異邦人
「えっと・・・」
 ルースは何か呪文を唱えようとしたが間に合わず、咄嗟に腹 を庇って身を丸めた。容赦ない雪慈の蹴りが腹に入る。重い。
 少し泣きそうになったがルースは我慢した。笑可しくなりそ うな呼吸も無理に整える。整えたは良いが、苦しかった。
「もう終わりか?」
「此処で終わったら自分に納得出来ないよ。」
「仕掛けて来い。」
 本来なら胸を借りるつもりで、と言いたい。だがルースの後 に残っているのはユリウスだけなのだ。
 雪慈さえ倒せれば、と思っている節はある。残りが雑魚だと 言いたいのではない。ユリウスが強いのだ。
 だから負けるにしても出来るだけユリウスに有利に働くよう にしなければ。
「ボルトガン!」
 何回も同じ言葉を叫び、ルースは雪慈とは明後日の方向に魔 法を放つ。桃耶の時のように土煙が立っていた。
 同じ事をするつもり、と思っている観客も沢山いるだろう。
 だが、違う。
「ほぅ。」
 土煙が晴れ、雪慈の嬉しそうな声が聞こえた時にはルースと 雪慈の立っている場所以外、地面にクレーターが出来たり盛り 上がったり、目茶苦茶になっていた。
 嬉しそうな声を上げた、と云う事は雪慈はルースのしたかっ た事を理解したのだろうか。
 ルースは雪慈の足元もう一発ファイヤーガンを放ち、土煙を 立てると近くの盛り上がった土の影に隠れた。こう云った地形 を作れば、奇襲攻撃と云う選択も出来るようになる。
「只じゃ終らないよ。」
 ルースはにんまりと笑って、抜いている剣に向かって呪文を 唱えた。
 隠れられる場所もあるし、魔力を増幅してくれる剣もある。 何かが上手くいく気がした。
「兵法、か」
 ぽそりと言葉を吐いた。兵法というものは争いがあるところでは必ず存在するという事は、雪慈の世界、桃耶の世界、そしてこの世界で立証された。そうだ、やはり少しでも勝利へ導きたいのであれば必要になる。雪慈は思い出さずにはいられなかった。そう、雪慈の村を襲った時の奇襲も兵法のうちになる。奇襲をしたからといって、どちらが卑怯でおろかだったかという事を明確に判断するのはできない。
「この状況は私にとっても好都合かもしれない」
 ルースの気配は確実に迫ってきているが相手は集中しているため、聞こえる事は無い。
 雪慈は今の自分の顔が間違いなく、自分の世界で起こったことを思い出したために、悲痛や怒りの表情をしている顔しているのだろう。
 少し力を入れ、土煙をもう少し持続させるよう努める。
「ルース、音は消しているかもしれないが気配が消しきれていないぞ」
 雪慈が気配を消し、ルースの目の前に現れる。その時、ルースは雪慈の表情を見て、彼は目を細める。二日間彼の表情を見ていたルースだが、大抵ユリウスに似た無愛想、無感情なもので、今日は幾分か生きた表情が生まれてきたものの、大きく現れるようなものではなかった。昨日の対戦者を死なせかけた時とも今の顔は違っていた。
 無愛想、無感情な顔である事には間違いないが、彼の瞳の中は酷く冷たく、気配も感じ取れなかったのに、いざ目の前に現れてみると体躯が大きく見えてしょうがなかった。桃耶と雪慈が朝と夜でたとえるならば、先ほどの朝日が眩しすぎたため余計に月夜が暗く、冷たいものに見えたのかもしれない。
 思わず剣でモンスターを倒す時のように切り付けてしまうが、雪慈は白い腕でそのまま受け止めるも刃物を受け付けない強固な鎧をまとっているかのように、傷一つ付いていなかった。
「私はそんなに恐ろしい顔をしているか」
 雪慈は言った。
「私がそんなに怖いか」
「ど、どうしてですか?」
「お前の顔を真正面から見ているのだが? それに剣の鈍りがここに出ているではないか」
「気配はありませんでしたが、恐ろしいほどの殺気を放っています」
 そのままの態勢で煙が徐々に晴れていく。
「――そうか」
 彼はゆっくり息をはくと同時にその殺気もなくなり、瞳も生気を取り戻してく。
『人間じゃないって言ってたけど、10代や20代で出せる表情じゃない』
 そしてすばやく雪慈と距離を置く。
