異邦人
 雪慈から放たれる強烈な蹴り。しかし、ルースはそれを素手 で受け止めていた。それを見ると雪慈は目を細め、ゆっくりと 足を下ろす。
「何と言ったか。あの短時間で紋章を書いたな?」
「俺、手先は器用な方なんですよ。」
 ルースは雪慈の問いには直接答えず、雪慈に向かって指を伸 び縮みさせた。
 ――昨日、桃耶と戦った男が使った身体を鋼鉄のようにする 紋章。ルースはその紋章を咄嗟の思い付きで臍の下に描いたの だ。素早さは時間が無いので描かなかったが最低これで雪慈の 攻撃が防げる。
「それに俺、ユリウスみたいに体術は得意じゃないんですけど 。」
「あの男、体術が得意なのか?」
「でも最終的にはユリウスもやっぱり魔法ですね。」
 ――だからユリウスみたいに攻撃は仕掛けられなくても身を 守れる。攻撃は魔法に任せれさば良い。
「ファイアーガン!」


火球が雪慈めがけて飛んできた。



「おもしろいなー」
 武舞台、観客席よりもちょっぴりたかい旗が掲げられてある柱の上に耳が頭からぴょこんと突き出し、尻尾が生えている以外は普通の人間と変わらない女がしゃがんで下の様子を見ていた。このような特徴を持った人は普段からいるがその女の場合は何かが違っていた。
「おい、そこで何をしている」
 下で声がするので目を向けると、警備員二人がその女を見上げている。女は尻尾をくるりと一回転させると立ち上がり、飛び降りた。
「なぁにぃ? せっかく試合を見ていたのに」
 彼ら二人は自分たちの目の前に飛び降りてきても見上げるということには変わりは無かった。
「そんなところで見ていたら危ないだろう」
 憮然とした態度で女に注意するが相手はきょとんとした顔のあと、笑顔になって、
「え、注意してくれたの? ありがとう!! 私のまわりで心配してくれる人ってめったにいないんだ」
 男一人はそれが抱擁だと気づくのに時間がかかったし、
「でね、ついでに質問なんだけど、この決勝戦どっちが勝ちそう?」
 という問いを聞き取ることが出来ず、
「さぁね、去年の優勝者は負けたし、わからんよ」
 もう一人が答えるという始末であった。
「そっかぁ」
 腕を組んで考える女をみて、二人は思ったが背は高く、どう見ても成人を迎えた女性にしか見えないのに、なぜか子供っぽい印象を持っていた。顔立ちもなかなか端正なのにもかかわらず。
 その考えている最中に片方の男が女のしている腕輪に気がつくと緊張の汗がぶわっとでてきて、それに気づいた男が聞くと、その男も汗をかきだした。
「あ、あの」
「ん、なぁに?」
「貴女様は王都の方ですか?」
「う、うん。そうだけど……」
 魔獣だけどね。そこだけぼそりといったために、二人には聞こえなかった。
「でも、どうして分かったの?」
 その理由を聞かされると御主人から「なにかあったら」といって渡された意味が分かった気がした。
「先ほどの言動、失礼しました。なんといって謝ってよい か……」
「え、ああ、いいよべつに」
 警備員2人の表情を見てもこのまま会話を終わらせてはくれそうも無いので、
「ごめん、急いでるんだ。決勝のパンフレットとかもらえない?」
 そそくさと1人が渡すと、じゃね。といって高く飛び去っていった。




