異邦人
 どんどん奥へと進む。道が無くてもそれにはお構い無しのようだった。全く人の通った形跡が無い事から本当に雪慈がいるのかと心配になった。
 ルースに問うてみようとしたが真顔で独り言を呟きながら考え事――雪慈を連れ帰る方法――をしてくれているので声を掛けるのは躊躇われた。
 それからまた幾らか歩くと気配がした。その気配は短い間だが、今まで宗一が常に感じていたものだった。
「雪慈さん?」
 ――雪慈は木に凭れ掛かって空を見詰めていた。その目は何処か虚ろである。
「雪慈さん。」
 宗一がもう一度呼び掛けると雪慈は此方を見る。そして立ち上がった。
 此方に来る。そう感じ、宗一が構えた時、雪慈は空気に掻き消えた。
「な――!?」
 二人同時に絶句した。雪慈が、まるで逃げるように消えてしまったからである。そして、振り出しに戻ったからでもあった。
 今度は袋は雪慈を追わない。ぱたりと、その場に落ちてしまう。
「宗一――。」
「――雪慈さんを発見した場所にでも戻りましょうか。」
 宗一はポケットに袋を詰め込む。
『か、身体がうまく動かぬ。体重を云々といっていたからそのへんでござるな』
 愛刀のことも気になったが、自分の身体と周りの悲鳴の原因の方が何よりも気になった。
「大丈夫ですか?」
 今、視力が無いため声から判断することが出来ず、その限りだと女性ということがわかった。
『2人? 気配から若いことがわかるが、力を感じる』
「すぐに、魔法の解除を――」
「それは、どうでもよい。たしかに」
 ゆっくりと起き上がり、声がするほうへ顔を向ける。
「やっと動けるくらいではあるが、問題はないでござるよ」
「え、でも――」
「貴殿らに力がある者とお見受けする。拙者の友である――」
「私たちの上司がいま、助けに向かっています」
 もう一人――これもまた女性――が桃耶に近づき魔法解除を促そうとするが、
「近づくな」
 桃耶はそれを制した。
「問題ないと申したでござろう。それならば……」
 視線を――見えていないが――彼女等から逸らし、
「周りの悲鳴が聞こえぬか。何が起こっているのかは判らぬがこれを治めるのが先決であろう」
「……」
「お主等をこの国の勇士として頼むでござる」
『この際、オナゴであっても仕方がない、まぁ、視界を奪われているのが拙者にとっての唯一の救いか』
「……わ、わかりました」
「え、リンちゃん?」
「この人も一応、大会の優勝者。これだけの魔法をかけられても立てるなら、多分大丈夫」
『かっか。この世界ではよくオナゴにたしなめられるでござる』
 もう一人はしばらく、考え込んだが納得したようだ。
「そう、この騒ぎが終わったらあなた方4人は魔法局に来ていただきます」
 遠ざかりながら、一つ呪文を唱え、女性は言った。
「気をつけて」
「かっかっか。それは皆に聞いてほしいでござる」
 彼女たちの声は上へ消えていった。飛んでいったのであろうか。
『さて、急いでティア殿たちと合流しなくては。大丈夫でござろうか』
「相棒、許せ。おぬしより、人命の方が大事でござる。終わり次第迎えに来るゆえ」




「いったいどういうこと?」
 ミレイはユリウスを眠らせ処置に取り掛かった時だった。轟音と悲鳴が聞こえたのだ。処置といってもこの世界に診療所があるように、魔法で身体は完全には治らない。ミレイは傷口をふさぐくらいしかできなかった。最低でもそれだけ済ませ、彼女は救護室を出た。
 人は通路を使い、まるで水のように出口に向かって流れ出ようとしている。彼女はその流れに逆らい、武舞台が見える観客席へ出る。そこは、既に観客席ではなくなっていた。空は太陽を遮っているのは武舞台を後にする前から見ていたが、
「きゃっ!」
 雷なんて、降り注いでいなかったし、炎が黒い雲の間から落ちてくるなんて、非常識にも程があった。
「や、闇魔法!?」
『ユゥ国の母魔法がどうして。たしかに国交は悪いけど……』
 武舞台にティアとマイティが何者かと戦っているのが見える。
