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「弟さんとは、生き別れて?」 「ええ。私の家は酷く貧しくて、一家四人で暮らしていくことはできませんでした。父と母は悩んだ末に、別れることを決めました。私は魔術師だった父に引き取られ、弟は母の元に残りました。父は本当は、より魔術の才のあった弟を引き取りたかったようですが、弟は幼く、放浪の生活には耐えられないだろうということで。父が死に、私は軍に入りました。風の噂で母が亡くなったことを知ったのですが、弟の行方が分からなくなっていまして。今どうしているのかとずっと探しているのですが、未だに」 「それが、この街なの」 「ええ。でももうとっくに何処かに移ったのかも知れません。会えたとしても、私のことなんて覚えていないかもしれない。最後に会った時はまだお互いに幼かったし、私は軍に入ってから一度も連絡を取りませんでしたから」 「そう…」 セイラは初めて夜華に親近感を感じた。 いつも兄の傍にいる怖い大尉、ではなく、家族思いなところのある天涯孤独の女性、に。 それに、どこかで聞いたような話に、他人事だとは思えなくなっていた。 「私の友達にも、凄く貧しくて天涯孤独の人がいるの。でも結構元気に暮らしてる。貴方の弟さんも、案外今頃どこかで楽しく暮らしているかもしれないわ」 「……そう、かもしれませんね。そうだと良いのですが」 夜華の目が細められ、唇が上がる。 笑っているのだ、と気付くのに、少しばかりの時間を要した。 だってセイラは夜華の笑顔など一度も見たことがなかったのだから。 笑うとなかなか華がある。 しかし、幾ら同情しようとも、勝負は勝負だ。 あまり気を許してはならないと自分を戒める。 「…今回、出場を決めたのは、ここへ来るため?」 「ええ、軍施設から出て堂々と街を出歩ける、最後のチャンスだと思いまして。この機会を逃したら、私も准将に従って異動することになりますから、ますますあの子を探すのは難しくなります」 自分が勝つことを前提に話す夜華に、セイラはむっと表情を険しくする。 「弓月が優勝するんだから、決め付けないでよ!」 「貴方が見つけてきた彼……確かに面白い能力の持ち主ですね。しかし、こちらも負けられないのです。棄権なさるなら今のうちですが」 「大きなお世話よ!」 二人は暫く睨み合っていたが、やがて夜華の方が目を逸らした。 「失礼、少し興奮してしまったようです。しかし、あのような若者を痛めつけるのは私の趣味ではありません」 「それはこっちの台詞よ。後で吠え面かかないでよ!」 そして次の瞬間セイラはだっと走り出した。 つまり、逃げたのである。 セイラに訊いたら「撒いたのだ」と言うだろうが。 夜華は、追いかければ追いつける早さで遠ざかるセイラを、ただ見送っていた。 そして小さく溜め息を吐く。 「吠え面かくなんて……どなたが教えたんでしょうね」 誰も聞いていない呟きを漏らして、セイラの向かったのと反対の方へ歩き出した。 日が昇るギリギリ前に長屋に戻ってきた弓月は、扉を開けるなりその場にしゃがみ込みたくなった。 作りかけの花と箱と花火の包み紙に埋もれて、子供が一人寝ていた。 「何でここにいんだよ……」 しかも、残念ながらどの内職もあまり上手く出来たとは言いがたい。 やり直し、という言葉が頭を過ぎった。 しょうがないなぁ、と花に手が伸びかけたが、花を掴む前にその手は下ろされた。 面倒くさくなったのだ。 特訓してくたくたになって帰ってきたのに、どうしてまた内職をしなければならないのかと。 「…寝よう」 まだ試合まで大分時間がある。 自分の寝るスペースを確保して、弓月はごろっと寝転がった。 数秒も経たないうちに寝息が二つに増える。 数時間後、日が完全に昇った頃になって、セイラがむくっと起き上がった。 完成していない内職に、自分で自分を叱ってやりたくなった。 「…あ、帰ってきてた」 雑魚寝をしている弓月を見つけ、セイラの顔に安堵が浮かんだ。 時計を見ると、そろそろ用意しなくてはいけない時間だった。 「弓月。起きて。時間よ」 「ん? あぁ。」 弓月は体を起こすと欠伸を一つし、頭を掻く。 「もうそんな時間か?」 「えぇ。だから早く準備して。」 「わかった。」 ぼーっとした頭で弓月は考える。 今日で最後だ。 これが終わって、賞金を手に入れて。 ふと、弓月は忙しなく動いて掃除がしたいのか部屋を汚したいのかわからないセイラを見た。 箒を振り回しているが、それだけで逆に埃が舞っている。 この大会が終わったらもう、セイラはここへは来ないだろう。 「セイラ、部屋を汚すな。」 「私は掃除してるの!」 貴族は、正直訳がわからない生物だ。 現にこうやって、掃除をしていると言いながらセイラはこの部屋を汚している。 「頼むからじっとしていてくれ……。」 決勝戦も目前なのに、鋭気が殺がれる。 「えー!」 でも、ほんの少しの間とは云え出会った貴族がセイラで良かったかもしれない。 |