「なに、やられた?」
『ああ、わざと追跡しやすいようにみせ、背後から攻められたらしい。こっちのミスだ。すまない』
「使えない部下だな」
 幼馴染である話し相手は彼が普段部下を大事にしている事を知っていたし、言葉の裏返しがよくあることもよく知っていた。全員命に別状が無いのがわかると、
「帰ったらしっかりと、痛めつけないとな」
と、彼は言った。
「で、あれから分かった事はあるのか?」
『ああ、ある』
 向こうで何かを探している音がする。
『その光幻士(こうげんし)には仲間がいることがわかった』
「ほう」
『サムライ、医者、アヤカシの三人だ』
「……」
『……』
「……」
『……』
「おい」
『なに?』
「それだけか?」
『ああ、そうだけど』
「名前は」
『うーん。占ってはいるんだけど、的確な情報はこれが精一杯だ』
「……」
『相手の方がいい道士たちがいるって事だ』
「なんだと」
『向こうの方がもう少し的確に情報を手に入れているようだ』
「はっ、うらやましいか?」
『別に。それよりも急いで探してくれよ。君の部下3人がやられたんだ、もうその街に入っているだろう』
 男は話している媒体を壁へ投げつけ、目を閉じる。
『おい、どこにいる』
『んー、なぁにぃ、大会終わるまで寝てるんじゃなかったの?私は会場にいるよ。入るのに時間がかかっちゃったけど』
『向こうが動いた』
『……わかった。それで、どうすれば?』
『俺にそこまでの行き方を教えた後は、一時小型化し魔力を抑えろ。そうだな犬くらいがいい。お前のカンは買っている。いたら、そいつをつけ、なにもするな』
『了解』
 その会場へ行くのには面倒な事この上なかったが、行き方を聞くとすぐさま部屋を飛び出した。
「くそっ、今夜の花火が始まるまでには終わらせてやる」
 次の媒体からの声は部屋にはいないのだから聞こえる事はなかった。
『向こうの人数は5人。だからこちらからも使者を2人送る。実力は君の知っているとおりだ。何とか光幻士を連れてきてくれ』



「いてて、雪慈って強いわ」
 ルースはミレイが戻ってきてから時間を置いてタイムを取った。
「あきれた。雪慈様に勝てるわけ無いんだから早く降参すればよいものを」
「負けてから愚痴は聞くから、早く治療してくれ」
 彼はそういって傷をみせる。出血はしているものの、酷い傷ではなかった。
「もっと無様な格好になるんだから、これくらいでタイム取らなくても良かったんじゃなくて?」
「休憩休憩」
 のんびりとしたルースの口調にミレイはもう何も言わなかった。
 きっかり5分でルースは立ち上がり、再び雪慈と対峙する。当然と言うべきか、雪慈も先ほどより更に余裕の表情でルースを迎えた。
 審判の合図とともに雪慈の姿が消える。
「うぐっ」
 ドスッと重い衝撃がルースの腹に当たった。しかしそれくらいでは致命傷にはならない。ルースも回転し拳を振り上げる。僅かに髪に触れることができた。常人ではない超高速の相手に対してこれは上出来だろう。
 激しく繰り広げられる対戦に、観客の誰もがルースの回復が万全だと疑わなかった。5分間タイムを取った成果だと思っていた。
「インパルス!」
 空気に電気が走る。
「ファイヤーガン!」
 火花を散らして更に強い電気が伝わる。
 しかし煙一つ立たずに戦闘は続いていた。雪慈の表情はルースにしか見えない。

