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異邦人
「ぶっ!何処触ってんだ!」 「知らぬでござる!」 観客が興醒めしてしまう阿呆らしい会話はまだまだ続く。ミ レイは青筋を浮かばせており、ルースが此処にいたならば間違いなく殴っていただろう。 「ぎゃ!髪は止めるでござる!」 「その前にその手を離せ!」 「・・・。」 「・・・。」 「・・・。」 客席だけではなく選手席まで煙に包まれた二人に冷たい視線 を送っていた。その中でも一番不機嫌そうなのはミレイだ。 マイティに至ってはティアに首を締められてだらんと口を開 けて気絶しそうにある。 本人達もいつもと違って楽しそうな気配はないし、このまま では会場の熱気が冷める一方だ。昨日とは違い、段々の白けてきている。 この白けた雰囲気をどうにかしてくれるのかと煙が薄れてく れば、また爆音が響いて煙は一層濃くなる。土煙を吸い込んだのか、ルースの噎せる声が聞こえて来た。 「馬鹿。」 誰が言ったのかは定かでないが、間違いなく皆の心を表して いた。 こんな時に足を踏まれた何処が当たった等と言っている場合 でない。それ以前に自分で出した土煙に噎せる等言語道断だ。 ――だが事態は急変する。 一瞬、二人の痴話喧嘩が止まったかと思うと全ての攻撃が止 まった。ルースは土煙を立てる事を止めゆっくりと、煙は宙に拡散し視界が色を帯びる。 薄れた煙の先ではルースが桃耶に向かって手を伸ばしていた 。桃耶は苦しそうに首を押さえながら蹲っている。 「桃耶!?」 「やっぱり力の加減は難しいや。」 頬を膨らませながらルースは呟いた。 ルースが桃耶と戦うに至って気を付けた事。それは“桃耶を 楽しませない”事だった。 だがルースとて祭りは楽しみたい方なので不服ではあったが 勝つ為には仕方が無い。学費は重いのである。 桃耶を楽しませないにはどうしたら良いのかルースは悩んだ が、ルースは自分も桃耶も単純だと云う点に目を付ける。相手も自分も単純なら自分がされて楽しくない事を相手にすれば良い。視界を遮ってしまえば良いのだ。攻撃が制限されるから桃耶も楽しくないだろう。土煙なら自分の攻撃も隠せて一石二鳥だ。 そうやってルースは久々に頭を捻ったのだ。悪知恵だけなら 突っ張っていた時代に培った。 それでルースが選んだ桃耶への攻撃はと云うと。ミレイに言 えば殴られるだろう。それだけ力の配分が難しく、暴走させられないのだから。 「ルース殿。これは一体何でござるか。」 桃耶はさも不思議そうにルースを見上げた。ルースは桃耶の 目線に合わせて膝を曲げる。 「俺さ、とんでもない悪ガキだったんだよ。その時代の悪戯の アレンジかな?」 「あれんじ・・・?」 「そう。最初は学校に来る教師を休ませたかったんだ。だから ――」 ルースは座ったままで桃耶の胸を指で突っ突く。 「俺は風邪をひかせる魔法を思い付いたんだ。それの応用編。 」 「拙者の頭が悪いのか――。ルース殿がこんな事をする理由が 思い付かぬでござる。」 桃耶は立ち上がる。 「祭りは楽しまねば損でござろう?」 「こっちにも事情ってもんが――」 そう言いながらもルースは迷った。ルースにも楽しみたいと 云う気持ちは十分にある。 一瞬考えてみたが、どう見ても今はこっちが一敗しているのだから勝ちを重視していきたいのも事実。 「……ま、どう見たってこっちの方が不利だろ? そっちはまだ3人もいるんだから、勝たせてくれよ」 ふぅ、とルースが小さく勝利を実感する。 「コレ、結構難しいんだぜ?」 立ち上がりうずくまっている桃耶に指を挿して言っているのはどうやら魔法の事であろう。 「――う、あ」 「効いてきたか。早くギヴしちゃいな、解いてやるから。耐えられないだろう?」 「な、何の魔法でござるか」 周りは遠目から勝負が決まったと判断したのか、静かにその場を見ている。そのせいか、宗一たちははっきりと聞き取れた。 