Zero of All
フィアローネ大陸全土を支配するウルベルト王国。
その首都ジュノーには御屋敷町と呼ばれる、貴族が屋敷を連ねている場所がある。
その一画から絶叫にも近い怒鳴り声が聞こえてきたのは、麗らかな昼下がりであった。
「どういう事よ、兄さん!?」
漆の光沢の美しいテーブルを叩いて怒鳴っているのはセイラ=ヴィラージェ。身分は男爵とそう高くは無いが資産の多さでは貴族の中で一、二を争うと噂されるヴィラージェ家の三女である。豊かな金の髪とブルーダイヤのような瞳持つ美しい少女であるが今はその愛くるしい顔は憤怒で彩られている。
「どうもこうも、今言った通りだ。私は少将に昇進する事が内定した。代わりに東方基地の司令官として派遣される事も」
セイラの怒りを軽く受け流しているのはヴィラージェ家長男エドガー。軍人であり、まだ二十代の若さでありながら既に准将の位を与えられているエリートだ。セイラよりは幾分か薄い金髪で目元の優しげな美男子だが浮いた噂の一つもなく、堅物で通っている。
「ダメ、絶っ対にダメっ」
「そう言うと思ったからお前には黙っていたんだよ」
エドガーは困ったような笑みを浮かべてセイラを眺めていた。
そのエドガーの様子を見てセイラはさらに顔を紅潮させ、固く拳を握り締めた。
自分に黙ってそんな大事な事決めたエドガーが、自分から離れて行こうとするエドガーが許せないのだ。
「そんなのってないじゃない!」
下唇を白くなるほど噛んでセイラは叫んだ。
「とにかく私は反対だからね!」
「もう決まった事なんだ。」
「だったらドゥルグで勝負よ!」
そう人差し指を突きつけたセイラにエドガーはさらに困ったような顔をする。
「ドゥルグだったら断る事も無理ではないだろうが――。これは俺の意思なんだ。」
ドゥルグとは、この大陸で行われている魔法対科学の戦いの事だ。
表向きには見て楽しむだけの娯楽、出場者同士の力比べなのだが、裏では身分の高い者同士の掛け試合として広く知られている。
ここで言い争いをしているセイラやエドガーも幼い頃にはお菓子を賭けて試合の行く末を見守った物だ。
最終的にお菓子が行くのはどちらにしてもセイラの物だったのだが――。
小さなドゥルグは貴族主催で毎年幾つか行われるが、やはり最大は年に一度、春の豊作祈願祭であるフィアローネ祭の最終日に行われるものであろう。
この日は大陸全土のみならず外国からもドゥルグを観に観光客が押し寄せてくる。
フィアローネ祭最大の見物と言っても良かった。
「俺の意思と言ってもお前は退かないのだろうね」
「当然よ」
「よし ―― 分かった、ならば受けて立とう」
エドガーはコインを取り出す。
「コイントスで。文句無いな?」
「ええどうぞ」
コインが宙に舞いそして落ちた。
「どちら?」
「表」
コインは裏側を見せていた。
「俺の勝ちだな。では俺は科学者の―― いや待て、それではいつもと同じだな。今回は少しルールを変えようじゃないか」
セイラはエドガーの笑みに不穏なものを感じたが、嫌だと言って勝負自体を無かった事にされても困るので続きを待った。
「今回はどちらが勝つかでは無く誰が勝つかに賭けるんだ」
セイラには兄の狙いが解った。
「つまり兄さんは誰か優秀な科学者を雇ってドゥルグに送り込むって魂胆な訳ね」
「流石に賢いね」
こんな時に誉められても嬉しくなどない。
兄が送り込むとしたら軍属の科学者だろう。
軍属はエリート中のエリートだ。
いや、それ以前にセイラの選んだ一人が予選で負けてドゥルグまで辿り着けない可能性もあるのだ。
セイラには軍人は疎か、戦い向きの友人すらいない。
だがしかし――。
「兄さんは決して東方へなんか飛ばさせないわ。」
――左遷ではないのだが――
エドガーは心の中で苦笑した。
「ドゥルグの席で会いましょう。」
「セイラ?」
「それまで家には帰らないから。」
相変わらず、突拍子の無い事を言う子だ。
「護衛は?」
「いる訳ないでしょ?」
セイラはドアを開く。
「さよなら。」
絶対兄は東方司令部へは行かせない。
セイラは心に固く誓った。



「ここね。」
日はもう暮れかけている。
御屋敷町を少し外れた長屋の連なる場所にセイラはいた。
風が吹けば吹き飛んでしまいそうな程作りの荒い長屋は顔立ちから豪華なセイラには似合わない。
しかしセイラはここにいた。
セイラは大きく息を吸い込む。
「たのもー!」
大声と共にセイラは崩れかけた長屋のドアを破壊した。
と、花が飛び散る。
長屋の中には一人の青年がいた。
黒髪と漆黒の瞳を持った青年。
少し固いが人の好さが滲み出ている顔は綺麗に整っていた。
何やら造花のバイトでもしていたらしく、長屋一面には造花が散らばっており、彼自身も造花を持って突然の乱入者に固まっていた。
「貴方が神奈木弓月ね。」
少々横柄なセイラの態度に弓月はさらに固まる。
造花を床に置き、暖を取るために羽織っているマント――春とは言えまだ夜は寒いのにこの長屋には暖房も無かった――の下に手を入れた。

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