Zero of All
客の髪を切っていた美容院の一人がそれを取り止めてセイラの前に進み出た。
「あら、セイラ様。男前なお兄さん連れて。デートですか?」
「いいえ。友達よ。この人をもっと男前が上がる様に髪を切ってくれないかしら?」
「どのように仕上げましょうか?」
急に弓月は話題を振られて我に帰った。
「あ、短くお願いします。」
「畏まりました。」
そして連れられるままに弓月は椅子に座らせて髪を切られた。
その間一時間弱。
「――完璧。」
髪を切り終わってセイラの前まで連れてこられ、セイラは少し頬を染めて言った。
鏡の中には少し長めのスポーツ刈りで、小奇麗なファッションの先端を行く様なカジュアルな服に身を包んだ自分がいる。
「婚約者って紹介したいくらい。」
「――。は?」
「冗談よ。」
セイラはお茶目に笑って見せる。
それから二人は店を出た。
ありがとうございました、という店員の声に見送られる。
「最後は武器ね。」
そう言ってセイラは爽やかに弓月に笑いかけた。
「間に合ってる、ってかそんな恐ろしい事をさらりと言うな。」
この時代、魔法や剣で飯を食う人間が生活する中で、国の都合から武器は手に入り難くなっていた。
手に入れようと思ったら独自のルートで手に入れるしかない。
「大丈夫よ。」
「そうじゃなくて――。」
強引に弓月の手を引っ張るとセイラは壷の店、下水、他人の家、鍛冶屋を通ってメインストリートから外れた如何にも危ないお兄さん達が屯していそうな通りに来た。
「セイラ、俺はともかくお前はヤバイって。」
「あら、逆よ。」
セイラは澄まして言う。
「ここら辺は私の兄さんがよく来るの、みんな兄さんを慕ってくれているし、私の事も可愛がってくれているわ。」
――兄さんの妹だから――
「だから危ないのは初めて此処に来る貴方よ。」
だがセイラの予想に反して弓月は肩をすくめただけだった。
「初めて…ね。確かに俺はコネも金も無いしな」
弓月は『クロウ自動操縦解除』と口の中で呟いた。
「何する気?」
「『お嬢様』、何処かに隠れてろ。邪魔だから」
質問に答えてもらえなかった事と邪魔と言われた事でセイラの表情は少しばかり固くなっていた。
「誤魔化さないで答えてよ。何をする気?」
「コネも金も無きゃ――頼れるのは腕だけだろ」
にや、と笑うというよりは唇を歪めて弾かれるように弓月は飛び出す。
弓月の立っていた場所は蜂の巣で、確かに避難した方が良いとセイラは判断し廃ビルの陰に隠れた。
弓月の動きは非常に軽かった。
蝶のように舞い、鷹のように狩る。
その戦闘能力の高さは、恐らく魔獣などいなくても今すぐ戦場に出て活躍できるだろう。
魔銃は魔獣召喚だけでなく実弾も発射できるようで、弓月の通った後に薬夾が落ちていたりする。
セイラはその様子を驚きを以って見つめていた。
正直なところ、セイラは弓月に魔銃使いとしての期待しか持っていなかった。
しかしドゥルグで優勝するには並以上の強靭さが必要になる。
だから、セイラには弓月のを選んだ事に多少の不安を残していた。
魔銃使いとして優秀でも、自分自身が戦えなければ勝てない。
今、その心配は完全に払拭されたと言って良かった。

―――ダンッ

その銃声を最後に辺りは静まる。
痛みに転がる男達の真ん中で弓月は汗を拭っていた。
「セイラ、もう良いぜ」
安全を確認して、セイラは出る。
「これがこの町に入る方法なの?」
「ああ。此処に来たらコネか金か力を見せれば快く通してもらえる」
快くとは決して言えない大惨事にセイラは苦笑いするしか無い。
と、うごめいていた男の一人が落ちていた銃に手を伸ばした。
応戦の構えを見せる弓月。
しかし、
「お止め!」
と声が割り込んできた。
「もうケリはついてるんだ、これ以上六花区の名を汚さないどくれ」
現れたのは妙齢の女性。
アップにした髪には本物の宝石を散りばめた髪飾りを何本も挿し、赤地に龍と虎が刺繍された、太股までスリットの入ったドレス、いわゆるチャイナドレスを着ている。
煙管を手に、脚線美を惜し気も無く 女は弓月とセイラの方へ向かって来た。
「セイカさん、お久し振りです」
弓月が挨拶する。
「え、貴方の顔見知り?」
「お前なあ、いい加減気付けよ。俺の腰の物は水鉄砲じゃないんだぜ?俺の魔銃作ったのがこの人、セイカさんなんだよ」
「作った、って」
「あたしの本業は鍛冶屋なんだよ」
女…セイカは笑みを浮かべた。
「久し振りだね、弓月。そしてそちらはヴィラージュ男爵の三の姫様だね。変わった取り合わせだこと」
短い上着から覗く白い胸に彫られた「華」の文字が、身体の動きに合わせて歪んだりしている。
「私はヤンチンファ。楊青花って書くんだが、皆にはセイカって呼ばれてるよ。この六花区の総元締めも兼ねている。お兄さんには世話になってるからね、困り事があれば引き受けるよ」

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