『――三日しかたっていない。人間に対する憎悪が消えてないのがまだ救いか』
 選手席へ視線を移し、また違う感情が出てくる。
『この世界へ来ても人間に悩むか――』
 雪慈が視線を宗一たち選手席に移すのに釣られてルースもそこへ眼をやるがそこには俊駕しかいない。
「――あ」
 そしてルースは気づいた。
「魔法、解いてないや」
 同時にタイムを取ろうとするが、
「ルース」
 マイティが呼ぶ。
「ミレイからの伝言」
 マイティたちの席もいくらか空きが目立っていた。
「私を無視した罰で、桃耶さんの魔法解除してくる間私の回復魔法に頼らずにがんばりなさい。だってぇ」
「……」
 一呼吸おいた雪慈の攻撃を紙一重で交わす。
「ル、ルース君何もきこえなぁい」
 どうやら、もし審判が判断を下したときの回復補佐はちょっぴり帰ってこないらしく、彼はコレも聞こえないように努めた。
「聞こえているではないか」
 雪慈はその会話を真摯に反応した。



「どうして、すぐにギヴアップをやめなかったんですか!!」
 その声色は雪慈が初めに犯した試合の時のように荒げていた。医務室でミレイが魔法を解除したとたん、宗一が彼女を押しのけたことにはミレイも驚きを隠せなかったが、自分が言おうとしていたことを彼が代返していたので特に会話を静止したりするということはなく、彼女は少し桃耶と距離を置いて無言で立っているティアの隣に並んで彼らのやり取りと見ていた。
「体温が3度上昇するってことがどれだけつらいことかはすぐにわかったでしょう!!」
 まだ、彼は会話をやめる気はなさそうである。
「やっぱり、普段静かそうな人って怒るとたいていああなるわよね」
「昨日もあんな感じで、私はトウヤを殴ったのよ」
「――昨日って、プライドのことですか?」
 そうそうと言って、ティアは宗一が桃耶をしかっている合間を縫ってミレイだけに聞こえるように小声で話し出した。そして、話し終わった後、ミレイは桃耶が話したと出来事、内容は全く同じものの視点が全く違うことに気づかないわけなく、桃耶視点のティアに話す。
「じゃあ、トウヤはそんな風にしか思ってなかったわけ?」
「ええ。言葉の意味を知らないせいで殴られたと」
「……」
「……」
 あきれた顔で宗一たちに視線を移してもまだ、一方的な会話は終わっていなかった。
「私はトウヤが男らしくないから手が出たのよ」
「もし、ルースたちがそんな態度を取ったら私だって引っ叩いてます」
「――宗一殿」
 やっと桃耶が口を開いて宗一をとめる。彼は一気にしゃべっていたので少し息があがっていた。
「ぎブあっプとはなんでござるか?」
 さらっと口にする。そして、どうしてティアが昨日手が出てしまったのかという疑問もすぐに解け気づいたときにはもう宗一も平手で桃耶の左頬を叩いていた。拍子に桃耶はベッドから落ちてしまう。
「もう少し――」
 一息ついて宗一は言った。
「もう少し人の気持ちも考えてください!!」
 しんとあたりが静かになると、宗一は徐々に落ち着きを取り戻す。
「え……あ、す、すみません。だ――」
「かっかっかっか」
 桃耶はすっくと立ち上がって、にっこりと宗一を見る。
「宗一殿は昨日もそうでござるが見かけによらず、気性が荒いのう」
 すっくと立ち上がり、刀に手をやる。
「では、雪慈殿の試合を見に行こう」
「――怒らないんですね」
 宗一は先ほどの会話とは幾分か音を下げていった。
「桃耶さんって自分が悪いと思ったことってないんですか?」
「と、突然でござるな。どうかしたでござるか?」
「いえ、侍、武士って言うのは愚かなことを恥じて、誰かのために戦い、自分の信念を貫く人だと思ってました」
 ティアはサムライやブシというものを知らなかったが、男というものはそういうものだと常々思っていた。マイティでさえ、その心は貫いているだろう。
「ふむ。拙者は恥ずかしいことはあっても恥じるということはないし、誰かのために戦うということもしないのう」
 ばっとミレイが二人の間に入り、杖をあごの下につける。
