異邦人
 ユリウスは俊駕の姿を捕らえたので足を止め、俊駕に向けて言葉を放った。
「お前は一体何をしていた?」
 俊駕は肩を震わせて驚いたようにユリウスに振り向く。だが直ぐにユリウスは笑顔になった。
 しかしユリウスは俊駕が何かを隠しているのをしっかりと見据えていた。
「俺?俺はちょっと散歩に――。ユリウスこそ何をしてたんだ?」
 下手な嘘と隠している制服が露見する前に俊駕は必死に話題を変えた。
 そんな俊駕の意図に気付いているのか、だがユリウスは素直に俊駕の問いに答えた。
「遊んでいた。」
「・・・。は?」
 ユリウスの遊んでいたと云う言葉にも驚いたが、これが遊んでいただと。だとすればこれは限り無くこの星に有害な遊びだ。
 季節外れの氷は突き刺さっているし、小さなクレーターも出来ている。だが思い出してみればそのクレーターにはもう草が生えていたような気がした。
 成程、妖しとやらは口先だけでなく自然を大切にしているらしい。俊駕は雪慈がいないし現場にもいないのにそう勝手に納得した。
 でも今はそれに関心している場合ではなかった。
「あれが遊び?」
「そうだ。互いに遊び程度の実力しか出していない。」
「・・・。」
 二人で力を合わせればこの星を滅ぼす事すら出来るのではないだれろか。何故か俊駕はそんな事を思った。
「俊駕。」
「何だ?」
「何を隠している?」
「・・・何の事だ?」
「無理には訊かない。だが、雪慈が人間に失望するような事はするな。」
 それだけ言うとユリウスは俊駕に背を向けてその場を去った。さようならもまた会おうも無い。
 だがそれがユリウスなのだろう。
 ユリウスが完全に去ったのを確認すると、俊駕は持っていた制服を見下ろした。
 これを持って帰って、桃耶に気付かれぬよう元の場所に戻しておけば良い。だが、俊駕のやった事が消える筈は無かった。
 持って帰るべきか、矢張り跡形も無く焼いてしまうべきか俊駕は迷った。だが返しても、全てが元通りになると思えなかった。少なくとも俊駕の方は変わってしまった。
「あぁ。」
 取り返しが付かない。そう云う訳ではないのだが――。
「結局は俺の弱さ、か。」
 宗一は真面目だし道徳も十分に備えているから俊駕が桃耶の物を盗んだと知ったら軽蔑するだろうか。宗一の態度が明らかに変わるだろう事だけは目に見えていた。
 雪慈は――。矢張り人間は情け無い生き物だと嘲るだろうか。俊駕の知るアヤカシは高潔な者だから。人間は惨めな生き物だと思うのだろうか。
 桃耶は。桃耶は、多分、笑って許してくれるのではないだろうか。それは俊駕の願望かもしれない。けれど桃耶だけは笑って許してくれる気がするのだ。
「俺の甘えだよなぁ。」
 桃耶はいつも飄々と笑っていて、掴み所の無い雲のような男だ。だからそう思うのだろう。だが、自分の物を盗まれて笑って許すなんて話。有り得ない。
 俊駕は思うのだ。皆の強さが羨ましい、と。形は違えど皆、己の強さを持っている。
「俺も何か一つくらい特種技能が欲しかったなぁ。」
 其処に行き着いてしまう自分の考えが少し悲しかった。
 その時、町の様子を背にしていたので逆光で表情が見えない姿がいっそう、彼を悲しく見せていた。そして、重そうに回れ右をして自分の感情とは逆に楽しいお祭りを催している街へ、足を進めていった。




 俊駕は落ち込みから頭を下げてうつむき加減で自分の手の中に ある制服をかろうじて落とさないように歩いていた。これを捨て に行く時、見つけに行く時は暗い道を選んで通っていったが、今 はこれ以上暗くならないためにその道を敢えて避け、ほんのりと 明るい道を進んでいた。街の中心部で聞こえる大きな声は外れの ここまで届いていた。
「ねぇねぇ」
「……」
 後ろから声をかけられても、今の自分はこのお祭りにはもっと も相応しくない人間――それを言ってしまえば自分の身の回りに も最低2人はいるが――だと思っていたので、特に反応はしなか った。