「体温を3度強挙げる魔法」 周りは呪文を聞いていなかったが、審判は十分な距離にいたため聞き取れたらしい。 「なんだって!?」 宗一は思わず選手席から武舞台へ飛び出したし、ミレイも少なからず驚いている。そして、宗一は副審たちに止められる。 「ルースさん、自分が何をやっているかわかっているんですか?」 「だから言ってるだろ。早くギヴすれば解いてやるって」 雪慈の時と一緒であるのが俊駕はすぐに分かった。 「さて、桃耶。はや――」 もし、ひやりとするものが殺気であるならば、この感じは何なんだろうか。ルースは即座に距離をとる。 「おいおい」 桃耶はゆっくりと立ち上がり、宗一に背を向けた状態で、 「宗一殿」 「……」 「もうすこし、戦わせて欲しいでござる」 彼はゆっくりと刀を引き抜いた。 しぶしぶ席に戻った宗一とじわりと汗をかいている俊駕は一度、その刀を見たことがあるが、以前見たときとは全く違うもののように見えた。持ち主が違うとこうも違うのかと思わせるほどに。相手も少なからず息を呑んでいるようだ。 外形はマイティがもっている曲刀と似ているが、模様なんてものは施してはおらず、白と黒がはっきりと分かれたものであった。いざ引き抜いてみると鞘に収まっている時より幾分か長く見えたのは鞘の太さがなくなったからであろう。 「それが桃耶のか?」 「うむ」 桃耶は正眼に構える。 「使うのは、当然、峰、でござるがな」 それから先の二人の戦いは今大会で一番武術大会というものにふさわしい戦いであった。魔法は使わず、互いの剣のみで戦っていた。その戦いは明らかにルースが押していたのだが、マイティたちにとっては不可解なもの以外の何者でもなかった。そう、ルースが一度も魔法を使っていないことと、桃耶が高熱であるのにもかかわらず相手を軽くなぎってしまうほどの力を出していることである。 「つぇあ」 その理由はユリウスたちに限り理解ができた。押していたルースが一瞬の隙をつかれ桃耶の一閃に吹き飛ばされ壁に当たり、一呼吸の間があったときだ。 「――わらってる」 俊駕がそういうと、宗一も不思議でしょうがなかった。相手選手席では、ルースが魔法を使えない理由が理解できていた。 「もしかしてルース、魔力が上がりすぎて制御できなくなってる?」 桃耶はふらつきながらも相手をしっかりと見て、口の端は上がり確かに笑っていた。それはめり込んだ壁から出てくるルースが一番疑問に思っていた。彼もまた体の周囲に何かを施してあるのかダメージは少ない。 『おかしい、立ってられないほどの高熱なんだぞ? どこにこんな力があるんだ? なんで笑ってんだよ。こっちの力だってどんどん上がる』 普段のルースなら出せない速度も今ならゆうに出せている。また、剣を交え、火花を散らす。 『なるほど、めまいはひどくなる一方でござるな。ユタカがいっていたとおり力はうまく出ぬし、寒いでござる。これが寒気と申すものか』 また、ルースの力が上昇し、抑えるために神経をすり減らす。 『かっかっか。初めて風邪を引いた。いや、風邪のようなものになっ――』 「おぐぅ」 ルースの蹴りが鳩尾に入る。どうやら彼の足にも何かかけているようで、重く体の芯に響く。 『雪慈殿の為にルース殿の体力を減らそうと思ったが、そうも、ゆ、かぬのう』 桃耶に初めて弱気とも取れる思いが頭を過ぎる。 だが楽しめないまま終わるのは嫌だ。桃耶は残りの力を振り絞って足を踏み込んだ。 「っち」 ルースは思わず舌打ちした。どうして桃耶は笑っていられるのだろう。溜め込んでいる内側のエネルギーはどんどん増していくばかりだ。ここで魔法を使ってしまえば間違いなく制御できなくなる。 ――少しだけなら大丈夫だろうか…。 刀と剣の刃先が何度も交わりながら火花を散らす。それは静寂の中に包まれた戦いで、会場内は息を呑むことも忘れているかのようだった。これほどまで静かな大会はなかったかもしれない。 ルースの力を尽かす前に己の体力の限界はとっくに過ぎていた。 