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異邦人
“えー、次に雪慈選手とユリウス選手との試合を行いますが、その前に武舞台の損傷が激しいので一度修繕をかねて、小休止を取りたいと思います” 会場全体に広がるアナウンスが流れた。 「お、休憩でござるか」 「みたいですね」 「よし、ではしばし厠に行ってくるでござる」 さすがに、先ほどの戦いは激しかったらしく、確かに舞台の損傷は激しかった。雪慈はゆっくりと戻ってくる間に、桃耶は後ろから選手席を出る。厠の意味を宗一から聞くと俊駕も桃耶の後を追う。 「二人は」 「え、あぁ、トイレに……」 「……」 『うぅ。雪慈さんと二人きりって、変な感じがする』 「……トイレ?」 雪慈はその言葉を聞いたことが無かった。 「次の試合正直どっちが勝つと思う?」 選手席への帰り道に、ちょっとした質問を、相手に投げかける。 「雪慈殿でござる」 「即答だな」 特にあきれることなく俊駕は言葉を返す。 「うむ。強さ云々ではなく、そう信じておるからのう」 「あぁ、宗一のときもそういってたな」 強さで勝敗を考えるのではなく、桃耶は自分の仲間かどうかで勝敗を判断しているらしかった。 「でも、ユリウ――どうした?」 桃耶が何かを見つけたかと思うと、そこへ駆け出していく。そこには、一人の少年が声を押し殺して泣いていたのだ。 「迷子でござ――ん?」 俊駕は桃耶に追いついたはいいもの、そそくさと彼の後ろに隠れてしまった。 「どうしたのでござるか?」 そう聞くと、俊駕は桃耶の右肩から指を出して、その少年の足元を指差す。 「ん。俊駕殿。お主犬はもう大丈夫なのではなかったか?」 「一番大嫌いなときよりはな。雪慈がいまだ人間を好きと思っていないのと一緒だ」 そう、彼が指した泣きじゃくっている少年の足元には小型の犬がじっと少年を見ていた。少年を慰めていたのであろうか。その犬は桃耶たちが近づくと彼らのほうを向き、今度は2人をじっと見ていた。そして、桃耶が少年に対していくつか質問を繰り返している間、ずっと俊駕は後ろに隠れていた。 『このにおいどこかでかいだことあるなぁ。どこだっけ?』 関心が行き届かないときは、記憶力も低下する。あの時、一人は後ろから会話をしただけだし、もう一人は相手の後姿しか見ていなかった。そう、何気ない会話だったため、思い出すことは難しかった。 「ふむ。俊駕殿」 「ん?」 「拙者これからこの童子の親を探してくるでござるよ」 「あ、あぁ? 試合そろそろ始まるぞきっと」 「うん。まあ、外からでも観戦はできるし――」 「できるし?」 少年はあやされることで少しずつ、泣き声もおさまってきたので、桃耶は肩車をし、 「戦いを見ているより、会場にいるいろいろな人を見ているほうが面白いでござるよ」 口の端をあげて笑って見せた。 『ガードマンにでも頼めばいいのに』 「……まあ、早く見つけて帰って来いよ」 俊駕も何を言っても無駄だと感じたのはため息をついて笑って見せる。 「承知した。では――そうそう」 桃耶は一度向けた背をもどし、 「ん?」 「はい」 例の制服と数珠を渡す。 「こ、これ」 「数珠はともかく、その制服使いたいのでござろう?」 「!!」 「今朝、お主のにおいがついておった」 「え、あれは」 「みなまで言うな。わかっておる」 今日の試合の激しさのせいで忘れていたが、思い出した。自分が昨夜行ったことを。彼は制服をもちだし、一度投げ捨てたのだ。 「少し汚れたのを見て確信したでござるよ」 「あ、あいつらには――」 「知られたくないのでござるな」 『こいつ、気づいてるんだ』 「昨夜の特訓を」 「……へ?」 「大丈夫、誰にも言わぬ。では」 彼は笑いながらそういうと観客席へ駆け出していき、犬もその後ろをつけていくかと思うと、通路の分かれ道で桃耶とは逆方向へ歩いていった。 “えー、それでは試合を再開したいと思います” タイミングよく再開の放送が流れた。 「え、あ、ちょっと。あーもう!! 何なんだ一体。