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異邦人
会場の中心に小太りの男が立つ。白い生地に派手な模様があしらわれているワンピースのような、モロッコの民族衣装にも似た、この国の正装らしい衣服を着た男で、しきりに片手を喉に当てている。 「えー、無事にお集まりいただきました皆様。只今よりハーバンの月際最終イベント、及び本日の第一のメインイベントの開催を宣言いたします」 男が言い終えると途端に客席から盛大な歓声が上がる。男はその盛り上がりに満足そうに頷き、コホン、と大袈裟な咳をする。それが合図であったかのように、観客達は歓声の声を止め、男に視線を戻した。 「では決勝まで勝ち抜いてきた二組の紹介をいたしましょう。東の神、タルビアを背に登場いたしますのが、前回優勝チームを打ち負かした今大会勝最有力候補、マイティ・ユリウス・ミレイ・ルースチームです!」 再び観客から歓声が沸き起こる。小柄なミレイを先頭に4人が男の隣に立つ。 「さて西の神、ハービアを背に登場いたしますのは、初参戦ながら見事な勝利を収め、彗星の如く我々に脅威を抱かせる謎の一行、ソーイチ・トウヤ・ユキジ・シュンガチームです!」 今度は地鳴りのような雄たけびやら女性の黄色い声援が入り混じる。桃耶を先頭に男の隣まで行く間、その眺めは異様過ぎて、一瞬ここがどこか分からなくなりそうだった。雪慈でさえ圧倒されつつある中、桃耶だけはこういう楽しい雰囲気をそのまま楽しめていた。 「では決勝戦を行う前の宣誓を」 男はまずミレイへと視線を移した。ミレイは右腕を前へ突き出し、手の甲を男に見せる。 「東の神、戦の守護神、タルビアの名の下に、ここに何偽りなく戦い抜くことを誓います」 言い終えたミレイは続きを促すように宗一に目を向けた。こういう役目は宗一が適任だと判断した彼女によって教えられたセリフを思い出しながら、宗一も右腕を前へ突き出し、手の甲を男に見せる。 「西の神、勝利の女神、ハービアの名の下に、ここに何偽りなく戦い抜くことを誓います」 宗一が言い終えるのと同時に男は勢いよく喉を摩っていた方とは逆の腕を振り上げ、叫んだ。 「ここに今、両者の宣誓を受け入れ、全霊の神、ハーブスの名の下に、最後の戦いを始めます!」 客席に座る全ての人間が最高潮の叫び声を上げ、いよいよ決勝戦が始まった。 まず舞台に立ったのは少し汚れた時空守護官の制服に身を包んだ桃耶と、昨日と同じゆったりとした微笑を見せるマイティだ。 「姉の時と同じ、本気モードですか。嬉しいですね」 「まさか姉弟(きょうだい)の相手をするとは、いやはや拙者も思ってなかったでござる」 からからと笑う桃耶は至極楽しそうだ。いやこの笑顔はこの会場に着いた時から変わらない。 マイティは雪慈と対戦できずに残念だな、と思いつつも、“あの”姉を負かした桃耶と当たるのも何かの縁だと思う。こういう縁をハーバンでは「運命」と呼んだりするのだろう。自分の実力を測る時がとうとうやってきたのだ。 マイティは余裕のあるゆったりとした笑みを浮かべながら桃耶を観察した。 それと同じように桃耶も隠す事無くじっとマイティを見詰める。 「マイティ殿はチャオ族のあの衣裳ではごさらぬのか?」 「生憎俺はチャオ族を捨てた身でね。」 「そうでござるか。」 桃耶が頷きながら言うと主審が二人の間に進み出る。二人の顔を交互に見渡して、主審は短く叫んだ。 「始め!」 マイティは笑みを崩さぬまま腰に下げていた剣を抜く。それはマイティに似合った静かな豪華さを持つ優美な線を描く細い剣だった。三日月 のように曲がった刀身には様々な模様が描かれている。 それに対して桃耶が刀を抜く気配は無かった。しかし刀を下げて出ていると云う事は抜く気はあると云う事だろう。刀の重みでさえ、足手纏いになる。 二人は静かに見詰め合ったまま動かなかった。 直ぐに攻撃して来たティアとは違い、マイティはじっと期を待っている。