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「――様が、」 蚊の鳴くような声だった。 「お姉さまがいるの」 「どれだ?」 セイラは震える指で一人の女性を指差した。 セイラ同様豊かなブロンドにセイラによく似た美貌の持ち主だが、目付きかきつく厳しそうな印象を人に与えた。 向こうもセイラに気付いたようで、優雅に立ち上がり二人に向かって歩いてきた。 「ルナお姉さま…御機嫌よう」 「御機嫌よう、セイラ。お兄様に聞いたわ。家出していたそうね。まったくお前ときたら少し魔法が使えると思って、我が侭し放題。男爵家の娘であるという自覚に欠けているんじゃなくて?」 「も…申し訳御座いません」 あのセイラが、姉の前では恐縮しきっている。 セイラの我が侭もどうかと思うが、ルナの方も少しばかり言い過ぎだと弓月は思う。 「申し訳無いならそれは何?」 姉が指したのは、綿菓子。 「綿菓子、と言いますの。お姉様も一口如何ですか」 「私にそんな下賎の物を食せと?下賎の食べ物をお前が持っているだけで不愉快なのに」 「え、あの、美味しいんですよ」 「しつこい!」 姉はセイラの手を振り払う。 綿菓子の棒はセイラの手を離れてポトリと落ちた。 セイラはそれを拾い上げる事も出来ずに呆然と綿菓子を見つめている。 「ああ勿体ない」 セイラをかばうように、弓月は一歩前に出る。 「御足元、失礼致します」 綿菓子を拾う。 「セイラ、彼は誰なの?」 「私の新しい世話役で、神奈木弓月と言います」 弓月は綿菓子を二つ持ったまま深く礼をした。 「そう、家出して見付けた下賎な世話役という訳。下品なお前にはぴったりだけどね」 セイラは泣きそうな顔をしている。 弓月は更に一歩前に出て、ルナと距離を縮めた。 ニコリと笑い掛けると、整った弓月の顔のアップにルナは頬を赤らめて目を反らす。 「セイラ様のお姉様ですね。私、まだ新参者でして至らない点も多々御座いますが、よろしくご指導お願い致します」 「そ…そこまで言われちゃ仕方ないわね。しっかりやりなさい」 ルナはクルリと後ろを向いた。 「どうも、有り難う御座います」 弓月はもう一度礼をした。 随分長い礼だな、とセイラが思っていると、肩ごしに弓月がにやりと笑ったのが見えた。 去っていくルナの背中を見ると、二色の綿菓子が豪華なドレスに貼り付いていた。 ザラメが溶けてきている。 セイラは大声で笑いだしたいのを必死に堪える。 「あ、あのドレス…貴方の年収十年分くらい、はするのよ…?」 「俺の友人を侮辱し食べ物を粗末にしたんだからこれくらい当然。可愛い悪戯だ」 しゃあしゃあと言ってのけて、弓月は落ちていない方の綿菓子をセイラに渡した。 「ありがとう。」 弓月の《友》と云う言葉がセイラには今までで一番嬉しかった。」 でも、これは貴方にって買った物なのに。」 「優勝したらもっと良い物を買ってもらうよ。」 セイラは弓月の言葉にふわりと微笑んだ。 「それより、あれは長女か?」 弓月の素朴な疑問にセイラは首を横に振った。 「マッドサイエンスの次女。」 「――。あんなのの更に上手に虐められてるのか?」 長女は――シンディアはあんなのは比にならない程執拗にねっとりと絡み付いてくる。 あの虐めようの陰険さと巧みさと云ったら――。 思わず寒気が奔った。 「セイラ?」 弓月が気分をセイラの背中を擦ろうとしたその時だった。 「セイラ、」 ふわりと弓月の視線の端を鬱金色の髪が掠めた。 いつの間にか鬱金色の髪の持ち主がセイラに抱き付いていた。 「何ヶ月ぶりかしら?」 彼女はセイラから身を放した。 穏やかな向日葵色の瞳をしている。 緩やかなウェーブのかかった深い金色の髪が肌の白さを際立たせていた。 優しくて穏やかな顔付き。 ルナとは対照的でセイラに似ていた。 こんな聖母のような女性がセイラを虐めたりするのであろうか。 「お兄様に聞いたわよ。貴女ったらまたお兄様を困らせているらしいわね。」 微笑んでシンディアはセイラの頬を撫でた。 「元気が良いのは良いけれどあまりお兄様を困らせないでね。」 シンディアはいつの間にか弓月の後ろにいた夫に目で合図すると兄と妹の待つ方へ去った。 「セイラ、あの人はお前に敵意を――」 抱いているようには見えないが。 そう言おうとして弓月は目を見開いた。 セイラが肩で大きくしている。 「――知っているの。」 声は震えていて笑っているようにも思えた。 「シンディアお姉様は私がお姉様を怖くて恐くて仕方ないって知っているの。だから私に抱き付く。優しい言葉を掛ける!お姉様は頭が良いの!」 恐怖を吐き出すようにセイラは叫んだ。 しかしその声は掠れていて近くにいる弓月にしか聞き取れない。 「――帰ろう。」 弓月はこれ以上セイラがこの場所にいるのは危険だと判断した。 「帰ろう。」 セイラは首を横に振る。 「これ以上――、お姉様から――逃げたくない。」 そう言うとセイラはつかつかと貴賓席に向かった。 力強い足取りに、確固たる決意が覗く。 弓月はセイラの後に付いていった。 入り口からすぐの所に、見事な金髪の男女が固まって座り、談笑しているのが見える。 セイラは迷わず軍服を着た男性の元に歩み寄り、 「今日は、お兄様」 と優雅に挨拶した。 |