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しかし、精神的面では毎日が驚愕の連続だった。 貴族と借金取りに追われる貧乏人。 元々天と地ほどの差のある自分達が――セイラに脅されたとしても――一つ屋根の下に住もうなんて無理な話だったのだ。 飲み物を一つ飲むのでも衝突が起こる。 セイラは一回珈琲を入れただけで豆を捨てようとするのだ。 それに、二度めからの豆は絶対に使わない。 もう、弓月の我慢の限界も近かった。 「この五日、毎日毎日言おうと思っていたんだがな。」 「何?」 この五日間で弓月の仏頂面と無愛想な態度にも慣れたセイラはクロウの肉球で遊びながら答えた。 「帰れ。」 「嫌。」 そう言ってセイラはまたクロウの肉球で遊ぶ。 断られてしまえば、会話の下手な弓月に会話を進める術は無い。 が、ここで終われば一生後悔すると言わんばかりに弓月も食らいつく。 「あのな、俺とお前じゃ生活習慣が違い過ぎるんだ。さっさとお屋敷に帰れ。」 「私は今、抗議中なのよ。」 つんとセイラはそっぽを向く。 「だって、兄さんは堅物だから言った事を自分じゃ絶対変えないし。ちょっと困らせてやるのがいいのよ。」 そう言って目元にはうっすらと涙を浮かべている。 「思い起こせば十数年、私に構ってくれた人は兄さんしかいなかったわ――」 今にも泣きそうなセイラを見て慌てた弓月はセイラの話を止めようと思わない事を口走った。 「悪い、俺が悪かった。」 「本当?」 ――お人好し―― 振り向いたセイラの瞳には涙は浮かんでいなかった。 ヤラレタ。 弓月は心の中で絶叫したが、後の祭である。 女の涙とか、男の脅しは恐くない。 しかし、どうも子供の泣くのだけは突き放せないのが弓月の弱点だ。 「眉間の皺が増えてるわよ。ほら、笑って笑って。今から買い物に連れて行ってあげるからさ、ね?」 「俺は荷物持ちって事か」 「違うよ、弓月の買い物よ」 「俺の?何で」 「そのボロッボロの、貧乏人丸出し服でドゥルグに出てもらっちゃ、推薦人としての私の名に傷が付くの。もう少し良い服買って、髪も何とかしなきゃ」 セイラは問答無用で弓月の手を引き長屋を出た。 鍵など掛けたところで盗るべき物など無いから、掛けない。 長屋町から道路を三本挟んだ大通りがジュノーのメインストリートだ。ここを歩けば食品から墓石まで何でも揃う。 セイラは迷う事無くある一軒のブティックに入った。 「これも依頼料のうちか?」 絹の服など見るのは初めてな弓月は訝しみながらセイラに訊いた。 「これは私なりの居候料だから気にしないで」 店員がセイラを見て驚いている。 しかしすぐに笑顔を取り戻し恭しく話し掛けた。 「いらっしゃいませ、セイラ様。今日はどのように致しましょうか」 「今日は私じゃなくて…こちらの」 店員は弓月を見てもう一度驚いた。 あまりのみすぼらしさ故に。 「ええ…と、ご希望の インなど御座いましたら、伺いますが」 「とにかく動き易い服を」 「解りました。少々お待ち下さい」店員は奥に下がりすぐに戻った。 「こちらなど如何でしょう」 出された服は裾が太股までありハイネックで、首と袖と前の留め具がベルトのようになっていた。 ズボンは上着と同色で膝から下はスリットが入っており、ベルト状の留め具で足の太さに合わせてズボンを調整できた。 表はエナメル質だが裏地は汗をよく吸う木綿で、色は黒だ。 「着てみたら?」 「いや、こういうのは…」 抗議虚しく更衣室に押し込められた弓月は仕方なく服を替えた。 「オッケー?」 「ああ」 カーテンを開けてセイラと店員は絶句する。 弓月がなかなかの美青年なのは知っていたが、こうして見ると文句の付けようがない。 上から下まで完璧だった。 「お客様、よくお似合いですよ」 「でもハマり過ぎて面白くないわ。同じ型で違う色、あります?」 面白くなってきたのだろう、店員は数種類似たような服を出してきた。 セイラは白を推したが弓月は黒を選び、白は絶対に嫌だと譲らなかったので黒い方を購入する事にした。 「服はこれで良いから次は髪型ね。」 髪型も髪型で貧乏丸出しの、「近所のおばちゃんに切ってもらいました」的なものだった。 切ってもらったばかりの頃はまだ小ざっぱりしていたのかもしれないが、内職に忙しくて髪を切ってもらう暇がなかったのか、肩まではいっていないものの、弓月の髪は男にしては長い部類に入っている。 「いや、別に髪型は――」 「第一印象は髪型で変わるのよ。貴方に合った男前を前面に押し出した髪型にしなきゃ。爽やかな美青年とちょっと淀んだ青年ぐらい差があるのよ。」 そう言ってセイラは弓月の腕を引っ張り、「とっといて。」と弓月が手にした事の無い大金を店員に払った。 この服の値段を思うと胃が痛くなる。 セイラに引っ張られるままに弓月は次に美容院に入った。 「セイラ様、今日はどうされましたか?」 |