『い、いかんでござる』 手先が震えているのに気づいた。末期症状だ。 「くっ」 桃耶は思い切り腕を振り上げた。 足に力を入れてスピードを上げるつもりでいた。 確かにそうしようと体勢を変えた。 その瞬間。 「!」 カンッという甲高い金属音が会場に響き、刀が弾かれた。 桃耶の喉元にルースの刃先が迫る。 「そこまで!」 審判の声を聞くと桃耶は少し笑って、意識を飛ばした。 桃耶が倒れてルースは初めて肩の力を落とせた。 次に上がってきたのは当然のように振舞う雪慈だった。ルースは桃耶とは別の意味で緊張する。何せ昨日の戦いで彼は対戦相手を死のギリギリまで追いやっているのだ。桃耶以上に生半可で戦える相手ではない。 審判の始めの合図と共に雪慈が動き出す。そのスピードはなるほど、桃耶のものと匹敵する速さだ。 「ファイヤーガン!」 火の玉を自分の周りに放つ。円状に飛び散った丸い火はどこに当たるでもなく消えていった。雪慈の速さに魔法がついていっていないことは明らかだった。ルースはそれを確かめるとようやく本当に楽しめる試合になったと嬉しく思う。自然と笑みがこぼれた。 ……さて、どうしようか。 魔法を中心とした今までの戦いに、剣を中心に魔法を補助と した戦い。先程のような悪知恵を絞った戦い。 だが、次の瞬間にはそんな考えは吹き飛んでいた。捕らえて いたと思った雪慈の動きがルースの目の前から消えたのだ。 雪慈の姿を探して辺りを見渡すと雪慈の恐ろしく整った顔が 目の前に在る。ルースは反射的に剣を出して雪慈の攻撃を逸らしたが、肩に雪慈の蹴りを受けてしまった。ルースが痛みに肩を押さえると雪慈が距離を置いて立つ。 「どうした?先程の魔法でも使え。」 怒っているのだろうか。ルースもあの手は少し卑怯だったと 思う。だから雪慈が怒っているのだろうか。 だが、違った。 「あれしきの術、私に通用するとは思えぬがな。」 ――よく、身の毛も逆立つような思い、と言うがやっとその 意味が分かったような気がする。 雪慈は怒っている訳ではない。だからと云って桃耶のように 楽しんでいる訳ではない。 ルースの本能が告げているのだ。危ない、危険だ、と。 「どうした?」 「どーしたもこーしたも。俺は今、凄く辛いです。」 「ならばユリウスと代われ。」 「でも、強い相手と戦えて嬉しいのも真実です。」 ルースは高く剣を持ち上げた。 「インパルス!」 すると空で集まった雷が龍のように雪慈目掛けて降りて来た 。だがその龍は、雪慈に当たる直前で起動を変える。 「やっぱ駄目?」 不安そうに問うルースをミレイが怒鳴りつけた。 「雪慈様の顔に傷が付いたらどうしてくれるの!?」 「ルース君何にも聞こえなぁい。」 ルースは軽口を叩きながらも雪慈の拳を避けた。しかし頬に 掠り小さな痕が残る。桃耶との戦いが無かったら危なかっただろう。 人外の者と戦うのはとてつもなく危険だし、恐ろしい。なの にこんなにも自分の胸が弾んでいるのは何故だろう。そう思うとルースは少し桃耶が気の毒になった。 ルースは次に飛んで来た雪慈の膝蹴りを剣で受け止める。こ のままでは防戦一方になるのは目に見えていた。 「凄く足が上がるんですね。」 「だったら何だ?」 会話で気を緩ませてくれる相手ではないらしい。ルースは次 の攻撃が来る前に転がるようにして雪慈から距離を置いた。 「ボルトガン!」 雪慈はルースの放った魔法を見ていた。まるでその閃光の煌 めきが綺麗だとでも言うように。だが雪慈はボルトガンから逃げるだろう。 「ファイヤーガン。」 ルースは出鱈目に無数のファイヤーガンを放った。下手な鉄 砲数撃ちゃ当たる。どれか一つくらいボルトガンを避けた雪慈に当たるのではないかと思ったからだ。 だが雪慈はボルトガンから避ける気配を見せない。ボルトガ ンが目の前に来ると雪慈は消える。 かと思えば低く腰を落としただけで、ボルトガンは雪慈の頭 の上を通り抜けて行った。その瞬間ルースは構える。予測した通り、雪慈がルースに走り寄った。 |