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異邦人
「いや、不思議と敗北感とか悔しさというのはないんですよ」 ふぅん。と、だんだんさめ始めてきたコーヒーを口にして、次の言葉を待った。 「桃耶君と試合をすると、自分が強くなった気がするんです」 「ん? 強く?」 「はい。その、なんていうか彼が楽しそうにすればするほど、自分の、いや、周りみんながいつも以上の力を出せるんです」 「へぇ。でもいくら人間離れした桃耶でもそんな超能力みたいなもんもってるわけねぇよ」 ユタカは自分が理系の科学者なのに超能力は信じているほうだ。 「ええ、まあ。でも確かめてみたかったんです」 「それは、残念だったなぁ」 「……はい」 ユタカはまた、ぼけっと階下を見下ろした。 「かっかっか。転んでしまった」 そのとき、マイティは自分の体に違和感を感じ始めていた。審判も何か感じたのか自分の手のひらをじっと見ている。 「全くもって面白い。ん、どうかしたでござるか?」 マイティは剣を持ってないほうの手のひらを握ったり開いたりしている。桃耶は不思議がってゆっくりと立ち上がり、マイティに近づいて彼の隣に立ってにこにこしてマイティの手のひらを見る。 「虫でも飛んでおったでござるか?」 桃耶が話し出すまで自分の隣にいるということに気がつかず、マイティは驚いて――そのときにはもう、桃耶は距離をとっていたが――狙いを定めて“ファイヤーガン”を唱えた。 「おぉ。龍でござるな!?」 大きな火の龍がマイティの手の平からほどばしり、桃耶を襲うものの彼は横へ動いてよけてみせた。その龍はそのまま直進し観客席の防護壁に当たって霧消する。会場はそのあまりにも大きな龍だったため一瞬静まり返り、選手席も静かだった。 「あいつ、なにやってるんだ」 ぼそりとユリウスがはいたころにはまた観客は激しい歓声を出していた。 「いくらとっさでも上級魔法は使っちゃだめでしょう」 ルースも同意し、その発言から一呼吸置いた後審判が上級魔法を発動させたためにマイティに警告を下した。 「決勝で警告を出すとは思ってなかったよ」 審判はひどく残念な顔をしてマイティを見た。 「別に拙者はかまわんでござるのに」 審判は規則だからと簡単に話を打ち切り開始を唱える。しかし、一番驚いているのは、片方の選手席の2人とマイティの3人であった。 「一体――」 「まあまあ、気にせずに楽しもうではないか」 桃耶がしゃべればしゃべるほど、自分の体の中の違和感が上がる。やはり、同時に審判も同じ気持ちであった。 『でも、なんだろう? 急に力がどんどんあふれてくる……もしかして』 「ほかにはどんなのを出すのか、すっごく楽しみでござる」 桃耶はいつでも刀を抜けるよう、左手を刀にそえたまま右足を前に出し半身で構え、白い歯を見せて笑う。まだ彼の中での違和感が上がり自分なりに仮説を立てたあと、彼の選手席をみる。どうやら桃耶は魔法を見たいがために何もしないようだ。 「ルース、次よろしく。それと……姉さん、ごめん」 「――は?」 「多分、ボク、反則負けになるから」 「なにいってんの?」 「ははっ、戻ったら話すよ」 ルースの言葉を待たず桃耶に視線を戻す。 「反則? なら、抑えた魔法を使えばよいではないか。拙者はどんなものでも面白いでござるよ?」 「ん〜。こっちも楽しいからやめたくないけど、押さえが利かなくなりそうで。なんだかんだいってルースのほうが魔法制御うまいし」 「ふぅむ」 桃耶が考えようとしたがマイティはその隙を与えてはくれなかった。 「アイスポーン!」 本当ならこの呪文はこぶし大の無数の氷が敵に襲うはずなのだが、普段のアイスポーンより四倍は多く出ていているのに、氷出現のタイムラグが異様に少なかった。 「おおおぉぉ!! すごい数の氷でござるな」 『ぼ、僕もびっくりですよ』 そして、桃耶を襲い始めたがその速さも今までの比ではなかった。 「き、君。