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それは怒り。 「弓月の家庭も複雑なのね。」 セイラはわざと明るく言った。 それしか今のセイラが出来る術は無かったから。 「お嬢様が俺の家庭を軽く言わないでくれ。」 弓月の言葉には痛々しい棘があった。 セイラの事を怒っていると声だけでわかる。 しかし、セイラを本気で怒る事が出来ないと言う迷いもわかった。 「お嬢様にだって色々あるのよ。」 セイラはそれを軽く受け流すとセイカに向き直る。 「セイカさん、何時頃に取りに来ればいいですか?」 「それは未だわからないね。まぁ、取り敢えず来週に来てくれ。ラ・ドゥルグには間に合わなくてもドゥルグには間に合わせるから。」 「頼もしい言葉です。」 セイラは席を立った。 「弓月。」 弓月は黙ったまま立った。 セイカの仕事場を出て、騒がしく賑わっている六花区を横切っている間中、弓月は黙りこくっていた。 それでもセイラを置き去りにする気はないようで、常に彼女と弓月は一定の距離を保って歩いていた。 弓月の背中を見ながら、セイラは弓月を試すような真似をした事を少し後悔していた。 この重苦しい沈黙が家でも続いたらどうしようかと不安になる。 行く時と違う方法で六花区を抜け、普通の商店街に出た所で弓月は振り返った。 「ちょっと買い物して帰りたいんだが、良いか?」 「構わないわよ」 それを聞くと弓月はさっさと店先に並んだ野菜の吟味を始めた。 「俺の母親は、勝利の女神と言われるくらいの傭兵だったらしい」 トマトを手にしながら、セイラと目も合わせないで弓月は話し出す。 「父親と結婚して子供が出来たのが判って、傭兵を辞めた。父親は魔師で、子供の生まれた直後に仕えてたある貴族と不和になり独立。でも安定した生活を保障されていた父親は、魔を使った代価の相場を解って無かった」 弓月は別の一つを手に取り、見比べている。 「その上、貧しい人達のためにタダ同然で魔を使っていた。生活に困るのは目に見えていたのに母親はむしろ父親の暴挙を応援した」 他人事のように語る弓月の話を、セイラは頷きながら聴いていた。 「その一方で、子供には自分の身に付けていた戦闘術を叩き込んだ。昼は内職、夜は訓練で、そんな暇があるなら箱の一つも組み立て、寝た方がマシだと思ったし、今でもあまり両親を好きだとは思えない。でも、そのお陰で生き延びている今の俺がいるっていう事実を認めざるを得ないのも確かだ」 「難しいのね」 弓月はトマトを四つ買った。 「だからと言うのも難だがもう俺の家庭について口にするのは止めてくれ。」 そう言って弓月はセイラにトマトを一つ渡した。 高くは無いが鮮度なら何時も自分の食卓に並ぶ物よりも良い。 ルビーのように熟して真っ赤なトマトをセイラは見つめる。 おぼろげにトマトに映る自分の顔は泣き出しそうだった。 「私の家庭の話もしていい?」 弓月は何を、という顔をした。 「私の依頼は兄さんを東方に送らない為だって行ったっけ?」 「初耳だ。」 セイラの兄がどうにかなるというのは匂わせていたが。 「そう。私の兄さん、出世の為に東方に行くの。」 「だったら万々歳で送り出してやるのが妹ってもんじゃないのか?」 「そうなんだけどね――。」 セイラは溜息を吐いた。 「私はの家はね、魔法で有名な名家なの。それで兄さんの他に姉さんが二人いるんだけどね、その姉さんは魔法が使えないの。だから上の姉さんはさっさと他家に嫁がされて、よっぽど魔法が使えないのが悔しいのか下の姉はマッド・サイエンスになったわ。でも後半年で嫁ぐ事は決まってるんだけど。」 何時ものようにセイラは悪戯っぽく笑う。 「しかし、お前は魔法が使える。」 「兄さんも使えるわ。跡取り息子がね。だから私なんていてもいなくても一緒なの。お母様は魔法の使える跡取り息子にばかり構って私なんか無視。お父様はお父様で温厚を絵に描いたような人なのに浮気三昧。お母様に飽きたのか、お母様の厳しい性格に嫌気がさしたのか――。そうなったのが私の物心付く前。両親は私に構ってくれない。何回自分は要らない子だって泣いた事か。姉さん達も魔法が使える私には意地悪しかしてくれない。」 「悲惨だな。」 「貴方ほどでは無いわ。」 私には兄さんがいるもの、と微笑む。 その微笑みは安心しきった、嬉しい事があった時の微笑だった。 弓月にはその微笑が何故か哀れに思えた。 「だから私も家庭には無神経になっていたのよ。」 ごめんなさい、とセイラは頭を下げた。 今までで始めての事。 弓月は暫く無表情にセイラを見ていたが、やがてにやっと笑ってセイラの頭を掻き回す。 「ちょっと何するのよっ。ぐちゃぐちゃになっちゃったじゃない」 「それで良い」 「え?」 「多少無神経でも俺はお前の強引さ嫌いじゃない。俺は引っ張るタイプじゃないからお前の強引さには助けられてる」 珍しい、弓月の綺麗な笑顔。 |