Zero of All
男性…エドガーは、目を眇めてセイラを見た。
「今日は、じゃない。全くお前って奴は、帰らないと言ったきり連絡も寄越さないで、何処にいたんだ」
「彼の家に住まわせて頂いてましたの」
彼、と言いながらセイラは弓月の腕を掴んだ。
その指は微かにだが確かに震えていた。
「彼は?」
エドガーの眉間に皺が刻まれる。
「彼は神奈木弓月と言いまして、私が見つけた一流の魔術師です。彼は私の事を子供の友達としか見ておりませんから、そんなに恐い顔をなさらなくても大丈夫ですわ」
弓月は顔中で驚いて、セイラとエドガーを交互に見やった。
成る程、世間的に見れば自分とセイラは男女なのだ。
今漸くその事に思い至った自分の間抜けさに、弓月は溜め息を吐きたくなった。
エドガーは上から下まで弓月を品定めし、ふぅん、と唸り声を上げた。
「神奈木弓月…な。初めて聞く名だが」
「無名だからって甘く見ると酷い目に遭いますわよ。ところで、お兄様の選んだ方はどちらに?」
「今、対戦中だ」
幾つか用意されている仮ステージの一つをエドガーは指差した。
そこでは短い黒髪にほっそりとした軍服の女性が、インテリ然とした男性を降参させたところだった。
「紫波姫夜華大尉。軍科学研究所主任。現在軍で採用されている武器の四割は、彼女の発明品だ。今も既に勝率一位で予選突破が決定している」
「それではセイラに勝ち目はないのでは?」
労るようなシンディアの言葉だったが、その目は笑っていた。
セイラは自分に大丈夫、と言い聞かせ、弓月の腕を掴む手に力を込める。
弓月はそれを振り解くでもなく、真剣な眼差しで夜華の次の試合を観ていた。
「勝てそうかね、神奈木弓月君?」
エドガーが話し掛けても答えず、セイラは弓月の身体を揺すった。
「え、ああ…何、ですか」
「勝てるかって訊かれたのよ。どうなの?」
「さあ…」
「さあって何よ?」
「俺は彼女の試合を見ていないので何とも言えません」
「そうか。ならば明日の朝も来れば良い。紫波姫大尉の試合が見れるだろう」
「ラ・ドュルグでは連日の試合は避けれらている筈ではありませんでしたの?」
「セイラ。」
シンディアは微笑みながらセイラの頭を撫でた。
その目は無知な妹を嘲笑っている。
「紫波姫大尉は軍人ですのよ。本当はドュルグに参加している暇はありませんの。お兄様が貴方の為に特別に参加させたので時間を詰めているのです。」
シンディアはお兄様に力を込めた。
エドガーも頷きながらセイラの手を取った。
「一緒に他の試合も見よう。」
「セイラ、此方にいらっしゃい。」
微笑みながらシンディアは自分の隣りの席を指差す。
セイラは不安そうに弓月を見上げた。
そして髪を揺らしながらエドガーの方に振り向く。
「お兄様。私は弓月と見に来ましたの。」
「シンディア、席をずらしなさい。」
「お兄様ばかりセイラを独り占めして狡いですわ。」
シンディアは立ち上がって席を移動した。
その動作の一つ一つからはセイラから感じられない気品がある。
准将である兄と貴人の姉。
セイラは元来、そう云う者なのだ。
「弓月。」
セイラの一言で弓月はセイラとエドガーの横に座った。
どうやらシンディアからは逃げられなかったらしい。
エドガーはじっと弓月を見つめる。
居心地悪くなって弓月はセイラの肩を叩こうとした。
「神無木君。」
「言おうと思っていたのだが、セイラに手を出したら私自身が手を下そう。」
「お兄様。どんな方でもセイラが択んだ方なら仕方ありませんわ。」
肩に指先が触れかけていた弓月はビクッとしてエドガーに向き直った。
「殴ろうなんてしてませんよ!俺はただ話し掛けようと思って――」
瞬間、辺りは静まり返る。
だがやがて忍び笑いが漏れ始めた。
「俺、変な事言ったか?」
「貴方の手を出すって…くくくっ、暴力関係しか無いのね…?」
セイラは目に涙を浮かべて笑っている。
一人エドガーだけは何とも形容しがたい複雑な表情をしていた。
「――成る程。君が潔白なのは認めよう」
「へ?あ、いや、有り難う御座います」
自分はまた何か鈍い所を晒してしまったらしいと流石の弓月も気付いたが、それが何かは解らないまま頭を下げる。
解ったのは、エドガーは姉達と違い心底セイラを心配しているという事だけだ。
エドガーは弓月の視線に気付いた。
「何かね?」
「いえ、何でも御座いません」
と、その時、大きな歓声が上がった。
紫波姫大尉が勝利を収めたのだ。
「また、見逃してしまったようだね?」
「そう…みたいですね」
弓月はおっとりと言って苦笑いを浮かべた。
結局、紫波姫大尉のこの日の試合はあれで終わりだったらしく、もう二度と出てくる事は無かった。
弓月は他の試合を食い入るように観戦した後、一緒に食事でもと熱心に誘ってくるセイラとエドガーを明日が試合だからと断り、長屋に帰っていったのだった。


翌朝。
弓月は早々に食事と着替えを済ませ、銃の手入れをしていた。
弓月の試合は一番最初、勝率争いに勝ち残れば最終は夜になる。
よし、と気合いを入れ弓月は玄関の戸を開けた。

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