異邦人
「若い人には物足りないかもしれないけど、これが一番食べやすくて栄養も取れるんですよ」
 婦人がそう言うので、俊駕は一瞬、心を読まれたのかと驚いた。
「んなことねーって。うまいよ、これ」
 いちいち掬って食べるのがもどかしくて、俊駕は器に口を付けてごくごくと飲み干した。確かに薄味だが、これはこれで美味しいのも事実だ。婦人はそんな俊駕の態度を見て可笑しそうに微笑んだ。
 器を置くと、俊駕は婦人を真っ直ぐに見る。
「それより、俺はなんでここで寝てたんだ?」
 婦人の表情はすぐに真面目なものになった。俊駕が覚えていないことも驚く様子を見せず、ただ聞かれた言葉だけを受け止める。
「落ちてきたんですよ」
 それは俊駕が思っても見なかった返答だった。落ちてきた、などという非現実的な事実など。
「突然外からドサリという音が聞こえて、出てみたらあなたが道の真ん中に倒れていたんです。てっきり朝の騒ぎの延長かとも思ったんだけれど――あなたは興味を持ってたみたいだったし――近くを通りかかった郵便屋さんに聞いたら、落ちてきたって言うんですもの。私の方が驚きましたよ」
「……どこから、落ちたなんて」
「空、ですよ」
 婦人は天井を指差して答えた。その指先を辿って俊駕は天井を見上げた。ばかげたことだとも思うけれど、この婦人が冗談を言うタイプには見えないし、体中の痣がそれを証明しているようにも思える。この程度の傷で済んだことは奇跡のようなことなのだろうけれど。
「そういえば武術大会はどうでした?」
 俊駕はハッとした。今こんな所で寛いでいる場合ではなかった。空から落ちてきたなどという空想的な身の上話に悩んでいる場合でもなかった。
「そうだ、わりぃ、俺急がなきゃなんねーんだ!」
 慌ててベッドから降りると、まだ体のあちこちが悲鳴を上げる。しかしそんなことに構ってる時ではない。
「え、ちょっと、大したことはないと言っても、無理はだめですよ!?」
「分かってるって! ごめん、俺行くわ!」
 そうして勢いよくドアを開けて玄関を出た――次の瞬間には、俊駕の動きは停止した。思考も、何もかもが一瞬働くことをやめ、視界に映る状況を必死で理解しようと再び働き始めたのは、瞬きを一度して後だった。
「……え、は、なんで?」
 それは俊駕の戸惑った声ではなくて。
 目の前に立つ宗一とルースのどちらかが放った驚愕した声だった。
「えっと・・・。」
 これは俊駕の戸惑った声。
 お互いに呆然として俊駕と宗一、ルースと俊駕は見つめ合う。不思議な空気が三人の間に流れた。
 俊駕は自分の脳をフル稼働させる。宗一とルースは、確か雪慈を探しに行くと行った筈だ。そう、雪慈。
 だが世話になった老婦人は雪慈が帰って来ていると云う風には言っていない。
「雪慈は、帰ってないけど?」
「そうじゃなくてどうして俊駕さんが此方に?」
「まさか!」
 ルースは整った顔をこれでもかと云う程歪ませる。
「表彰式、もう終わっちゃった?」
 俊駕は首を傾げる。俊駕もそれが気になって飛び出して来たのだ。
「さぁ?」
「さぁって――。」
 宗一が呆れたような声を上げる。俊駕は気まずそうに頭を掻いた。
「俺もよく分からないんだけど――。何だか空から落ちて来たらしくて。」
「そら?」
 宗一とルースが一斉に空を見上げる。真っ白な雲が青空を漂っていた。
「桃耶と表彰式の説明を受けていたのまでは思い出せるんだけど。」
「それでどうして空なんですか?」
「だから俺にも分からねぇんだって!」
 しまった、と俊駕は口元を押さえる。つい、声を荒げてしまった。
 だが宗一は関係無いと言うように顎に指を当てて考え込んでいた。
「此処で会ったのも何だし、一緒に雪慈探す?」
「でも表彰式もなぁ。」
 ちゃんと桃耶が説明を受けてくれているか。不安だ。
 それ以前に、会場で何かあったのかもしれない。そう思うと雪慈を探している場合ではない気もする。いや、雪慈は十分に大切なのだが。
