って無理に笑って見せた。
「ところで、本当に彼女はいいのか?」
「うん。大丈夫でござる、怪我はまだ完治していないがあれくらいの運動なら、大して負担にはならぬであろう」
「そういう意味じゃない」
 桃耶は首をかしげた。
「ちゃんと、仲直りできるのか?」
「さぁのう」
 首をかしげたまま、それはこちらも解からない。というように眉をひそめる。
「明日会ったら、なんていうんだ?」
「え? 朝だったらおはよう、昼だったらこんにちはでござる」
 男と桃耶の間にはまた何か勘違いが生まれていた。
「こちらでは違う挨拶をするのでござるか?」
「こちらでは。という意味が解からないが、よりを戻そうとは思わないのかときいている」
「んあ? 縒りを戻す?」
 桃耶は首をかしげたまま腕を組み、また眉間に皺を寄せる。口をへの字にしたって言っている意味が解からなかった。
「おまえ」
「なんでござるか?」
「あいつの恋人じゃないのか?」
「こいびと?」
「違うのか」
「……」
 桃耶は今の言葉何度も何度も頭の中で繰り返した。そして、それを頭の中で繰り返すたびに顔が紅潮していった。
「おい、ど――」
「こ、こここ恋人ぉ!?」
 すばやく、後ろへ摺り足で下がり、激しく頭を左右に振って、何とか赤みを散らせる。
「よ、よいでござるか」
 彼は刀を引き抜いて地面に突いて、片膝をついてうつむいたまま倒れまいと必死にそれにしがみ付いていた。そして、まるで疲れたように肩で息をしている。
「拙者は、そう、前の世界の言葉を借りるならば、拙者は女性恐怖症なのでござる」