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「ええ、そうですね・・・」 夜華は二人の去った方を見たが、すぐにエドガーに視線を戻した。 「准将、少し休める場所へ行きましょう」 「・・・ああ。君には迷惑をかけるな」 「准将が動きやすいようフォローするのも私の仕事の一つと心得ております」 ふ、と夜華の口元に過ぎったもの。 「・・・君、私の所で働いて何年になる」 「三年四ヶ月と十八日だと思いますが」 「初めて見たな、君が笑っているのを」 「・・・笑いましたか」 「ああ、笑った」 良い笑顔だ、と付け足すと、夜華はちょっと怒ったように顔を顰めた。 これは本当に怒っているのではなく、困っているのだと理解したエドガーはそれ以上何も言わず、くるりと今来た方を向いた。 軍人らしい、無駄の無い動きだった。 本当に長屋に帰ってきていた弓月、セイラは、本当に内職に追われていた。 今やっている仕事は雛人形の三人官女の手に持っている小道具の一つである柄杓を組み立てるという、やけに細かい仕事だった。 弓月もセイラも雛祭りというものには縁がないが、一部地域では「片付け忘れると嫁に行けなくなる」というジンクスがあるほど、盛大に行われている行事である。 「セイラ、付けるトコ逆さま」 「あああっ」 流石に内職は慣れているだけあって、弓月はセイラが一つ作る間に三つ四つ仕上げている、のみならずセイラの失敗にまで注意が向いているのだから恐ろしい。 「ねえ、弓月、実際のところ、軍に入れって要請が来たらどうする?」 「試合の方はいいのか」 「だってどうせ弓月が行くでしょ、決勝。で、どうなの」 「断る」 「ええー」 「何でがっかりするんだよ。俺は団体行動には向いていない。良いとこでゲリラだ」 ちょっと考え込んで、そうね、とセイラも賛同する。 その間にも着々と柄杓は増えつつある。 「・・・弓月が入らないんなら、私が軍に入ろうかな?」 「は?」 弓月は考えるより先に問い返していた。 セイラが軍に入る。 この世間知らずな子供が軍に入る。 弓月は少し目眩を覚えたような気がした。 「実際に戦うんじゃないんだけど軍医になろうかなって思って。」 「そう云えば昔、医者だとか言っていた気もするな。」 「昔ってねぇ。」 セイラは呆れたように溜息を吐いた。 と、小さな柄杓を壊しそうになって慌てて小さな柄杓を見詰める。 弓月の仕事なのだから壊してしまっては大変だ。 「お前が軍医か・・・。」 弓月はしみじみとセイラを見た。 如何にも良いシャンプーを使っていそうな艶があり弾力のある透き通るような金髪。 質素な服を着ていても分かる育ちの良さ。 世間を知らないと言わんばかりの愛くるしい無邪気な笑顔――。 「止めろ。似合わん。」 「酷い!似合わないって何よ。」 「お前のようなのが軍医になってみろ。死体が増える。」 「弓月は私の腕を知らないからそんな事が言えるのよ。」 セイラは少し怒ったように頬を膨らませて下を向いた。 そして黙々と内職の作業を続ける。 怒ってしまったのだろうか。 だが、弓月は直ぐに仲直り出来ると分かっているのでそのまま内職没頭する。 内職もペースは遅くともセイラが手伝ってもらっているので幾分かは心は楽だった。 試合前に内職とは悠長だと思われるかもしれない。だが、切実なのだ。 悠長なのではなくて切羽詰まっているのだ。 弓月は差し押さえさえもされなかった壊れ掛けの時計を見上げる。 試合まで後一時間。 後十個作ったら試合会場に向おう。 そしてこの世間知らずなお嬢様の為にも優勝をプレゼントしてやるのだ。 ――弓月に言わせてみればあのエドガーと云う軍人の何処が良いのか全く分からない。 確かに良い男だとは思うが。 だが、セイラにとっては兄である以前にたった唯一の自分を理解してくれる人であるのだ。 「弓月、これどうなるの?」 「そこは引っ繰り返して貼り付けて、伏せておく」 「うん、こうね?」 「そう」 ちゃかちゃかと予定の十個を完成させて、弓月は未完成品と完成品を分けて仕舞う。 そして思い切り背筋を伸ばした。 「行くか」 「ええ」 銃は間に合わなかったなと弓月が呟くと、決勝には間に合うでしょうと応えがあった。 やはり鍵は掛けないまま、二人は会場に向かう。 「残り、頑張ってね」 「精精努力する」 挨拶代わりの軽口を叩き合って、選手控え室と客席に分かれた。 午後からほぼ夜間に掛けての長丁場だが、今年は席を立つ者はいない。 大方の予想、専門家の評価も大いに裏切る事態が発生しているからだ。 午後の試合でも弓月は着々と勝ち進んでいた。 偶然、幸運と揶揄する者も、無敗が彼一人になってしまっては、その実力を認めざるを得ない。 クロウ、いさなと『黄金のウカ』と弓月が呼ぶ九尾の狐を加えて、呆気なく、彼は決勝進出を決めてしまっていた。 完全に決勝進出が不可能な者などは消化試合の感覚になってしまっているし、逆に少しでも可能性のある者は必死になるが、そのどちらでもない弓月は対戦相手が消化組と必死組のどちらに属するのか、対戦して判断するというちょっと嫌味な楽しみ方をしていた。 |