試合は始まるし、桃耶は鈍いし」 俊駕は選手控え席へ足を進めながら言った。 「犬はいるし」 「あれ、桃耶さんは?」 一人で戻ってきた俊駕を見て宗一は尋ねた。それにどことなく俊駕の様子も変なように感じる。 「迷子の親探し」 俊駕はそれからしばらく考えてから、ややあと溜まっていた息を吐き出すように肩を落として頭をがしがしと掻いた。 「なんか犬がいてさあ、もう俺ホント、だめだわ。なんつーか、精神的に疲れた。こんなこと無かったのになあ」 「へっ?」 「桃耶もさ、うん、あいつ良いよな。最高。俺なんかにこんなの渡してくれちゃってさ。分かってンのか分かってないのか分かんねえとこが良いよ。まったく、俺一人バカみたいじゃん?」 「え?」 見ると俊駕の手にはしっかりと桃耶が来ていた制服が握り締められていた。しかしそれを聞く前に観客の歓声が湧き上がり、俊駕の視線は舞台へと注がれた。宗一も追うように振り返ったことで結局何も分からないままになってしまった。 舞台ではユリウスの剣の刃先が雪慈の目の前に突きつけられていた。 開始の合図を確認した直後、ユリウスは風の音もなく雪慈の眼前に立ったのだ。雪慈は完全に不意をつかれてしまった。 だが。 雪慈は微塵も臆することなくユリウスを見ていた。一歩でも動けば確実にこの刃先は自分の喉を斬りに来るだろうということを分かっていながらもなお、鼓動はゆったりと落ち着いている。まだ彼がこれで終わらないと確信しているからだろうか。 雪慈の腕が僅かに上がったのを見たユリウスは素早く刃先を動かす。動かしたものの、それは空を切っただけでなんの感触も無かった。 まるで舞うようだ――ユリウスは思った。ミレイではないが確かに惹きつけられるものがこの男からは感じられる。乾き始めた唇をさっと舐め、自然と緩む口元を引き締めた。昨夜のことが思い出される。雪慈と手合わせしたあの雑木林からはとても綺麗な星空が見えていた。 次にユリウスが腕を振り上げると同時に雪慈は大きく一歩後退した。ふわりと雪慈の服の袖が舞う。 「お前は魔法を使わないのか」 「……どうも呪文は苦手なんだ」 そう呟いた直後、ユリウスは「ショットガン!」と叫んだ。鋭い稲妻が中央に突き刺さり、細く長い煙を上げた。 雪慈は思わず苦笑した。 稲妻は一本だけではなかった。何本ものそれが次々に雪慈目掛けて突き刺さってくる。その間を縫うようにユリウスも雪慈を追いかけていく。大きな柱が落ちてくるような感覚の間を抜けるのは思ったよりも困難だ。何せ巨大な電流が垂直に目指して降りてくるのだ。少しでも触れれば火傷どころではない。 誘っているのだろうか。雪慈は電柱を避けながらそんなことを考えてみる。乗ってみるのも面白いのではないだろうか。どうせ死なせてはイケナイらしいのだから、楽しんでも悪くはないだろう。 これは祭りなのだと、思い出した。 「あっ?」 黒く渦巻く空高く飛んだ雪慈にユリウスは剣を構えた。 ……来る。 あの夜と同じ、氷の雨がユリウス目掛けて降り出した。 だが、所詮降って来るのは氷なのだから溶かしてしまえば良い。と。ユリウスが呪文を唱えようとしたその時、審判が雪慈の目の前に飛び出した。 「規約違反だ!」 その言葉を聞いた途端、雪慈は訳が分からないと云うような顔をした。審判はそんな雪慈の様子に顔を潜めて言葉を続ける。 「規約を読んでいないのか?技、術、魔法は必ず言葉にしてから発動しなければならない。」 確かにそんな事も書いてあったような気がする。ユリウスと戦える感情の高ぶりでそんな事は忘れていた。 しかし。雪慈の発動する術には“名前”と云う物は存在しない。ただ、自然に少し協力してもらうだけなのだから。 「生憎私の術には名前が無い。そう云う場合はどうすれば良い。」 すると今度は審判の方が訳が分からないと云う顔をした。こんなものに名前を付けても切りが無いし、大した意味も無い。しかし審判は何を思ったのか雪慈にそれ以上追及しなかった。 「規約だから何か適当に名前は言ってもらう。今回は警告だけで済ますから。」 つまり、何事も無かったように試合を続けろと云う事だろうか。