異邦人
 その男は言った。
「とりあえずは、この場を治めればよいのでしょう?」
 すっと、彼の横から今度は黒いローブを着込んだ男が二人出て きた。同じとき会場から二人の少女、一人の男と動物が飛び出そうとしたが、観客席を守る防護壁が作用し阻まれた。
『そう、魔法はすべて通さないのだよ。観客席にいる時点で君たちは魔法が使えない。魔法を使わず飛び込んでくれば可能かもしれないが、それでは怪我をしてしまうし、魔獣はそもそも通れない』
 それが笑顔になって俊駕と桃耶に話しかける。
「簡単な表彰式の打ち合わせをその間私からご説明しますから、部屋を用意していますのでそちらで」
 そういうと、彼の脇にいる二人の男が杖を点にかざし、ぼそぼそつぶやくと黒雲を出し、会場をうす暗くさせる。
『終わったら合図を出す。その後は防護壁を解除すると同時に、この会場を焼き払え』
 これは彼らが事前に打ち合わせていたものだ。
『雷光、火炎、岩盤。闇魔法をふんだんに使ってな』
「ん〜。むつかしそうな話かのう? 俊駕殿、しっかり聞いてくだされ」
 ぽんぽんと俊駕の肩を叩き、彼から数珠を受け取り首にかけ、 制服を懐にしまいこんだ。
「じゃあ、私はユリウスの手当てでもしてこようかしら」
 ふぅ、と一つため息を漏らすとミレイは背を向けて救護室へ向かおうとする。
「マイティはどうする?」
「姉さんと一緒にここに残るよ、多分……」
 ティアをみると黒くなり始めた時点で目を輝かせて空に釘付けだ。桃耶も空を見上げている。
 それをみると、無言でミレイは救護室へ向かっていった。
「それでは行きましょうか、俊駕さん?」
 そう笑いかけ俊駕の肩に手を置いたとき、
「拙者も行くでござるよ」
 空を見上げていた桃耶がいった。俊駕は空が暗くなったとき桃耶も観ていくだろうなぁと考えていたので、その発言がちょっと意外だった。ティアも少し顔をゆがめる。
「はい。では行きましょうか」
『ふむ。見ていくと考えていたが……。まぁ、たいした問題ではない』
 桃耶にも手をかける。
「?」
 すると、すっと男の足元に魔方陣が出ていきて吸い込まれるように、3人は消えてしまった。
『ココへ送り込んだのと同じ転送魔法。あんな高度な魔法が使えるなんて、さすが国務の魔法士だなぁ』
 そんなことを思いながらマイティはティアに首根っこをぐいっとつかまれ空を姉と一緒にみる。
「す、すごい」
 そこには七色の光それぞれが、飛び回り、動物に変化したり、昔の物語のような現像の動物に変化したりして、飛び回り観客全員の視線をそこに釘付けにしていた。それは去年にはなかったもので、今夜の花火と並ぶくらいのきらめくものが点いては消えていた。




「まぁ、お話しすることはこれくらいですね」
「はい。わかりました」
「ふぅむ。拙者でもよくわかる説明であった」
 やはり、頭の良い者は得をしているのう。と思ったほどにわかりやすい説明だった。
 いま、俊駕たち2人はソファーに腰をかけ、男は立ったまま話をしている状態だ。そして、男の隣には先ほどの魔法士と同じ黒いローブを羽織ったものがいた。
「さて、話は変わりますが。俊駕様は最近お友達になった方々はいますか?」
「え、あ、いますけど……」
 本当に話が変わった。
「その中に、医者はいますか?」
「はい。います」




 このとき、ある2人の占い師が全く違う方法で占っていたのに、同じ結果が出て、それぞれの組に意思の疎通を図った。



『ホークスがどうやら、魔法具をホテルに忘れたらしくてね、2人に最新の情報を言うよ』
 こちらはこの国の占い師。
『ヨク。君は頭がいいから、もう標的を見定めていると思うが、一応最新の結果を報告するよ』
 こちらはそうでない占い師。
『『その街の優勝者のうちの一人、俊駕が光幻士だ。』いや、まさか、本人が優勝者だとは思わなかったよ』
「……わかりました」
 と、答えたのはそうでない魔法士。
「んなこたぁ、わかってるんだ。貴様、帰ったら覚えとけよ!」
 と、答えたのはこの国の魔法士だ。
「え、なんで君が持ってるんだい?」
「リナヴィルからもらっていたんだ。ジャノのおかげで、ホテルに忘れたからな」
「そ、それ――」
「じゃあな」
 話していたそれをポケットに入れる。
「御主人」
「くそっ、向こうはもっと静かに行動すると思ってた」
「どうかしたの?」
 観客が空に釘付けになっている間をするすると駆け抜けて、下へ降りていく。
「あいつら、ここの観客全員人質にする気だ」




