異邦人
「15万だったっけ。うん、たしかに」
 少女もリンが持っているパンフレットをみようをするが、そ こで止まる。
「まさか」
「まずい!! すぐに、二つのパーティにコンタクトを取らないと。相手は予言を――」
「後押ししているな」
 後ろから低い声が聞こえ、犬の明るい鳴き声も聞こえた。少女たちは振り向き、身長からか少し見上げる。
「ホークスさん」
「カルノーも」
 もう一度犬が鳴く。
「はぁ。会場で2つの高い魔力があると思えば、お前たちか。
リナヴィル、スークィ。なんでここにいる」
「なんでって、ジャノさんから聞いてないんですか?」
「知らん。あのヤロウのことを最後まで聞いていられるか」
「あ、ではジャノさんから言い渡され――」
「旅行でもないなら聞く必要はねぇ。とりあえず魔力をもう少し抑えろ」
「はい」
 もう一度浅く息を吐くと、少女達に悪態をついたが、少女達はホークスが認めたものにしか言わない照れ隠しの一種だと知っていたので、特に不快な気分には陥らなかった。ただ、時々胸に刺さるものがあり、苦笑いしか許されないときもあるのだが。
 リナヴィルとスークィは年齢が同じだからと言う理由と、誕生日が同じである理由から、双子に近い幼馴染みであった。そう、当然両親は違う。リナヴィルは代々国に仕えていて、スークィは両親の代から城下町に住んでいる。リナヴィルが国家最年少の魔法士である理由は血と英才教育によって才を得たためであり、スークィはリナヴィルがちょっと驚かせようと思って使った高等魔法をみようみまねで行なったところ、出来てしまい、それがきっかけで習い始め、最年少魔法士になった。一見、スークィが天性の才能からすぐにリナヴィルを追い抜いてしまうかと思われたが、彼女達にもそれぞれ苦手なものがあり、いまは見事に切磋琢磨し、均衡を保っている。ただ、国民からは15にも満たない子供が国に仕えていると言う意見は少なくない。両親が認めていることは彼女達の救いだった。
「本題に入る。カルノーの情報によると、奴らは昨日からこの町に堂々と俺たちの国の魔法士として入り、長と掛け合って会場を設定した。向こうもこちらを同じ予言が出ているのはここから間違いないことがわかる。そこまではこっちも知識が及ばなかった」
 じろりと会場全体を見回すと大賑わいだが武舞台はいやに静かだ。
「リナヴィルの予測を実行に移すのはまだ早い」
「……」
「相手はまだ、動いてはいるものの実行に移すのはおそらく試合終了後だ」
「え?」
「体力の消耗」
「おそらくな。そのほうが狩りはしやすいだろうからな」
「それは、私たちに策を練る時間を与えることに」
「でも、今は私たちが不利だよね。相手の作ったものの中にいるわけだし」
「あぁ。スークィもいい読みだ」
「あ、ありがとうございます」
「ユキジたち、相手の剣士たち、もしくはそのどちらかが知っている別の人物。光幻士はそのどれかだ。試合が終わった瞬間からこちらも動くぞ」
「「了解」」
『御主人』
 しゃべれないため頭に直接呼びかける。
「ん」
『あの寝ている変な頭の人は?』
『あの、馬鹿でかい声を出してたやつか』
『うん。アイツは同じパーティだよ。ユキジってやつの前に戦ってた。なんか途中で倒れて負けちゃったけど』
 頭の後ろにヘンな尻尾を生やした男が子供と大人に揺さぶられているのがここから見える。
『この大会が勝ち抜きだというのは俺でも知ってる。だが、動くな。早く動きすぎても、遅く動きすぎてもだめだ。相手と同時動いたほうが実力で勝負できる』
『りょーかい』
 ゆっくりと起き上がる青年と見て、舌打ちをする。
「くそっ、光幻士の授与のときにくしゃみひとつで別の人間に入り込むなんて、前代未聞だ。恨むぞ、前魔法局長。国王や他の局にばれないように光幻士を取り戻して現魔法局長に入れなおすなんて」
「そ、そうですねぇ。魔法局長のみに与えられる光幻士――光 魔獣を呼び出す能力――が引継ぎ時のアレでまさか飛んでっち ゃうなんて」
 おととい起こった儀式での前魔法局長のくしゃみを思い出し ため息をつく。
「そして、異世界の人物に入り込む」
「良くここまで絞ったよねー」
「皮肉なのはここまで敵国の者と協力して見つけ出したとだな。ここまで予言をわかりやすくしてくれても感謝はしないがな」
 そうして、一言ホークスが2人に言うと、3人と1匹は2手に分かれた。
「ジャノめ。つれてくるなら女の最年少じゃあなく、男の最年少を連れてきやがれ。普通兄貴なら妹を擁護するだろ」
 このつぶやきはもう別れた後で、少女たちには聞こえず、つれている獣だけにきこえた。