失格にならなかった安堵と折角の試合を詰まらない事で中断された怒りで雪慈は溜息を吐く。 睨むように審判を見ると、雪慈は次に目線を流してユリウスを見る。するとユリウスは――表情は微妙だが――喜々として剣を拭いていた。嬉しい気持ちは此方としても同じである。 ユリウスが剣を収めると雪慈もユリウスの前に立ち、少し距離を取って審判がその間に立った。三人の視線が交わる場所には何も無い。 「始め!」 「氷。」 今度、先に動いたのは雪慈だった。静かに雪慈が言葉を紡ぐと濁っている空から氷が出現した。どうやらやり直しではなく続けるらしい。 ユリウスは降って来る氷に嬉しくなって口の橋を引き吊らせた。ユリウスの方も、先程唱えようとしていた呪文を唱える。 「ファイアガン。」 その発音には少し訛りがあるようだったが魔法は発動した。真っ直ぐと空に飛んで行くとユリウスの頭上に降って来る氷を溶かす。水となった氷はユリウスの足下に水溜まりを作った。 今度は此方から仕掛けようとユリウスは剣を抜き放って一歩踏み出す。――すると雪慈の形の良い唇が少し歪んだ気がした。 「氷。」 慌てて空を見上げたが遅かった。雪慈が指を少し動かすと、ユリウスの足下の水が凍り付いた。 「――!?」 「迂闊に溶かすからだ。」 ユリウスは氷から抜けだそうと足掻いたが普通の氷とは違い、割れる気配は無かった。もう一度ファイヤーガンを当てようかと思ったが考え直す。自分の足を焼いてしまったら堪ったものではない。 しかしユリウスがそんな事を考えている間にも雪慈はユリウスに近付いて来た。慌てる様子も無く、悠然と。そうかと思えば雪慈の顔がユリウスの目の前に在った。雪慈は無言でユリウスの腹を蹴り上げる。 「――痛っ!」 腹に鈍い痛みは走ったがユリウスは此処から抜け出せない。ユリウスは剣の切っ先を雪慈に向けた。 「ロックガン。」 ユリウスの足下から、氷を破って岩が雪慈目掛けて放たれる。その攻撃に意味は無い。自由に動き回れるようにと、それだけだ。ユリウスは足が自由になると転がるようにその場から離れる。 「重力。」 ――矢張り、雪慈にその攻撃は意味を成さなかった。岩は、雪慈が翳した掌の前でぴたりと止まっている。 益々面白くなってきた。隠せない感情の高ぶりがユリウスを衝き動かす。それがユリウスに笑みを作らせていた。 雪慈は岩をその場に落とすと、ユリウスをじっと待つ。ユリウスも雪慈を待つ。二人は笑い合っているように見えた。 「――ミレイ。」 観客席で、ルースは半ばうわ言のように呟いた。 「ユリウスがわらってる。」 「雪慈様も。」 「怖いな。」 「羨ましいわ。」 「――。そうかな?」 大して戦ってもいないのに襤褸切れのようになったマイティが二人に微笑み掛ける。ミレイはそんなマイティの微笑みを不審そうに見詰めた。 「良い事だと思うけど?」 「そう願いたいね。」 ルースは少し頬を膨らませて頬杖を付く。その視線の先には、雪慈とユリウスと、相手方の選手席が有った。 一方宗一と俊駕も驚きを隠せないでいた。あの雪慈があのユリウスと笑い合っているように見えるのだから当然と言えば当然だろう。 「雪慈も――。笑えるんだな。」 人間に対して。 「ちょっと悔しいですね。」 「いや。ちょっと食べられそうで怖い。」 真剣にそう答える俊駕の顔が笑可しくて宗一は何だか吹き出してしまった。俊駕は怪訝な顔で宗一を見る。 「何だよ。」 「いえ、その通りだと思っただけです。」 すると爆音が鳴った。 爆発の中心となった炎から雪慈が飛び出して来る。それをユリウスが追い掛け、剣で雪慈を斬り付けようと構えていた。 「両手持ちの剣だと、攻撃が一方的だろう」 雪慈が後ろから追ってくるユリウスに背中に向けながら、話 しかける。 「それではわた――」 雪慈が振り向くのを見はからってユリウスが右足を踏み込み ながら剣を振り下ろす。ちょうど、斬り付けられる間合いだ。 しかし、雪慈は左足を一歩引いて体を開き剣を紙一重で交わす 。そこでユリウスは左手を離し、踏み込んだ右足に十分に地面 を感じると蹴り上げ素手の間合いに入った雪慈の顎に拳を突き 上げた。 |