姉弟と言えども対照的な戦いをするのだろう。 が、マイティが作り桃耶が守った沈黙は呆気なく第三者に破られた。 「まーくん!負けたら許さないからね!」 「・・・姉さん。」 果たして、マイティの呆れたような声がティアに届いただろうか。それ以前に桃耶にしか聞こえていなかったかもしれぬ。 「負けたら殺るからね!」 「・・・。」 桃耶にその時のマイティの表情が理解出来ただろうか。ただ言えるのは、勝たねばならないと云う決意。 マイティは一歩踏み出した。そして剣を握ったまま右肩を大きく引き奇妙な格好をする。見た事の無い構えだ。 桃耶は嬉しくなってマイティが何かするのを待った。マイティが行動してから避ける自信はある。 が。 「レイス。」 マイティの剣の模様が鋭い金色に光ったかと思うと、桃耶の真上から金色の稲妻が降って来た。 「ネイア!」 桃耶が避けると其処にはマイティがいて稲妻の中に蹴り返される。避ける暇も無い攻撃に一旦は甘んじ、桃耶は稲妻から身を避ける事に集中した。 間一髪で避けると其処には湖のような水溜まりが待っていた。会場に湖等無かった筈だ。 その湖の真ん中では水色に模様が光っている剣をマイティが地に突き立てている。 いつの間に呪文を唱えたのか。 桃耶は湖に落ちないように踏ん張った。何とかブーツの踵は湖に漬かったものの落ちないで済む。 と。 「レイス。」 またあの呪文を、マイティが静かに呟いた。 剣から生み出された雷は水を伝い、桃耶へと攻撃を仕掛ける。ブーツのお陰で電気を防げたと思ったのも束の間。 「メヌラス?」 電気を孕んだ水が大きく波打ち、桃耶を襲った。 「桃耶!」 俊駕は用意されていた選手席から身を乗り出して水に飲まれる桃耶を凝視した。それは宗一も同じである。雪慈でさえ神妙な顔をして桃耶の安否を伺っていた。 「雪慈さん、治せますよね?」 「度合いにもよる。」 黒焦げになったなら雪慈にも助けられない。その言葉にはそんな意味も含まれていた。 宗一は自分の鼓動が早くなるのを感じながら桃耶が水の中から浮かび上がって来るのを待つ。 普通の水なら未だしもあの水は電気を含んでいるのだ。早く浮かび上がって来なければ――。 と、水がマイティの剣に吸い寄せられるように引いた。後に残るのは俯せになっている桃耶ばかりである。 「桃耶さん!」 桃耶の指が微かに動いた。 「き、・・・着物じゃなくて良かったでござる。」 どうやら桃耶の着ている服は電気も防いでくれる便利な性能の持ち主らしい。 「それにしたって丈夫だね。」 「うむ。拙者は馬鹿だから常人より少し丈夫なのでござる。」 頭の出来と身体の作りに反比例の方程式でもあるのか。俊駕がそう思った時、桃耶が立ち上がってマイティに走り寄った。 「獣足、馬!」 「キャラヴェイ!」 桃耶の放った蹴りはマイティに防がれた。マイティ自身は何もしていないように見えたのに。 「何でござるか?」 「防御の初等魔法をちょっとアレンジして高等級に仕上げたんだよ。見えない防護壁ぐらいに思ってくれても良い。」 「拙者は、頭脳戦は苦手である。」 桃耶もマイティが頭脳戦を得意とするであろう事は見抜いていた。自称馬鹿の桃耶でもそれくらいなら分かる。 先程の攻撃も業と最初の雷を避けさせて水へ導いた。そして感電させる。桃耶のブーツが電気に耐性を持っている事は予想外だっただろうが。 そして言えるのが、頭脳戦を不得手とする桃耶にマイティは相性の悪い相手と云う事だ。ルースよりもユリウスよりも、ミレイよりも桃耶にとっては強敵である。 と、云う事で桃耶は無駄かもしれないが考えてみた。どうすればマイティを倒せるか。 どうも桃耶の放つ物理攻撃はキャラヴェイと云う術に跳ね返されるらしい。ならば術を発動させるまえに攻撃すれば良い。マイティの放つ術 は――。逃げるしかない。 「矢張り、拙者に難しい事は無理でござる。」 「考えは纏まらなかったの?」 どうやらマイティは桃耶が考え終わるまで待ってくれていたようだ。敵なのに親切な事である。