「お兄ちゃん。大丈夫?」
「大丈夫ですか?」
「う……ん」
「お兄ちゃん」
「う、ぬ。さすがに、気を緩ましているときに腹に一発はきくのう」
「お母さん、見つかったよ」
「あ、あの、ありがとうございます、うちの息子が。あなたは大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫でござる。それよりもマコト、良かったでござるな」
 周りの声の中、にっこり笑って少年の頭をなでる。

 体を動かすたびにユリウスはきつく歯を食いしばる。集中しなければならないのに、引き裂かれた傷口が痛み、血が地面を濡らす。雪慈のちょっとしたパンチやキックでも体に触れればそれだけの衝撃があるわけで、そうなれば一瞬体を硬直させるほどの痛みに耐えなければならなかった。だから先ほどまでの機敏な動きはなく、明らかに勝負は見えていた。それでも、なお――。
 なぜ?
 殺してしまいたいほどの衝動に辛うじて雪慈が耐えられるのは、まだ残っている理性がこの試合のルール『相手を殺してはならない』ということを覚えていたからだ。徐々に彼の体力が落ちていくのが目に見えて分かる。早く。早く。この茶番が終われば良い。
 雪慈の左腕をユリウスは剣を持っている右腕で受け止め、左足を振り上げる。雪慈はそれを右腕で軽く流すと、左腕を離して拳を彼の腹に向かって突き刺した。まともに喰らったユリウスは血を軽く吐き出し、体を丸めて痛みが残る腹を抱えた。
 しかしすぐに立ち上がると剣を握りなおし、刃先をユリウスの方へ向けて攻めてきた。
「あ? あれ?」
 妙な違和感を覚え、俊駕は大きな目をぱちくりとさせた。数回瞬きしてみても目の前で繰り広げられている戦いは夢ではなく現実だ。いや、そういうことではなく。もっと心理的な違和感かもしれない。
「な、なあ、宗一……」
 宗一は小さく自分の服の端を引っ張る俊駕に「はい?」と返事をするが、視線は雪慈たちから放せないでいた。
「さっき、雪慈のヤツ――」
 ユリウスの刃先を腕一本で受け止めた雪慈は大きくその腕を回した。
「え?――あっ!」
 剣を振り払われたことでバランスを崩したユリウスを、雪慈は容赦なく蹴り上げ、ユリウスはその度に小さく吐血した。雪慈の足元に深紅の水滴がポツポツと落ちる。

「終わりだ」
 雪慈は呟き、ユリウスの首筋に指先を走らせる。小さく細い一本の赤い線ができた。
「そこまで!」
 審判の高らかな声が響き、歓声が何度も湧き上がった。
 雪慈がくるりと踵を返して俊駕たちの所へ戻ってくる。ユリウスはその背を見ながら駆けつけてきた救護班に起こされていた。
「それで俊駕さん、さっき言いかけたことって?」
「え……あー、うん……」
――ユリウスが一瞬見せた隙を雪慈は見逃した気がしたんだけど。
「いいや、何でもない」
 だから何だってことはないのだ。俊駕はそう思い直して戻ってきた雪慈を迎えることにした。宗一は首を傾げたが、やはりあまり追求しないことにした。
 と、そこへドタドタと大きな足音が近づいてきた。
「雪慈殿ぉぉぉ! やったでござるなぁぁぁぁ!」
 両手を大きく広げて桃耶が走ってきていた。雪慈の拳をまともに喰らって数分でここまで回復させるのは、さすが桃耶というか、だから桃耶だというのだろう。喰らわせた本人である雪慈にも呆れの色が見えていた。
「来るな」
「どぁうふっ!」
 脅威の回復力を見せ付ける代わりにあまり学習しない桃耶だった。