「そんなに心配なんだったらミレイと連絡取ってみようか?」
 俊駕と宗一が、同時に手を叩いた。
「ナイス!」
「ルースくんだって結構役に立つんだよ。」
 本当に嬉しそうな笑顔を浮かべてルースはいそいそと特殊である事が一目で分かる鏡を取り出す呪文を唱える。
 が。
 鏡に映し出された半透明のミレイは、玉のような汗を浮かべていた。それで鋭い目付きで此方を睨んでいる。
「・・・ミレイ?」
『雪慈さん、見付かったの?』
「いや、まだだけど――。何があったの?」
『ユゥ国と今、軽く戦争状態なのよ』
 ミレイの舌打ちがやけに大きく聞こえる。――何だか、怖い。  しかし戦争、と云う言葉にルースの顔は強張った。俊駕と宗一も緊張するのが分かる。
「直ぐ帰るよ。」
『役立たずはお願いだから帰って来ないで』
 ルースは言い返そうとした。だが、痛む身体が訴えて、何も言い返せない。
『僧侶だってねぇ、癒すだけが能じゃないのよ』
 ふっふっふっとミレイの不気味な低い笑い声が響く。
『小さな傷さえあれば無限に細胞を死滅』
 ぷつり。
 ルースが悲しそうに首を振りながらその鏡を仕舞う。
「僧侶は生物魔法に長けてるし、ミレイは優秀だから。」
「・・・。」
「は、早く雪慈さんを見付けましょう!多分、戦力になるのは雪慈さんだけですから。」
「そ、そうだな!俺も役に立たないから手伝うよ!」
「じゃ、雪慈を発見した山にレッツゴー!」



「あー、落ちてしまいましたねぇ」
 抱えていた俊駕を落としていても、別段驚いた感じではなかった。
「まぁ、別に持って帰れればかまいませんし、別にいいでしょう」
 ホークスは召喚獣カルノーが相手の男――おそらくリーダー――と共にいたローブを被った者と戦いに始めてすぐに、この男が紳士でないということはすぐにわかった。それは自分の周りに根っこま で紳士である人間が多かったからだ。だから、自分と対峙している男の仮面を取り外すことは簡単だった。
「まさか、落とすとは思いませんでしたか?」
 だが、男ににっこりと笑いかけている男が嫌いであるのはそれ以前の問題だった。
「ひとつ、言っておいてもいいか?」
「はい? 何でしょう」
「まさか、落とした場所かまだこの下の自分の国であるとは思っていないよなぁ」
 会場は離れていて、ここまで空は暗くはなっていなかった。
「……」
「さっきまで、お前の隣にいた召喚獣。あー、あの猫の実力がどうかはわからないが、こっちの狼は場所移動魔法が得意なんだぜ? まあ、速さもなかなかだが」
 もう、俊駕がこの国にはおらず、先ほどの国にいることを示唆した。
「なかなか、面白いモノを持っていますね」
 すこし、相手の仮面がはがれだした。
「だが、連れてきたやつらが全員召喚獣とは、どういうことだ。
俺らの仲間が、戻す呪文を知らないとでも思ったか?」
『ホークス隊長、こちらスークィ』
『なんだ、もう拘束して還したか』
『私たち2人とも戦っている者が召喚獣であることはわかりました』
『こちらリナヴィル。そして2名とも拘束しました』
『ならば、直ぐに――』
 還せ、と命令しようとしたが、
『還せません』
『……?』
『どうやら、何かしら特殊な魔法が効いているようで、還すことが出来ないのです。今のところは、拘束し、気絶させています』
『ですから、私リナヴィルはカルノーと合流するため、戻ります』
『私は、ここで二人の見張りを行います』
 そこで、二人の疎通をやめた。
「なるほどな」
「どうか、なされましたか?」
 やはり、なかなか仮面をはがすことは出来なさそうだ。
「お前がなぜ、そう余裕なのかわかったよ」
「それはそれは。どうやら帰還禁止、睡眠防衛魔法が効いているようですね」
 さて、では私たちも始めましょうかというように、魔力を込めた。






元の世界では。
「ふぅ。片付いた」
 そこには狼に負けた猫が倒れ、ぴくりとも動かなかった。