『これだけの魔法は国務じゃないとできない。でも、こんな首都から離れた街が襲われるはずがないわ。確かに、国境ではあるけど……』
「表彰式どころじゃないようね」
『もし、ユゥ国の魔法士がいるなら、ウチの魔法士もいるはず。とりあえず、ユリウスを起して……合流するのは4人ね。俊駕たちは大丈夫かしら? 逃げるのに必要なのは速さではなく、頭の回転数。早く――』
 ふとそこで、頭に自分の職業が浮かび上がった。
「僧侶なら……」
『――国務と協力すべきかしら?』



「……」
「邪魔をするわけですね」
 ローブをかぶった二人が黒雲を晴らそうとするリナヴィルとスークィの前に現れた。彼女たち二人の私服がガウンに変わり、それを脱ぎ捨て、魔法衣になる。
「返事に応えないのは、理由があってのことですか」
 再び、疑問を投げかけるが対する2人は何も応えなかった。
「わが国の法律により、国務魔法士リナヴィル」
「同スークィはあなた方5人を現行犯で連行します」
「……」
「もし、抵抗するようならば、それなりの処置を施し、強制連行いたします」
『ホークス隊長が召喚獣と一緒ということは向こうの相手も2人』
 リナヴィルが隣に目配せする。
『ということは、武舞台の1人を合わせると……』
「占いどおり、5人みたい」
 地面と黒雲の丁度中間地点。空中での戦いはどれぐらいで決着が付くのだろうか。





「姉さん。こいつ――」
「ユゥ国のものね。2人がかりでもこれじゃあ、おそらく、国務……ふぅ」
「……大丈夫?」
 2人は1人のローブの者と対峙しながら、マイティは剣を構え、ティアは拳をもう一度握りなおした。
「さあ?」
 一歩右足を踏み出し、ローブの者との距離をつめ、顔面に拳を突き出す。相手は後ろに下がり、拳と顔面の距離をその拳分だけ間隔をあけ、かわす。ティアは次にその拳を引き、その引く力を利用し、体を巻き込んで相手に背中を見せ、回転力から、回し蹴りを繰り出す。しかし、それでも皮一枚分、またよけられてしまった。
「ちっ、戦闘装束着てくればよかった。動きが悪いわ」
 蹴りだした足を下ろし、また距離をとる。
「姉さん」
「ダイジョブ、ジョブ」
『痛みを我慢した言い方だよ、姉さん』
「知らないよ。悪化しても」
「ふん! あんな男にやられた傷なんてなんてことないわよ。それより!」
 後ろに構えているマイティから、ローブの男に話題を戻し、
「全っ然、意味がわからないわ。アンタ――!?」
 ローブも者は彼女に応える様子もなく、手のひらから光る玉を出し、天にかざす。
「やめな――」
 ティアの横からマイティが飛び出てきて、切りかかるが、振り上げたところの柄を片手で押さえられ、振り下ろすことができず、もう片方の手にある光球を天に放った。
 上空の4人の人物を飛び越え、黒雲の間に入っていった。俊駕を抱えた男がそれを横目でちらりと見ると笑みをこぼし、その後、激しい雷鳴と共に黒雲の中に雷光が走り、雲の中で散々と暴れた後、まるでその雲の中の世界では暴れたりないというように、会場に雷が降り注いだ。そして、落雷の轟音と共に、人々の悲鳴も雲に届くくらい大きく鳴り響いた。
 マイティはティアの横に立ち。息を大きく吸ってはいた。
「姉さん」
「なに」
 弟の言葉に叫ぶように反応した。
「少なくともわかることは、会場が大破しても別地域で作っているから問題ないということ」
「だから?」
「今回もし、ユゥ国の領地で作られていたとしたら、大破しても情報は僕たちの国には届かない」
「で、ゲートに高度な記憶操作の魔法をかけていれば。逃げられた人たちは普通に過ごせるわけね。街の人口が減る以外は」
 闇魔法では記憶操作が可能である。もちろん、対抗する魔法はマイティ達の国で公開されている。
「うん」
「国務になってくると、都合がでたらめになってくるわね」
「まぁ、公開されていない魔法もあると思うしね」
「じゃあ、どうする? いきなり襲われたから戦っているけど。逃げるの?」