――早く、行かなければ――。
 焦りばかりが雪慈に押し寄せる。脅迫観念にも似た、此処から去らねばと云う焦り。アヤカシとして生きねばと云う焦り。
「雪慈。確かに桃耶に腹が立つのは分かるけどちょっとやり過ぎじゃあ――」
「黙れ」
 俊駕の言葉を遮る。いつもより声音の効いたその声に俊駕は黙った。
 所詮人間とアヤカシは違う存在。相入れぬもの。
 雪慈は目を細めると背を向ける。そして、身体を浮かせた。
「雪慈さん?」
「君、まだ表彰式が残っているんだよ」
 人間の言葉はもう聞きたくない。帰らなければ雪慈には帰りを待つ者がいる。
「雪慈!」
「どうしたでござるか」
 雪慈の姿が空気に消えるように掻き消える。その意味が分からなくて、三人は唖然としていた。
 一方審判の方も優勝チームの一人が消えてしまうと云う事態は初めてで、雪慈が消えた方を見詰めていた。だが暫くその方向を見詰めると集まって何かを話し始める。
「トーヤ!俊駕!宗一!」
 ルースが選手席から此方に向かって来た。しかし。ルースが抱いている問いに答えられる者はいなかった。



「ユキジはどっか行っちゃったけどどうするの?」
 カルノーは空を見ながら誰にでも無く問うた。空間移動の”跡”を見ようと必死に睨めっこしている。
「問題は無いだろう。」
 そのホークスの言葉にカルノーは一回、反応するように鼻を動かす。
「動くか。」



 気付けば自然の中にいた。昨夜、ユリウスと戦った跡がくっきりと残っている。
「・・・。」
 愚かな事だ。雪慈は自嘲気味に微笑んだ。
 終わった事よりも問題はこの先の事だ。一体どうやって元いた世界に帰れば良いのだろう。
 雪慈は木に手を当てる。しかし木は答えてくれなかった。
 来た時と同じ方法を取れば帰れるかもしれない。しかし、それにはリスクが大き過ぎる。雪慈も死ぬかもしれないし、恐らくこの町は滅びだろう。間違い無く、雪慈は人間を滅ぼしたいと願うから。
 戻りたいと願う気持ちだけが先走って手段が思い付かない。だからと云って彼等の元へ帰る訳にもいかない。
「・・・。」
 雪慈は木に凭れ掛かって空を仰いだ。晴れ渡った空の向こうには、灰色の雲が姿を現していた。



 暫く待ったが雪慈は帰って来なかった。観客達も審判達も、苛立たしげに何回も時計を見ている。審判達に関しては表彰式を行いたいのだろう。
 宗一も何回も時計を見上げる。優勝を取り消される事は無いだろうが何よりも雪慈が心配だった。いつもとは違う苛立った雪慈の様子。何に苛立っていたのかは分からないが、それが宗一を不安にさせている。
「あの。」
 宗一はルースと何やら話し込んでいる俊駕に声を掛けた。
「ちょっと雪慈さんを捜しに行って来ます。」
「だったら俺も一緒に行くよ。」
 ルースは宗一に向かって手を挙げる。それから剣を外すとマイティに預けた。
「探すったって道分かんないだろ?」
「ありがとうございます。」
「じゃ、俺は此処で雪慈待ってるよ。」
「ミレイ。雪慈が帰って来たら連絡くれる?」
「勝手なんだから。」
 ミレイは顔をしかめながら了承する。嫌でも了承してくれたのは、恐らくミレイも雪慈が心配だったからだろう。
「宗一、雪慈は頼んだぞ。」
「はい」
 そういって、選手退場門から宗一とルースは駆け出していった。しかし、会場のざわめきと審判、司会者の不満は変わらなかった。
「それで、最後の最後で表彰なしでこの場を収める気かい?」
「え、あー」
 そうだ、今優勝チームは2人しかいない。
「も、もう少し――」
「いや、2人だけでも話は聞けるだろう? 主審、そんなにいきり 立たないで」
 突然脇からなにやら話に割り込んできた人がいた。その男はい かにもこの会場の関係者というようなバリっと正装をしていて、手を前で組んでいた。
「し、しかし――」
「その間私たち魔法士が何か見世物をいたしますから、そちらの ミレイ様はユリウス様の手当しなければならないでしょうし」