「まぁ、死んではないだろう」
 空中で戦い、地面でカタが付いたはいいが、そこは街中で周りの人々が驚きの目で見ていた。その狼はぐいと猫の首根っこをつかむと、会場へ通じている魔法陣の中に放り込む。
 周りの目をものともせず、手のほこりを払うと空に鼻を向け、俊駕のにおいを嗅ぎ取る。
「あっちか。獣型で回復しながら行こうっと」
 光ながらゆっくりと人型から獣型に戻ると、ふわりと空に浮く。そして、彼の後を追い始めた。
 残された周りの人間たちは、ぽかんと見送り、どうして自分たちが怪我をしているのかを気にし始めた。


会場内ではミレイが桃耶寝かした形で、魔法解除を行っていた。
(呪いは全部で3つね)
「で、じゃあ、その男が俊駕を連れ去り、なおかつ誰かが助けてくれているのね?」
 目を閉じ、桃耶はうなずく。
「あなた、見えてないんでしょう? どうして、助けてくれるって、確信があるの?」
 どうやら、ミレイは先ほどの連絡のやり取りで、俊駕が一緒にいるというところまで気が回らなかったらしい。
「うむ。勘かのう。拙者のこういうときの勘は外れぬから」
「呆れた。はい。眼、片方終ったわ。この呪い、普通の魔法士のものじゃないわね。結構魔力を消費するわ。私も戦いのため、魔力節約したいし、事が終るまで隻眼で大丈夫?」
「問題ないでござる」
「次は重力加算ね。こっちはすぐに終わるわ」
 すっと、ミレイの手のひらが光ったと思うと、すぐに桃耶は自分の体重が軽くなるのを感じた。
「はい、おわり。もうひとつかけられているみたいだけど診断している時間が惜しいし、体に違和感はない? 一応、ブラクト(片方)とグラヴンの魔法は解除したわ」
 彼女が、胸元に当てていた手のひらを離すと、すぐに桃耶は立ち上がる。
「平気でござる。問題なしでござるよ」
 そして、そこで初めて桃耶は周りの状況を見た。
「ひどいではござらんか!!」
 誰がやったのかは、マイティとティアが相手をしている人物だとすぐに分かった。
「よし、拙者も――」
『いい、よく聞いて』
 ミレイはマイティ、ティア、桃耶に疎通をはかる。桃耶は耳から聞こえてこないのに聞こえるこの状況に少し戸惑った。
『ユリウスにはもう、指示はしてあるわ。これからそれぞれの役目を言うわ。ティアさん、いい?』
 ティアだけには年上ということもあり、一応断っておく。
『大丈夫よ』
「うぬ!? ミレイ殿の口が開いておらぬのに声が―ー」
 ミレイは桃耶の発言を無視した。
『ティアさんと私はその加害者を黙らせるわ』
『オッケー』
『ちょっと、姉さんまだ、怪我が――』
『マイティは上の真っ黒い雲を晴らして。あそこから炎雷がくるんだったら、そこを早めに処理。十分な魔力は残っているはずよ』
『でも……』
 なんだかんだ言っても、姉さんがマイティは心配なのだろう。少し、未練がましかった。
『いい? 適材適所よ』
『……』
 無言を肯定を受け取るの人がいるのは、いつの時代でもいっしょだった。
『桃耶は、まだ会場に残っている人たちを救助すること、怪我人はともかく、軽傷の人間は会場から投げ出す感じで放り投げていいから』
「な、そんなことできるわけないではござらんか! そんなこ――」
 桃耶だけは声に出して応える。
『ユリウスには会場外に堀のように戻る魔法陣を組んでおくように頼んであるから』
「だからって」
『魔法陣には落ちる瞬間に鳥の羽が舞い落ちるかのように速度を調節するよう頼んであるの。放り投げても心配ないわ』
「う、うぬぅ」
『桃耶の勘はなんていってるかしら?』
 気づけば、ミレイはティアのすぐ横に並んで相手と対峙していた。
「承知した」
『桃耶、もうひとつユリウスに頼んであることがあるの』
「なんでござるか?」
『この会場にいる人たち全員が本当にヒトだと思う?』
 周りを見渡すと、確かに数が多い。
『この会場の7割くらいは土でできた人形よ』
『『「え!?」』』
 3人ともそれには驚いた。