「ねぇってば」
「……俺?」
 彼は振り向く事はなく足を進める。
「今はこれ以上遅く歩きたくも無いし、止まりたくもないんだ」 「うわっ、根暗ぁ。まあいいや、歩きながら質問するぅ。あのさ ぁ、今日の12時から決勝やるんでしょ、会場行ってもぜんぜん人 いないんだけどぉ、もう、終わっちゃった?」
 声を聞く限り女性である事は確かであるが、少し抜けているら しい。
「明日、いや、今日の昼の12時だよ」
「え……」
「まだ、日があけてないだろ。とりあえず、太陽が昇ってからは じめの12時だよ」
「そっ、そっかぁ」
 それでも、特に気にしている様子はなく、明るい声だった。
「分かった、じゃね!」
 そういって、これ以上後ろから声が聞こえてくる事はなかった 。しかし、そんな事はどうでもよく、彼にとってはもっとこれか ら自分がどうすればいいかぼんやりと考える事にした。





「というわけだって!」
 それを聞いた男は表情に出す事はなかったものの、口は滑らか に相手を攻め立てて一度ため息をついた。
「じゃあ、試合が終わるまで12時間くらいあるじゃねぇか」
「だぁかぁらぁ、謝ってんじゃん」
 周りが暗いためにマントの色は分からなかったが、男が着てい る服は私服ではなく上着はボタンが上から下へダブルで付いてい る特殊な服を着ていたのがマントがなびく事で確認が出来た。
「でもさぁ、本当にこの街なの?」
 向き合っていた者は視線をはずし、座り込んで町の中心部を見 下して、ふさふさの尻尾を振っている。
「あぁ、この街らしい」
 さも、嫌そうにはき捨てた。
「全く、難題を押し付けやがって! この街から一人の人間を探 し出すなんてどうかしてる」
「えと、なんて名前だっけ?」
 そう聞かれても、渡されたメモを見ることは無い。
「ねぇよ。特徴しか書いてねぇ」
 あぁ、そうでしたそうでした。と、明日が待ち遠しいように笑 って見せる。祭りはあまりにも明るく、空の暗さでさえ明るくし 、夜の中の雲でさえ見えるほどだった。
「異世界からきた小さい男。この町のハーバンの月祭という祭り の有名人が知っている。の二つだけだ」
「で、有名人を大会の優勝者にしぼったんだよね」
 屋根の上から足をぷらぷらさせながら、普段の空中とは違う浮 遊感も楽しみのうちに入っていた。
「確実じゃあないがな。もう面倒だし、はずれなら帰るだけさ」
「――いいの?」
「あぁ? こんな注文するあいつがいけねぇんだ。道士のくせに こんな中途半端なこといいやがって」
「ジャノもいい性格してるからねぇ。わざとだったりして」
「ぜってぇわざとだな」
「んで、見つけたらどうするの?」
「……殺す」
 尻尾と腕を上へ伸ばして立ち上がり、背中までかかる髪をかき あげて少し乱れたのを耳の後ろへ持ってくる。
「丁寧につれてくるんじゃなかったっけ?」
「丁寧に半殺しにして連れてってやるよ」
 男はジャノという人間が嫌いな上に、命令され、こんな街に訪 れたこと事態が気に食わなかった。その怒りをさますためには彼 の場合、何かにあたるしかなかった。
「まあ、御主人の言うことなら私は何もいえないけど」
「こんな、召喚魔法も知らない街があるとはな」
 彼は少しでも怒りを治めたいらしく、目で合図すると相手はす るすると形を代え、四足の獣に変化をする。その姿は狼のようで もあり、獅子の用でもあった。男はその獣にまたがる。
「でも、才能がある人ならさっき見たよ?」
「あぁそぉ」
 ゆっくりと彼らは宙に浮く。大して男が興味が無いのは明らか で、獣は浮きながら飛びながら町の中心街を見て、話題を変える。
「ねぇねぇ。明日お祭り見に行ってもいい?」
「――殺しはするなよ」
「あー! これでも私は高等魔獣なんだぞ! いくらなんでもそ んな簡単に暴れたりしないよ。召喚魔獣なめてるなぁ」
 憤慨しながら加速して行き、二人は明日に備えロビーを通すこ となくホテルへ戻っていった。