反則だ」 審判はその氷の数に驚き警告をし忘れていたがもう遅かった。桃耶は待っていましたとでも言うように右手を柄にやる。 「枝垂れ狐」 襲ってくる氷は桃耶の額と左わき腹の2箇所を確実に猛打したが、それ以外はまるで氷が彼を通り抜けているようにみえ、通り抜けた後は――おそらく見えたのはごく一部であるが――一つ一つ4分割されていた。刀はもう納まっており、すり抜けた氷は溶け始めている。 「君はいったいどういうつもりかね? 弱い呪文を唱え強い魔法を出すとは。そういうだましは――」 「審判さん、ちょっと」 審判の抗議を聞かずにマイティは耳打ちすると、まさかと小声でいいながら審判席へ走っていき、マイティは選手席へ、そして審判に促され頭から血を流している桃耶も一時選手席へ戻っていった。 「ルース、実――イタ!」 「ま、ぁ、く、ん〜〜」 ティアは今にも髪の毛が逆立ちしそうなくらい怒っている。 「姉さん、話が終わってからにしてよぉ」 彼女が何故選手席に同席しているのかはわからなかったが、みんな大して気にすることはなく、まだ怒りが収まらないようでどっかりと座り込み足を組んだ。 「で、何?」 「桃耶さんも特殊能力をもってるんだ」 「まあ、魔法が使えない時点で特殊だと思うが」 ティアは彼が魔法を使えないのを初めて聞いた。 「うん。で、その能力なんだけど、どういったらいいかなぁ」 ぶつぶつと独り言のあと、切り出した。 「本人が楽しければ楽しいほど、周りの人のあらゆる能力を向上させる能力って言ったら良いかな」 「――なんだって? もう一度いってくれ」 十分彼の言葉を聞き取った後、聞き間違いではないかともう一度せがむルース。 「あー、周りの人の力を向上してしまう能力」 「楽しければ楽しいほど?」 「ココロが高ぶるほどって言ったほうが良いかも知れない」 「あー、待って、頭の中で整理するから」 言葉の意味を理解しているものの、納得ができていないらしく頭の中を整理しだした。 「マイティ、それ本当なの?」 ミレイも不思議そうに聞く。 「うん。しかも、その高ぶり、楽しさは一定距離内の人全員に影響するんだ、だから審判さんも影響を受けていたよ」 「でも、その能力って――」 「本人、すっごく損しねぇ?」 ミレイの発言に代わりルースが言った。 「周りの人の能力向上なんて、自分の敵をどんどん強くするだけじゃん」 「でも本当だよ。じゃなきゃ詠唱と放出を間違えるわけないもん。ルース、気をつけてね、さっきも言ったけど桃耶さんの近くにいると一種の興奮状態になって、抑えようとしてもとっても難しいんだ」 「……嘘、じゃあないよなぁ」 「まあ、だまされたと思って」 ポンポンと軽く肩を叩いて交代の合図だ。ルースは「よしっ」と声を上げて気合を入れると、桃耶の前に進み出た。審判が片手を上げて、2回戦の開始だ。 桃耶との対戦は体力勝負だとばかり思っていたが、ここに来て己の能力のコントロールが最優先になるとは。いや、これも一種の体力勝負だろう。力を放出するのは赤ん坊でもできる。それを如何に抑えられるか。マイティはそれに失敗したのだ。 ……。ん? ふと考え出したルースに桃耶は小首を傾げた。 「どうしたでござるか」 「いや、なんでもない。さっさと始めるか」 すっと手にした鞘から剣を引き抜く。桃耶はまだ腰に差したまま手にする気配を見せない。 マイティの構えが特殊なものなら、ルースが構えた姿勢は至って普通の、むしろやる気があるのかと疑うほど平凡なものだった。体を横向きにし、剣と顔だけが桃耶に向けられている。片方の腕は下がったままで、足もほぼ棒立ち状態だ。そこから機敏な動きができるとは到底思えないものだった。 だが桃耶はマイティの時と同様、嬉々としてルースの出方を待った。構えこそ隙だらけに見えるが、鍛え抜かれた者ならば彼の真っ直ぐな目を見ればそこに微塵の隙もないことが分かる。 「来ないのか、トウヤ?」 ルースは内心引きつった笑みを隠すように声をかけた。