「何がわかったのでござるか? ――!?」
 男の横にいた者が桃耶の口をふさぎ、すぐさま、
「ブラクト」
 もう一方の杖を持った手を桃耶の目の前に持ってきて呪文を唱える。
「うぬ!」
「とりあえずは視覚を奪っておきましょうか、四日程」
 無言で正装の男は男が突然奪われた視覚にあせり両手で目を覆っていたときに彼の腰のものも奪い取る。
「あ、え?」
 いきなりのことで、助けなければとわかっていても身体がうまく動かない。
「そうそう、もうここの規定は守らずともよろしいのでしたね?」
 正装の男がそういうと、隣のローブの男は、
「グラヴン!」
「いまの貴方の体重の10倍にする高等魔法です。この部屋はほら、闘技場5階の展望台です。とりあえず、1階まで――」
 すとんと、桃耶の刀でソファーを切り、俊駕が巻き込まれないように分断する。
「堕ちてください」
「せ、拙者の刀を――」
『やはり、拙者の勘は良く当たる』
「よく切れる剣ですね。形もみたことがない」
 そのまま刀を桃耶が手の届かない部屋の端へ投げつける。
「売れば高くつきそうですが――」
 その音に、桃耶は俊駕を守ろうと彼の服を鷲掴んで刀に飛びつこうとする。
「いつも、きめているのですよ」
 いやはや、なかなか頑丈な床だ。ローブの者が桃耶のつかんでいる服の一部を石にすることで、2人を引き裂き、桃耶の肩にまた、正装の男が手をやると、
「手に入れるのは一つだけだと」
 グラヴ。と、唱えると、桃耶は刀を取れぬまま床を突き破り堕ちていった。
「桃――」
「光幻士は眠っていてもらいましょうか」
 そこで、俊駕の意識が途絶えた。正装の男は堕ちて瓦礫に埋もれて動かない男を見やり、
『完了』
 そういって、2人の魔法士と一人の光幻士は床から足が離れ、もうない防護壁は気にする必要もなく、窓から空へ飛びたった。
 気にするのは後ろから追いかけてくる、人型になった魔獣と真の国務魔法士だけだ。