じりじりと距離をとり、桃耶は間合いを開く。 『次にトウヤさんがするのは……』 「獣足――」 「キャラヴェイ」 と、静かに唱え正面に防護壁を築く。 「狸!」 「やっぱりね――!?」 マイティの思い込みはあっているので安心していたのにもかかわらず正面に倒れこんで、桃耶の方まで吹き飛ぶが、何とか倒れこむことはなく、踏みとどまり、彼は一瞬後ろと見る。 「う、後ろからだって?」 『この技、直線的なものじゃ……」 「いや、正面でござるよ」 桃耶の方に吹き飛んだが、彼がこんなに近いとまでは思っていなかったし、後ろを、いや、桃耶から目を一瞬でも離したことに後悔した。 「しまっ――」 「と、暴れ馬!!」 体にいくつもの蹴りが入り、今度は後ろに吹き飛んだ。 目を離したのも一瞬なら、また桃耶と離れたのも一瞬だった。 今度はまるで投げ出されるがままに地面と平行の態勢になり、地面につくなり摩擦を受けてごろごろとマイティは転がる。 昨日できたひそかなマイティファンは息を呑んだが、それ以外は大声の嵐であり、一番身近な審判、選手達は――戦闘に慣れていない、宗一と俊駕以外――は特に目を見開くことなく落ち着いてみていた。 「え、あの……」 宗一と俊駕は雪慈に目をやるが、 「昨日までの試合を見てなかったのか」 と、一蹴した。 「わかることは、まだ続くということだけだ」 そういって、彼らに目を向けることなくまっすぐ二人を見て、少し視界をぼかし、ユリウスをみた。 相手が気づいているかどうかまでは分からない。 そして、武舞台のほうで動きがあった。 「さっすが、姉さんに勝ったわけだ」 むくりとマイティは起き上がる。 「描いててよかった補助魔法」 一度大きく息をすい、はいた。 「トウヤさんの足って高等魔法並ですよね」 そういわれても、いったいどういう意味か分からず。どういう意味かと桃耶がたずねると、 「すごいってことですよ」 と答えた。それを聞いた桃耶は大きく笑って、ありがとうと簡単に済ませた。 「しかし、魔法というのは面白いでござるな、火、氷、水、土、刃、あとさっきの何かビリビリするもの。科学というものも面白かったが、こちらもなかなか」 「カガクって?」 そこである呪文を唱えると熱風が起こりマイティはそれを剣に巻きつけると切りかかってきた。上下に大振りのため、よけるのはたやすかったが。 「さあ? 拙者も良くは知らないでござる」 そして、よけながらけりを叩き込むがこちらもよけられる。 「でも、きっと魔法と似たようなものでござるよ」 「なんで、分からないのにそんなことがいえるの?」 そのまま桃耶のほうへ切り上げ、桃耶は体をそらして片足をその相手の切り上げてきたもち手の腕を押し上げ、もう片方の足でマイティのあごを蹴り上げようとする。 「どっちも原理が分からないからでござる、よ」 「ボクは桃耶さんが、魔法を使えないことが分からないですけどね」 彼は的確に自分のあごを狙ってくる足を、剣を自分へ近づけ柄で防いだ。 「キャラヴェイ」 「うい!?」 突然マイティの内側から防護壁が築かれ桃耶を吹き飛ばし、無理矢理間合いを取る。桃耶は態勢をもとに戻そうとするが、そこには先ほどの水があり、 「んっと、うわっ」 滑って転んだ。 「教授」 「んあ?」 ユタカが一人、大学食堂3階から2階で食事をしている生徒達をコーヒー飲みながら、ぼけっと覗いているときだった。ユタカは振り向かずに、 「質問かな?」 と、いつものように切り出した。 「あの、桃耶君は仕事忙しいんですか?」 「あ、君か」 剣道部の主将だと分かると彼は振り向いた。 「あいつ、もとの時代にかえったよ」 主将は目を見開いて、そして少し残念そうに。 「帰っちゃったんですか――」 「また、試合でもしようと思ったのか?」 「負けるのは分かってるんですけど、はい、機会があるなら何度でもやりたかったです」 「やっぱ、年下に負けるのは悔しいか」 桃耶と主将の試合を思い出して、苦笑し目を細める。ユタカ自身が一番年下なのに。 |