確かに桃耶は今を楽しんでいるようで、意識してみるとこうして立っているだけで内側の力がフツフツと湧き上がってくる感覚に襲われる。これを抑えるのは至難の業なのかもしれない。だがマイティがそう簡単に己の暴走を止められなかったのかは疑問だ。むしろ自分に信じさせるがために敢えて暴走させたと考える方が納得できる。「反則で負けるかも」と宣告していたのを考えれば尚更だ。彼は強く自分の力を抑える気はなかったに違いない。 とすれば、ここで負けるわけにはいかない。決して。優勝するためには3回勝利をする必要があり、もう後がないのだ。 「出方を見るのも重要でござるが、先手必勝という言葉があるのも確かでござる!」 言うや否や、桃耶は「猪!」と叫びながら足を動かした。一瞬にして彼の姿は観客の視界から消え、同時に砂埃が巻き起こった。だが聞こえるはずの鈍い音や、あるいは激突する音は一向に聞こえず、静かに黄色くなった視界が開けていく。 「狸!」 「ファイヤーガン!」 薄らいだ埃の中からまた新たな白い煙が巻き起こった。無数に現れた火の玉がある一点目掛けて勢いよく放たれたかと思えば違う場所で殴りあう音が響く。二人の姿は一番間近にいるはずの審判にも視覚的に捉えることはできないでいた。審判自身、自分の身の危険を感じざるを得ない状況であることだけが明確だ。 「あちぃ! アツッ熱いでござるぅ!」 突然桃耶の悲鳴にも似た素っ頓狂な声が聞こえた。どうやら先ほどのルースの攻撃の一部をまともに食らってしまったようだ。だが未だ立ちこめる煙のせいで二人の姿どころか審判がどこにいるのかさえ分からない。そもそも壇上さえよく見えないのだ。 「ボルトガン!」 「兎っ!」 「イテッ」 「あちちちっ! まだ点いてるでござるよ!」 「うわっちょっまてっ、近寄るな!」 「だったら消してほしいでござる!」 「アタッ、やめろ、無理!」 「どうしてでござっわわっ、ひどいでござる!」 「ったりめぇだ、バカ!」 会話だけが聞こえてくる会場内は静まり返っていた。 「何、このアホらしい会話……」 まるで子供の喧嘩のようなそれは、今が大事に決勝戦であることを忘れているような内容だ。ぼそりと呟いたミレイの言葉に、ユリウスまでもが笑いそうになってしまう。 視界が広がりそうになるたびに新しい攻撃によって再び煙で隠される。それが幾度も続いて、聴覚や嗅覚でしか試合を見れない状態になってしまっている。しかも聞こえてくる唯一の会話がまるでお笑いなのだ。呆れるなと言う方が無理な話である。 「だけどちゃんと力の制御はできてるみたいだよ、ルース。さすがだな」 マイティの冷静な分析にミレイは頬を膨らませる。 一方俊駕たちはハラハラとしながらこの会話を聞いていた。雪慈だけは呆れた表情を隠しきれていなかったが。 「わざとらしすぎる」 「何がですか、雪慈さん」 吐き捨てるように呟いた雪慈のセリフを宗一が聞き逃すはずがなかった。 「煙だ。視界を遮って隠している」 眉をひそめて怪訝な顔をする彼に、宗一は首をかしげた。 「故意にそうしているってことですか? なぜそんなことを」 「知らん」 「……」 一言で済まされて宗一は肩を落とした。俊駕が気遣うように彼の肩を叩いて慰める。 煙を故意に出しているのは間違いなくルースだ。あの少年の魂胆など己が知るはずがない。雪慈はそう思いながらも一つの可能性を見出してはいた。理由は何であれ隠したいことの一つは具体的な攻撃内容だろう。これでは審判にも視界的な状況判断はまず無理だ。圧倒的に視界からの情報量が世界を占める中で、それを隠したいとなれば見られては困るような攻撃を出すための煙なのは確かだ。それが何なのかは雪慈が想像できるはずもない。所詮ここは魔法という未知なる物が存在する異世界で、雪慈の観念から導き出されるような範囲を超えている。 しかし明らかなことは一つ。視界が開けた時は、勝負が決まった時であるということだけだ。 「痛ッ!足の小指踏まれた!」 「拙者の頭に肘が当たったでござるよ!」 |