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異邦人
『私も初めは気がつかなかったけど、何か土気をなくす処置がされていたみたい。破壊活動でその処置に不具合が生じて気がついたわ。これがはじまったとき避難で観客席にでたのは私とユリウスだけだったから』 「筋が読めぬでござるが」 『ユリウスに頼んだのはその人形の行動解除よ』 その疎通のあとに、その人でない土人形がどんどん元の姿へ還りだした。 「ミレイは人遣いが……荒い」 全身傷だらけでありながら、大急ぎで会場の外を一周しながら魔法陣を描き、土人形から一部を取り出して同一のものを探し出し、解除をかけたユリウスの声は会場外にいたためか本人の耳には入らなかったし、魔力と集中力も限界で、ぐったりと横たわった。 『これで、余計なモノは助けないですむわ』 ミレイはこれで疎通終わりというように、魔力を込める。 「承知した。拙者、乾坤一擲の精神で助けに行ってくるでござる」 マイティは彼女たち2人から距離を置き、集中して呪文を唱え 始める。 「さぁ、ティアさん。始めましょうか」 彼女はやられた分は何倍にして返すぞ。というような闘志をみせ、 「オッケー」 彼女もそれに呼応するが、変な影が彼女たち2人の相手を見えなくさせた。 「怪我を負わせた人の代わりに、お主を始めに一発けらしてもらうでござる」 桃耶がそのローブの者にけりを下から上へ繰り出すが、空を切る。 「なるほど。お主、なかなか速いでござるな」 いつの間にか、桃耶はその者の後ろにいて右手で右肩をつかんでいた。相手は急いで振り向こうとするが、もう右わき腹に一撃入っている。そして、会場の壁まで吹き飛んでいった。 「では、ミレイ殿、ティア殿、全うしてくるでござるよ」 そういって、一瞬何が起こったかわからないといった表情の2人を気にも留めず、一度手を振ると観客席へ飛び込んでいった。 「私の楽しみ減らして怒り増やしたから、後で杖叩き20回」 ぼそり、といったのをティアが聞いて、少し背筋にいやなものが走った。 そして、彼女たちに、とってよいことかどうかわからないが、今の一撃で相手のローブがとれ、顔を見ることができた。 相手が召喚獣というものを2人が知っているかは置いておいて、相手の雰囲気から戦闘を構成するのは重要なことだ。 相手は手足は確かにあり、人に見えなくもない。背丈はティアよりもすこし高いくらいだが、本当の高さはもっとありそうだ。口は大きいが、端から端まで太い糸で縫われ開かないようになっていた。髪の毛などは生えておらず、肌は滑らかであった。 そう、相手は眼光の鋭いヘビそっくりのヒトだった。 「ここって……」 ルースは辺りを見回して自分の記憶を辿る。確かここは――。 ルース、宗一、俊駕の3人は雪慈を探して、宗一と俊駕、そしてここにはいない桃耶が彼を最初に見つけた森へと戻ってきた。雪慈の行きそうな場所を思い浮かべようとしても思い浮かべられない彼らは、唯一この場所しか考えられなかったのである。 左手側にこの世界を見下ろすような尊大な存在感を放つ宮殿が見えるここは、奥へ深くなっている森の入り口あたりだ。民家すらない場所だが川も近くに流れ、緑豊かな場所だ。美しいとは言い難いが、それなりの気高さを持っているようにも感じる。 「ここがどうかしたのか?」 ルースの言いかけた言葉を俊駕が促す。ルースは少し考えた様子を見せ、おそらく何かを思い出そうとしているようだった。 「いや、ただこの先には確か、“神の住処”って呼ばれる所があったなあって」 「カミノスミカ? 何その大層な名前の場所は」 胡散臭そうな顔をする俊駕に、いやホントだって、とルースは慌てた。嘘つき呼ばわりされることは本意ではない。ルースは以前――いつだったかはすっかり忘れたが――ミレイに聞いた話を思い出しながら語って聞かせることにした。ミレイは僧侶というだけあって、迷信のようなことも詳しいのだった。 「この森のずっと奥に行くと、度々行った人が戻ってこなくなる現象が起きるんだ。だけど探しに行こうにもまた探しに行った人が帰ってこなかったり」 「ミイラ取りがミイラになるっつーやつか」 呟いた俊駕は話の途中を邪魔されたルースに睨まれ、肩を竦めた。話の間は黙っていろということか。 「でも絶対に戻られなくなるってわけでもなくて、何年かしてふっと急に帰ってくるんだ、そのままの姿で。で、何があったのかって聞くと、わけの分からない言葉を話したり、よく分からないと話にならない時もあるし。皆がみんなアタマがヤバイくなるんじゃないかって噂が流れてさ。いつの頃からか神の住処って呼ばれるようになったんだ。