Zero of All
すっと目を細めると人の好さは掻き消え、無愛想さが表に出た。
「何だ?新手の借金取りか?バイト代が入るのは来週だから今来ても薄い紅茶か薄い珈琲しか無い。俺ですら一昨日から水だけで生活しているんだから。解ったらさっさと帰れ。ちゃんとドアは直せよ」
綺麗な分異様な迫力がある。
だがセイラは正統な客だ。
気圧される必要は無いと自分に言い聞かせ四隅の破れた広告を弓月に突き付けた。
『魔獣貸します。ご連絡は長屋町北区10棟神奈木弓月まで。』とその広告には書かれていた。
「この広告見て来たんだけど?」
途端、弓月の表情が明るくなる。
「何だ、そうだったのか。ここ数年ここに来る客なんて近所の連中か借金取りくらいだから新手が来たのかと思い込んだ。悪かったな。仕事の客なら大歓迎だ。上がってくれ」
セイラは造花の隙間を縫って長屋に上がり、座る。
「薄い紅茶と薄い珈琲、どちらにする?」
「じゃあ、珈琲を。」
わかった、と頷いて珈琲を入れに行く弓月を見ていると、造花の他にもバイトの内職らしき物が見つかった。
箱詰めする前の人形に製作段階の際物、それに藁笠の編み込み段階等等。
大袈裟とも思える貧乏の程だった。
――こんなので大丈夫なのかしら?――
町で、見掛けた貼り紙に連れられてこんな場所まで来た自分が情けなく思える。 何と言ったってセイラはヴィラージュ家の令嬢。
普通であればこんな場所に来る理由がないのだ。
そんな事を考えてる間にも弓月が珈琲を持ってきた。
「どうぞ。」
そう言って出された珈琲を飲んでセイラは絶句した。
「――、水?」
「失礼な、ちゃんとした珈琲だ。」
少々顔を引き攣らせながらもセイラは弓月を目の前に会話に入った。
「貴方、この生活を気に入っている?」
何を言うかと言わんばかりに弓月の顔に影が落ちた。
「父親が残した借金が元で生活は地獄。ただ唯一の肉親の母親は過労が原因で倒れ他界。残された俺は毎日毎日内職の数々に借金取り。それが楽しいとでも?」
予想を遥かに絶する貧乏には思わずセイラもぽかんと口を開けた。
が、すぐに閉じる。
「貴方にそんな生活からおさらばする良い仕事を持ってきてあげたわ。」
「…良い仕事?」
弓月は眉をぴくりと動かした。
「ええ、でもその前に、貴方の実力を知りたいんだけれど。貴方、魔獣使いなんでしょ。魔獣を見せてよ」
言いながらセイラは弓月の反応を試そうとこっそり気の塊を飛ばした。実はセイラにも魔力があるのだ。
しかしセイラの力は防御、治療向きで攻撃は自分の気を集めて飛ばす、これ一つだけなのだが。
しかしその攻撃は弓月に当たる前に消えた。
出力が足りないのかと何度か試みるが一度も当たらなかった。弓月はそんなセイラの動きなど素知らぬ様子で 「それもそうか」と呟きながら立ち上がった。
「最初に誤解を訂正したいんだが」
「何?」
「俺は魔獣使いじゃない。魔銃使いだ。つまり…ビーストマスターじゃなくガンマンだ。どう違うかと言うと使い手と魔獣が契約するのがビーストマスター。使い手と魔獣は影響し合う事は無い。一方俺は魔獣を体内に住まわせている。俺の体調や心理状態が魔獣の強さに影響する代わりに命令は言葉を発する事無く伝わるから迅速かつ正確だ。だいたい理解できたか?」
「まあ、多分」
「なら次に俺の中にいる魔獣を何体か紹介しよう」
弓月はマントの下に手を入れると銃を取り出した。
リボルバー式の古い型だが、黒光りする銃身は光の角度で木目のような模様を見せた。
「これが俺の中と外を繋いでいる」
そして弓月は引き金を引いた。
爆発音と共に現れたのは弓月の二倍程の身の丈のある鴉だった。
「鋼鉄のクロウ。こいつは俺の影に潜んでいて、俺への攻撃は全て排除する。アンタもさっき俺に何かしただろう。クロウが騒いでいた」
ああ、とセイラは理解した。
自分の攻撃が弓月に当たらなかった理由を。
「他には?」
興味津々なセイラを他所に、弓月は首を横に振った。
「あまり力を披かすといざという時に奥の手として使う魔獣がいなくなる。俺の保身の為と思ってここから先は勘弁してくれ。」
「そうね。その方が後のお楽しみとしてドゥルガで楽しめるし。」
弓月が大きく目を見開いた。
セイラはそんな弓月を見て悪戯っぽく笑う。
「私の依頼というのは他でもないドゥルガの事。貴方に参加して買って欲しいの。貴方が優勝すれば貴方は賞金が手に入って借金を返済、さらに私の依頼料も受け取る事が出来るし、私は私で賭けに勝てる。ただし、負けたら依頼料は払わないから。私の依頼はドゥルガで優勝する事よ。」
弓月の顔が微かに引き攣った。
「お嬢さん、ドゥルガで優勝する事がどんなに難しいかわかっているかい?国内外から兵が、下手したら大陸の外からも来るんだ。そんな大会で優勝しようなんて――」
「貴方、今の生活に満足していないのよね?」

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