Zero of All
弓月の最終の試合は必死組で、少少時間は掛かったものの、やはり弓月の敵ではなかった。
全勝のまま決勝進出という前代未聞の椿事に、会場がわっと沸く。
最前列で手を叩いて喜んでいるセイラに、昼の時のように無表情のままブイサインを返し、投げ込まれたお捻りを拾い集め、控え室に戻った。
「・・・ふ、」
自分では意識していなかったが、それなりに緊張していたらしい。
一気に力が抜けた。
手近にあった椅子に腰を下ろし、深呼吸を繰り返すと、やがて力が戻ってくる。
この回復の早さで生き延びていると、弓月は自負している。
残るは決勝。
あと僅か。
弓月が噛み締めるように呟いていると控え室のドアが開いた。
「弓月、決勝進出おめでとう。」
セイラだ。
微笑みがらセイラは腕に何かを抱えている。
「これ、私からのお捻り。」
そう言って渡されたのは紙袋だった。
中を覗いてみると高級そうな肉が入っていた。
弓月の家庭環境をよく知るセイラだからこその気遣いだ。
「・・・。」
「今日は焼肉よ。」
「・・・ありがとう。」
「それよりもこれ!」
そう言ってセイラは何かの書類を叩きながら弓月に突きつけた。
紫波姫夜華。
その書類の一番上にはそう書かれている。
「紫波姫大尉の記録なんだけどね。見てよ。」
セイラに言われてみると上半分は全て○で下半分には全て×が着いている。
一体どう云う事か。
弓月が問おうとする前にセイラが答えた。
「消化試合は全部不戦敗なのよ。」
「何だって?」
「兄さんに消化試合は止められていたらしいのよ。業務に差し支えるからって。」
だからと云って俄かに信じ難い。
「言い換えれば彼女も全勝の決勝進出を果たしていたかもしれないと云う事。」
「強敵になるな。」
「兄さんの選んだ人だからね・・・。」
セイラは眉を顰めて俯き、考え込んだ。
弓月にはセイラが何を考えているのはさっぱり分からない。
意味の無い推測は止めて、もう一度対戦表に目を落とした。
「俺も我ながら相当悪趣味だと思ったけど」
上には上がいるもんだ。
聞こえないように呟いたつもりだったのが聞こえていたようで、
「何の話?」
とセイラが思考の世界から戻って来た。
「いや、何でもない。こっちの話」
ひらひらと手を振ると、興味を失ったらしいセイラは再び考え込み始めた。
そのまま五分。
好い加減セイラが結論を出すのを待つのに飽きた弓月は、注意を逸らせるために話し掛ける事にした。
「セイラ」
「・・・何」
「眉間」
「え?」
「皺の跡が付くぞ」
効果は覿面だった。
ばばっと額を押さえて、セイラは弓月を睨みつけたのだ。
「レディにそういう事言う!?」
「少なくともまともな女性は同行者の存在を忘れて考え込む事はしないくらい、俺だって分かる。即ちお前はレディ扱いしなくても構わないという事だ」
反論できずに悔しそうな表情のセイラだが
「野菜買って、焼肉だな」
という言葉に釣られて嬉しそうな顔をしてしまうのだから、確かに本物のレディと言うにはあと一歩というところだろう。
二人は控え室から出て会場を後にし、祭りのために遅くまで開いている店の多い商店街を通る。
「焼肉って言ったの私だから、野菜も奢るわ」
「・・・有り難い」
セイラは弓月のアドバイスを受けながらキャベツやピーマンを購入する。
「それで、考えて何か解決したか?」
「ううん、あんまり。どうしたらあの人に勝てるのか、作戦練ってみたんだけど・・・」
はあ、と溜め息が一つ。
「まあ、砕けないように頑張って」
「・・・それは作戦とは言わない」
「あはは、何か良いアイディアが浮かんだら言うから」
レディじゃないと言われた事にささやかながら逆襲できたと満足したセイラは、何故か餅にも手を伸ばした。
「おい、それをどうする気だ」
「え、焼き肉にはお餅じゃないの?私は焼き肉ってやった事ないけど、そういうものだって聞いたんだけど」
「誰だそんな嘘吐いたの」
「・・・兄さん」
「担がれたんだよ。普通は焼き肉に餅は入れない」
「そ・・・、そんな!だって東の方の人達は焼肉にお餅を入れるって・・・。」
「有り得ない。」
呆れた風に手を振る弓月をきっとセイラは睨みつけた。
その目が潤んで見えるように見えるのは気のせいだろうか。
「だって、弓月だって東の事は知らないでしょ!?」
「いや。焼肉を食べた者になら分かる。」
「・・・どうせ焼肉って言いながらお肉が入っていないんでしょう?」
「――。」
なまじに当っていたので弓月は反論出来なかった。
セイラは少々勝ち誇ったような顔をして胸を張っている。
と、肉を食べた事がなかった辛い幼少期の記憶が蘇ってくる。
「・・・。」
「弓月、どうしたの?」
弓月は心配そうに問うセイラに首を振った。
「大丈夫だ。」
「ねぇ。どうせだったらセイカさんの家に行かない?」
「セイカの家に?」
弓月は眉間に皺を寄せた。
何故なら、セイカの家に行くような用事がなかったからだ。
だがセイラは微笑んだままで弓月の腕を持つ。
「武器の制作具合と、焼肉に餅を入れるか否か、聞きに行くの。」
「・・・焼肉の方が目当だろう?」
「勿論!」

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