そこでは何が起きているのか、これだけ魔術が発達した現代でも解明できていないから」 「まるで神隠しのようですね」 ルースの話の区切りを見つけて宗一が静かに言った。ルースが睨むことはなかったが、言葉の意味が判らないというように首を傾げた。 「なんだ、その、カミカなんとかってのは」 「“神隠し”です。俺のいた世界にも似た現象のことが昔話として残っていたりするんです」 「じゃあ宗一は神の住処の正体を知ってるのか!?」 これは世紀史上の大発見だぞ!と息が上がるルースに、宗一は申し訳なさそうに首を横に振って否定した。 「いえ、ただ似た現象があるというだけで、俺はそのメカニズムを知りませんし、実際そういう事を目で見たわけでもありませんから」 気づいたら異世界だった――ということだけを見ればまさに宗一は今“神隠し”にあっているのかもしれないが。ただこれが夢ではないということも現実であるという事も、未だ確信しているわけではなかった。 俊駕はそんな二人のやり取りを上の空で聞いていた。頭の中では神隠し云々よりもその現象のことでたくさんだったのだ。 ――“神の住処”って……まんま“迷いの森”のことじゃねえか!? 知っている者からすればなんてことのない現象だが、知らない者からすれば確かに訳の分からない言葉を話す世界に行くのだから、その世界の言葉を話しても不思議はないし、理解することができなければ頭のイカれた精神異常者のように扱われるかもしれない。間違いなくそれは異世界へ繋がる空間の歪みが生じていることを表しているようだ。 俊駕は自分の考えが強ち外れているようには思えなかった。ルースの言葉だけから推測すれば、まさに完璧、100%正しい推論だろう。 「おし、んじゃあ行ってみようぜ、神の住処へ!」 「え、ちょ、待てって!」 ルースの声を背に俊駕は勢いよく走り出した。ルースと宗一はいきなりの出来事に慌てて後を追いかける。 俊駕は興奮しきっていた。――これで元の世界へ帰れる! 此処であった事は全て忘れられる。罪悪感も無くなる。雪慈の事で悩まなくても良くなる。 帰ったら自分を置いていったチャグムに文句の一つや二つ、言ってやろう。こうなった原因は全てチャグムにあるのだから。 「俊駕さん!」 「シュンガ!」 宗一とルースの声が遠くに聞こえる。けれども、俊駕は一心不乱に歩き続けた。 「だから危ないって。」 帰れるんだ――。俊駕はその言葉を飲み込んだ。 「シュンガ!」 いつの間にかルースが俊駕の横を歩いていた。傷が痛むのか、少し顔をしかめている。 「落ち着けって。」 「十分落ち着いているよ。」 そうは言ったものの、自分が冷静でなかった事を俊駕は察した。 これでは何かあると感づかれてしまう。下手したら三人で仲良く戻る事になる。 「ソウイチ置いて行く程ユキジと仲良かったっけ?」 そう言えば――。後ろを振り返ると少しよろめきながら宗一が走っていた。 「どうしたんだよ。」 「別に。」 でも、帰れる。 「シュンガまで行方不明になったら。」 ルースは自分の両腕を抱いた。 「ミレイに怒られるよ。」 「ごめん。」 ルースには悪いが適当に迷子にならせてもらおう。雪慈の事はきっと二人が何とかしてくれる。 「団体行動なんだからさ。」 むすっとした様子で宗一を見ながらルースは言った。 俊駕は頭を掻く。少し怒らせてしまったかもしれない。 宗一は二人が止まって安心したのか、息を整えるように歩いていた。太陽光を受けて宗一の銀縁の眼鏡が光る。 宗一とも、もうお別れか。俊駕は一人、感慨に耽る。 思えば一番よく話をし、仲良くなれたのは宗一だろう。宗一の持つ穏和な雰囲気がそうさせてくれたのかもしれない。 「ソウイチ。」 宗一がもう少しで手が届く場所に来ると、ルースは宗一に呼び掛けた。 「ユキジと最初に会った場所は?」 「ええっと――。」 宗一は眉を顰めて考え出す。 「道で会って、倒れたんだよな?」 「此処ら辺だった事は覚えてるんですけど――。」 「”神の住処”に行ってなけりゃ良いんだけどなぁ。」 ルースは唇を尖らせる。 「もしかしたら、ユキジさん、その”神の住処”から来たのかもしれませんよ?」 「人間じゃ、ないしな?」 三人は同時に顔を見合わせた。 「でも、この世界から来たんじゃないから、そうではないんじゃない?」 「そうだよな!”神の住処”はパス!」 パスされたら、少し困る。行く事になったらそれもそれで困る。 「また探すかぁ。」 その時。カサカサ、と葉が動いた。ルースは俊駕と宗一を守るように身構える。 敵か。揺れる葉を凝視する。 「くぅん。」 「い、犬ぅ!?」 茶色い犬だった。鼻を鳴らして、三人に近付く。 さっと俊駕は宗一の後ろに隠れる。やっぱり犬はまだ苦手で。 しかしその犬は、真っ直ぐに俊駕を目掛けて歩いて来た。 |