「誰かのために戦おうとしない? あなたそれでもナイトなの? その腰に――」
「ナイトがもつ騎士道は拙者は持ち合わせておらぬ」
 桃耶が3番目に知った単語はナイトという言葉と騎士道というものであった。
「かといって、死ぬことをココロにおいた武士道も持ち合わせておらぬ」
 杖をぐっと押しのけ、ドアまで歩きノブを回す。
「させるというおこがましいことは言わないでござるよ。拙者は大事な人が泣かないことだけいつも考えているでござる。拙者が一番やりたいことをやって笑ったり怒ったりしてほしいでござる。ささ、武舞台はどこでござるか? 案内してくだされ」
 どうやら桃耶は3人に考える暇を与えないのか、宗一の腕を引っ張っていった。


 桃耶たちが戻った時にはまだ、二人の決着は付いていなかった。

 思わず、笑みが零れた。
「やはりこうでないと面白くない」
「くっ!」
 目の前に迫ってきた雪慈の右手を避けながら、ルースは背中に伝う冷たい汗に嫌悪感を抱いた。つい先ほどまで自分の手の中にあった剣は、今や雪慈の後ろに転がっている。魔法で呼び寄せることもできるかと思いきや、雪慈のスピードについていくのがやっとで魔法に集中できない。何度も言うようだが彼の動きは尋常ではない桃耶の動きと同等かそれ以上なのだ。
 雪慈の手に捕まればいつかの醜い女のようになることは分かっている。
「インパルス!」
 青い雷鳴が一瞬轟き、同時に雪慈の動きが鈍る。だがそれも束の間だった。
「かなり疲れているようだな」
 楽しそうに雪慈が笑う。綺麗な表情だと思ったが、そこには一種の冷酷さも交じっている。どこか嘲笑するような言い方だった。
「ボルトガン!」
 何本もの稲妻が雪慈を襲う。そこでやっと雪慈の体から逃れられた。ルース自身に飛びついてこなかったのは良かった。ほう、と安堵した。
 しかし束の間の休息にもならなかった。避けたままそれからルースの背後に走ったのだ。
 やべぇ!
 ルースは咄嗟に体勢を変えて落ちていた自分の剣を目指して駆けようとした。雪慈は簡単にそれを許す男ではない。
 手を伸ばそうとして、先に雪慈に蹴られてしまった。
「道具を使ってでしか勝てないか」
「なっ!?」
 挑発的な言葉を発した雪慈に心底驚いた。
 ニヤリとした雪慈の笑みは、それでも息を呑むほど美しく幻想的なものに見えた。
 普通ならこの至近距離は魔法を放つチャンスなのに、どうも 此方が追い詰められている。だがルースは呪文を唱えた。
「アイスアロー!」
 だが、信じられない事が起こる。
 雪慈を狙った太陽の光を受けて透明に輝く氷の矢が、雪慈の 手の中に収まった。かと思えば雪慈の手の中で氷の矢は砕け散 った。
「嘘だろ――。」
 そう呟きながらもルースは雪慈ならば、と心の何処かで思っ ていた。
「懐かしいな。」
「・・・。」
「私の幼馴染みの一人には氷使いがいるのだ。だからよく氷を 投げられた。」
「インパルス!」
 氷では駄目だ。ルースは目を細めている雪慈に雷を降らせて 距離を取る。
 ――ルースは何事も大掛かりな方が好きだ。それに魔法に関 しては才能に恵まれていた。だから大技ばかり覚えて小技をあまり勉強しなかった事を後悔するこんな所で魔法の貧困に悩むとは。魔法のレパートリーがマイティのように豊富なら雪慈を前にしても作戦が立てられただろうに。
 それに雪慈に言われて気が付いたがルースは知らず知らの内 に剣ばかりを頼りにしていたようだ。雪慈はもう剣を拾わせて くれないだろうから今頼れるのは自分の力だけ。
 ルースは雪慈から距離を取るとまた土煙を立たせ、盛り上が った地形の陰に隠れた。穴に隠れると逃げられなくなってしま う。
 ルースは隠れると親指を噛んで血液を出し、服を捲ると急い で紋章を描いた。急いではいるが複雑な紋章なので丁寧に描かねばならない。それが腹立たしく感じられてルースは下唇を噛み締める。
 ルースが紋章を書き終え、服でそれを隠すと雪慈の気配がす る。陰から躍り出ると其処には雪慈がいた。