Zero of All
ふふふ、とセイラは笑った。



「少ないな。」
ドゥルグに関する書類を見てエドガーは不機嫌そうに呟いた。
「准将、何が少ないのですか?」
「試合数だ。」
話にならない、とエドガーは言う。
「紫波姫大尉の昇格の為にはもっと多くの試合を全勝して、大総統に惚れ込ませなければならない。」
エドガーの青い瞳が苛立っていた。
しかし夜華は微動だにせずエドガーを宥めようとする。
「私は別に昇格しなくても――」
「俺が困る。」
エドガーは書類を放った。
「お前の地位が低いままだと私の計画は実現しない。」
「――申し訳ございません。」
「いや、悪いのは男尊女卑のこの社会だ。」
特に軍。
女だと云うだけで入隊が難しい。
その証拠に男性に比べて女性が軍に入隊出来る確立は0.2パーセント。
軍に入れたとしても障害は付き纏う。
女だと云うそれだけが、昇格の妨げとなるのだ。
夜華とて女でさえなければ最低中佐、良くて大佐になっている筈だ。
大尉等で止まる人材では無い。
その天賦の才、下手な男に優る運動能力、頭脳明晰で間違いの無い零細な判断、仕事に私情を挟まず、敵には人情の欠片も与えない、そしてエドガーの知る限り大陸一の科学者。
「何故紫波姫程の人材が昇格出来ない!?」
怨むような叫びだった。
「ヴィラージュ准将、ドゥルグの後は直ぐに昇格してみせます。」
自信。
「頼んだぞ。」
「当たり前です。」
「頼んだぞ。」
「当たり前です。」
しかし一瞬前の自信はそう言った瞬間奇妙な不安に覆われた。
脳裏に浮かんだのは赤ん坊。無垢な黒い瞳でじっと自分を見ていた。
あの頃自分は幾つだったか。
今、あの子は幾つになっただろう。
もう自分など覚えていまい。
今頃どうしているだろう。
あの頃のまま魔力を抱いているのであれば魔師になっている筈だ。
けれど、魔師となっていても、必ずしも自分の前に立ちはたかるとは限らない。
二度と会わない可能性の方が。
それなのに何だろう、この不安は。
ある人に反発して科学の道を選んだが、捨てた筈の魔力が自分の少し先の未来を予感の形で告げている。
夜華は自分の直感を信用していた。
魔師になれるほどではないが、夜華も魔力の持ち主なのである。
「――夜華。どうした?」
突然固まった夜華を心配し、エドガーは声を掛ける。
「いえ、何でもありません」
「そうか。それなら良い。明日からフィアローネ祭が始まる。軍も忙しくなるだろう。ゆっくり休め」
は、と敬礼して夜華は執務室を退出した。
放った書類はいつの間にか夜華が拾っていて、机の隅に置かれていた。


翌日、朝九時。
一発の特大花火が上がった。
フィアローネ祭開催の合図。
これから五日間、昼夜を問わず様々な催し物が盛大に行われる。
ラ・ドゥルグは一日目と二日目、中二日を挟んで最終日の五日目にドゥルグが開催される事になっている。
弓月の出場するラ・ドゥルグは二日目だった。
しかし偵察の意味合いも込めてセイラに買ってもらった服を来て弓月はフィアローネ祭の真っ只中を歩いていた。
ただ、最近いつもくっ付いていたセイラが蒸発して少し物足りない気がする。
「ちょっと、其処の男前な兄ちゃん!」
屋台の人に呼ばれて弓月は其方を振り向いた。
「綿菓子、食べていかないかい?」
「いや、遠慮――」
「二つ下さる?」
豊かなブロンズの素晴しい貴婦人が弓月の前に現われた。
「へ、へい。」
気後れして屋台の主は後ずさる様に屋台へ引っ込んだ。
如何にも高級そうな真夏の海を思い浮かべる明るい煌きを称える真っ青なドレスに身を包んだ貴婦人がこんな下まで降りてきてよいのか。
それに、何故だか見覚えがある気がする。
弓月が見覚えあるとすれば肖像画が出回っている王族かそこらの身分の方だ。
「弓月、何を呆っとしているの?」
振り向いた貴婦人から言葉が紡がれた。
高貴なのだが悪戯っぽいブルーダイヤの瞳。
「――セイ」
「お待ちどう様で。」
屋台の主はおずおずと綿菓子をセイラに差し出した。
セイラは一つを弓月に渡す。
「弓月、今から良いと言うまで私の事はセイラ様と呼びなさい。私の小姓の振りをするの。」
「そんな事をしてどうするんだ?」
「どうなさるんですか、でしょ?理由はドュルグの偵察と、私のお兄様に喧嘩を売りに行くの。」
「――」
弓月は呆れて言葉が出て来なかった。
態々その為に豪勢な服を着て下町に降りてきたのか。
「ドュルグも無料で一番良い席で見せてあげるわ。」
くすりとセイラは笑う。
「良いかしら?」
「分かりました。」
徹底的に演るしかない。
ドュルグの会場に着き、今まで見た事も無いビロードの道を行くと、何人もの貴族が座っていた。
「セイラ嬢、その者は?」
役人らしき者に問われるとセイラは豪勢な微笑を浮かべた。
「私の世話役ですわ。」
「そうでしたか。」
そしてセイラは更に進む。
段々着ているドレスが豪勢になっていった。
突然、セイラの歩みがピタリと止まる。
「――セイラ様?」
弓月が声を掛けるとセイラが顔面蒼白になっているのが分かった。
「セイラ様。」

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