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「…有り難う」 言葉が詰まって、その一言しか言えなかった。 「嫌な事は嫌って言うけどな」 「貴方らしいわ」 セイラの笑顔から暗さが消えた。 逆にいつの間にか笑みを消して弓月は今度は肉の中でも一番安い筋肉を買い込んだ。 固そう、と言うセイラによく煮込むと美味いと返す。 「隠し事の無くなったところで――まずは来週のラ・ドゥルグか。正直予選のレベルってものが判らないから不安だな」 「あら、大丈夫よ弓月なら」 「何を根拠に?」 「お嬢様の勘と今までドゥルグを見てきた経験」 「そりゃどうも」 弓月は荷物を抱え直す。 不足している日用品を買い足し長屋に戻ると、ポストに大きな封筒が入っていた。 中身はラ・ドゥルグの方法に関する書類。 「今年は総当たりらしいわね」 食事の仕度を始めた弓月に代わって書類に目を通していたセイラが報告する。 「そう毎年変わるのか、ラ・ドゥルグは」 「ええ、今年はまだ良い方。私が小さかった頃、トライアスロンと戦闘のセットがあったから」 「何がしたかったんだ主催者は」 「まあそれはともかく、二十人を三十ブロックに分けて各ブロックで勝率の高かった二人が本戦、つまりドゥルグに進めるらしいわ」 「――。頭が痛くなる程参加者がいるんだな。」 「少なかったら賭け試合にならないもの。」 「は?」 セイラの言葉を弓月は訝しんだ。 「賭け試合?お前と兄の間だけではないのか?」 「そうよ?知らなかった?貴族の裏の娯楽だって。」 貴族でなくても知る人は知っているんだけどね、とセイラは付け足した。 「俺は知らなかった。」 そう言った弓月の声の裏は凄みが効いていた。 人死が出る程の大会で貴族は賭けという娯楽を楽しんでいるというのが許せなかったのだ。 「怒っちゃ駄目。この大会の裏では確かに貴族が悪い方向で敏捷しているけれど、農民の皆様にとってはこの大会だけが年に一度の娯楽だし、この祭りの、ドゥルグによって《神》は私達に《魔法》という素敵な力を与えていると言われているわ。」 「初耳だ。」 弓月の知識と言ったら、父と母に教えもらった事、近所の人の噂話、生きる為の術だけだった。 そんな《魔法》とも《科学》とも《伝承》とも付かない話を知る訳が無い。 「聖ポラーニャの記した聖書に出てくるわ。」 そう言ってセイラは瞳を閉じる。 豊作の女神・フィアローネは戦の神・セルベガの妻也 セルベガ 妻の祭りに参る 戦う人々を見てセルベガは云う 「何と面白き事か」 セルベガの気に召し戦い ドゥルグと云う 「我、汝等に力を分ける。戦い賜え、人の子よ」 セルベガの力、《魔法》と云う 選ばれし人は《魔法》を遣う 「忘れるなかれ、人の子よ。その力、戦う為の力也。忘れし時、我は怒らん。」 人々、セルベガの為に戦わん 「《魔法》を失わない為にドゥルグは行われているのか?」 「建前はね。でも、実際は貴族の娯楽よ。」 「つまり俺達は、お偉い方々の鬱憤を棄てるための、ゴミ箱か」 激しい毒を含む言葉にセイラは何故かドキッとした。 「そういう言い方は頂けないわね」 たしなめるが、弓月は自嘲でも卑下でもなく単純にそう思っている事は表情を見れば一目瞭然だった。 「何て顔してるんだよ。昔話の鬼みたいだ。別にドゥルグは悪いって言った訳じゃない。ただ、ドゥルグも一種の宗教だったんだなって思っただけだよ」 「それがゴミ箱になるの?」 「《宗教は感情のゴミ箱である》」 「誰の言葉?」 「俺」 セイラは思わず吹き出した。 「不幸だと運命を呪い幸福だと神に感謝する。それじゃ必死に生きてるのが みたいじゃないか」 「貴方はどうやら宗教は嫌いなようね?」 「嫌ってはいないが、祈っても飯は食えないからな。それに、だ。信じないのもある意味信仰だろ」 やけに実感の籠った言葉だった。 無理もない。 しかしただ生活苦から宗教を遠ざけるのではなく、信じないのも信仰と言い切る弓月はセイラにとって未知の人種だった。 まして魔街師でありながら宗教はゴミ箱なんて言う人間は今まで知らなかった。 「貴方といると全く違う世界が見えてくるのね」 「そりゃどうも…と、」 ぱちん、と火を消す音。 良い匂いがする。 食器のぶつかる音が暫く続き、今日の夕食はミートソースのスパゲッティだった。 弓月は薄味に慣れていてセイラは濃い味付けに馴染んでいたから始めの頃は味付けに関して非常に揉めた。 しかし試行錯誤の末に互いの味付けの許容範囲が重なる部分を見い出したらしい弓月は、互いに文句の出ない食事を作るようになった。 セイラはセイラでようやく一品しか出ない食事に慣れてきたところだ。 「頂きます」 弓月はまるで吸い込むように、セイラは流石に音を立てず地味な食事を済ませる。 地味だがなかなか美味だった。 「ご馳走様」 「お粗末様で」 テキパキと皿を洗って一服、と言っても薄い紅の茶を飲むくらいだが。 「ねぇ、弓月。」 セイラは言った。 「お願いだから勝ってね。」 勝って。急に何を言うのか、と弓月は顔を顰めた。 |