「ミレイやユリウスが旅行中いつも攻防の策を練っていたからね。こういう時は――」
「チャオ族なら?」
 この質問に戦闘中でありながら苦笑いをし、
「……売られた喧嘩は、倍額で買う。んだよね」
「ふぅん。よく覚えてたじゃない。捨てた割には」
 まぁね。といって、相手をうかがうが、先ほどから、ローブの者は2人の攻撃をたくみにかわし、天へ魔法を投げかけるだけであった。
『どちらかというと、僕達が売っている気がするけど。本当に何が目的か全然わからない。空にいる人たちなら、何かしらヒントをくれそうだけど……ん?』
 一つ、落雷に区切りが付き、会場の砂埃がいくらか地面に落ちると、こちらに向かってくる人物が見える。
「と、桃耶さん!!」
 ゆっくりと足の裏を持ち上げることなく、足を摺りながら、桃耶が向かってきていた。
「くぅ、まるで雷が落ちたような轟音でござったなぁ」
 周りに聞こえる独り言をはき、また一つ足と進めている。桃耶はローブの者を中心にしてマイティたちと対称の位置にあった為、マイティの呼びかけは届いていないようだ。
「一番最初に崩れたところから出てきたということは、アイツ何か知っているかも。なんか、動きもおかしいし」
「姉さん――」
「私がコイツの魔法の発動をなるべく抑えるから」
「うん」
 ローブの者のパターンは今のところ一つだけで、黒雲に向かって魔法を発動させるだけで自分達には攻撃は一切してこない。だから、マイティは相手とすれ違い、桃耶のところへ向かっていった。
「ふむ。マイティ殿でござるな? 俊駕殿が不覚にもさらわれてしまった――」
「さらわれた……って」
 俊駕はすぐに彼の異変に気づいた。先ほどまで黒かった桃耶の瞳は真っ白になっており、逆に白い部分が真っ黒になっていた。
「その目」
「生憎、そのときは視界を奪われていたが間違いないでござる」
『僕じゃあ、解除できない』
「ミレイが戻ったら、すぐに解除魔法をかけますから一緒に戦ってください。じゃないと――」
「いや、それより――」
 桃耶がマイティの言葉を先ほどの2人と同じようにさえぎるが、
「貴方も戦力になってくれないと、この騒ぎは収まりません!この大会でほぼ無傷なのは僕らだけだし、昨日の選手達も立ち向かいましたが皆やられてしまいました! ユリウスだって、来てもあの傷じゃあ、目に見えてます」
 それを、マイティが遮った。
「その戦いは人命救助につながるのか?」
「はい」
「承知した!」
 言葉の間に時間を要さず、つまり、間髪をいれず了承した。

――ん……あれ?
 俊駕はゆっくりと瞼を上げ、霞が掛かったような意識を呼び起こす。体を起こすと見慣れたような白い部屋に居ることが分かる。自分に掛けられた布団も清潔感漂う白色で、ふわりと柔らかかった。腕を動かすとギシリと鈍い痛みが走った。見れば体中を叩かれたような打撲の痕があり、いたるところが青痣になっていた。見覚えのない傷を作るのは俊駕にとって日常茶飯事だが、これほどの数は尋常ではない。頭もガンガンと痛みを訴えている。
 何より、なぜここに居るのかが分からない。桃耶と話を聞いていたところまでは覚えているのに、その先の記憶が全くないのだ。
「あ、気がつきましたか」
 控えめなノックがし、振り返ると今朝も世話になった老婦人が優しい笑顔を浮かべて部屋へ入ってきた。――ここは診療所の一室なのだ。
「傷はたくさんあるけど、どれも大したことのないものばかりだから、その内治りますよ。それよりお腹空いたでしょう? お粥を作ってきたの。どうぞお食べになって」
 差し出された器には温かな白いスープが入っていた。これがこの国で言うお粥なのだろう。俊駕が子供の頃に食べた治療食はもっと具沢山だったが、これはまるで味付けのした汁だけで具らしい具はなく、少し戸惑った。
 メレンゲのような食器で掬って食べるらしい。ゆっくりと口へ運び、一口飲むとじんわりと体が温まるようだった。味はやはり薄く、湯を飲んでるように感じる。