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セイラは度々後ろを振り返りながらも、セイカの家を後にした。 完全にドアが閉まるのを見届けるとセイカは弓月ににかっと笑みを向ける。 「一人で帰して怒られないのかい?」 「・・・。優勝してから怒られるよ。」 「そうかい。」 そうは言いながらもセイカは弓月がエドガーに叱られるのを前提としている事に笑いを隠せなかった。 くすくすとセイカが笑うと、弓月は嫌そうに顔を顰める。 「笑っていないでさっさと始めよう。」 「そうだねぇ。」 弓月は出来立ての銃を構える。 ぴたりとセイカの笑いが止まった。 長い長い庭を抜けて、やっとセイラは屋敷に着いた。 メイドや使用人と軽く挨拶を交わすと一直線へ自室へ戻る。 父はまた帰っていないのか。 庭になかった馬車にセイラは気が重くなった。 エドガーも帰っていないらしく車がない。 エドガーがいなかったのはしめたものだ。 一人でこんな時間に帰っても怒られなくて済む。 ぱふっと薄紅色のシーツに包まれた枕に突っ込む。 決戦は明日。 ――でも。 セイラは枕を抱き締めて布団の上をごろごろと転がった。 本当に、弓月が勝って良いのか。 暫く一緒に生活したから弓月が生活に困っていて優勝賞金が必要なのは分かっている。 しかし、エドガーが望む出世をセイラが絶っても良いものだろうか。 あの時は、――今もだが――セイラは幼かった。 自分の為だけにエドガーの出世を嫌がった。 エドガーが遠くに行くのは嫌だったから。 でも今はどうだろう。 エドガーだけだった時とは違い、今は弓月と云う友人がセイラにはいる。 セイラは仰向けになって溜息を吐いた。 弓月の家にはないシャンデリアがきらびやかに光を放っている。 弓月の家にある隙間がセイラの部屋には無く、真っ白に塗られている。 弓月の家にある内職は無く、セイラの部屋には無数クローゼットや本棚――特に医学書――化粧台等が悠々と並んでいた。 今からでも、弓月の家に行って内職をしておこうか。 まだ弓月のようにはいかないけれど、少しでも済んでいれば弓月は喜んでくれるかもしれない。 セイラはベッドから跳ね起きた。 どうせ今夜は決戦前で眠れそうにないし、弓月の家で内職をしよう。 決心するとシャワーを浴びて、地味で質素な服を着る。 誰にも見付からないように。 セイラは台所へ行って勝手口から庭へ出た。 あとは裏庭から出るだけ。 軽い心でステップも弾みながらセイラは外に出る。 弓月の驚く顔が見たくて、セイラは弓月の長屋へと急いだ。 もう町は寝静まっている。 こんな時間に元気なのは歓楽街くらいだろう。 弓月とトマトを買った八百屋があった。 弓月は、安くて良い野菜を選ぶのが得意だ――。 「え?」 思わず、セイラは振り向いた。 誰かがセイラの腕を握っている。 目が、合った。 黒い黒い瞳。 「貴方はセイラ様ですね?」 夜華だった。 夜華が有無を言わせぬ口調でセイラに問う。 「い、いいえ。」 声が震えていた。 今まで味わった事のない威圧感。 「准将がお探しでしょう。直ぐに屋敷にお戻り下さい。」 「人違いですっ!」 顔を見られているからそれが嘘だと分かるだろう。 けれどもセイラは夜華の手を振り払って走り出した。 しかし所詮お嬢様が軍人に勝てる訳無い。 「セイラ様。」 直ぐに追い付かれてしまう。 嫌だ。 嫌いだ。 この高圧的で無表情な顔が嫌いだ。 「帰りましょう。」 「・・・。貴方は此処で何をしていたの?」 セイラは腹を括った。 「決勝前夜なのだから、仕事ではないでしょう?」 「――人捜しを。」 そう言っているのに夜華の表情からは何も感じられない。 「嘘ばっかり。」 「嘘ではありません。」 「だったら誰を捜しているの?私も一緒に探してあげる。」 「結構です。」 「だったら私も好きにさせてもらうわ。」 セイラは歩き出す。 けれども、気配を感じて立ち止まった。 するとそれもぴたりと止まる。 「紫波姫さん。」 「何ですか?」 セイラは苛立った。 「どうして付いて来るの?」 「貴方に何かありましたら、准将の仕事にも影響が出ます。」 だからってどうして付いて来るの。 セイラはそう問う代わりに夜華を睨んだ。 だが夜華に堪える様子はない。 私の任務だからです。 そう言っているように思えた。 「人捜し。しなくて良いの?」 「たぶん、もういませんから。」 「だったらもう帰れば良いじゃない。」 「でも、いるかもしれません。」 苛立つ。 訳が分からない。 「誰を捜しているの?」 「■■■■を。」 「え?」 今、夜華は何と言ったか。 よく聞き取れなかった。 だがもう夜華は答える気配はない。 「ねぇ。」 「何でしょう」 「もう一度言って。何て言ったの?」 夜華は少しだけ嫌そうな顔をした。 セイラは一瞬怯むが、しかし、好奇心には勝てなかった。 「お願い。聞こえなかったの」 夜華の唇がゆっくりと動く。 「おとうと、です」 「弟さん?え、でも紫波姫さんは天涯孤独だって、兄さんが…」 「ええ、天涯孤独です。でも私も、木の股から生まれたわけではありませんから」 木の股から生まれたって言われても信じそうだけど、という言葉は飲み込んだ。 |