「あ、犬だ」
 誰かが呟いた。

 剣はすでに使えない。ルースは頭に様々な紋章を浮かべるがどれも最適な武器になるとは思えなかった。雪慈が相手ではどれを使ってもまともに戦えるとは思えないのだ。
――こうなりゃやけくそだ!
 ルースは剣の刃先に目掛けて思い切り腕を伸ばした。
「ボルトガン!」
 雪慈の背に今までにないくらい巨大な雷が光を落とした。
 その衝撃で土埃が舞い上がる。この二戦で慣れてはいるもののルースは噎せてしまった。だが無理矢理咳を押さえ込みじっと雪慈の様子を伺う。
 これで雪慈が何等かのダメージを受けたとは考え難い。ルースはただ雪慈を待つ。相手の姿が見えなければ攻撃すら出来ないのだ。
 と、土煙が一瞬揺らいだ。
「ロックガン!」
 其処には雪慈がいると感じ、ルースは其処に向けて魔法を放つ。
 ――しかし、首を嫌な汗が伝っていた。
「何処を見ている?」
 それは歌うように甘い響きで、酒の酔い易く。
 ルースは雪慈から逃れようと身を捻ったが左腕が雪慈に捩じり上げられていた。雪慈に握られた部分が熱を持っているように激痛が走る。
 普通なら此処で降参するだろう。だがルースには諦め切れなかった。此処で終われば雪慈とはもう戦えない。
 どうしても、雪慈に一矢報いてみたかった。
 しかし、ルースにその気は無くとも判断するのは審判だ。審判はルースと雪慈の間に割って入ろうとした。
「其処ま――」
「待った!」
「降参、しないのか?」
 審判に向かってそう叫んだルースに雪慈は不思議そうに問うた。自然と笑みが零れる。
「しませんよ。」
 すると雪慈に掴まれている腕が更に締め付けられる。ルースは小さく呻いた。しかし当然ながらそれは雪慈に聞こえていて、降参するように目が言っている。
 降参してしまおう。しかしそれはもっと先の話。
 ルースは身体を捻って雪慈の手を振り払おうとしたが雪慈の手はルースを握ったままで、向きだけ変える。
「ファイヤーアロー!」
 雪慈に向かって無数の矢が飛び、少しだけ雪慈の力が弱まった。迷わずルースは雪慈の腕を振り解き距離を置く。
 そして剣まで走り、高く蹴り上げると雪慈に向かって投げ付けた。
「インパルス!」
 剣が雷を集めて雪慈の方へと飛んで行く。しかしそれは放電された電流が雪慈の髪を少し焦がしただけで、明後日の方向へと飛んで行った。
 当たればラッキーと思っていたものの、外れてみると少しだけ辛い。
「外れちゃった。」
 ルースはそれだけ呟くと急に力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。
「勝負有り!」
 審判の言葉を受けてミレイがゆっくりとルースに近付いた。
「体力魔力精神力全部尽きた気持ちはどう?」
「最高だね。」
 にやりと笑うとルースはその場でごろごろとし始めた。
「病み付きになりそう。」
「そう。」
 ミレイは微笑んだままでそっとルースに手を伸ばした。その手をルースが掴む。
 と。
「この馬鹿が!」
 ルースは呆気に取られたようにミレイを見詰めた。
「無茶ばっかりして!正気!?」
「いや、その――」
「それに雪慈様のお髪を焦がすなんて!」
「・・・。」
 やっぱりそう来たか。ルースはミレイがちょっとだけ自分の身を案じてくれていると思って恥ずかしくなった。
 矢張りミレイに一番大事なのは雪慈なのだろう。――分かってはいたが。
 なのでルースが少しふてていると雪慈が歩み寄って来た。そしてルースの腕を掴んで立たせる。
「あ。ありがとうございます。」
「行け。」
「ミレイ、肩貸してぇ。」
「自力で歩きなさい。」
 ミレイは思い切りルースの背中を蹴飛ばした。

「雪慈、勝ったなぁ。」
「そうですね。」
 雪慈が勝つと、分かってはいたものの妙に緊張感のある試合だった。その緊張感の正体はルースの気合いだったのかもしれない。
 俊駕は何と無く他人事のようにユリウスに担がれて選手席に戻るルースを見ていた。横では完全に回復した桃耶が雪慈に向かって手を振っていた。当然の事ながら、雪慈は桃耶を一瞥しただけで手を振り返してはくれない。
「雪慈殿、豚汁でござるよ!」
「……」
 桃耶の言葉に反応することなく、雪慈は自分の選手席を見た後、相手の選手席に眼を移す。
「桃耶ァ、お前、まだ豚汁とか言ってるのか?」
「うん? 別に豚汁に執着しているわけではござらんよ。ただ、みんなと一緒に楽しく食事をしたいだけでござるからな」
 そういって、彼は口の端をあげてにっこりと笑う。そんなときだった。