 闘技場内に悲鳴が聞こえたのもそれからすぐにおとずれた。


「どっから探す!?」
 会場を出、町に入ったのは良いものの、右に行けばいいのか左に行けばいいのか分からない状態で、ルースは宗一の意見を仰いだ。だがそれは宗一とて同じで、むしろこの世界の者ではない彼は尚更とも言える。
「とりあえず雪慈さんが行きそうなところは……」
 考えてみれば雪慈もこの世界の者ではないのだからそう遠くへは行けないはずだ。自分達と会うまでどこで何をしていたかの全く知らないが、最初の傷のことを思うと、あの傷で移動していたとしても出会ったあの森の所から1キロも離れていない場所から“入った”はずで。そこからこの世界の中で唯一知っている場所と言えば今まで居た舞台会場かその近くのレストラン、泊めてもらった診療所くらいだ。
 ――いや、彼の性格から考えるとどこに行こうが己で解決してしまいそうだから、その意味ではどこへ行ってもおかしくはない……か。それなら範囲は無限に広がってしまう。
「こういう場合は考えても埒が明かない。お前らが最初に会った場所ってどこだ?」
 考え込む宗一にルースは静かに聞いてきた。
「え、あ、森、ですけど」
「森? 森って言うとどっちの森だ?」
 ルースは天にそびえるインドかアラビアにあるような城に向かう方角と、そこから右側の方角を指差して尋ねた。東西南北の感覚は分からないが、あの森を抜けたときに見えた城の姿を思い出そうとする。思い出そうとして、やめた。確かあの時尋常でない速さで走る桃耶についていくのに必死で周りの景色など見ていなかったのだ。それに初めて城を認識したのは街中でだった。
 ――あ、そうか。
 確か診療所までの道は一本だった気がする。だから桃耶の姿が見えなくても最終的には追いつくことができたのだ。それで、診療所のある方角なら覚えている。
「こっちです」
 宗一は城から右側を指すルースの指先に自分の指を向けた。
「了解」
 ルースは簡単に頭の中でこの先の道を思い出すと、一気に走り出した。慌てて宗一もその後を追う。
「あのっ、一つ聞いてもいいですか?」
「何だ?」
「どうして最初に会った場所なんですか?」
 するとルースは宗一の方に顔だけ振り向き、微笑する。
「分かんないけど、人間にもあるって話だぜ。帰省本能っていうのは」
「……」
 雪慈は犬と同レベルなのか。
 ふと思って、宗一はもう一度視線をルースに向けた。
「魔法で探すってできないんですか?」
「……あ」
 てへ、と言ったかどうかは定かで無いがルースは自分の頭を小突くと何処からか棒を拾って来た。そしてその棒で地面に何やら描き始める。
「――何やってるんですか?」
「迷子探しの基本。」
 この陣は親が逸れてしまった子供の捜索に多々使う。そんなに遠くでなければ百発百中で迷子は見付かる。使い方も簡単。相手が触れた事のある物をこの陣に置いて呪文を唱えるだけだった。
 ルースは書き終えるといかにも仕事をしましたと言う風に額を腕で擦る。しかし、ルースの額には汗が浮かんでいなかった。
 そして爽やかな笑顔まで浮かべるとルースは宗一の方に手を差し出した。当然の事ながら、宗一にはその理由が分からず戸惑う。するとルースは三回程指を自分の方に折り曲げる。
「雪慈が触った物、無い?」
「え――?」
 雪慈が触った物。何も思い付かない。宗一も、雪慈に触れられた事はなかった。
「無意識じゃなくて意識的に触ろうとして触った物が良いんだけど――。」
 其処まで限定されると益々思い当たらなくなる。宗一は首を捻って考えた。
 ――これ以外に手が無い事は無い。しかし。先程の戦いで大分魔力を消費しているし身体が痛いのであまり魔法を使いたくないと言うのが現状である。
 ルースは縋るような気持ちで宗一が思い付くのを願った。と。暫くして宗一はポケットの中を漁り始める。
「何かあった?」
「はい。確か、ミレイさんが雪慈さんに作ったお菓子の袋が――、ありました!」
「ありがとう。宗一は物持ちが良いなあ。」
 ルースは宗一からその袋を受け取った。
「いえ、ごみ箱が見付からなくてそのままで。」
 しかしそのお陰でこうやって楽が出来るのである。喜々としてルースは陣の中にそれを置いた。
「ミレイの所行っちゃったら笑うよな。」
 そう言って呪文を唱える。
 呪文を唱え終わるとそれは宙に浮いた。そして、風に漂うように東に向かって進む。
「あっちだって。」
 ルースはそれの進行方向に向かって指差す。宗一は苦笑いを浮かべた。
「便利なのかどうか分かりませんね。」
「迷子専用だからな。」
「雪慈さんは迷子ですか。」
「多分人生の道に迷ってるんだよ。」
「――確かにそうかもしれませんね。」
 それなら自分とて同じ事。だから、この世界に辿り着いたのかもしれない。
「雪慈さんが見付かったらどうやって連れて帰りましょうか。」
「泣き落とし?」
「貴方にはそんな勇気、ありますか?」
 宗一が問うとルースは乾いた笑い声を上げた。雪慈にそんな冗談が通じないのは承知である。
 説得にも応じてくれなさそうだ。力付く、は雪慈に敵いそうにない。かと言って舌先三寸で丸め込むのは出来そうになかった。
「それはお互いに着くまでの課題って事で。」
 会場――ミレイの方――には向かっていないようだし。
「そ、そうですね。」
 一人で考えろと言われたらどうしようかと思ったがルースも一緒に考えてくれるらしい。宗一はほっと胸を撫で下ろした。
 ――それは山に向かっているようだった。人間が嫌いな雪慈が行く所と云ったらそうなるかもしれない。だが宗一の見知らぬ山であった。ルースの魔法を使わなければ一生捜し当てる事が出来なかっただろう。