 朝、俊駕と宗一は甲高い悲鳴によって同時に目が覚めた。外は清々しいくらいの良い天気に、窓の外から聞こえた悲鳴はあまりにも似つかわしくないものだった。部屋の窓を開けて下を覗くと、一人の女性と、その周りの野次馬達が何か騒いでいるのが見える。
「警察っ、警察を呼んで! ひったくりよ!」
 被害者らしい年配の女性はしきりに犯人が逃走したのだろう方向を指差しながら叫んでいる。だが既に呼びに行っている者がいるのか、はたまた誰も行く気がないのか、野次馬達は何がどうしたこうしたと囁きあうだけで動こうとはしていない。
「この近くに交番なんてありましたっけ?」
 肘を突きながらその様子をぼんやりと眺める俊駕に、宗一は痺れを切らしながら言った。何度か街を歩いてみたものの、表通りにはそれらしい建物は見なかった。この世界に宗一が思い描く交番があるのか、そこから疑わしいのだが。
「うーん、交番かあ。聞いてこようか?」
 のそのそと立ち上がると部屋を出て老夫婦がいるだろうリビングへ向かった。宗一もその後を着いていく。開けっ放しにしていた窓からはまだ騒ぐ女性の声が小さく届いていた。
 リビングでは朝食の食欲をそそる匂いが漂い、桃耶と雪慈はもう食卓に着いていた。桃耶が待ちきれない様子で席に座っているのは分かるのだが、その向かいに悠然と腰を落ち着かせている雪慈の態度や格好がどこか不自然に思えた。なぜだろうと首を傾げるまでもなく、その理由を思いついた。昨日まで彼が食卓に座ることはなく、少し離れたソファのところで食べていたからだ。
「俊駕殿、宗一殿、おはようでござる。随分遅い目覚めでござるな」
 桃耶の挨拶に俊駕は「おう」片手を上げて、宗一は「おはようございます」と返した。時計を見ると確かにもう10時半はとうに越えていた。
「ところでこの近くに交番とかある?」
 俊駕はソファに座って新聞を読んでいた主人に声をかけた。彼は眼鏡を外して俊駕の方に顔を向けると、質問の意図が掴めずに不思議そうな顔をした。
「こうばん? 何だね、それは?」
「外でひったくりがあったって騒いでただろ。警察呼べってさ。だから警察を呼びに行こうと思って」
「ああ、それはコウバンじゃなくてポリスって言うんだ」
 英語のpoliceは異世界でも共通なのか――と宗一が驚いたのは言うまでもない。尤も、英語で交番は“police box”なのだが。
「でも大丈夫だろう。きっともう誰かが呼びに行っているだろうから」
 のんびりとした口調で彼が言うので、宗一もそれ以上何も言えなかった。ただひったくり騒ぎの行く末が気になる衝動は抑えきれず、「ちょっと見てきます」と堪らず診療所を出た。俊駕も面白そうだったので後を追う。
 玄関を出るとすぐ目の前に騒いでいた女性を見つけた。野次馬は上から見た時ほど多くなかった。確かに警察へは誰かが呼びに行っていたらしく、しばらくすると何人か制服を着た男と、その先頭に私服の男が走ってきた。一番前を走るのが通報者だろう。まだ若い青年だった。
「貴女ですか、ひったくりに遭ったというのは?」
「そう、そうです! 鞄ごと持ってかれたんですの! お金はそれほどなかったんですけど、鞄の中には家の鍵も入ってるんですの!」
「それは気の毒に。それで犯人の顔は見ましたか?」
「ええ、ええ、ばっちり見ました。目は尖っててキツイ感じでした。鼻は高くて口は少し小さくて、顔全体が長かった気がします」
 女性は興奮気味に思いつく限りの特徴を話し初めた。
「やけに詳しいな、あのオバサン」
「……そういえばそうですね」
 普通、ひったくり犯の顔を詳細に述べることができる被害者は少ない。どれほど洞察力のある人間でも、一瞬の犯行では何が起こったかを認識するのに時間がかかり、相手を見る余裕などないはずだ。まして一般の女性ならなおさらだ。
 しかしだからと言って被害者と名乗る彼女を怪しんでも、そこから生まれる彼女へのメリットは見当たらない。
「とにかくここまでだな。さっさと朝飯食おうぜ」
「ええ……」